とある主任と謀議(3)

 告別式は本社のある玉枝たまえだ五丘いつおかちょうの立派な寺で行われた。

 きり尾家おけゆかりの寺なので金は余るほどあるのだろう。

 参列席の最前列には会長やかがいんちょうなどの見知った顔がちらほらとあった。

 目の合った会長がかわいく手を振って来たが、後ろから監視しているそうちょうの機嫌を損ねたくなかったので、しゃくだけ返した。

 余計なことは一切せずに直接会ったことのないおじさんへのおしょうこうをすませたのち、次長のお尻について行ったところ、きょうの音は段々と小さくなり、寺の離れの個室に行き着いた。

「一言も口を開かないこと。話しかけられても私が答えるから」

 部屋のドアを開ける前に、次長が整ったあごを動かしながら命令してきたので、僕は「当たり前ではないですか」という視線を送りつつ、力強くうなずいた。


 中に入ると部屋の中央に大きな円卓があり、男女が腰を掛けていた。

 それぞれの後ろには彼らの部下が少し離れて立っている。

 雨相次長があいさつもせずに円卓へ坐るのに合わせて、僕も会釈だけをして彼女の後ろに立った。

 ここまで来ると僕にも見当はついており、三人はすぐ近くで棺に収まっている事務局長の後任人事について派閥間の調整をはじめた。

 おそらく皆さん多忙なのだろうから、集まれる時に集まって仕事を片付けるのは合理的な話ではあったが、故人のことを思うと少しかわいそうな気がしないでもなかった。

 あとから委員長に聞いた話だと昔からよくあることらしいが。


 遠くから読経が聞こえる中、三名はそれぞれの派閥が推薦する人物とその理由を再確認した。

 派閥間で意見が一致していれば、このような場をもうける必要はない。

 電話や立ち話では調整がつかないうえに期限のある話なので、関係のある派閥のみょうだいが顔を突き合わせることになる。

 桐尾グループは大きな会社なので大小さまざまな派閥がある中で、今回は三大派閥から送られてきた三名が円卓を囲んでいた。

 一人目はそう総帥そうすいのご令嬢であらせられる我らが次長なので説明は省く。

 二人目は社内最大派閥であるソフィア派の龍山たつやまちょう

 課長は桐尾本家に連なる家の女性で、会社での年次は僕や次長より二つ上と聞いている。

 社内で次長のライバルに目されている彼女は、もともと凰来山工おうらいさんこうじょうの生産管理部に所属していたが、僕とは課がちがったので仕事の接点はなかった。

 課長はフェニクアで活躍し将来をしょくぼうされていたのだが、しょうの責任を取らされて生産管理部から追い出されたと聞いている。

 ちなみに彼女を追い払ったのは、僕の目の前にいるショートカットのクールビューティーといううわさである。

 次長が課長の正面に坐ったので、僕も距離はあるが彼女と相対することになった。

 育ちの良さがもたらす傲岸ごうがんさともろさを僕は課長から感じたのだが、それは次長の彼女に対する評価につられた結果かもしれなかった。

「能力は認めている。でも、育ちが良すぎる人間はたいていいさぎよすぎるから、いざという時に役に立たない。心臓が弱い」

 課長より良い家の出のくせに、ダイヤモンドの心臓を持つ女性は僕にそう言った。


 生産管理部を不本意な形で出た課長だったが、異動先で成果を出し続けた結果、現在は経営戦略本部新規事業統括部課長として、花形部署の中核を担っている。

 今年度新設されたばかりの新規事業統括部の課長席を巡っては激しい争いがあったらしいが、最終的にソフィア派の推す課長で落ち着いたと聞いている。

 派閥の後押しがあろうとも、敵対する派閥をだまらせるだけの実力がなければ桐尾では要職につけない。

 実力も派閥の助力もない僕には関係がない、正確に言えば関わりたくない世界の話である。

 次長などは本業よりも派閥の争いのほうに時間をいている風に見えるし、どことなく楽しそうなのが凡人からすれば恐ろしい。


 円卓に坐っている三人目も顔見知りで、五丘労働組合の沢井書記局長であった。

 顔見知りと言っても委員長に呼び出された組合の事務所で見たことがあるくらいで話したことはない。

 いかにも高卒現業の叩き上げと言った感じの怖いおじさんで、さっき、部屋に入った時に目が合ったので会釈をしたが無視された。

 組合で出世するには凰来山工場での勤務経験、異世界フェニクアで苦労する必要がある。

 元は同じ土掘りに精を出していたのだから、後輩に優しく接してくれてもいいのにと思わぬもでもないが、書記局長の勤務先であったクユスは危険極まりないところなので、タルのあたりをうろうろしている僕などは眼中にないのかもしれなかった。 

 もしくは書記局長も緊張しているのだろうか。

 書記局長の正面にはだれも坐っておらず、次長と課長が後任人事を巡って静かにドンパチをはじめると、発言者の方に首を動かしては聞き役に徹していた。

 だれそれを異動させるのならば後任にはだれそれを云々、以前の約束を履行してもらいたい云々と調整が続く中、課長と書記局長の後ろに控えている者たちは一言も聞き漏らさないように集中している。

 話し合いが終わったら急いでレポートを作成し、上司に見せるのだろう。

 次長と課長はずっと抑揚なく話し続けている。

 相手に感情を読み取られたくないのだろうけど、疲れないのだろうか。

 聞いていると五年前の人事を交渉の道具に使ったりと、この人たちも大変である。


 僕も途中までは頑張っていたのだが諦めてしまい、あくびを噛み殺す作業に専念しはじめた。

 こういう密談の場では録音機器を持ち込むことはごはっだし、メモを取ることもダメだ。

 一度深く考えずにメモを取ろうとしたところを次長に止められ、打ち合わせが終わった後で死ぬかと思うほどのご指導を受けた。

 ヒールで頭を叩かれるのがあれほど痛いとは思わなかった。

 とにかく彼女に恥をかかせてはいけないのだ。

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