異世界の古書店、トラベラーの記憶
国営紳士
第1話
はぁ……退屈だ。
都内の平均的な高校に通ってる俺は、確かに住所だけを言うと「都会住まいでいいなぁ!」なんて言われる。アキバが近いじゃん! とか東京駅まですぐで便利だな! とか……。
神保町、というところが俺の住んでいる街だが、この街の知名度は結構高い。その全国でも有名な本屋街の中でも老舗中の老舗の古本屋「桜山書店」、それがウチの正体なのだ。
そして俺はいま、こうしてかび臭くて湿気ている狭いレジ裏で、店番を任されている。
お客が多いわけではない。立地はいいし、伝統ある店らしいのだが、どうやら昔からウチの店は学術書と歴史書専門らしいのだ。そういうわけで、人はあまり来ない。来たとしても、このご時世にシルクハットなんてかぶっている紳士的なおじさんや、小太りだけど見るからにどこかの大学教授のオーラが漂っている人など、そんな人が一日に数十人ほどちらほら見えるだけなのだ。控えめに言って、暇。そう、俺にとって店番は時間の無駄に等しい。
開きっぱなしのドアをくぐって一人、初老の男性が店の中に入ってきた。俺はレジ台の下に忍ばせていたスマホをちらちらと見ながら、「いらっしゃいませー」と単調に呟く。
つまらない。こんな店放り出してもっと高校生らしいバイトがしたい。俺だけだぞ、クラスでもこんな辛気臭いバイトしてるヤツは。
古本屋の息子だからって、古本屋を継ぎたいってわけじゃないんだ……寝ても覚めても分厚くて臭い本に囲まれている生活は嫌だ……ッ!
「古本屋なんて、クソだ」
何も考えず、無意識に心の声が口に出てしまった。俺の悪い癖だ。でも、どうせ俺の声は積み重ねられた山ほどの本に打ち消されるだけ――。
「私は、クソじゃないと思うよ」
突如、凛とした声が店中に響いた。
俺の目の前には、見知らぬ女の人が立っていた。自分と同じか、少し上か……そのくらいの見た目で、まだ若い。一瞬、間違えて来たのだと思った。うちには大学の赤本とか少女マンガは売ってませんよ、と先に断ろうかと思ったくらいに場違いな様相だった。
でも、金色の髪に上下一体の華麗な服装……日本人離れした見た目の少女に大して俺は……声を掛けれなかった。
そう、要するに初対面の女の子に話しかけるのが気まずかったのだ。
「あ、あの……急にスミマセン。別に意味はなかったのですが……気を悪くされたならごめんなさい」
その子はぺこりとお辞儀した。
「あ、い、いや……こちらこそ急に変なこと言って。忘れてくだ、さい」
心の中では俺も強気なのだが、どうもこう目の前に見知らぬ女の子が来るとテンパってしまう。こう、耳の辺りが勝手にジンジンと熱くなる感じだ。
「あの、私、古い本を探しているのですが……こちらにそのような本はあります?」
その少女は、落ち着いた様子で尋ねてきた。古い本……そう言われたら、この店にある本はみんな古い。古本屋だから当たり前だけど。
「とびっきり古い本なんです。もしかしたら、この店でも一番古い本かも。私が今……考えつく手段はそれしかなくて」
この店で一番古い本……店長である祖父に聞けばわかるかもしれないが、俺にはわからない。
「ちょっと今はわからないです、すみません。また後日なら……」
俺の返答にその女の子は一瞬悲し気な顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべるとペコリとお辞儀をして足早に店を出て行ってしまった。肩の辺りで揺れた滑らかな黄金の髪の毛とその笑顔が眩しくて、俺は無意識のうちに目で追ってしまう。
古い本、か……でも、どうしてあんな上品な女の子がこんな店に来たんだろう。退屈なこの仕事中にあんなお客が来るなんて前代未聞だった。あの顔を思い出すと放ってもおけない。一応本屋の息子なんだから、ここは力にならなくては。
確か……ウチの店では特に古い本や値段が高い貴重な本――有名な誰それが書いたとかいう歴史書物とか――はレジの奥の倉庫に置いてあるんだったっけ。もちろん、俺の勝手な判断で売ることは出来ないけど、一応確認してみるくらいだったら多分大丈夫だろう。
埃にまみれ淀んだ空気の漂う六畳間の倉庫から、金属のパーツで飾られた分厚い本を取り出した。現代の本とは大きく異なる独特で豪勢な装幀をなされたその本は、ツンと鼻を刺す臭いを発し、見かけもボロボロながらに、どこか威厳を感じた。持ち上げる手のひらに、じわりと汗をかくのを感じた。中を見ても、見たこともない文字で書かれているせいで、全く読めない。
とりあえず、その本を手に俺はレジに戻る。といってもお客さんはすでに誰一人いなかった。でも、もしかしたらさっきの子が戻ってくるかもしれない。戻ってきたら、試しに見せてみよう……。
そんなことを考え、その本を腕に抱えていると、瞼に鉛が乗っかったような感覚に陥った。視界が……上下に狭くなっていき、目の前が……黒に染まっていった。
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