ペンテシレイアとの出会い その5

「傭兵団を作りたい」


俺はギルドの受付の男に向かって開口一番そう言った。

彼女を救うためには色々と準備がいる。

これはその第一歩だ。

受付の男性は2、3秒の間、俺の顔を見ていたが、すぐに引き出しから1枚の書類を取り出した。


「……こちらの書類に必要事項を書いて下さい」


渡された書類に目を通す。

書く項目は、設立する傭兵団名、団長名、団員、本拠地の4つ。

傭兵団名は……俺たちを表す言葉でいいか。

団長名は……もちろん俺の名前だ。

そして団員の名前は……


「……」

「どうされましたか?」

「いや、そうだな……」


人に名前を付ける、なんて初めての作業だ。だが、深く考えている時間はない。こうしている間にも、あの子が危険にさらされている。

俺はパッと思いついた名前を書いた。

そして最後の項目だが……


「本拠地ってのは何を書けばいいんだ?」

「傭兵団の拠点になる所在地を書いていただければ結構です」

「つまり住所?」

「まあそうですね」

「俺の今日この街に来たばっかりなんだ、住所なんてわからない」

「でしたら受理できませんね」


受付の男性は相変わらず淡々とした受け答えだ。

だが、もうその対応は慣れた。怯んでなどいられない。


「それなら適当な空き家を紹介してくれ」

「それは我々の業務外です」

「ギルドは傭兵団の設立に関わる業務をしているだろう、なんで業務外なんだ?」

「土地や家屋の管理は領主が行っています、領主に対して紹介状を書くことはできます」

「紹介状発行から空き家が手に入るまでどれくらいかかる?」

「大体一週間ほど見て頂ければ」


長い。こちらは時間がないのだ。何とかして傭兵団の設立を認めさせなければ。


「そもそもこの本拠地ってのは何をするために必要な情報なんだ?」

「連絡を取るためです、ちなみに虚偽の内容を申告した場合、罰則の対象となります」


しっかりと釘を刺された。

つまり俺はここに虚偽にならず、しかし連絡を取るために必要な住所をかきこまなければならいわけだ。

……それならばこうするしかあるまい。


「……すべて書いたぞ」


俺は本拠地まで書き終え、書類を受付に提出した。


「はい、確認します……『マーベリックス』」

「俺の傭兵団の名前だ」


俺もあの子も身寄りのない一人ぼっち。この世界、きっと俺は一人だけでは生きてはいけない。彼女もきっと一人だけでは生きてはいけない。ならば孤独者マーベリック同士で寄り添う必要がある。この傭兵団の設立目的はそれだ。


「団長の名前は『アイアアヤト』」

「俺の名前だ」


この街に来て、俺の名前を初見ではっきりと発音出来たのはこの男が始めだ。


「団員は1名……ですか」

「問題あったか?」

「いえ、何も……それで、本拠地についてですが」

「ああ」

「この『街の外側の城門』というのは?」

「書いたままの意味だが」

「これは……」

「本拠地の欄は、俺達の傭兵団の連絡を取れる場所、を書けばいいんだろう?」

「そうですが」

「俺達の傭兵団は街の外側の城門を拠点に活動をしているんだ」

「……そこには建物があるんですか?」

「あるに決まってるだろう、地面の床に城門の壁だ、屋根はこれから建設する」

「……」

「この場所はわかりやすいから、連絡を取る分には何の問題もない、つまりそちら要件は充分満たしているはずだ」

「……」

「それとも本拠地は街の中じゃないといけない、なんて決まりでもあるのか?」


もしあったら詰んでいる。だが、もう俺はこれでごり押しするしかない。


「……そのような決まりは、ありません」

「じゃあ問題ないよな?」


これぞ好機と俺は念を押した。

こういう正論を振りかざすタイプは、多少なりとも筋が通っていることを主張すれば、それを認めしまう場合が多い。つまりはルールの穴をついた時、「主張がおかしい」ではなく「ルールがおかしい」と考えてしまうのだ。


「……そうですね、問題は……ありません」


眉間に深いしわを刻み込ませた受付の男は、俺ではなく自分自身に言い聞かせるようにいうと、判子をバン!と書類の上に押した。


「傭兵団『マーベリックス』を承認します」


この受付に「傭兵団を作ればいい」と言われ、返事をできなかったのが、ほんの数十分前。

それが今、俺は傭兵団を創設している。

右も左もわからず、明日以降の保証もない。それでも腹を決めた以上は走るだけだ。後の事は、後で考えればいい。


「さて、それじゃあ傭兵団として、ギルドに相談がある」

「何でしょうか?」

「うちの傭兵団員が、依頼を遂行するために毒蛙の沼とかいう場所に向かってしまった……だけど、この依頼は他の傭兵団が受注したものなんだ、つまり彼女は勘違いをしてしまったわけだ」

「はい」

「もう向かってしまった以上は仕方ない、だから彼女を呼び戻そうと思う、それをする上で必要な情報……つまり、この依頼に関しての情報を教えてほしい、可能限りたくさん」

「……最近受注されたもので、毒蛙の沼に関する依頼は一件だけですね」

「それは今日受注されたやつだろう?」

「そうです」


受付の男性大きなファイルを引き出しから取り出すと、カウンターの前に広げた。


「依頼書の内容、予想される討伐対象、毒蛙の沼について……教えられる情報は色々ありますが、それらすべてが欲しいんですね?」


俺は大きく頷いた。



孤竜の街から街道で魔貌の森に入って、2つ目の分かれ道を右に曲がり、そこからしばらく進むと、また分かれ道がある。そこの分かれ道には立札が立っていて、その通りに行けば……


臭気が鼻をついた。


俺はギルドから借り受けたマスクを身に着ける。

毒蛙の沼にたちこめる毒の霧は呼吸によって体内に入ると、思考の鈍化から症状が始まり、倦怠感と発熱で動きも鈍り、最終的には意識を失って動けなくなるという。ちなみにこの毒に特効薬は存在しない。継続的に摂取することで引き起こされる症状なので、毒の霧の範囲から離れれば自然治癒するのだ。まあ毒自体には即効性がなく致死性も低いが、長時間吸い続ければ危険なことには変わりなく、何の準備もせずに足を踏み入れて死んだ者も、少数だがいるという。

だが、逆に対策さえすれば毒に侵されることはない。

たとえば今着けているマスク。

これは毒の成分を緩和する薬草が縫い込まれている。つまり、これを着けている限り、俺は毒の霧の中を自由に動き回ることができる。またこの霧は独特の臭気がするので、その匂いを嗅いでからマスクを着けても間に合うし、マスクが無くてもすぐに匂いのしない方向に逃げれば毒の影響はほとんど受けない。


これらの知識と防毒マスクは全てギルドからもらったものだ。

ギルドの業務は傭兵に依頼を斡旋すること。そして、ただ斡旋するだけでなく、依頼達成のためのサポートもその業務に含まれる。その事実を俺は知らなかったが、『ギルドは職業安定所ではなく派遣紹介業者』というイメージから、おおよそそういったサポートも受けられるだろう、ということは想像がついていた。

案の定、「傭兵団」のみ受けることができるサポートを全て受け、俺はあの子を救出するため、ここに……毒蛙の沼に到着した。


毒の霧といっても不可視のもので、ほとんど匂いしかしない。なので薄暗いとはいえ視界はそんなに悪くない。そして毒蛙の沼自体、そこまで大きくはなく、もし彼女を探すのであれば沼の周りを探索するように歩き回れば見つけられるだろう。


気がかりなことは、彼女が毒の霧の知識がなくとも、この独特な臭気を警戒し、そもそも毒蛙の沼から引き返した可能性がある、という点だ。もしそうなら、俺は盛大な独り相撲をやっているわけだが……


ムギュ


明らかに土や草でないものを踏みつけた感触。

足元をみると背の高い草に隠れるようにして、うつぶせで倒れている金髪の子供がいた。

草をかき分けて、うつぶせの身体をひっくり返して顔を確かめる。


「……うぅ……」


意識はない。しかし浅くだが呼吸はある。

何はともあれ、俺はここに急いできて、正解だったようだ。

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