クラス裁判 

早瀬茸

第1話 木を隠すなら森の中

 ここは私立光谷しりつひかりだに高校。この学校では、帰りのホームルームが終わった後、あることが行われていた。それは、その日に問題になった出来事を先生を除いたクラス全員で話し合うというものである。話し合いというと、平和で穏便な感じを想像するだろう。しかし、話し合いと表現するには、いささか殺伐としている。まあ、簡単にいうと裁判みたいなものだ。その行いはこの学校の伝統のようなもので、いつしか「クラス裁判」と呼ばれるようになっていた。そして、例にもれず今日もクラス裁判が行われる。――――


 俺は光谷高等学校の一年生の江藤えとう琢巳たくみだ。部活には入らず、他の人と、あまり変わりない生活を送っていた…のだが、少しやばい状況になっている。いや、俺の人生史上一番やばいといっても過言ではない。最悪、最低、最下だ。なぜなら、今は「クラス裁判」というこの学校特有のイベントが行われているのだが…、犯罪者にさせられるかもしれない。

「それでは、体操服を奪った犯人は江藤くんということで、異論はありませんね。」

 なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ。なぜ、こんなことになっている。俺はそんな体操服を奪うようなマネなんか絶対しないのに。体操服を奪うなんて馬鹿のやることだ。こんな行為、ばれた時のリスクとリターンが合っていない。そんな行為をしてばれてもみろ、学校を退学にさせられ、周囲からは冷たい目で見られ、一生体操服泥棒というレッテルを貼ったまま、生きていかなきゃなるんだぞ。まあ、まさに俺がその状況になりそうなんだが…。くそ、どうすれば。とりあえず、俺には判決を長引かせることしか…。

「ちょっと待ってくれないかな。確かな証拠もないのに、僕を犯人だなんてひどいと思うんだけど。」

 俺は、冷静な判断をしてもらうため、優しい口調で話しかける。

「でも、誰の反論もないのだよ。それに、目撃証言も出ているし、もう議論の余地はないと思うんだが?」

 今この場を取り仕切っているのは、委員長の東城とうじょうだ。クラス裁判は委員長が取り仕切ることになっている。こいつは、まじめなやつで、弓道部に入っており、何でも出来るタイプだ。明るくて気さくで、みんなからの信頼も厚い。くそ、このままでは…。

「でも、物的証拠もないわけで…。」

「絶対そいつが奪ったもん。私、そいつが昨日の放課後、教室に誰も残って居ない時にこっそり私の体操服を取って、下駄箱の方向にこそこそ行くところを見たんだもん。」

 そう涙ながらに訴えてきたのは、今回この問題を提起した原川はらかわだ。原川はクラスのアイドル的存在で、みんなから人気がある。まあ、俺から見てもかなりかわいい部類に入る。俺が犯人させられそうなのはこいつのせいである。こいつが俺が体操服を奪ったところを見たと言っているのだ。確かに、俺は忘れ物をとりに、誰も居ない教室に入ったが、そんなことはもちろんしていない。…どうなってんだ、一体。

「おい、そろそろ認めろよ。原ちゃんが嘘つく訳ないだろ。」

「そうだぞ。往生際が悪い。」

「そうだ。そうだ。」

 クラスの原川ファンからそんな声が上がる。

「認めたら、楽になれるよ。これからのことは僕も相談に乗ってあがるから。」

 東城がそんなことを言ってきた。はあ?楽になれるだあ?相談に乗るだあ?他人事だと思いやがって。認めたら、俺のこの先の人生どうなるか分かって言ってんのか?それとも、あれか責任取れんのか?無理だろうね。俺の人生終わったも同然だぞ。

「気持ち悪い…。」

「ほんと最低ね。」

「いつかはこんなことしでかしそうな雰囲気だったしね。」

 女子の連中からそんな声があがる。くそ、やっぱりイメージか…。確かに、俺は根暗で友達も少なく(この学校ではまだそう呼べる人たちはいない。)本を読みながら笑ったりすることもあったが…。気持ち悪いことは認めるが、絶対犯罪には手を出さない。

「そろそろ、認めたらどうだい。」

「そうだよ。認めてよ。」

 東城と原川からそう言われた。くそ、この人気のかたまりみたいな二人から言われたら、人気が底を突き抜けている俺は取り付く島がないじゃないか。何か、何かないか、何か…。

 …そういえば、なぜ原川はこんな嘘をついているんだ。

「原川、辛かったよね。あんなクズこの世界から居なくなっちゃえばいいのにね。」

「…うん。」

 原川の友達の足立あだちが原川をなだめている。原川か…、まさか。でも、これを言ってしまったら取り返しがつかなくなるかもしれない…。ええい、どうせやばい状況なんだ。一か八かだ。

「原川さんってお兄さんっている?」

「ちょっと、今はそんなこと関係ないでしょ。」

 足立がそう答えた。邪魔だ、お前じゃない。

「僕は原川さんに聞いたんだけどな。それに関係あるかもしれない。」

「…居るよ。」

「原川あんなやつの質問に無理に答えなくていいから。」

「足立さん、当人たちの問題だから、少し静かにしてもらってもいいかな。」

 東城がそう言うと、足立は舌打ちしながらも引き下がった。正直、助かった。

「ありがとう。」

「いやいや、これが僕の役割だからね。礼を言われる筋はないよ。…でも、あまり関係ない質問をしていると、止めるからね。」

「ああ、分かった。」

 これで、続きが出来る。

「原川のお兄さんの名前は秀悟しゅうご、じゃないかな。」

 俺がその名前を言った瞬間、教室内がざわついた。原川秀悟、中学の時の俺の一年先輩にあたる。彼はとても人気があり、みんなに慕われていた。中学三年の10月あたりまでは。彼は11月のある日、とある女子生徒に暴力を働いたとして、警察に捕まった。新聞やニュースには名前は出されていなかったが、俺らの地域には名前もすぐに広まり、知らない人はほとんどいなくなった。

「本当なの?原川?」

「…うん。」

 教室内がさらにざわついた。なんせ、クラスのアイドルが犯罪者の妹だったのだ。驚くのも無理はない。

「でも、それがこの事件と何か関係あるのかい?」

「…実は、そのことを告発したの。僕なんですよ。」

 教室はことさらに騒がしくなり、悲鳴にも似た声もあがった。あのときは、その女子生徒に頼まれて、証拠を集めたんだよな。なんせ、向こうはその犯行はみんなの目が届かないような場所でやってたからな、証拠集めは本当に難しかった。…まあ、人気者はそこらへんが上手いのかもしれない。妹も。

「なるほど…。原川さんが嘘をつく動機はあるってことを言いたいのかい?」

「はい。」

 犯罪者の妹ということで、たくさん苦労をしただろう。それを作った元凶に復讐したいと思うのは必然と言える。

「でも、だからって君が犯人じゃない理由にはならないよ。」

 東城のその言葉に、そうだなとかだよなとか同調する言葉が聞こえてきた。くそ、これが人気者と底辺の住人の差か…。考える余地をくれない。しかし、これで完全には原川のことを信じられなくなったであろう。何か…。この状況を覆せるもう一手はないのか…。学校にあるもの…。この教室にあるもの…。あったもの…。体操服…。…そういえば。

「委員長、原川さんにいくつか質問いいですか?」

「ああ、いいよ。」

 俺は許可を取って、考えを整理して、いくつか質問をしてみる。

「原川さん、何で僕が体操服を取ったところを見ることが出来たんだっけ?」

「…それは、さっきも言ったよ。トイレに行く途中にたまたま見たって。」

「原川さんは友達と別のクラスに残っていて、トイレに行く途中に見た。…それは、さっきの確認の時に聞いたはずだよ。」

 そう、このクラス裁判ではクラス内のイベントとはいえ、しっかりとした証拠がないと告発出来ない。だから、きちんとその事件の確認をするのだ。さっきのことは確かにその時に聞いたことだ。だが、

「そして、何も持たずに戻ってきて、30分くらい話した後、友達と一緒に帰った。で、あってるかな。」

「はい、あってます。」

「そうなんだよね。だとすれば、昨日の時点で体操服を持って帰ることは不可能。友達もトイレから戻ってきた後はずっと一緒にいたって言ってたしね。…そして、今日。今日も不審な動きを見たって声は上がらなかった。」

「そう。だから、体操服は君が持って帰ったこと以外に考えられないのだよ。…後、付け加えておくと、昨日の時点ではあったし、放課後の前の段階であるのを見たって人も何人もいた。」

 東城がそう補完した。俺らのクラスのロッカーはドアとか何も付いていなく、ロッカーの中身が丸見えなのだ。セキュリティ的にどうなのかとは思うが。今回はそれのおかげで、こういう状況になっている訳だ。もっとちゃんと安全にしてもらいたい。まあ、もう今更どうでもいいが。

「ああ、そうだね。でも、もし、原川さんが体操服を隠せるとすれば、それは昨日、僕が教室を出た後から友達のところに戻ってくる間だね。」

 ちなみに、俺が教室に忘れ物を取りに行った時間と原川さんがトイレに行った時間はあっている。だから、俺が一人で教室にいたところを見たのは事実だろう。この時間がずれていれば、簡単に論破できただろうに。

「確かに、そうだけど。でも、どこに隠すんだい?トイレに行って戻ってきた時間は短かったって友達も証言をしている。遠くにはいけないはずだ。だからって近くにすれば、すぐに見つかるはずだ。一応、各教室は探してある。他のところに隠そうとすれば、すぐに見つかるはずだよ。まあ、走ればあるいは…。」

「走ってないよ!」

 原川さんがそう大声を上げた。急に大きな声を上げたので、俺を含めたクラスメイト全員が驚いた。

「ああ、ごめん…。でも、走ってる音なんて聞こえなかったよね?」

 原川さんはその一緒にいた友達の一人の足立さんに聞いた。

「うん。そうだね。確かに聞こえなかった。変な言いがかりはよしてくれる。」

 足立さんはそう俺に厳しい口調で言った。足立さんは、原川さんのことを信じている様子だ。厄介な。

「委員長、もういいでしょ。江藤が犯人てことでいいじゃん。」

 原川さんは委員長にそう訴えかけた。

「まあまあ、そう焦らなくても。原川さんが嘘をついていなければ、江藤くんが犯人ということは揺るがないよ。」

 委員長がそう言うと、原川さんはしずしずと椅子に座った。こうなったら、委員長が東城で良かったと思える。原川さんに少しでも情があるやつだったら、もう、反論むなしく犯人いさせられていただろう。そういう意味では公平にしてくれて、感謝である。

「それで、江藤君はどこだったら見つからずに隠せると思うんだい?」

「よく言うじゃないですか。木を隠すなら森の中って。」







 俺は東城と原川と足立についてきてもらい、とある場所に向かった。そして、目的地に着くと、

「ここって、保健室じゃない。」

 足立がそう声を上げた。

「そう、保健室。保健室だったら、近いからトイレの時間くらいで戻ってこれるでしょ。」

「まあ、確かにそうね。でも、どこにあるって言うの?ここにあったらすぐ分かると思うんだけど。」

「体操服を隠すのに適した場所があるから。とりあえず、入ろう。」

 俺はノックをして「失礼します」と言い、中に入った。中に入ると、保健の先生がいた。

「あら、どうしたの?4人もそろって。」

「ちょっと、用事がありましてね。…ここの棚開けていいですか?」

「いいけど…。体操服しか入ってないわよ。」

「あっ。」

 と足立さんが声をあげた。そう、ここだったら隠していても分かりづらいだろう。なんせ体操服しか入ってないからな。どうやら、東城は見当がついていたみたいだ。原川は少し目が泳いでいた。

「先生、この中を見て不自然なところはないですか?」

「不自然なところ?…あ、サイズが違う?」

「サイズ?」

「ええ、体操服はサイズごとに置いているのだけど、この一着だけサイズが小さいわね。」

「これで決まりだね。原川さんがここに置いたって。」

「まあ、確かに。サイズも原川のもので間違いないし…。ほんとにそうなの?」

 足立は原川に尋ねた。

「…確かに。私のだけど。でも、まだ私がここに置いたって決まってないでしょう?」

「あ、確かに。江藤でもやろうと思えばできるはず。」

 原川と足立がそう反論してきた。

「まあ、確かにそうだね。でも、それについても証拠はあるから。…また、説明するの、めんどくさいから一旦戻ろう。ね?委員長。」

「ああ、そうしようか。」

 


 そして、俺たち四人は教室に戻り、体操服のありかについて説明した。まあ、またここでも江藤にも隠せただろうという声が上がった。

「それについては、江藤くんのほうから説明があるみたいなので、静粛に。」

 東城がそう言って、みんなを黙らし、みんなの視線が俺に集まった。

「分かりました。まあ、まず一つにそんなことを僕がやっても意味がないということです。状況的にどのように考えても、保健室なんかに隠すよりロッカーに戻したほうがいいでししょう。」

 俺がそう言うと、みんなは黙って納得したような顔をしていた。…反論があがらなければ、これで勝ちだろう。そう思っていたが、思わぬところから反論があがった。

「一ついいかな。立場上、あまり反論するのはよろしくないのだけど、気になってね。…この状況を作り出すための罠ってことは考えられないかな。」

「…僕がこの状況をわざと作りだしたってこと?メリットが皆無だと思うんだけど。」

「そうでもないだろう?もし君が仮に、体操服を取る時に原川さんに見られていることに持って帰る途中に気づいていたら?そこで、君はこのシナリオを考えた。もし、ロッカーに戻してしまったら、証拠の材料的に考えてクラス裁判にかけることは難しいだろうけど、原川さんがその噂を流すことによって君の評判が悪くなるからね。君はそれを恐れた。」

「ちょっとまって。僕がそんなことする訳ないだろう。それに、僕は一度追い込まれていたんだよ?あれは、演技だったって言いたいの?」

「可能性はありうるね。」

「そんなわけないだろう?僕はそんなに演技は上手くないし、それに、そんなシナリオを描けるほど頭も良くない。」

「それは、君にしか分からないからね。僕は、これが真実かもしれないって思っただけだよ。」

「…そうか。」

「まあ、これは君が頭の切れる人だって思った場合の推測だけどね。」

「はあ?」

「もっと単純に考えれば、慌ててそうやったっていう場合も考えられる。」

「慌ててそうやったにしては、よくあんな場所思いついたように感じるけどね。」

「まあ、そうだね。…にしても、責めているのに余裕そうだね。」

 俺は委員長にそう言われた瞬間に笑ってしまった。

「ああ、さっき言ったでしょ。証拠はあるって。それに買いかぶりですよ、委員長。僕はそんなに頭の切れるやつじゃないです。」

 俺はそう前置きして、その証拠を話し始めた。…まあ、委員長のあの推理を聞いた後だと、話しにくいが。

「まず、僕は教室を出た後、保健室の方向に向かっていません。…それは、原川さんもそう言っていたはず。」

「そ、そんなこと…あっ。」

「そう、原川さんは僕が下駄箱のほうに向かったと言っていた。下駄箱と保健室の方向は逆です。…僕がばれないように一目散に帰ったってことを印象づけるために言ったんでしょうが、それがあだになりましたね。」

「で、でも、下駄箱のほうに向かってから、戻ってくれば保健室にはいけるはず。」

 原川がそう反論してきた。それは、確かにそうだ。この場合俺がどっちに帰って行ったかはあまり問題ではない。原川が言った通り、逆方向に行ったところで戻ってくればいい話しなのだから。

「まあ、確かにそれはそうだね。でも、実は僕はあの後下駄箱には向かっていない。廊下の曲がり角に消えた僕を見て、方向的に下駄箱に向かったと思ったんでしょうが。…僕は、あの後図書室に向かったんです。」

「…っ。」

 原川さんは絶句した表情をしていた。そう、俺はあの後、図書室に向かったのだ。図書室に行くにも、下駄箱に行くにも階段を使う。しかし、前者は上りで、後者は下りなのだ。…原川がいたところからは上ったか下ったかは見えないはずだ。

「そして、図書室には入室してきた人の時間が記録されるシステムがある。…調べてみれば、僕が入室していたって分かるはずです。」

「……。」

 原川は目が泳ぎまくっていた。まあ、無理もないだろう。自分の嘘がばれそうなのだから。

「……あっ。で、でも、走っていけば時間のつじつまを合わせることは出来るんじゃない?」

 原川が光明を得たとばかりにそう言ってきた。はあ~、馬鹿なのか?

「それも、さっき足立さんが言っていたじゃないですか。…走ってるような音はしなかったって。」

「……。」

 原川は今度こそ黙りこんだ。知らず知らずの内に墓穴を掘っていたのだ。そうなるのは必然と言える。

「え、ほんとに?」

「まさか、あの原川が。」

「いい人だと思っていたのに。」

「さすがは、犯罪者の妹と言ったところか。」

「人をはめるなんて最低。」

 そんな声がところどころで聞こえてきた。原川が立ったまま、俯いて震えていた。…これで、俺が犯人ってことは無くなったであろう。はあ…、まじで疲れた。

「だって、復讐したかったんだよ。お兄ちゃんをあんなことにした、お前に!」

 と、一呼吸置いていると原川がそう訴えた。何を言ってるんだお前は。

「まあ、お兄さんが捕まって色々と大変だったんだろう。しかし、お前のお兄さんは許されないことをした。捕まって当然だろ。」

 俺は怒気をはらんだ声でそう言った。被害者のことを思うと、イライラせずにはいられない。

「でも、もし、お前が告発するようなマネをしなかったら、私の家族は平穏に暮らすことが出来てたんだよ!それを考えたら、どうにかしてお前を困らせてやりたいと思って!」

 原川の化けの皮がはがれてきている。仮面をかぶっていたところは兄と一緒か。

「お前は何を言ってるのか分かってるのか。犯罪を見て見ぬふりをしたらよかったと言ってるんだぞ。」

「ああ、分かってるわよ!でも、それでも、お兄ちゃんのあんな姿見たくなかった…。」






「お疲れ様。」

「ああ、ほんとに疲れた。」

 今、俺はベンチに座って、東城からのねぎらいのジュースをもらっているところだ。原川の動機は自分がひどい目にあったからではなく、兄をひどい目に合わせたかららしい。兄は逮捕されてからというもの、自暴自棄に陥り、精神が崩壊し、廃人同然になったらしい。そして、原川はいつか俺に復讐しようと機会を伺っていたところに、復讐するチャンスがきた。あの作戦はとっさに思いついたものらしい。まあ、もっと計画されていたら、俺は本当に犯罪者にされていたかもしれない。まあ、冤罪だが。

「それにしても、よく許したね。」

「ああ、まあな。別に、もっと大きな問題にしてもよかったんだが、そうしたら色々めんどそうだしな。」

 俺が許さずに、問題を大きくすれば、色々と根掘り葉掘り聞かれるだろう。…もうそんな体験は二度としたくない。

「…なるほど。そんな理由で、…変わってるね。」

「そうかな?俺はただ平穏に生きたいだけだ。…それに結局、原川にも一定数のファンはいるからな。公にしたら、俺の立場が悪くなるかもしれない。」

 原川が全てを話し終えた後でも、擁護するひとが少なからず居た。今まで築いてきた人気故だろうか。

「そうか。…ところで、一人称や話し方がさっきと変わってるけどどうしてだい?」

「ああ、さっきは出来るだけ優しい口調を心がけたからな。そっちの方が良かっただろ。」

「まあ、そうだね。話し方が優しいほうが、印象は良くできる。…別に買いかぶりすぎでもなかったようだね。」

「ん?何か言ったか?」

「いや、別に。…そろそろ帰ろうか。」

「そうだな。…この学校ってなんで図書室だけあんなにセキュリティがしっかりしてるんだろうな。」

「…図書は人の心を豊かにする。故に、その図書を奪われるのはどのような場合でも、あってはならない。この学校はそういう方針らしいよ。」

「…なるほどな。それは、分かるんだが、そうしたらロッカーにも対策して欲しいな。」

「確かにね。そのおかげで、君は危うく犯罪者にさせられるところだったからね。」

「勘弁して欲しいよほんとうに。」

「そうだね。…ところで、その君が告発したっていう事件の被害者と君はどのような関係だったのかな。」

「ああ。妹だよ。」

「…なるほどね。それを聞くと、なおさらよく許したねと思うよ。」

「ああ、まあ、肉親がひどい目にあった時の気持ちは、少なからず分かるからな。」

「…君は将来必ず成功すると思うよ。」

「はあ?そんなこと未来のこと分からないでしょう。それを言ったら、委員長のほうが成功しそうに感じるが。」

「そうでもないよ。僕は…、いや、やめておこう。人に話すようなものでもないからね。」

「そうか。…いや、でも、クラス裁判の時のあの推測はすごかったぞ。」

「あれも、結局は外れていた…。その程度だよ、僕は。」

「…まあ、そう言うなよ。俺だって、どこにでもいるような一般的な生徒だぞ。」

「そうかな?」

「そうだよ。」

「まあ、そろそろほんとうに帰ろうか。君も疲れただろう。」

「そうだな。」

 俺と東城はそこで分かれた。クラス裁判、次はいつ開かれるのだろうか。

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クラス裁判  早瀬茸 @hayasedake

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