まらない
誘宵
第1話
会議室に、二人。
「……というわけで、俺たちで新学期用の五十音表をつくることになった。それぞれの文字に、斬新な単語を用意するようにとの命令だ」
「斬新な単語ね……」
「そこでだ。お前は、温故知新という言葉を知っているか?」
「知ってますよ」
「かつて、この文字ひとつひとつに、同じ言葉をつけることで五十音表を作成しようとした社員がいたらしい」
「ほう……?」
「たとえば、『る』だ」
「『ある』『いる』『うる』『える』『おる』『かる』……なるほど」
「俺たちも、その路線で行こうと思う」
「ちょっとまってくださいよ。そんなことしたって、すでに販売されているものの二番煎じになっちゃうじゃないですか!」
「大丈夫だ。このアイデアはボツになったから、完成品は世に出回ってない」
「なぁんだ……って、それじゃあなおさらだめじゃないですか!」
「まあ心配するな。きっと、一文字しかつけなかったからだめだったんだ。もっと多くの文字をつければ問題ない」
「本当ですかぁ?」
「まあ、考えてある」
「たのもしい」
「全部の単語に『まらない』をつける」
「『まらない』?」
「そう、四文字だ。ちょっとやってみろ。今までにない五十音表が出来るぞ」
「『あまらない』『いまらない』……って、さっそくワケのわかならい単語になっているじゃないですか」
「そういう綻びが生まれるのは想定済みだ。そこは造語とイラストとノリと勢いでカバーする」
「全然カバーできる気がしませんよ。……百歩譲ってカバーできるとして、『いまらない』ってなんですか?」
「『いまらない』の前に、『いまる』について考えよう」
「ああそっか。『いまる』の否定が『いまらない』ですからね」
「『いまる』とは……『居間にいる』の略だ」
「強引すぎません?」
「大丈夫だ。若者はなんでも略したがる」
「その若者たちは、『居間』じゃなくて『リビング』って言うんじゃないでしょうか」
「お前、温故知新という言葉を知っているか?」
「はい」
「つまりは、そういうことだ」
「どういうことですか! ……ああほら、ア行には他にも『えまらない』ってありますよ。これも、意味が通じませんよね」
「『えまる』はあれだよ。洗剤。エマール。な?」
「いやぁ、『な?』じゃないでしょ。じゃあ『おまらない』はなんですか? おまるですか?」
「おっ、そっちの方がいいな。採用」
「採用しないでくださいよ!」
「いいじゃないか。お~、今日はおまらないでトイレに行けたんだな~」
「はい、おまりませんでした」
「よ~し、偉いぞえらいぞ~。よしよしよし~……」
「ああ、先輩に撫でられてる。うれしい……うれしくて……じょじょじょ~」
「うわぁ生暖かい湿った液体!」
「漏れちゃいました……って、ナニさせるんですか!」
「使い方としては完璧だな」
「どこがですか……」
「とにかく『まらない』はだめですね」
「いけると思ったんだが……」
「どうしてそう判断できたんですか」
「あと、最後に『ん』はどうするんですか?」
「『んまらない』は、さすがに単語じゃなくて文章にするしかないな。例えば、男だと思っていたやつが女だったとき」
「はぁ……」
ここまで先導していた片方が、もう片方の股間を叩いた。
「ンッ❤」
「「魔羅ない!」」
まらない 誘宵 @13izayoi41
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