ペンテシレイアとの出会い その2
狂霊というのは意思を持ちながら肉体をもたない不可視の生命体であり、肉体をもつ生命体や死体に憑りつくことで、その肉体を支配する。
その名のとおり狂っており、憑かれた生物は放っておくと破壊活動を繰り返したりして非常に迷惑な存在となる。そして一度憑りつかれると専門の技術を持つ者にしか除霊することが出来ない。
「……で、殺すと報奨金が手に入るのか?」
「そうだ」
少女はぶっきら棒に答える。
「どこで報奨金は手に入るんだ?」
「ギルド」
「そのギルドってのはどこにあるんだ?」
「今向ってる」
俺と少女の会話は先ほどからこんな感じだ。
少女は俺の質問を一言で返す。それ以上の会話が続いたことはない。まあ会話というか、俺の質問攻めみたいな形になっている。少女は俺と会話する気があまりないらしい。
「するとあの声はやっぱり……狂霊ってやつなのか?」
「……お前、狂霊の声が聞こえるのか」
初めて少女がこちらに興味を示した。
「多分、そう思う、身体が欲しいとか言ってたからな」
「ふーん、人間種の癖にアイツらの声が聞こえるのか」
少女はやはりこちらを見下している。
少女は俺の事を人間『種』と呼ぶ。それも疑問に思っていたが、街の中に入ってすぐに分かった。この世界には人間以外の知的種族が存在する。
例えば耳が長く尖った種族。あれはエルフという。
まるで二足歩行をしている犬のような種族。あれはコボルトという。
他にも角の生えた筋骨隆々のミノタウロス、子供のように小さいゴブリン、羽の生えたハーピィ……
人間はポピュラーな種族なのだが、それでも街を歩けば異種族がちらほら見かける。
そして、この少女はオーク種なのだそうだ。
「種族によってその狂霊の声は聞こえたり聞こえなかったりするのか?」
「俺は聞こえる、あとエルフ種も聞こえる、人間種は聞こえない、後は知らない」
街は石造りの建物が多く、屋台なども並んでいて活気があふれている。そんな中、ひときわ大きな建物が目に入った。
『ギルド 孤竜の街支部』
そう読めた。この字は初めて見た気がするが、なぜか読むことができてしまったのだ。
「ここがギルドか……」
他の建物とは明らかに違う。赤茶色の煉瓦がきっちりと敷き詰められ、それらには目立った傷も見えない。よく手入れされているのだろう。
俺がギルドの建物をよく見ている間に少女が建物に入っていってしまった。
慌てて後を追う。
ギルドの中はたくさんの人……いや、二足歩行をしているが、人ではない生物が多々いる。
少女はまっすぐ受付と思わしき場所まで歩いて行くと、持っていた生首をドカッと置いた。
「おい、狂霊を殺してきたぞ」
受付の人間種の男性は置かれた生首に目を剥いた。
「きょ、狂霊……ですか?」
「そうだ、殺した、報奨金をよこせ」
「……少々お待ちください、手配書は?」
「そんなもんねえ、見かけたから殺したんだ」
「……」
受付の男性が明らかに困り果てている。
どうにも話がおかしい。
「……手配書がないとなりますと……この首が狂霊に憑りつかれていた、という証拠は?」
「そんなものねえ」
「ない、となりますと……報奨金を渡すことはできませんし、場合によっては殺人の嫌疑で憲兵に通報することになりますが……」
「何でだよ! 俺は嘘なんかついてねえぞ!」
雲行きが怪しくなってきた。この街の治安維持機構がどうなっているかはわからないが、「憲兵に通報」という行為が穏やかでないことはわかる。
「待ってくれ、ちょっといいか?」
いてもたってもいられず、少女と受付の間に割って入った。
少女がこの御者を殺したのは俺を助けるためでもあったはずだ。それならば、俺もこの少女を助けなければならないだろう。
「……あなたは?」
「狂霊に憑りつかれていたって証拠が必要なんだよな?」
「そうですか」
「俺はこの男が狂霊に憑りつかれている場面に出くわしてる、いうなれば俺は証人なんだが、それでもダメか?」
「はあ……あなたは人間種のようですが、念のためにうかがいますけど、霊話士かなにかで?」
「レイワシ……?」
「狂霊と対話できる人物です、霊話士ではない?」
「……その霊話士というものではない……けども」
そんな職種初めて聞いた。当然俺は霊話士などではないだろう。
「申し訳ありませんが、ギルドに登録された霊話士以外の種族からの証言では、証拠となりえません」
「あー……そうなのか」
「物的証拠などは?」
「ない……と思う」
そもそも狂霊に憑りつかれたと証明できる物的証拠など存在するのだろうか。
何にせよ、まだこの世界に不慣れすぎて効果的な説得方法が全く思い浮かばない。
「それでしたら、狂霊討伐に関しての報奨金をお渡しすることはできません」
「……そうみたいですね」
俺は少女の腕を引っ張る。
「……ここは帰ろう」
「離せ!」
しかし、少女は俺の手を払いのけると、また受付に食って掛かった。
「おい、俺は嘘なんかついてねえって言ってるだろうが! わからねえのか!?」
「いや、証拠がないとわからないだろう……」
「そんなもん前に来た時は必要なかったぞ!」
「前……? ああ、そういえばあなたは以前にも来られましたね」
受付の男性は額に手を当て、まるで思い出しながら言う。
「あの時は確か、傭兵団つきの霊話士がいたはずですが……その方は?」
「そんなやついねえ」
少女の返事に受付は大きくため息をつくと、チラリとどこかへ目配せした。俺がその視線の先を見ると、鎧を着た体格のかなり大きい兵士がいる。おそらくはこのギルドの警護兵なのだろう。
警護兵が受付を見ながら頷く。そして、こちらに向かってきた。
「……もう行くぞ」
「あん? ……おい、なにすんだ!」
俺は少女を後ろから羽交い絞めにした。
「これ以上粘っても無駄だ、面倒事になる前に帰るぞ!」
「ふざけんな、離せ!」
少女は凄い力で暴れる。羽交い絞めにしているのにまったく拘束できていない。
自分の背と同じくらいの大剣を振り回せるのだ、俺よりもはるかに強靭な肉体を持っているのだろう。
俺が少女相手に四苦八苦している間に、俺達は兵士に囲まれてしまった。
少女もそこでやっと状況を理解したらしく、暴れるのを止めて周りにいる兵士たちを睨む。
「……なんだお前ら?」
兵士長らしき人物が、受付の男性に顔を向けた。
「……いかがいたしましょうか」
「彼女らを排除してください」
「了解しました」
兵士たちはいっせいに輪を縮め、俺と少女を持ち上げると、そのまま扉まで強引に運び、外に投げ捨てた。
「いって! チクショウ! なにしやがる!」
尻もちをついた少女が兵士たちを睨むが、彼らはギルドの扉を閉めることで返事をした。
結局追い出されてしまったが、むしろ追い出されただけで済んだことを喜ぶべきだろう。通報されて逮捕でもされればたまったものではない。
少女はいまだに扉に向かって悪態をついてる。それが野犬の遠吠えほどの意味すら持たない事に気付いてないようだ。向こうは同然扉を開けることはないし、もし扉が開くことがあっても、それは野犬を黙らせるための水をぶっかけるためのものだろう。
「……今は諦めろ、証拠とかいうのを用意してなかったのがいけないようだし」
ギルドの受付の対応は「お役所仕事」をしている印象を受ける。融通が利かない点はデメリットだが、手順さえきちんと踏めばちゃんと対応してくれるのだろう。
俺が少女を慰めると、彼女は悪態をつくのを止め、俺達と一緒に放り出された生首の元まで歩く。
俺はそんな少女の背中に向かって今後すべきことを考えながら話し続けた。
「とりあえず証拠を用意しよう、その生首が狂霊に憑りつかれた証拠があれば向こうも納得してくれるはずだ、受付の話だと物的証拠が……」
バシュッ
しかし、俺の考えは全てに無駄になった。少女が生首を踏みつぶしたからだ。
「……なにやってるんだ? そんなことしたら……」
「どいつもこいつもムカつくぜ! この生首野郎もあの受付もお前も!」
こちらをギロリと睨む。口角が上がり、あの鋭い犬歯があらわになる。
「お前ら生意気なんだよ! 偉そうにして! 弱い人間種の癖に!」
どうやら物事が上手くいかないことへの憤り……その矛先が俺の方に向いてしまったらしい。確かに彼女は俺の命を救うために御者を殺し、いわば「巻き込まれてしまった」わけだが、それ以降は彼女自身にも問題がある。
どうにも彼女の行動は行き当たりばったり過ぎる気がする。短絡的な行動と、自身の怒りを物に当たるせいで余計状況を悪くしているとしか思えない。まるで聞き分けのない子供……いや、実際に彼女は子供か。見た目からもおそらくは10代前半だろうし。ただ、ここまで社会性がないのは、低年齢による社会経験の少なさが原因ではなく、彼女自身の性格のせいだと考えられるが……
「待ってくれ、今は俺に怒っても仕方ないだろう、俺は君に感謝しているんだ、可能な限り君に協力をしたいし、それをする上でもっとこの世界の情報を……」
「ああもう! うるせえうるせえうるせえ! 小難しい事ばっかり言いやがって! これだから人間種は嫌いなんだよ!」
少女は髪をかきむしる。
そんな小難しい事を言っている自覚はないのだけれど……もしかしたら、この少女は物事を順序立てて考えるのが苦手なのかもしれない。
少女はイライラが収まらない様子で俺に背を向ける。
「どこに行くんだ?」
彼女に追いすがると、彼女はこちらに振り向き、俺を睨みつけた。
「ついてくるんじゃねえよ、殺すぞ」
少女が肩に担いでいる大剣に手をかける。
俺は何も言えなくなった。この少女は、心はわがままな子供だが、その肉体は俺よりもはるかに強靭だ。怒りに身を任せて何をしでかすかわからない。それこそさきほどいともたやすく踏みつぶされた生首のように、俺の頭を粉砕することなどたやすいだろう。
何も言えない俺に対し、少女は、ちっ、と大きく舌打ちをして、街の中へと大股で消えて行った。
呆然と立ち尽くす俺の肩に、ポンと手が置かれた。
振り返ると、獅子の顔があった。
「うお!?」
思わず距離をとる。
「そんな驚いてくれるな、ワーライオは初めて会ったか?」
獅子顔……どうやらワーライオという種族らしい……は顔をしかめて頭をかいた。
いきなり獅子の顔が目の前に来れば普通は驚くけども、この世界では人外が二足歩行をして言葉をしゃべるのは割と普通の事らしいので、驚くのは失礼だったかもしれない。
「す、すまん……」
「まあいいさ、私も自分の顔が恐い事は自覚している」
ワーライオは肩をすくめる、俺に拳を突き出した。
「傭兵団『暁の獅子』の団長しているリチャードだ、よろしく頼む」
リチャード……このワーライオは、なぜこちらに向けて拳を突きだしたのだろう。攻撃の意思はないようだが。
「うん? どうした?」
「いや、えーと……すまん、この世界……この街に来たばかりでわからない事ばかりなんだ」
突き出された拳の対処に迷った挙句、言い訳をしてから俺も拳を突き出してみた。するとリチャードは俺の拳に自身の拳を当てて腕を下した。
どいうやら俺の対処は正解だったらしい。多分、この世界における握手みたいなものなのだろう。
「俺の名前は相亜彩人だ」
「アーイアーヤー……?」
「アイアアヤト」
「……言いにくい名前だな」
「よく言われる、呼ぶのならアヤトでいい」
「わかったアヤト……さて、君も災難だったな、あのオークの娘に関わったばかりに……一部始終は見ていたぞ」
リチャードが獅子の目を細めながら言う。
「あの娘は一体何なんだ? 俺が言うのも何だが、ずいぶん世間知らずというか……」
「やはり何も知らずに関わっていたか」
「え? どういうことだ?」
「この街に住むものなら、まずあの娘に関わろうとはしない、君があの娘と一緒にギルドに入ってきた時、あの場にいたほとんどの傭兵が君を憐れんだだろう、もちろん、私もその一人だ」
リチャードは目つぶりながらうんうん、と頷いている。確かに危なっかしい女の子だとは思っていたが、悪い意味で相当名の通っていたオークらしい。
「リチャードさん」
「私も呼び捨てで構わんぞ」
「ならリチャード、まあ大体察してくれてると思うけど、俺はこの街とかまったくわからない」
「ああ、それはさっき聞いた」
「それでなんだが、ちょっと色々質問していいかな?」
オークの少女に見捨てられた今、俺は向こうから話しかけてきてくれたリチャードに頼るしかない。幸いなことに友好的そうだし、オークの少女よりも話がわかるだろう。
「……ふむ、まあいいだろう、ただこちらの用件を済ませながらでいいか?」
「大丈夫だ」
リチャードはギルドの扉を開ける、俺はその後に続いた。
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