第6話

 「……すっげぇ……!!」

 俺はこの世界を案内してもらった。明るい市場、笑顔の子供たち、大きな礼拝堂……。でも、今の俺はそれ以上に壮大なものを目の前にしている。

 俺は、目の前の光景に立ち尽くした。どこまでもそびえる尖塔、それは大図書館だった。輝くステンドグラスが数多に使われ、遥か高くまで続く螺旋階段を中心に据え、数えきれないほどの書物がずらりと並べられていた。本棚一つ一つが高層ビルのようだ。これ一つにどれだけの書物が詰められているのだろう……。

 「ここは、この街でも最大の図書館よ。さっきまで私たちがいたあの本屋、そこの店主の指示を受けて作られた自慢の施設なの」

「へえ。きれいだし、おまけに配置も工夫されて……ちゃんと分類されてる。こんなものを作れるほど、この街って豊かなんだな……」

俺はその工夫された書架の配置、芸術的な建築にただ驚き続けていた。本には一つ一つに帯が掛けられ、その色によって分類されている。これなら、電子的な検索デバイスなど無くても、利用しやすいはずだ。

「ううん、コウ。こんなものを楽に作れるほど私たちの王国は豊かなわけではないよ。でも、街のみんなが力を合わせて作ったの。街一番の建築家と、大工たちと、コレクターや研究者たち……普通の市民たちもみんな、この図書館のために力を出してくれた。

 ――それはね、図書館と本とが……何よりもたくさんのことを教えてくれるから。堅牢で大きな図書館は、長い長い時代に渡って数えられないほどたくさんの子供たちの教育に役立つ。この街の大人たちは、自分たちの苦労を惜しまずに未来の子供たちに宝物を残してくれたってことよ……」

 俺はそのカタリナの言葉を聞いたときに、どうして彼女が護衛もつけずに街の中を見て回っているのか、少しだけわかった気がした。カタリナは、この街の人を信じているんだ。そして、大切に思っている――。俺は、カタリナのことをまだまだ知らない……名前や身分じゃない、もっと内に秘めた大切なことを、知りたい。


 高い尖塔の内側、不思議な気持ちを湧き起こす天井部の幾何学模様、周囲に立ち込めた芳ばしい本の匂い。静かな表情で各々の本のページをめくる人々の姿……。

 俺がこの世界で出会ったのは、本当の「書物」の姿だった。


 「カタリナ」

大図書館の広々とした扉から外へ出て、真っ先に俺は彼女の名前を呼んだ。彼女は驚いたように振り向く。

「どうしても、行きたい場所があるんだけど……付き合ってくれるか?」

「コウからお願いされるなんて……で、どこ? 私の愛馬『バッサーシ』は速いからどこへでも行けると思うけど」

「それなら、どうにか今から日没までに間に合ってほしい」

 遠く雲のかかっている境界部に、緑に覆われ中空に突き出した巨大な崖が存在していた。山の中腹のようで、標高が高そうな場所だ。

 俺は、そこを真っ直ぐに指さした。彼女の呆けた顔がちらりと見え気がしたが、気にはしない。

「コウ……そんなところ何もないよ? もっとほかにも見せられるような場所だってあるし、わざわざそんな誰も行かないような僻地に行かなくても……」

 この都は、周囲をぐるりと円形に城壁が囲っている。その外側には、確か草原地帯と穀倉地帯があって……俺が指さした先は、そのさらに向こう――地平の彼方だ。

「俺のことなんてまだ信じられないと思う。でも、あそこには……カタリナに見てほしいものがあるはずなんだ」

出会ってから一緒にいた時間なんてまだ大したものではない。だけど、だからこそかえって彼女の心の内が見える。

「……そこまで言うなら。でも、本当に何もないはずよ? 『バッサーシ』を全速で走らせれば日没にも間に合うとは思うけど……コウの体が心配だよ」

「なんで?」

「コウの世界では緑の快適な乗り物がたくさんあって……それに慣れてるコウに馬上は絶対辛いと思って」

緑の快適な乗り物? 山手線か、いや緑のタクシーも結構あるからそれのことか?

「それは大丈夫。そんなことを言ってる場合でもないし……」

「慣れないと、お尻とか……あ、あと……こ、股間にドンドンって響いて痛いよ……?」

わざわざそんなこと言わなくても……! 自分で言っておいて急に目を逸らしているカタリナは、想像以上に純粋な女の子なのかもしれない。俺はザワザワと動揺する心の内を隠し、平常心を保っているふりをして何事もなかったかのように力強くうなずいた。

 






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