第十一章 エルメラ守護団

第61話 聖人疑惑

「おぬし、聖人か?」

 木々が折れ、花々が枯れた森の中で聞こえたブラフマの問いかけの意味を、アソッド・パルキルスは理解できなかった。そんな彼女の元に旅をしていたアルケミナと呼ばれる銀髪幼女が歩み寄る。その幼女の傍には白い羽を背に生やした緋色のトラの姿があった。


「アソッドが瀕死状態のブラフマに触れたことで死を免れたのは事実。あれは聖人七大異能の一つ、癒神の手だと思う」

「ユシンの手?」

 黒髪ショートボブ少女の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「触れた生物の怪我や病気を治し、全ての呪いや毒も解除する。その能力を発動させた時、アソッドは瞳を光らせてた。聖人は能力を使う時、瞳を光らせる。それと、この森で人喰いサメに襲われた時、アソッドは傷つかなかった。神に愛されている聖人は傷つかないという言い伝えもあるから、アソッドは聖人の可能性が高い」


 そんな説明や推測をアルケミナから聞かされたアソッドの左隣には、いつの間にかクルス・ホームという巨乳の少女が立っていた。そんな彼女は、首をひねりながら疑問を口にした。

「ちょっと待ってください。アルケアの聖人は一人だけという話を聞いたことがあります。ということは、アソッドさんが国内唯一の聖人ということになります。だとしたら、いくつか疑問があります。なぜ記憶喪失になったのか? アソッドさんとテルアカさんとの関係も気になります」


「クルス。アルケア唯一の聖人は、ヘルメス族の女の子らしい。私の記憶が正しかったら、テルアカが管理する研究施設に聖人の身内がいたと思う。これはあくまでも可能性の一つでしかないが、未確認状態の聖人、もしくは外国の聖人かもしれない」


「聖人の身内。テルアカらしいな」

 アルケミナの隣にいたトラが突然喋りだし、豪快に笑う。一方で、完全に置いてけぼりになったアソッドは、首を傾げてみせる。


「……えっと、聖人って何ですか?」

「アソッド。聖人というのは、世界で十数人程度しかいない稀有な存在で、存在意義は謎に包まれている。現在最も有力な一説は、神の代理人ではないかというもの。現在分かっているのは、聖人七大異能と呼ばれる特殊能力が使えること。神に愛されているから負傷しないこと。強運であること」


「強運といえば、初めてアソッドさんに会った時、最高レアリティのプロマイドを三枚も持っていました。中々入手できないそれを三枚も所持していたということは、強運としか言えません」

 クルスが記憶を手繰り寄せた後、四つ足の獣は異論を唱える。


「未確認の聖人とかなんとか言っていたが、肝心な説を忘れているだろう。アソッドがアルケア唯一の聖人でヘルメス族の女の子だという説だ。あのシステムで人間になったとしたら、辻褄が合うはずだ」


「ティンクの説も一理あるが、それはあり得ないかもしれない。あのシステムで肉体と精神を共に変化したというケースは聞いたことがないから。最もレアケースである可能性もあり得る。記憶消失の原因は、呪いや精神的ショック、を受けたことが多い。でも、聖人は呪いを無効化する能力を使えるから、呪いを受けたからというのは考えられない。つまり、可能性は二つ。あのシステムの不具合で記憶喪失になった? あのシステムで性格が凶変した被験者に出会ったことがあるから、システムによって精神に異常が起きたのかもしれない。もう一つは、テルアカ絡みで精神的なショックを受けた可能性。まずは、アソッドが絶対的能力者である可能性から確かめる必要がある。クルス」


 呼ばれた助手は嫌な予感を覚え、体を小刻みに震わせた。あの日、すっぽんぽんの幼女に自身の裸をジロジロ見られ、能力者の証である印を探された後、同じことを目の前の全裸幼女にやるよう強要させられた。その記憶が蘇り、鼻から血が垂れてしまう。

「先生、まさかここで僕と一緒に……」


「そう。アソッドが絶対的能力者だった場合、体のどこにEMETHという文字が刻まれたのかが気になる。見たところ、アソッドの体には、それっぽい印はないから、あるとすれば衣服で隠れた箇所しかない」

 クルスの思考を読んでいたアルケミナの話を聞き、彼女の助手は腹を立てながら、右手で垂れた血液を拭き取る。


「ここには、ブラフマさんやティンクさんもいるんです。僕も男ですから、男3人の前で全裸にするなんて、破廉恥です!」

「えっ、クルスさんは男だったんですか?」

 事情を知らないアソッドが驚きの声を出し、ティンクが右手を挙げた。

「じゃあ、俺が見る。絶対的能力で俺の体をカワイイ姉ちゃんにすれば、問題ないはずだ」

「変態」

 アルケミナの冷たい視線を受け、ティンクの巨体が後ろに飛び、木々の葉も揺れた。


「それなら、僕もアソッドさんの体をジロジロとみるなんて変態行為をやらなくていいですね」

 ティンクのおかげで、変態行為を免れそうだとクルスは安堵する。さらに、思わぬ方向から援護射撃が入った。

「アルケミナ・エリクシナ。ワシの知り合いの中に聖人に詳しいヤツがおる。ワシの知人の孫娘ならすぐに正体を見抜くはずじゃ。今から連絡して来てもらうとしよう」


 ブラフマの話に耳を傾けたアルケミナは、視線をアソッドに向ける。

「そう。それならその人に任せたいが、アソッド。どうする? ブラフマと行動を共にすれば、自分の正体が分かるかもしれないから、悪い話ではないと思う」

「先生。旅を中断して、ブラフマさんと行動するという選択肢は……」


「ない。私たちの目的は、あくまでテルアカとアルカナの行方を探すこと。その過程でアソッドとテルアカを再会させること。目的を見失ったらダメ」


 一言で却下され、選択肢は二つとなる。このまま、旅を続けたら唯一覚えていたテルアカと呼ばれる人物に会えるかもしれない。だが、彼女はそれ以上に自分のことが気になっていた。もしかしたら聖人なのかもしれない。だったら、その聖人について詳しく知っている人に会ったほうが、自分の正体に迫ることができるのではないか?


 そんな考えが頭の中で渦巻き、疑惑の少女は沈黙してしまう。同時に心を霧が包み込んだ。アソッド・パルキルスという名前とテルアカという言葉。これだけしか覚えていない状態で、彼女は森の中を彷徨っていたのだ。

 

 自分のことは何も分からず、すごく不安だったこと。


 テルアカという人物のことを知って希望が持てたこと。

 

 二つの記憶が混ざった中で浮かび上がった聖人疑惑。自分の正体を知ることができたら、何か分かるのかもしれない。そんな期待を抱いたころ、アソッド・パルキルスは凛とした表情になった。


「決めました。ブラフマさんについていきます。私の正体が分かったら、少しでも失った記憶が取り戻せると思うんです。アルケミナさん。クルスさん。また会いましょう」


 決意した少女は頭を下げ、ブラフマの近くに歩みを進める。続けてアルケミナはブラフマに尋ねた。


「ブラフマはこれからどうする? 私たちはアルカナがいるシルフに向かう。その知り合いとアソッドを会わせた後で私たちと合流してほしい」

「イヤじゃ。ワシはしばらく修行生活じゃ。ワシを襲ったヘルメス族の高位錬金術師に負けたままでは終われんよ。ヤツはいい修行相手になるから、一石二鳥じゃ」

 修行相手という言葉と共に、クルス・ホームの中である思いが流れ込んできた。

「先生、話があります」

 アルケミナ・エリクシナの助手は、真剣な顔つきになり、胸に秘めた決意を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る