異世界《ティファーニ》で朝食を~アナザーワールド・ツアーコンダクター
芳賀 概夢@コミカライズ連載中
第1話:異世界旅行で高鳴りを
自動ドアが開いた途端、そこからあふれだす喧噪と熱気に彼女は当てられた。
普通の旅行代理店とは、まったく異なった世界の空気だ。
「異世界【イオルゼリア】の雰囲気ってどう?」
「また新しいダンジョンが出てきて盛りあがっているらしいよ」
それは、人間、エルフ、アンドロイド……多くの人種の坩堝で交わされるコミュニケーション。
「ビギナーでも安全にアポカリプスが楽しめる、サイバーな異世界【リゲッターズ】! 君も
それは、壁に掛けられたモニターから流れる、この街――東京――とはまったく違う風景の3Dプロモーションビデオ。
「外務省【異世界たびレジ】からお知らせです。異世界【ヴァンダデール】は、魔王復活の確定情報により、魔物脅威度が引き上げされ、渡航規制がかかることとなりました」
それは、自分とは縁もゆかりもなさそうな情勢が語られるエリア情報。
50人ほどがごった返す、情報交換の場として儲けられた喫茶コーナー。ここはフリーで出入りできることもあり、いつもこんな感じに多くの客で賑わっている。
(相変わらず……すご……)
飛び交う情報の洗礼を受けながら、そこに入ってきた
そして喫茶コーナーを無視して通りぬけ、奥にある受付カウンターを目指した。
ネット上で情報を集めたあと、何度かここに通って生の情報も得ていた。
おかげでもう、この場に用はない。目的地は決まっているのだ。
「今日、13時から予約した【
美蘭が声をかけたのは、受付カウンターの上にいた、光の羽根をもつ掌サイズの妖精少女。
すると彼女が、口を開かずに空気を震わせて答える。
〈ようこそ、【プロメテウス異界ツーリスト】へ。お待ちしておりました、【燕子花 美蘭】様。9番の部屋にお入りください〉
指示に従って彼女はさらに奥へ進み、いくつも並ぶ扉から「9」と書かれた部屋を見つけた。
正面に立って少し躊躇っていると、扉が自動的にスライドして開いてしまう。
「あっ。こ、こんにちは……」
中には応接セットのようなテーブルとソファが配置され、その奥には頭をたれた男性の姿が合った。
「いらっしゃいませ。あなたの良き旅のパートナー【プロメテウス異界ツーリスト】をご利用いただきありがとうございます。どうぞお入りください」
言葉に従い真っ白な部屋に入る。
壁には、きれいな風景映像がいくつも映しだされていた。
「申し遅れました。私はお客様のために、すばらしい異世界旅行を演出する案内人【ホーク・N・クガミ】と申します。以後、お見知りおきを」
自己紹介をしながら名刺を渡してきた相手は、自分よりどう見ても若い。まだ高校生ぐらいの少年に見えた。
少しふわっとした髪型で、柔らかな笑顔は穏やかそうな印象を与えてくる。ただ、それだけにどこかつかみどころがないようにもうかがえた。
もちろん、本当の少年がこんな所でツアーコンダクターをしているわけがない。きっと異世界人で、見た目の年齢とは違うのだろう。日本人にしか見えないが、こんなのはよくあることだ。
むしろ突然変異で
「どうぞ、おかけください。……さて。まず情報確認ですが、年齢は24才。ご住所は足立区。
「はい。まちがいありません」
立て板に水を流すようによどみなくされる説明に、少しばかり圧倒されながらも、美蘭は肩口で内巻きした髪を揺らして首肯した。
「ありがとうございます。それではさっそくですが、まず候補地についてです。事前にいただいていた2つの候補地なのですが、異世界【カクヨムシモーレ】の方は、現地の異常気象で【DES粒子】濃度が危険値を超えまして、女性客の渡航は禁止されてしまいました。そこで申し訳ございませんが、もうひとつの候補地である異世界【ティファーニ】へのご案内となります」
「はい……」
それも事前に調べてわかっていたし、どちらにしても今日は、後者に行くことを伝えるつもりだった。
「ただし、ファンタジー系異世界のティファーニは現在、あちらこちらで細かい紛争が勃発し始めています。今のところ警戒レベルになっていますが、今月末頃にはたぶん渡航禁止に切り替わるのではないかと思われます」
「はい……」
わかっている。
「つまり、今もすでに危険な状態ですので、会社としては渡航をお薦めしておりません。おやめになった方がいいとは思いますがいかがでしょうか?」
ここまで予想どおりだ。だから、美蘭は用意していた答えを告げる。
「行きます。リスクは承知の上です」
キッパリと意志を述べる。
そう、わかっている。さらに、相手はやめるように説得をしてくるだろう。旅行代理店としては当然の対応だ。
しかし、その対処もいくつか考えてある。言われるであろうことをシミュレーションして、いろいろと返答を準備してきたのだ。
「リスクは承知の上……と?」
「はい!」
「そうですか……」
「そうです!」
「それは……よかった!」
「……え?」
しかし、ホークというツアーコンダクターの反応は、まったくの予想外であった。
おかげで用意していた返答が使えなくなり、美蘭の思考はそこで根詰まりしてしまう。
「いやぁ~。お申し込みいただいたグルメツアーは私が企画したのですが、今の時期のティファーニはですね、多くの美味しい食材が旬なので、それはもう最高なんですよ!」
まるで子供のように無邪気な笑みを見せるホークに、美蘭は言葉を失ったままだ。
壁に向かって投げたボールが跳ね返ってこず、グローブを構えたまま待ちぼうけしている気分である。
「基本生態系は、この世界と近いのですが、そりゃもう魚も肉も果物も本当に美味しいんですよ。うんうん。楽しみですねぇ」
旅行を心から楽しみにしているホーク。
対して、むしろ不安そうな表情になってしまう美蘭。
これでは、どちらが客でどちらがツアーコンダクターなのかわからない。
「あ、あの……」
やっと我に返って言葉を紡ぐと、ホークが「はい?」と反応する。
「いっ、いえ……なんでも……」
しかし、美蘭は考えなおして言葉を呑みこんだ。
(そうだった。この世界以外であたしは……)
予想外で混乱したが、これは自分にとって好ましいことではないか。
とめられないなら、それにこしたことはない。
下手に話を戻して、「やはりリスクがあるから」と旅行をとめられたら面倒である。
なにしろ彼女が求めているのは、その「リスクにぶつかること」だ。
そのための異世界旅行なのだから。
「……では、よろしくお願いいたします」
「はい、おまかせください。幸せいっぱいの異世界旅行をご案内させていただきますよ」
「……はい……」
それは呑気そうな
しかし不思議なことに、美蘭の小さな胸に確かな高鳴りを生んでいた。
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