第97話 脚光の竜騎士
その影は人気のない商店街の上に叩きつけられた。それと同時に土埃が舞い、白いローブの男の姿を包みこむ。
そんな男の近くに着地したルクシオンは、拳を握り締め、素早く長身の男との距離を詰める。
「ブラフマァ!」と叫び、眼前に飛び込んできた長身の男の顔を、ルクシオンは睨みつけた。その一方で、長身の男は白いフードで顔を隠し、頬を緩ませる。
そして、男はいつの間にか右手で握っていた黒い剣を振り上げた。
咄嗟に体を後方に飛ばし、斬撃を避けたルクシオンの心臓が激しく震える。
避けた瞬間、見えたのは、目の前の男がゆらゆらと揺れる波状の刀身が特徴的な剣を握っていること。
「コイツは俺が愛用している波紋の剣だ。有名な刀鍛冶の逸品で、世界に一本しかないらしい。危ないから、ここでは震えないけどな」
あの時の声が蘇り、驚愕の表情と共に、大柄な彼女は身を震わせる。
「なんで、アンタがその剣を持ってるのよ!」
「ああ、どっかで見たことがある顔だと思ったら、あの男に似てるからかぁ。あの剣士、弱かったよ」
加工されたような甲高い声が商店街に響き、ルクシオンは男を睨みつける。
「許せない!」
「なるほど。あの村の生き残りかぁ。偽ブラフマを演じたのは、あの時が最後だったからね」
「偽ブラフマ?」
「可哀そうに。村を滅ぼされた件でフェジアール機関と裁判で争おうとしたけど、事実無根として相手にされず、第三者委員会の調査でもブラフマがやったという証拠は出なかった。何もできないまま、生存者は全てを失った。なんとも悲しい物語なのでしょう。全てはあの少女に利用されたに過ぎないのです。ご存知でしょう? ルス・グース」
ルクシオンの脳裏に浮かぶ白髪のヘルメス族少女の顔が浮かび上がる。その直後、ルクシオンは首を左右に振った。
「ウソよ」
「最初から騙されていたことに気が付かないなんて、愚かな人間だ。ルス・グースは五大錬金術師のブラフマを恨むように生存者を巧みに誘導していたんだ。これが真実さ」
「ウルサイ。アンタが兄ちゃんを殺して、その剣を奪ったっていうんなら、アンタを倒せばいいって話でしょ?」
瞳に闘志を宿した大柄な女が拳を握る。その姿を見た長身の男は苦笑いした。
「脳筋だな」と呟いた男が剣を左右に振る。一方で間合いを詰めたルクシオンは、男の眼前に飛び出し、拳を男の顔に振り落す。その直後、彼女の右腕に無数の切り傷が刻まれ、痛みが全身を駆け抜けた。
「波紋の剣。周囲の空気を切り、見えない波状の斬撃を残ることも可能。また、敵の身体を切り裂くだけで、回復に時間がかかる程度の切り傷を刻むことができる。こんなことも知らずに飛び掛かってくるなんて、やっぱり脳筋だ。さて、その右腕の傷が、キミの致命傷だよ。そこを叩けば、愚かな復讐劇は幕を閉じる!」
「……確かにそうね。でも、この距離なら避けられないでしょ?」
その直後、男の体が崩れ落ちた。同時に黒い剣も地面に落ちていく。
「あの一瞬で、腹を蹴られた? バカな!」
「回避不可能だったでしょ? 私の蹴り技はスゴイから。さて、兄ちゃんの剣を返してもらおうかな?」
そう言いながら、ルクシオンは地面に転がる黒い剣を左手で拾った。
「さっきの斬撃で利き手が死んだか。でも、両足と左手があれば、アンタを叩き潰せそうね」
「ルクシオン・イザベル。懐かしい相手と再会できるなんて。ああ、これは抗えぬ運命!」
そのまま立ち上がった白いローブの男が、右手を曇り空に向かい、真っすぐ伸ばす。その仕草を見たルクシオンは首を傾げた。
「自己紹介も済んでいないのに、なんで私の名前を、知ってんのよ!」
その疑問を聞いた男は不敵な笑みを浮かべ、「ルクシオン」と名を呼んだ。
「ミラ!」
どこかから懐かしい声が聞いたルクシオンが周囲を見渡す。だが、どこにも親友の姿はない。その直後、ルクシオンの腹に衝撃が走った。
彼女の目に右足を振り下ろした男の姿が飛び込む。
「素早い蹴り技は、あなただけの専売特許じゃないってことだよ。ルクシオン。えっと、こんな声だったかな? あなたの親友のミラ・ステファーニアちゃん。久しぶりすぎて、もう忘れちゃったよ」
前方の男の喉からミラの声が発せられ、ルクシオンは目を見開く。
「声帯模写、得意なんだぁ。あっ、私は約三年間、ミラちゃんを演じてたんだよ。村を滅ぼすまでね。あの時、見せてもらったその剣を振るっても、お兄さんは弱かった。どんなにスゴイ剣を持っていても、私に歯が立たないからね」
「ウルサイ。ミラの声なんて、聴きたくない!」
激昂する大柄な女が前方に体を飛ばし、一瞬で拳を振るった。その一撃は男の胸に食い込み、白いフードで隠した男の顔が苦痛に歪む。
「くっ、その一撃、体に響くなぁ」
男が甲高い声に戻すと、ボキッという何かが壊れる音が響いた。
その瞬間、平だった男の胸が膨らんでいく。
「ああ、残念。もうちょっと剣士役を演じてたかったんだけど、まあ、いいや。どうやら、舞台の出番が来たみたい。神主様が与えてくれた唯一無二の役の!」
顔を真下に向け、膨らんでいく胸を目にした男が白いフードを脱ぎ、尖った耳が特徴的な少女の顔を晒す。その髪と瞳の色は黒。腰に届きそうで届かない程度の艶がある長い後ろ髪の毛先は全て半円を描くように曲がっている。少し大きな胸を持つ彼女は、自信満々な表情でルクシオンと顔を合わせる。
「エルメラ守護団序列十四位。脚光の竜騎士。ルル・メディーラ」
その直後、宙を舞っていた黒いドラゴンがルルの左隣に降り立った。それから、ルルは右手の薬指を立て、白い槌を地面に落とす。
その一瞬で、ルルの体は白を基調にした鎧に包みこまれた。すらっとした細身のシルエットに沿って、黄色い線が伸びる。
鎧の腰にある二本の鞘から剣を一本抜いたルルの隣で、黒いドラゴンが咆哮する。
両腕にそれぞれ一本の鋭く長い爪を生やした黒いドラゴンを凝視したルクシオンが息を飲みこむ。
「コイツ、両腕に黄色い十字模様があるけど、今まで戦ってきたヤツじゃない」
今まで見たことがない黒いドラゴンと相対したルクシオンが驚きの声を出す。
「そうそう。私のドラゴンは、そこらにいるのとは違う突然変異個体。十億分の一の確率で見つかる龍王なんだって。攻撃も強力な私の相棒だよ」
刃渡り五十センチほどある銀色に光る太刀を左手だけで握ったルルが不敵な笑みを浮かべる。
やがて、ドラゴンは背中に黒い羽を羽ばたかせ、空気を切り裂いた。
「因縁の相手役なら、お兄さんを葬った技で倒そうかな? いくよ」
ルクシオンの前で首を傾げたルルが、剣先を真上に向けた。そこにドラゴンが息を吹きかけると、先端に宿った紫色の炎が刀身を包み込む。
炎に覆われた剣をルクシオンに向けて構えたルルは、相対する大きな体の女の前から姿を消す。それからすぐにルクシオンの眼前にルルが飛び出し、一瞬の内に太ももを蹴られた衝撃が全身を駆け抜けていく。
続けて、数十回に及び、ルルの剣先がルクシオンの全身を貫いていった。避ける間もなく繰り出される連撃に、ルクシオンの体が悲鳴を上げる。
「三十一連流星群。そして……」と呟くルルが体を半回転した。その背後には、いつの間にか黒いドラゴンが迫っている。
そうして、ルルがドラゴンの視界から消えた直後、ドラゴンが長い両腕を斜めに振るった。二本の鋭い両爪が、ルクシオンの腹を切り裂き、Xの文字を刻む。
避ける間もなく、全身で攻撃を受けた大柄な女の体が崩れ落ちていく。その直前、彼女は咄嗟に両手を前に伸ばし、倒れていく体を支えた。
「はぁ」と荒い息を吐き出すルクシオンをルルが嘲笑う。
「確か、右手は使い物にならないんじゃなかったっけ? ってことは、左手だけで大きな体を支えようとしてるんだ。その根性を称して、今回は見逃してあげる。無様な負け犬役がお似合いだわ」
トドメを刺すことなく、剣を鞘に納めた脚光の竜騎士がルクシオンに背を向け、一歩を踏み出す。
そのまま数歩進んだ直後、彼女は背中に強い衝撃を受けた。
背後を振り返ったルルの瞳に、いつの間にかボロボロのルクシオンの姿が飛び込んでくる。生まれたての小鹿のように、両足を小刻みに震わせた大柄の女の瞳は虚ろで、何も映しだしていない。
「あの一瞬で立ち上がって、隙だらけの背中に蹴り技を叩き込むなんて。油断したわ。でも、私と同じ舞台に立つ資格はありません」
そんなルルの一言を耳にしたルクシオンは意識を手放した。
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