自称シャーロック・ホームズの推論
根谷つかさ
『死体の無い殺人事件①』
「私が殺しました」
そう言い放ったのは、大人しそうな少女だった。聞いた話と手元の資料から得た十三歳という情報が無ければ、もっと幼く見えたかもしれない。
美容院に行っておらず手入れもされていないであろう事がよく解る、ボサボサした長髪。薄い唇から漏れる、生気の無い声。ロボットなのでは、と疑いたくなるほど感情のない瞳に見つめられては、ああ、本当に殺したんだな、と信じてしまいそうだった。
しかし、現状はそこまで簡単では無い。
「それでは、死体はどこかに隠したんだね?」
そう聞くと、少女は首を横に振る。
「殺しただけです。いじってません」
私はもう一度、手元の資料を見る。
「しかしね、死体はどこにも見つかっていないんだ。死体は勝手に動かない。だから私は、君が本当は誰も殺していないのではないか、と思っている」
静かに、刺激しないように言ったのだが、少女は首を小さく横に振る。その振り幅は次第に大きくなり、最終的には取り乱した。
「殺しました。殺したんです。私は、私が、私が殺しました」
「わかった、わかった、信じよう。君は人を殺した」
落ち着かせるためにそう宥めて、しばし考える。
ここは警察署の取り調べ室。私は警察では無いが、私を呼んだ男が、マジックミラーの向こうに居る。鏡越しにそいつを睨む。
意味の無い八つ当たりをしてから、一息ついて、もう一度資料を見た。
少女は今朝、この警察署に「人を殺しました」と自首してきたという。警察達が話を聞いても要領を得ず、少女の話からして死体現場であろう場所を探しても、死体は見つからなかったそうだ。
私を呼んだ張本人は「助けてくれ」と懇願してきたのだが、そいつの上司からは「すまん」と謝られた。で、少女と顔を合わせてみれば、この有様。
「では、ひとつ聞かせてくれ。これが済んだら、一旦休憩にしよう。──君が殺したのは誰だ」
少女は答える。
「ケイト・フォランダー」
聞いた話の通りの回答。感情の無い少女の瞳から逃れるため、資料に目を落とす。少し思考を働かせてみたが、空転してすぐ停止した。、
「ありがとう、では休憩にしよう。少し失礼する」
立ち上がり、取り調べ室から出る。
すると、私に合わせたらしく、取り調べ室の横の部屋からもう一人、金髪の若い男、ダニエルが出てきた。
「どうだい、エレノア」
「どうもこうもあるか、クソダニエル。何故これに私を呼んだ。私は探偵だぞ」
「解ってる。でも、手を貸して欲しい」
「すまないが、彼女を救う事は探偵には出来ない。精神科医が妥当だ」
「それは駄目だ!」
「なぜ!」
思わず声を荒らげると、ダニエルは俯き、拳を握る。
「今、彼女を精神科医に送れば、十中八九入院だろう。でもね、ぼくには、ぼくは、仕事の都合で入院病棟を見た事があるが、あの場所が、十三歳の少女を放り込んで良い場所だとは思えないんだ」
「仕方の無い事だ、ダニエル。彼女は立派な精神病だ」
「……解ってるんだ。でも、なんとかしてやれないか」
「なんとか? なんとかとはなんだ。君は彼女の言ってる事を理解しているのか?」
「言い分は、暗記までした。……けど、理解は出来てない」
「だろうさ。まともじゃない。良いか、彼女はな、ケイト・フォランダーという人物を殺したと言っているんだ。それで、彼女の名前は?」
解りきった事を問うているのに、ダニエルはしばらく沈黙してから、重たい口調で、やっとのことで、こう答える。
「──ケイト・フォランダーだ」
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