戦場で拾われた少女は薬師を目指す

鈴元 香奈

第1話 戦場での出会い

 私は流行病で両親を失い伯父に売られた。売られた先は戦場だった。戦士の相手をする女として戦場に連れて来られたのだった。

 戦争を仕掛けたのは我が国だったという。隣国に侵攻して、国境の領地から領主を追い出し、隣国の森を焼き、我が国の兵士は敵兵を蹴散らして進軍して行く。

 順調だった。皆が勝てると思った。そんな前線に連れて来られた。

 そして、あいつがやって来た。

 頬に傷のある大男。手には大剣。盾は持っていない。まるで、守りは必要ないと言うように。

 辺りは血の海になった。大男が大剣を振うたび、血が舞い、人が倒れる。

 血まみれの男の後ろでは、まだ燃えている炎が揺らめく。赤毛の男を染めるのは、血か炎か。

 生き残った兵士は、皆逃げて行った。破れた天幕の中に鎖で繋がれていた私を置いて。

 

「女か?」

 大男は大剣を振り上げる。

 私は目を瞑る。生きていてもいい事なんてなかった。私たちの国の兵士は、隣国の兵士だけではなく、ただの村人まで殺したという。私は、無理やり連れて来られたとはいえ、従軍していた。これが戦争なんだろう。理不尽だとは思う。でも、生きていたいとは思わない。

 大剣が風を切る音に続き、金属音が響く。

 痛みは来ない。そろっと目を開ける。足に繋がれていた鎖が断ち切られていた。

「俺と一緒に来るか?」

 大剣を背中の鞘に納めながら、大男が私に問う。

 戦場で敵に捕まった女がどんな目に合うか、十分わかっている。

 私は頷いた。

 大男は、軽々と私を抱えて歩き出した。森を焼いていた炎はいつしか消えていた。

 

 連れて来られたのは、小さな村。兵士だけが集っていた。村人は避難したか、我が国の兵士に殺されたかしたらしい。

 私を連れた大男は、粗末な家に入った。

「あの状態では、おまえの国の事を何も知らないよな?」

 貧しい村から連れて来られただけで、本当に何も知らない。私は頷く。

「まずは水浴びをしてくる。おまえも来るか」

 血濡れの男に抱えられていたので、私も血にまみれている。体を洗いたい。

「行く」

「付いて来い」

 連れて来られたのは、村の近くの川。大男は下穿きだけになって川に浸かる。頬だけではなく、男の全身に傷があった。

「おまえも洗え。こっちを向いていてやる」

「私が逃げたらどうするつもり?」

「それは、やめた方がいい。おまえは敵国の捕虜だ。捕まったら酷い目に合うぞ」

「わかったわよ」

 私も服を脱ぎ下着だけになって川に入る。少し冷たいが、べとついた体に気持ちがいい。

「良く絞ってとりあえず今の服を着ておけ。村に帰ったら服ぐらいあるだろう」

 しばらく川に浸かっていると、大男が声をかけてきた。

 言われた通り、服を絞って着る。

「村の人はどうしたの?」

「俺たちがこの村に着いたときには、誰も生きてはいなかった」

「そう……」

 やはり、我が国の兵士が殺してしまったらしい。

 

 再び村の粗末な家に入り中を探すと、女物の服があった。少し大きいが着ることはできそうだ。濡れた服を脱いで乾いた服を着る。

「飯を食いに行こう」

 大男も着替えが済んだらしく、食事に私を誘った。

 村長の家らしきところで、他に騎士と一緒に食事をとる。敵国の捕虜の私が食事を貰うのに、誰も反対しなかった。

 敵国を追い返した喜びからなのか、元々おおらかな国民性なのか。

 他の騎士が喜んでいる中で、大男は黙って食べていた。


 食事が済んで、粗末な家に戻った。

 私の足に付いていた枷を、大男が家にあった工具で器用に外す。私は売られてから初めて自由になった。

 家にはベッドが二つあった。

「もう寝ろ。夜も遅い」

 大男は、さっさとベッドに入ってしまう。

「私に何もしないの?」

「子どもは、そんなことは気にせず、さっさと寝ろ」

「私は十六歳だもの、子どもじゃないわ」

「十分子どもだな」

 子ども扱いはひどい。

「名前はなんていうの?」

 でも、助けてくれた人だから、名前ぐらいは知りたい。

「サイラス。おまえは?」

「セシィ。ねえ、死にたいと思っている?」

「なぜ、そう思う?」

「盾を持っていなかったから」

「そうだな、俺は生きていく価値はないからな。セシィ、もう寝ろ」

 私はベッドに入った。いろいろな事があった。今日戦場に連れて来られて、鎖に繋がれたまま打ち捨てられ、そして、この大男に拾われた。

 なかなか眠られなかったけれど、明け方近くに眠ってしまったらしい。サイラスに起こされた。朝日がまぶしい。

「おまえを町に送る暇がない。ここにいても危ない。俺と一緒に来るか?」

「私は行く。そして、サイラスの盾になってやる」

「そうか。好きにしろ」

 サイラスは、怪訝な顔をしてそう言った。

 

 サイラスたちは私の国だった敵国に向かって進軍した。私が捕らわれていた所より国境に近い場所に、昨日逃げていった敵兵たちが簡易な天幕を張って駐留していた。

 再び戦闘が始まる。

「サイラスが死んだら、私も死ぬ。絶対に生き抜いて」

 死ねない様に釘を刺す。これが盾。

 私は、後方で救護班の手伝いをしながら、祈る。戦争が終わることを。サイラスが死なないことを。

 サイラスが大剣を振う。兵が何人も倒れる。血飛沫が舞う。サイラスは神話の戦神のように、敵兵を葬っていった。

 徐々に後退する敵兵士。そして、逃げ出していった。

「敵前逃亡は死刑だけどな。おまえの国はもう駄目だな」

 サイラスの言葉は正しかった。

 

 サイラスたちが小さな村に駐留して十日が経った頃、私の国は降伏して戦争が終わったとの情報がもたらされた。

「国へ帰るか?」

「嫌よ。サイラスと一緒にいる」

「わかった。今あの国に戻ってもいいことはないだろう」

 他の騎士の情報によると、サイラスは貴族の子息だったらしいけれど、勘当されているので平民扱いされているらしい。気後れすることはないと、騎士たちは言った。

 貴族は苦手だったけれど、サイラスは別だ。一緒にいたいと思った。

 

 騎士隊は国境近くを通りながら駐屯地の砦に戻った。馬で一時間も走れば町がある。

 サイラスは、砦の宿舎に住んでいたが、町にある妻帯者用の家を借りてくれた。

 借りた家は私の村の村長一家が住んでいた家より大きい。

「ここで、働かせてくれるの?」

「別に使用人などいらない」

「こんなに大きな家なのに?」

「普通の家だ。セシィは俺の妹になるか?」

 サイラスは問う。

「妹は嫌よ」

 私は答える。私がなりたいのは、サイラスの妹じゃない。

「そうか。一緒の家に暮らすのに他人というのも変だろう。従妹にしておくか?」

「それでいいわ。サイラスは、貴族だったから、平民とは結婚しないの?」

「俺はもう貴族ではないが、結婚はしない」

「なぜ?」

「俺は幸せになってはいけないから」

「何があったの?」

「色々とな。心配するな。おまえに気に入った男ができたら、ちゃんと嫁に出してやる。それぐらいの給金は貰っている」

 サイラスは過去のことを教えてくれない。だから、何も訊かない。

 いつか、きっとサイラスを変えてみせる。幸せになってもいいかと思わせてやる。

 それまで、従妹で我慢する。

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