君のために、ただ君のために。南の剣、クーエ・パトロナ

1

 そこはもう目的地にすぐそばの所だった。

 エクセル、ライド、ベルナ、そしてもう一人が追加されて四人となった一行は、プロテレイから一日中馬を走らせ夜は森の中で野営をし、そしてまだ日が昇り切っていない朝霧の中馬を並べ各々気持ちの準備を整えていた。


「地図の通り、このまままっすぐに進んだプロテレイとルーレンシアの境目の村、そこに左腕の感覚がある」


 異人の術をかけられた革の服装を身にまとうエクセルが言う。顔を隠す必要がないからフードは外し、なくした左腕を覆うようにしているマントは腰あたりまで垂れ下がっている。


「中に入れば仕掛けもいっぱい、周囲から襲い掛かってくるのもいっぱいで、負けに行くようなもんだな」


 とても厳しい戦いに赴くような防具ではないライドが、内容とは裏腹に笑いを含む。彼はいつもの簡易な籠手とすね当てをし、腰にはロングソードを下げているが、いつもと違うのはその服装が粗末で薄く、まるで賊がお尋ね者かということと矢と弓を背負っていることだった。三年前のを模している。


「なるべく傷つけたくないけど、もしものときは自分たちがやろうとしていることを覚悟させるしかない、か」


 目を細め遠くを見ようとしているベルナが着ているのは、乗馬服に雨風を防ぐためのインバネスコート。腰には当然竜刺姫(りゅうせきひめ)のエストック、フィンバル二世。識別にもなればと、派手な赤のリボンで長い髪を首元で一つに結んでいる。


「戦士の掟も通らなければ致し方なしだな」


 そして追加の一人というのが、異人が相手ならばとついてきたフェケルだった。その彼の服装だが、ほとんどをマントで隠して見えないようにしているが、明らかに平民には見えない装飾の施された異人の軍服だった。右横の髪で作られた三つ編みが揺れる。

 その身なりに驚いたライドやベルナ、コランが出自を尋ねると、


「こんなんだが、とある貴族の末っ子なんだなこれが」


 と答えていた。レメリスから帰られなくなった人々を率い旅をしていたのは、位に伴う務めだったのだ。その割には色々と荒っぽいところも多いが。


「というわけでどうする? もう少し近くまで行ってみるか?」

「ここからだと様子もわからない。そうするか」


 フェケルの提案でライドが動き出す。追い立てることなくゆっくりと縦一列で馬を走らせて。

 その途中だった。ベルナのすぐ隣にエクセルが馬を寄せてきたのは。

 彼はしばらく俯いたり見上げたりと不自然な動きをしていたが、一度走る馬の首筋に額を当ててから彼女に向けて声をかける。彼は時たま隻腕であることを忘れさせる。


「生きて帰ろう」

「当たり前。エクセルも変なことするんじゃないよ」

「……うん。返事しないと、情けないもんな」


 何の返事であるか、それは二人ともよくわかっている。


「今ここで言う? あたし忘れてって言ったけどっ?」

「そうはいくか。あれから再開した後のこととか色々思い出したり考えたりしたんだからな」


 うっすらとだが、お互いに顔が赤くなっている。それが戦い前の高揚のせいでないのは誰の目にも明らかだ。


「うるさい変なこと言うな!」


 二人の前を行く年上男性組にもそのやりとりははっきりと聞こえていた。そして聞かずともどういう内容で言い合っているのかわかっている。ライドがはあと大きくため息をつけば、フェケルがからからと笑う。


「下手くそか」

「ははは、いいじゃねえか。すらすら出てこないのが素直な気持ちってもんだ。懐かしい気持ちになる。妻を思い出す」

「妻? あなた既婚者だったのか」

「おうよ。別れてねえぜ。向こうで待っててくれている。子供と一緒にな。あんたは?」


 首を振る。


「いない」

「仲がいいのもか? 一緒に池に泳ぎに行ったりするような」

「ああ。エクセルのこともあったが……怖くてね」


 どういうことかと首を捻りかけたフェケルだが、すぐに彼の気持ちを汲み取ったらしい。口を挟むことはなく、リズム良く揺れる馬上でただ言葉の続きを促した。


「死んでいくとき、どちらも関係なく女の名をこぼすのを何人も聞いてきた。あの頃は必死であまり気にしていなかったが戦いが終わったあと、慰霊碑建立の式典のときだ、喪服の女たちの誰もが……しかし俺は戦士であることしかできないから、今もうこうしている」


 拳を額に当てる。フェケルは異人たちのやる祈りの仕草をし、傷を隠していた戦士へ詰まり気味に声をかける。


「……行動で示してみせよう」


 謝罪の言葉よりもフェケルはこう選んだ。それに対しライドは手を差し出し、握手を求める。


「始まりはどうであれ、あの戦いはどこにも消えない。お互いにとって。頼りにします」


 ぐっと握った力がさらなる誓いを立てるようだった。ライドとフェケルの視線は一瞬だけだったがかちりと合い、そして手も離れた。


「いやいや戦士だけにしておくのはもったいねえ。政治もやれるよ」

「俺がですか?」

「卑しくて汚らしいところだと思っているだろうが、行動や考えが次の時代に残りやすくもなる」

「俺のことを残してどうするんです?」

「種をまいておくのさ。自分で見つけられなかったことを考えさせてやれ、あとのやつらにも」

「失礼ですがもっと粗野で考えなしの方かと思っていましたよ」


 すると彼は豪快に声を上げて笑い、

「ははは、はっきり言ってくれるなあ。でも合ってるぜ。こっちには考えなしで来たんだからな」

「それはどういう」

 と続けようとしたところでフェケルが馬を止め、フードを被って顔を隠した。気づけばすぐ目の前に村の入り口があった。ライドと後続の二人も止まる。エクセルも同じように顔を隠し大きく呼吸をした。


「さてどうする? 最初の通りいってみるか?」


 こくりとライドとベルナが頷く。二人は馬を並べゆっくりと村の中へと向かって進み始めた。それをフェケルとエクセルがじいっと眺める。石造りの建物が並ぶ広い村は誰もいないかのようにとても静かで、朝霧で背中は見えなくなっていった。


「俺なら絶対に入れないようにするがね。あんなおっかないのに近づかれるとどうにもならねえ」

「わかる」


 しばらく待っていると遠くから発砲音が響いた。一発だけ。


「交渉の余地はやっぱりないというわけだったな」

「行きましょう」


 二人は馬を降り、徒歩で村の中へと入っていく。そのときまた発砲音が響いた。今度は一発だけではなく数発。始まってしまったようだ。


「なんか潜んでるとかそんな気配はあるか?」

「大丈夫そうです。走って二人と合流しましょう」


 とエクセルが言った瞬間、足元すぐ近くに銃弾が当たった。


「おいおい、狙われてるじゃねえか!」


 上からだ。建物の上からすでに二人は狙われていた。朝霧ではっきりと相手が見えない状態の中、銃弾が飛んでくる。


「朝霧で向こうも狙いが甘いです。一気に走り抜けましょう。背中乗れますか?」

「恥ずかしいけどしゃあねえな!」


 大の大人であるフェケルが少年の背中におんぶで乗る。そこから少年は残り香の力を使って常人には出せない足の速さで狙撃現場から離れていく。


「馬かそれ以上に速いな!」

「長くはもたないですけどね」


 駆け抜ける間も銃弾は降り注いだが、運良く当たらずに済んだ。そうしてそのまま最初の発砲音がしたところへと目指し続ける。


「待て!」


 叫んでエクセルの足を止めさせる。そして目の前の石畳の地面を指さした。


「術だ、そこに術が掛けられている。踏んだら大砲の弾のように炸裂する術だ」

「そんな術」

「ああ、こことの戦いが終わった後に国でできたやつだ。この反乱、王の派閥も絡んでやがるのか、負けを認めたがらないやつらが」


 勢いをつけ一気に飛び越える。無事越えると、フェケルはその術が仕掛けられた地面に向かって拳銃を放つ。するとそこが大砲の砲撃にあったかのように吹き飛んだ。近くの建物も巻き込んで。


「あんな風になる。さすがに死ぬだろ?」

「やっぱり戦いは終わらないな」


 何度か同じ術を乗り越えついに二人はライド、ベルナと合流した。乗っていた馬はすでにどこかへと放っていて、建物の影に隠れ続けていた。どこもケガをした様子はないが、なかなか先へ進めずにいる。

 ここは村の中でも大きな通りになっていて、そこには先へ行かせないようにバリケードが敷かれ銃を構えた人々が守っている。エクセルは恐らくそうだろうと思い、その大通りの正面でなく、遠回りだが迂回してここまでやって来ていた。


「俺たちが見えたらいきなりだ。やる気満々だよ」

「いい腕してるよ、さすがに。半端じゃない」


 何度か弾丸が付近に着弾していた。


「このままだと挟まれる。どちらにせよ動かなきゃならない」


 朝霧がはれてきていた。より鮮明にバリケードの様子が見える。横に並んで銃を構え続ける人々の姿、そこにはレメリスの人も異人の人も混じっていて、悲しいが理想の形だった。

 かなり密集しているので、エクセルたちから放つ銃弾があればまず外れることはないだろう。異人との戦い前の命中精度が異常に悪かった銃はもうどこにもない。しっかりと狙えばしっかりと当たる。だから彼らはそこまで現状に対して憤りを感じていて、何とかしようと戦っている。


 その姿にエクセルは敬意を表しつつも、しかし目の前に立ちふさがる敵ならば。


「いや、ここは俺に任せてくれ」


 抜刀して飛びかかろうとしたエクセルたちを止めたのはフェケルだった。異人のきらびやかな軍服を着るに合わない三つ編みの男。彼の覚悟の瞳を見た三人は、言葉を信じ、任せた。

 建物の影から出た瞬間、銃弾が放たれた。しかし逃げることをしなかった彼に銃弾は当たらず、ゆっくりと近づいてそれから大声をあげた。


「レメリスから帰られずにいる同胞たち、キルケロスの民よ、私の話を聞いてほしい。私はフェルケルリト、リアント公嫡男、エガン伯爵フェルケルリトだ!」


 気迫に押されたのか、その爵位が刺さったのか。発砲が止んだ。意味がわからないレメリスの人の中にはまだ引き金を引こうとしている者もいたが、それを止めさせていた。

 ライドとベルナは目をぱちくりとさせ、しかしエクセルは特に驚かずにじいっと彼の様子を見守り続けている。


「り、リアント公の……」


 バリケードの異人たちがじわりじわりと騒ぎ出す。そして、


「しょ、証拠を見せてもらいたい。あなたがエガン伯爵であることを」


 彼は横の髪で作った三つ編みを掴み、見せつけるように持ち上げた。


「この軍服とこの髪、そしてこの紋章が証だ」


 地面に手をつけると、そこから光でできた紋章が浮き上がってきた。それを掴み、宙に浮かべよく見えるようにする。異人の術だ。そこでライドが呟いた。


「異人の王の紋章と似ている」


 伯爵と名乗る男は、見せたことのない覇気をここで輝かせる。


「かなり傷んではいるが、確かに私はここにいる!」


 異人たちの騒ぎは大きくなり、興奮が増していく。


「なんでエガン伯爵がこんなところに!」

「そもそもエガン伯爵がこちらに来ていたなんて話聞いたことあるか? 王の甥だぞ!」

「しかしあの三つ編みは間違いなく王に連なる者。なぜ今だにこちらにいらっしゃるんだ!」


 ざわざわとレメリスの人を無視して盛り上がる異人たちに対し、王の甥エガン伯爵であると明かしたフェケルが告げる。


「キルケロスの民よ、まだ国は新たなる王を決めるための混乱が続いている。そのために帰還が追い付いていない状況だ。だからこそそんな民のために何か助けになればと私は来た。皆、辛く悲しい気持ちは同じだが我が国は負けたのだ。我々の進軍は終わった。どうか私を信じて帰還のときまでレメリスの戦いに混ざらないで欲しい」

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