特別な夜に
新藤量司
第1話 秋
目を覚ますと、私は床の上に転がっていた。
帰宅して、着替える前に、疲れ果てていたようだ。
午前1時。
いつもなら、変にむかついた胃を慰めるために、
一杯の水を飲んで、混沌とした意識で、布団に倒れこむ。
しかし、どういったわけか、今夜は違った。
身体は穏やかな力に漲っていて、
頭はいつになく透き通っていた。
立ち上がり、窓を開け、外気で部屋を満たす。
私はいつも、この空気の匂いを嗅ぐと不思議な高揚感で胸がいっぱいになり、
世界は愛で満たされている気分になり、なぜか少しだけ悲しくなった。
・・・
幾度となく、この生活から抜け出そうと考えてきた。
繰り返しの生活から。
同じ時間に、同じ場所へ行き、同じ仕事を繰り返し、同じように休日を過ごす。
消耗する毎日。限界の毎日。底のない毎日。先のない毎日。
どうしようもなかった。
しかし、私には不思議と絶望していなかった。
全てを変える日が、突然、私を訪ねてくる。
そんな日が、いつか来るのだと、信じていた。
だが、夏は、私に言った。
待っているだけでは、何も変わらない。
そんな日は、来やしないし、お前は何も変わらない。
・・・
しかし、どうやら、正しいのは私だったようだ。
午前4時。
私は、物書きを始めることにした。
永い夏に別れを告げ、颯爽と秋に手を引かれながら。
(外では、遠く、エンジンが鳴っている。)
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