猿烏帽子的短編集

猿烏帽子

第1作「あなたに捧ぐUSB」

「―――――――――!」

 言葉こえにならぬ声を上げて、私はこの世に生れ落ちた。小さな手のひらにUSBを握りしめて。その時の事を私自身は覚えていないが、両親から幾度となく聞かされ続けてきた。


 人間はその進化により変形した器の問題により、未成熟の状態で子を産む。他の動物であれば生まれてすぐに立ち上がることも出来るし、程なくして自力で餌を食べ始める種もいる。母と父の愛により産まれる命。人間は生まれてきた我が子にその愛をより一身に注がなければならず、注がれなければならない。愛を享受出来ない貧弱な人間の赤子はすぐに踵を返し、形無き情報そんざいへと還っていく。幸い、私の両親はたくさんの愛情を私に費やしてくれた。


 人間は教育を行う。幼稚園、小学校、中学校、高校と長い間社会に溶け込めるように子を少しずつ、少しずつ「常識」に馴染ませる。

 加えて、自身が生まれながらに持つUSBについての「情操教育」を何よりも重視して行う。


『このUSBにはあなたが最初に声帯を振るわせた時から、今あなたが人差し指と親指を使って教科書のページをめくったその時までの「あなたのすべて」が記録されています』、と。


 『友だちになるためにはお互いの持つパーソナル・デバイスのハブにあなたが友だちになりたいと思った人のUSBを挿し込みましょう。その人が最初に声帯を振るわせた時から、今あなたのUSBを受け取って自分のハブに挿し込んでいるその時までの「彼/彼女のすべて」を知るのです。』


 『あなたはもしかしたらその人に失望するかもしれません。

 彼/彼女は社交的でとてもいい人だと思っていたのですが、実は天性の嘘つきバグであると分かるかもしれません。』


 『あなたはもしかしたらその人に恋心を抱くかもしれません。

 彼/彼女のUSBは自分が今まで読み込んできたUSBの中でも一番ステキな情報じんせいを記録していると分かるかもしれません。』


『たとえ彼/彼女が嘘をつこうとも、彼/彼女が持っているUSBは嘘をつけません。

 だから、友だちになる時に快く自分のUSBを差し出してくれる人は信頼していい人物でしょう。その人が自分の悪行を誇る様な根っからの悪党でない限りは。』


 豊かな「情操教育」と個人情報わたしを常に公開するという状況に置かれている私たちは72%の割合でとても心豊かで優しい少年少女に育つ。


 プロポーズの時に送られる品として一般的なのは共用USBだ。愛し合う男女は籍を入れ、教会で神に愛を誓い合うその時から、「夫婦」としての生活をその共用USBに記録していく。

 一生苦楽を共にすると誓った夫婦はお互いを慈しみの眼で監視あいしあい、その両手でもお互いを管理あいしあうのだ。


最期の時まで共に―――


「さぁ、あなた。一緒に情報はいに還りましょう・・・。どうか、次の人生シーケンスでもあなたと一緒になれますように・・・。」

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