第9話

橋の欄干の上に立ってる白い服の男の人・・・

足元には揃えた靴・・・


あっあっ!?

自殺?

『とっ、とっ、と、止めなきゃ〜〜!!』


声にならない鳴き声を上げ口を開いた私は咥えていた買い物籠を口からポロッとその場に落として男性の元に走る。


男性のズボンの裾に噛み付き橋の内側に思いっきり引っ張る。

ドッスンと欄干から落ちた男性の下敷きになった私。

ムギュ〜。

お、重い〜退いて潰れちゃう!

パタパタと前足を男性に打ち付ける。


「ごめんよ。大丈夫かい?真っ黒な使い魔さん」


私は男性がやっと退いてくれてゼーゼーと荒い息をする。

心配そうに私の顔を見る男性、あら結構若いわね。

この若さで自殺なんて余程の事があったのかしら?


首を傾げ男の人の顔を見ていると後ろに転がる買い物籠がガタガタと震える。

それに気づいた男の人が立ち上がり買い物籠を拾って私の前に置きながら。

「使い魔さんが、大事な買い物籠を放り出して僕が欄干から飛び降りるのを止めてくれたんだ・・・恥ずかしいな僕は・・・」


私を見つめて涙を目に溜めてる男性。

よくみると調理師さんの白衣の上下を着てて揃えて置いてある靴も調理場用の白い靴ね。

この近くでこんな格好をしてるのは、これから行く予定だった都会にあった老舗パン屋さんが数年前に美味しい水を求めて移転して来て古い町役場を改装してやってる今、一番美味しいと話題の自然酵母のパン屋さん位の筈。


私が、首を傾げて男性を見ていると気を取り直した男性はポケットからハンカチを取り出して涙を拭いて無理してニコリと笑った。

「使い魔さんはウチのパンを買いに来てくれたのかな?うーんとサービスするからね。どうせ今日で閉店だから・・・さっき橋の欄干から飛び降りようとしてたのはね。一年ほど前に調理助手で入った女の子が数日前に僕の事を好きだと告白してきて、その娘の事が僕も前から気になってて、喜んで付き合う事になったんだ。それで昨日パンの仕込みが終わった後にその娘がウチの店の『家族でも後継以外には見せないし触らない門外不出のパン酵母を見せて、どうせ近い内に貴方と結婚して家族になるんだから』って言われて舞い上がった僕はその娘にパン酵母の隠し場所とそこを開ける鍵の隠し場所を教えてパン酵母を見せたんだよ。そして今朝、店に来たら酵母の保管庫に鍵が刺したまま開いてて、パン酵母が全て無くなっていてその上、調理助手の娘の住んでた部屋の荷物毎消えてて。彼女の携帯は解約されてるし実家の住所や電話番号も嘘だったんだよ・・・僕はもう死ぬしか無いと思って。それでさっき」


うーん、これはかなり手の込んだ話しねぇ。

それに若い男性にはかなり堪えると思うわ〜。


白衣をハンカチでパタパタと叩いたパン屋さんの息子さん、買い物籠を持って私をパン屋さんに連れて行ってくれた。

チリンチリンっと入り口のベルを鳴らし店内に入ると初老の男女がレジカウンターで一生懸命にお客さんを捌いている。

買い物籠を持った男性をレジにいた男性が叱りつけた。

「馬鹿息子!どこに行ってた!調理助手の娘も今朝、急に辞めるって電話があって出てこないしお客様がいっぱいで大変なんだ早くお前も手伝え!」


並んでるお客様にペコペコと謝りながらもう一つのレジを開けた息子さん。

買い物籠を後ろの棚に置きレジ脇にいる私に小さな声で「このお客様達を捌いたら少し暇になるからちょっと待ってて。形の悪いパンとかいっぱいあげるから」


パンをいっぱいくれると聞いた私はニコニコしながらレジ脇に座りお客さんが途絶えるのを待つ。

時折、パンを買いに来たお客さんの子供が私をペチペチ叩いたりするけれども美味しいパンの為に我慢我慢。

十五分くらい後にお客さんの波が漸く途絶えた。

パン屋さんの息子さんレジにいた男性と女性に向き直り

「父さん母さん、実は昨夜、門外不出のパン酵母を調理助手の娘に見せてしまい今朝、パン酵母にエサをあげようと保管庫を開けたら中身が空っぽで調理助手の娘に連絡したら携帯が使われて無いって、慌てて彼女の部屋に行ったら荷物も無くて・・・履歴書にあった実家の住所や電話番号も嘘で。それで橋から飛び降りようとしてたらこちらの使い魔さんに止めて貰って、僕のせいで大事なパン酵母が・・・」


腕を組んで息子さんを見ているお父さん「馬鹿な息子でごめんなさいねぇ」と私に言うお母さん。

俯く息子さんにお父さんが

「あのパン酵母の培養保管庫な後継以外が開けるとパン酵母が消えてしまう魔法の掛かった魔道具なんだよ。あの鍵が持ち主の情報を検知して持ち主や後継以外が開けるとあんな風に空っぽになるんだよ。あれは、お前の後ろにある意思を持つ買い物籠の製作者、粒餡の魔女がうちの爺さんが都内でパン屋を始めた時に作ってくれた魔道具なんだ。お前にあの鍵を渡した時に鍵に付いてる小さな宝石に血を一滴垂らしたろ?あれが鍵に後継を認識させるのに必要なんだ。昔、美味しいウチのパン酵母を盗もうとする奴が多くてなそれであの当時近くに住んでいた粒餡の魔女に魔道具の製作を依頼してな。だからあの空っぽの状態はあれで正常なんだよ」

「で、でもパン酵母が無ければもうパンは焼けないから店を閉めるしか・・・」

お父さんそこで後ろにあった買い物籠を指差して

「あー、それなら心配無いよ真っ黒な使い魔さんが新しく開発したパン酵母を持って来てくれたから。数年に一度、流行に合わせて黒蜜おばばが改良したパン酵母に入れ替えてるんだよ、柔らかさとか甘さとかをその時代の流行に合わせて、だからウチのパンは何時も美味しいのさ。もちろん基本は変えないけどね」


そう、私の今日のお使いはパンを買いに来たのでは無く瓶に入った泡の出てる白い液体をこのパン屋さんに届ける事だったのだ。

あわよくば、パンが貰えたら嬉しいなぁって思てた私は、ここの息子さんを助けた事で失敗したパンを貰えると判り端たないけれども口の中に唾液をいっぱい溜めてレジ脇で『美味しいパンまだかなぁ』っと思いながら待っていたんだ〜。

お父さんの言葉を聞いてヘナヘナっと崩れる息子さん。


「あの調理助手の娘、最初から怪しいと思って泳がせてたんだが、お前ハニートラップに引っかかったな?あの娘、入った当初から一流の職人並の技術があったからおかしいと思ってたんだよね。まあ、これも勉強と思って諦めろ息子よ」

お父さんニヤニヤ笑いながら座り込んでる息子さんをみてる。


お父さん、買い物籠から新しい酵母の瓶を取り出して

「さっ、使い魔さん調理場にあるちょっと形崩れしたパンだけど買い物籠に入り切るだけ持って行ってくれ!」


私はその場で飛び上がって喜んだ。


数ヶ月後、今度はパンを買いにあのお店に行くとお店のショーウィンドウにお話しの一場面を切り取り立体的なパンで作った物が飾られていた。

橋の上から飛び降りようとしているパン職人さんのズボンに噛み付いて止めようとしている私と息子さんの姿を真似たパン。

あら?転がってる買い物籠までリアルに再現されてる。

買い物籠の中にパン酵母の瓶まで入ってるわねー。

これはモデル料を請求しちゃうわよ(笑)

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