第60話 陰謀

「意外と呆気なく終わったな」

 召喚された棺桶の中に痩せ細った男の遺体。

 絨毯の上に置かれたそれを見下ろしたカオスか呟く。

 

「そうですね。首相に報告した方が良いでしょう。トール死亡。残党狩りをすれば聖なる三角錐は完全に壊滅するって」

 テルアカの指示を聞き、カオスが唸る。


「情報によると、残党は六名だったな。その内の二人は、目の前にいるヘルメス族」

 そっとラスが右手を挙げる。

「正確に言うと、残党は僕とルスお姉様を数に入れると五人なんですよ。あの女性の石像は僕の仲間だったんです。トールの怒りに触れて、あんな石像になってしまいました」

「つまり残党は、この場にいるヘルメス族を除外すると三人ってわけか」

「そういうことになります」


「ところで、そのヘルメス族はどうするんだ? テルアカの知り合いということだが、悪事に加担していたのも事実だ。然るべき処置を受けてもらうのが筋だろう」

 カオスの意見に耳を傾けたテルアカが腕を組む。

「そうですね。ラスと姉は私が首相のところに連れて行きます。そこで然るべき処分を話し合います。ということで、カオスはトールの遺体を首相官邸に運んでください。私達はこの城で積もる話をしてから、合流します」

 ラスが一歩を踏み出し、カオスの右腕を掴む。

「僕が首相官邸まで外に送ります。左手で棺桶に触れていたら、一気に送ることも可能ですが……」

 この時、カオスは思い出したように声を出した。

「そうだった。この城の庭で仲間が一人気絶していたんだった。すっかり忘れていたよ」


「分かりました。それでは二往復させていただきます。首相官邸に棺桶を届けてから、あなたたちを官邸に送り届けます」

「イヤ、そんなの面倒臭いだろう。城の庭まで瞬間移動すればいい。後はあんたの姉から貰った槌で仲間を回復させてから、二人で遺体を移送する」

「分かりました。それでは、そのようにさせていただきます」

 カオスの考えを受け入れたラスは、左手を棺桶に触れさせた状態でカオスの手を右手で掴んだ。瞬く間に棺桶とカオスはラスと共に姿を消した。


 城の中庭でサニディは倒れていた。体中が痛くて動くことすらできない。そんな状況下、彼の背に何かが触れる。その次の瞬間、痛みが消えていき、彼は立ちあがる。

 サニディが前を見ると、そこにはカオスが立っていた。その手には緑色の槌が握られている。

 仲間の近くには棺桶が転がっていた。


「カオス、何がどうなっているんだ? あのヘルメス族の餓鬼はどうなった? あの棺桶は何だ?」

 矢継ぎ早に質問して状況を理解しようとするサニディ。そんな彼にカオスは事実を打ち明ける。

「詳しい事は後で話すが、聖なる三角錐のリーダー、トールが死んだ。今からこの遺体を首相官邸まで運ぶ」

 回復して立ち上がったカオスの仲間を見届けたラスは、カオスの背後から姿を消した。

 改めて周囲を見渡して、ラスがいないことを確認したカオスは、声を殺しサニディに伝えた。


「この仕事には裏がある」

「それはどういうことだ!」

 思わず大きな声を出すサニディの口をカオスは右手で覆う。

「大きな声を出すな! まだ近くに仲間がいるかもしれない。潜伏先判明は偶然かもしれないが、潜伏先潜入時点からおかしいんだ。罠らしい罠もなかった。実は遅れて五大錬金術師のテルアカも来たんだが、その直後から不自然な点が目立ち始めたんだ」

「不自然な点?」


「俺達が相対していたヘルメス族の餓鬼はテルアカの知り合いだった。城の中にはテルアカの弟子もいた。マリアの姉弟子らしい。極め付けはトールの死亡。俺達が城に潜入してから数分後にトールが死ぬなんて偶然にしては出来過ぎている」

「つまり、この仕事には裏があるってことか? それでどうするんだ?」

 何となく状況を理解できたサニディが尋ねる。するとカオスは真剣に答えた。

「決まっているだろう。城に潜入する。今頃尻尾を出しているかもしれないからな」


 カオスとサニディが再侵入しようとしていることなど知らないルスは、槌を次々に叩き、紅茶パーティーの準備を進めていた。


「そういえば、ちょっと厄介な事になっているのですよ。アソッドがアルケミナ・エリクシナたちと行動を共にしているようなのです」

 机にティーカップを並べながらルスが伝えた。その事実を聞いたテルアカは顎に手を置く。


「確かに厄介ですね。でも、アソッド一人では私達の計画を止めるなんて不可能とラスの姉は考えているんでしょう。私も同意見です。ただ、アルケミナ・エリクシナとその助手を見くびらない方が良いかもしれません。もしもあの二人が計画を知ってしまえば、命を賭けて全力で阻止しようとするでしょう」

「ルスや姉弟子は面識ないから分からないと思うけど、アルケミナとクルスくんは脅威になるかもしれない。そういう共通認識は必要だって姉弟子にも言っておかないと大変なことになるかも」

 マリアがテルアカと共の口を揃えてアルケミナの脅威を指摘した。それを聞きながら、ルスはティーポットを傾け、ティーカップに紅茶を注いだ。


「審判の日まで残り一か月。それまでに解決すべき問題は山積みなのです。協力して前日までに最終段階に突入できるよう頑張らないといけないのですよ」

「忙しくなりそうですね。紅茶を飲みながら対策を考えないといけません」

 テルアカが頭を抱えていると、マリアは思い出したように呟く。

「そういえば、姉弟子遅くない?」



 階段を降りた先は、煉瓦造りの地下室だった。灯りの炎が静かに揺れる。

 サニディに背中を預けたカオスは扉を開けた。歩く度に花が咲くカオスにとって、潜入捜査は難しい。歩けば足跡が残ってしまうのだから。花々が咲くはずのない廊下に花が咲いていたら、目立ってしまう。そのためカオスはサニディに背中を預け、雷石を足元の花にぶつけ、小規模の爆破によって痕跡を消していたのだった。

 面倒臭いが、こうでもしなければ侵入がバレてしまう。自身の能力を恨んでいたカオスだったが、サニディという相棒がいて助かったと思っていた。

 

 鉄製の扉を開けたカオスは、目を大きく見開き驚いた。開けた地下室には大きな檻があって、檻の中では一人の男が拘束されていた。

 檻の中の男が、真っ赤な瞳で睨み付け、二人の侵入者は戦慄した。

「何か怪しいと思って警戒していたら、見つかってしまったみたいですね」

 侵入者の背後からラスが声を出した。

 ラスは扉を閉じた。そして、扉に背中を向けながら、二人の侵入者と視線を合わせた。


「この部屋のことを知ったあなた達を生きて返しません」


 数分後、ラスは王室で行われるお茶会に顔を出した。遅い到着にルスは頬を膨らませた。

「遅いのです。準備が終わって、ここからお茶会開催ってところなのですよ!」

「ごめんなさい。カオスとサニディでしたっけ? あの二人が城に侵入して、あの地下室に偶然辿り着いたようなので、対処していました。とは言っても、地下室の中に閉じ込めただけですが」

「姉弟子、鬼畜ね。あんなところに閉じ込めたら、数分で死んじゃうよ。私なんか危険だから一度もあの部屋には入ったことないのに……」

「そろそろルスお姉様以外の相手と戦わせて経験を積ませる頃だと思ったので、こういう処置を行いました」

 ラスの言い分を聞いた後、テルアカは咳払いした。

「まさかあの二人が侵入してくるとは予想外でした。ラスの考えは正しいです。これで計画遂行に一歩近づきました」


 やがては世界を震撼させる計画を実行しようと動いている四人の錬金術師たちのお茶会は始まったばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る