第18話 セロンの思い
「僕が付き添いしますから、セシィはサイラスさんと先に帰ってください」
「私もお手伝いします。私はアンドルー先生の助手なのですから」
こんなセロンを放っておけない。
「セロン様は、空腹と不眠のため体力が落ちて風邪をひいただけだから。心配いらないよ。今日は帰ってちゃんと休んで。もし、明日もセロン様の熱が下がらなかったら、セシィに看病をお願いするよ」
ベッドに横になったセロンを見ると、規則正しい息はそれほど苦しそうではなくなっている。
「わかった。今夜は帰る。明日はできるだけ早くここに来るから」
「夜も遅くなってきた。気をつけて帰って。サイラスさん、セシィをよろしく頼みます」
アンドルー先生がサイラスに頭を下げた。セロンの妹さんのことでとても怒っていて、しばらく口も利かなかったのに、心境の変化があったみたい。まだぎこちない感じだけれど、とりあえず仲良くしてくれるのは有り難い。
セロンのことをアンドルー先生にお願いして、サイラスの馬に乗せてもらって家路を急ぐ。空には満天の星がきらめいていた。
「セロン、大丈夫かな?」
「セロンのことが心配か?」
「そ、そんなんじゃないわよ。なんだか、私が追い出した感じになっているから、病気になったことに罪悪感があると言うか。ちょっとだけだけどね」
だって、悪いのはセロンの方だもの。私のせいじゃない。
サイラスの大きな手が私の頭に落ちてきて、優しく撫ぜた。
「サイラス、馬の上よ。手綱は両手で持ってよ」
暗い夜道を馬で走っている。余計なことをすると危ないと思う。
「大丈夫だ、俺は騎士だから馬は手足と一緒だ。疑うなら少し速度を上げようか?」
サイラスがそう言うなり馬の速度が上がる。手繋を持ったサイラスの太い腕に囲われているので落ちることはないと思っていても、馬の背は思った以上に上下してとても怖かった。
「サイラス、怖い」
育った村では、父の御す馬車しか乗ったことがなかった。村の中は狭く徒歩で事足りた。乗馬には慣れていない。サイラスもセロンも、私を乗せている時は速度を落としていたんだと初めて知った。
「セシィ、怖がらせてしまったな。悪かった」
馬の速度がゆっくりとなった頃、我が家に着いていた。サイラスに抱きかかえてもらい馬を降りる。
「サイラスの意地悪」
「本当に悪かった。馬の蹄の音が付いてきているような気がしたんだ。気のせいなら良いが。今夜はしっかりと戸締まりをして早く寝よう。明日は早めにセロンの所へ行くんだろう」
「そうね。早く行ってアンドルー先生と交代しないと」
心配そうに門の外を睨んでいるサイラス。私には何も見えなかった。
夜は無事に明けた。
アンドルー先生の朝食を作り、昨夜煮込んでおいたハーブ入りのスープを筒に入れて用意ができた。
「遅くまで煮込んでいたんだろう。もっと寝ていた方が良かったのではないか?」
「大丈夫よ。野菜と鶏のひき肉だけのスープだから、すぐに煮えたもの。ゆっくり休んだから」
本当は、セロンのことが心配だったからあまり寝てはいない。いつもは殺しても死なないようなセロンなのに、あんなに弱っているなんて。
「わかった。それでは出発しよう」
サイラスは私の寝不足がわかったと思うけれど、何も言わなかった。
サイラスと一緒に馬小屋まで歩く。サイラスはいつになく周りを警戒している。昨夜の蹄の音が気になっているようだった。
何事もなく旧領主館の別館へと着いた。サイラスの杞憂だったみたいで安心した。サイラスに馬から降ろしてもらって、セロンの部屋へ駆けていく。
セロンはまだ眠っていた。それでも、苦しそうでない寝顔に安心した。
「アンドルー先生、セロンはどうですか?」
セロンを起こさないように声を潜めて訊いてみる。
「大丈夫です。熱も下がってきています。二日ほどちゃんと寝ていれば治りますよ」
良かった。本気でそう思ったけど、セロンのことを心配しているようで、悔しいので声に出さないでおいた。
アンドルー先生に朝ごはんを持ってきたことを告げると、食事室に誘われた。
「セロン様は大丈夫ですから」
そう言われると拒否はできない。馬を繋いでセロンの部屋にやってきたサイラスも食事室に誘う。
「セロン様は、自分を責めていました。お嬢様を王都の学園に入学するように勧めたのはセロン様なんです。王都の騎士訓練所を卒業して正騎士になっていたセロン様が、自分が責任を持つと言って、王都で学びたいとの希望を持っていたお嬢様の後押しをした」
アンドルー先生は、私の作った朝ごはんを食べながら、辛そうに語った。
「セロンは悪くない。悪いのは全て俺だ」
「それはわかっています。悪いのはサイラスさんだ。でも、セロン様は自分を責めて、お嬢様の命と引き換えに賜ったこの領地の人たちを救いたいと、もう誰も死なせたりしないと語っていました。だから、こんなに無茶をしてしまう」
「俺を殺せば、セロンの気が済むのだろうか?」
「セシィに何かあると、セロン様は気に病むでしょうね。それに、サイラスさんを殺したとしても、セロン様がこの領地のために無理をするのは止めないでしょう」
「俺はどうすればいい? どうすればセロンの悲しみを癒せるのか?」
「自惚れないでください。ブレイスフォード子爵様のご一家だけではなく、ブレイスフォード子爵領の皆がお嬢様の死を悲しんでいます。原因のサイラスさんが死んだところで、何も変わらない。お嬢様を生きて返してくれる他に、どんな方法もありません」
サイラスが黙ってしまう。私も言葉が見つからない。
「僕はお嬢様と同い年でした。お嬢様が王都の学園へ行ったのは十三歳の時。僕はその二年後に王都の医師養成所へ入学が決まり、夏休みで帰省していたお嬢様と一緒に王都へ行くことになったのです。僕はお嬢様が乗る馬車の御者をしながら王都へ向かいました。セロン様が護衛として同行していました。僕は医師養成所に入ることも嬉しかったけれど、お嬢様の役に立てることができて嬉しかった。お嬢様は、『王都には夢が詰まっているのよ。立派なお医者様になってね』と、優しい言葉で励ましてくれました。だから僕は、平民だと蔑まれても、虐めを受けても、頑張ることができた。この領地がお嬢様の命と引換えと言うのであれば、僕はこの領地の人を一人でも多く助けたい」
「素晴らしいお嬢様なのね」
「はい。とても素晴らしい方でした。ブレイスフォード子爵領の皆にも慕われていました。僕が多くの人を助けることができる医師になることができたのなら、お嬢様は喜んでくれると思います」
アンドルー先生はいつしか目に涙を溜めていた。
「サイラスさん、貴方は侯爵家の嫡男だったのですよね。領地の運営のことも学んでいるはずです。セロン様を手伝って下さい。僕にはできないことです」
「領地のことは母が行っていて、騎士団長を務めていた父は殆ど係わっていなかった。俺も正騎士になった後も学園に通ってはいたが、王太子の護衛のためだった。それほど役立つとは思えないが、いないよりはましだろう。セロンが拒否しなければ、手助けをする」
「礼は言わないから。僕はやはりサイラスさんを許せない」
セロンの妹さんのことを思い出して、サイラスへの憎しみが再燃したらしい。それでも、セロンを助けてほしいと言ってくれた。私もこの領地の力になりたいと思った。セロンの負担を少しでも減らしたい。そのために、私のできることを精一杯頑張ろうと思う。
戦場で拾われた少女は薬師を目指す 鈴元 香奈 @ssuuzzuu
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