第24話
ざっと鞄に荷物をまとめ、廊下を早歩きで進む。同時に、メール画面を下にスクロールし、連絡先として記載されている電話番号をタップする。
相手は2コール目で出た。
「お電話ありがとうございます。舘山商事です。恐れ入りますが、この電話番号は現在社内用に使用されてますので、改めてお掛け直し下さいますようよろしくお願いいたします」
「新入荷のインナーシャツについてお尋ねしたいんですが」
「・・・・・・お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「小村です」
「担当にお繋ぎします・・・・・・」
がちゃがちゃとカプラーを繋ぎ直す音が聞こえる。接続音が途絶え、一呼吸置いたところで相手方からの声が届く。
「食後のヨーグルトが欲しい」
「・・・・・・分かった。リンゴジュースも併せて買ってくる」
そして小村は電話を切ると、すっと踵を返し、符丁に従って用務員室に向けて歩を進める。
用務員室の前には落し物箱が置いてあり、失せ物はまずここを当たれというのがこの学校では共通した認識となっている。この落し物箱には、落し物とゴミの区別がつかないものに混じって、失くしようの無いはずの制服のシャツなどが置いてあることもある。そして不思議なことに、そうした物件ほど何故か落とし主が現れるまで極端に時間がかかるのだ。
その箱の中に、二つ折りの赤いバインダーを見つける。小村はそのバインダーを拾い上げる。表面にははっきりと、しかし走り書きをしたような字で名前が書かれており、持ち主の性格が几帳面なんだか雑なんだか判断がつかない。
用務員の姿はない。そのままさっと小村はバインダーを持ち去る。「浜渡浩満」と読み取れなくもない記名のバインダーを開くと、中には三者面談の通知書と名刺が挟まっていた。
まず通知書に目を通す。文面は、土曜日の13時30分に211教室で三者面談を実施するので参加せよとあったが、よく読むとその日付は一年前のものだ。
解読するとそれぞれ、211教室は任務前ブリーフィングの場所、三者面談は呼集、指定されている時間は集合時間を指す。日付はただのダミーである。そして211教室はこの学校に存在しない。当然外の話だ。
名刺にはとある教師の名前と肩書き、電話番号が記載されている。その教師の名前も昨年定年した、今はこの学校にいない教師のものだ。
名刺に記載されていた電話番号に電話をかける。
「長引きそうな状況?」
2コール目で出た相手に小村は間髪入れず質問を飛ばす。
「まあ、一旦は手ぶらでいい」
「今日はオンライン対戦?」
「いや、オフラインモードでシナリオを進める」
オンライン。有線電話のことで、つまり今回は電話でなく、対面状態でのブリーフィングとなる。
手ぶらでいい時は基本的に長引くことが予想される。何しろ、必要なものがまだ判明していない事が多いからだ。
逆に、何かしらこちらで物件の準備が必要な時はかえって単純にことが終わる可能性が高い。
既に全て向こうが必要な物件を用意している場合もあるが、小村の経験上、大抵が長丁場だった。
電話を切り、その辺にまとめて放り投げたい衝動を抑え、ややうんざりした調子で三者面談通知書と名刺を抜き取ると、バインダーを自販機コーナー近くのベンチに置く。
自販機で飲み物を買ったところで、ベンチに腰掛ける生徒は少ない。そのまま立ち飲みするか、あるいは教室に持ち帰る場合がほとんどだ。目に付きにくいという理由で、あらかじめ決めてあるバインダーの回収ポイントであり、いずれ誰かしらが回収しにくる手筈になっている。
もしくは、こうしておけば誰かがまた用務員室前の落し物箱に戻しておいてくれる可能性もある。他人名義のバインダーなど、使いたい者もそういない。
そうなった場合であっても、用務員室前から回収され、落し物箱に再度突き刺さっているときには、また何かしらの指令書が挟まれている、という寸法だ。
校外に出るにあたり留意すべきは、今自分は通学鞄を携行しているということだ。
いくらなんでも、弁当を買いに外に出る生徒がいるとはいえ、これで校門を抜けると流石に目に付く。つまり、正攻法では抜けられない。
だが、この学校には一つ抜け道があった。
体育館の裏手の方に回ると、剣道部員の道着が干してある一角がある。狭い割りに陽がよく当たり、時間帯によっては頻繁に剣道部員が通り、尚且つとてつもない汗臭さが充満している。そのため、不良生徒であってもここを溜まり場にしようと考える稀有な人間はまずいない。
この一角を抜けると、金網で校内と外部とを隔てている様子が見て取れる。この金網には一箇所だけ人が1人通れるくらいの破れが空いており、その上、その周辺は草が丁度生い茂っている。外部に通じる唯一の穴だ。
周囲を見回し、さっと屈むと小村はそのまま抜ける。こうして校外に出た小村は、はたから見ると学校を早退するなりなんなりした生徒のように見えるだろう。
手ぶらでいいとはいえ、わざわざ荷物を置きに家に戻るほどのことではない。
時間はまだある。その足で直接向かうより、ひとまず小村はリンゴジュースでも買ってから集合点に向かうことにした。
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