番外・掃除屋の副業

死体は語る。その人間の最期の瞬間の全てを。

例えば、建設現場の高所作業中の転落遺体として運ばれて来た作業員。当初は事故死と思われていたが、背中をよく見ると靴底型の痣が残っており、実は蹴り落とされた殺人遺体だったと判明したパターン。

例えば、大学生4人組の交通事故遺体。シートベルトをしておらず全員が車外に投げ出された上に損傷がどれもひどく、運転していたのが誰か分からなかったが、1人だけ胸元にハンドル型の痣があり、その人間が最後のドライバーだったと判明したパターン。

死体は全てを語る。尤も、それは死体を診る人間に最期を聞き取る意図があればの話だが。


鼻歌交じりに掃除屋はメスを振るう。今回の「お客様」は死後3時間。簡単な防腐処理を施したことと、氷で囲んでクーラーボックスに入れておいたお陰で腐敗はさほど進んでいない。

死体の処理というものは面倒だ。腐らせてしまった食肉を処分するように、ぽいと捨てるわけには当然行かない。骨に至ってはもってのほか。スペアリブとは訳が違う。そのまま可燃ゴミに出したが最後、いかつい見た目の青い制服を着た人たちと鉄格子のはまった部屋で楽しい会話に打ち興じなければならなくなる。

肉と骨だけではなく、人体には厄介なものが沢山ある。地上に存在するものにしては最高級の硬度を誇る歯牙やら、あるいは臓器やら。そのため、本来なら死体処理は少なくとも鼻歌を歌いながらできるような芸当ではない。しかしそれも作業が簡略化され、その上金になるなら話は別だ。


開胸して中を検める。

「流石は絵里ちゃん」

心臓は綺麗に風穴が空いているが、すぐ隣にある肺は全くの無傷だった。通常、よほど高威力のものでもない限り、拳銃弾は人体を貫通することなく、そのまま骨に当たって跳ね返り周囲の体組織を破壊する場合がほとんどだ。更に言えば、銃弾の通過に伴う衝撃波を受けてもおかしくない位置にあるが、見たところの影響は特に無さそうだ。

「要動作確認ってとこだね。煙草は吸ってそうにないけど、死体だしこれは2つで1000万ってところかな」

そのまま開腹を行う。

「健康そうで尚且つ人当たりのいい見た目通りだね」

やや浮かれた調子の独り言が出る。

「腹の内が黒い人間じゃないよ、君は」

口を動かしながら、しかし手を止めずに作業を続ける。

「綺麗な肝臓だね。こりゃ健康だわ」

そのまま丁寧に摘出を続け、1つ1つ丹念に保存ケースに入れる。


「腎臓は1つ1000万かな。肝臓と小腸と大腸、胃袋に膵臓・・・・・・こんなに綺麗に採れるパターンは絵里ちゃんならではだよね」

保存ケースに分けられた臓器を前に、物言わぬ、すぐそばの台の上に横たわる男性にまるで会話をするように掃除屋は語りかける。特に意味がある行動ではないのだが、無言で続けられるような作業でもない。

そして処理を終えた掃除屋はおもむろに電話を取った。

「欲しいやつって変更なし?だったらオーダー通り全部出せるよ。プラスアルファもあるよ」

そのまま二言三言交わす。

「うん、じゃあオーダー通りの分と合わせて角膜だね、用意しとくよ。よろしく〜」

受話器を置き、すぐにまた別の番号に掛ける。

「今欲しいのあります?新鮮なのが入荷しましたけど・・・・・・あ、腎臓ですか?ありますよ。他には・・・・・・?」

2軒目も好調だった。引き取りに関する打ち合わせを終え、電話を切る。そこで一旦指が止まった。次の取引先を考えているのだが、今日はもうどこからも注文が出ていない。

こうなるとアテは1軒だけある。金払いも良く、買取自体も良い。ただ、できればあまり取引をしたくないという相手だが。

少し逡巡して決心する。ボタンの上を指が走り、コール音が鳴り出すと相手はすぐに出た。

「有什么?(何がある?)」

耳をすますと電話口の人物の他に、やや甲高いくぐもった声のようなものと、何かの音楽らしいものが後ろから聞こえる。ここに電話をすると、たとえ夜中だろうが何だろうが1コール目で必ず出る。そこがより一層不気味さに拍車をかけているのだが、商売をする上で金払いのいい顧客を拒否するほどの贅沢は言えないし、そこまでの矜持はそもそも持ち合わせていない。

「胰腺、小肠、大肠・・・・・・(膵臓、小腸、大腸・・・・・・)」

悩むような声が向こうから聞こえる。

「・・・・・・有大脑吗?(脳みそってある?)」

「だ、大脑!?(脳みそ!?)」

ちらりと男を見る。流石に脳には手を付けていない。そもそも他人の脳など基本的に需要がない。

「・・・・・・大概、缺了一点但是・・・・・・(たぶん、一部が欠けてますけど・・・・・・)」

「好!」

電話口から愉快そうな、大きな笑い声が響く。商談が成立したようだ。

臓器の買い手自体は沢山いる。だが、移植用の闇臓器が目当ての人間ばかりではなく、ホルモンやらモツ鍋やらの要領で人のハラワタを食べたいという表に出せない類の愛好家も世の中にはいる。今の電話相手の呉がそうだ。

「话说回来、有大腿吗?(ところで、「モモ肉」って有る?)」

モモ肉。当然、鶏モモのことではない。男の死体を再び見る。学生時代にどんなスポーツをしていたかは知らないが、細すぎず、かといって筋肉質とはいえない両脚が目に止まる。

「・・・・・・没有什么你不能做的。但是、请你不要对那个有所期待、因为我不专业(出来ないことはないです。が、専門外なので期待しないで下さい)」

再び大きな笑い声が響いた。そして、すぐに遣いをやるからと言って呉は電話を切った。


「・・・・・・肉屋じゃないんだけどな、うち」

受話器を置きながらひとりごちる。ふとその時、電話の後ろから聞こえてきた音楽が何だったかを思い出した。

あれは確か中国の、それも北京周辺で主に歌われる児童向けの歌じゃなかっただろうか?

しかし、呉は今は日本在住の筈では?

反射的に壁の時計を見る。今は夜の11時30分だ。少なくとも子供を相手にするには遅すぎる。そもそも彼に子供はいない。そこに至って、くぐもった声のようなものの正体に何となく見当がついたが、深く考えないことにした。


呉の遣いは、いつもなら1時間くらいで受け渡し場所に現れる。やや急ぎの仕事だが、その前に最後にもう一人電話すべき相手がいる。夜中だが起きているだろうかと思っていると、3コール目で相手が出た。

「やあやあ、申し訳ないんだけれど」

「お前が心底申し訳ないと思っているようには全く聞こえないんだが」

「なに、君と私の仲じゃないか」

はあ、と大きなため息が聞こえた。

「今日は行けそう?」

「・・・・・・今度は?」

「成人男性1人、一部欠」

「お前から回ってきたやつで一部欠じゃなかったやつは一度もないんだが・・・・・・」

「2時間後くらいに行くよ。よろしく〜」

「よろしくってお前な」

そこで強引に電話を切る。約束は取り付けた。


こきこきと肩を鳴らし、再び作業に戻る。

「さて、脳みそとモモ肉か・・・・・・」

カミソリを片手に、男の頭の横を一周するように、更に頭頂部から大きなバツ印を描くようにピンポイントで髪を剃る。バツ印型にしたのは、額の中心に空いた風穴を避けるためだ。バリカンは無かったが、元から短い髪だったのが幸いしてすぐに局所的な剃髪は済んだ。

そのままメスに握り替え、開頭作業に移る。切れ味の良いメスが剃り跡に沿って男の頭皮を滑ると、丁度バナナの皮むきのように、四等分された頭皮が綺麗に剥ぎ取れた。少しだけ、弾が入射したあたりは骨が砕けていた。

今度はハンマーを持ち、綺麗に露出した頭蓋骨を叩く。力加減を間違えると脳みそごと叩き割ることになるので、慎重に頭骨だけを砕く。かぱりと頭骨が剥がれ、脳が露わになる。前頭葉のあたりが崩れていた。着弾の衝撃で砕けて粉状になった前頭部の骨が若干散らばっているのも見て取れた。眼球は摘出済みなので、そのまま引き抜いても脊髄がくっついて来ることを除けばあまり差支えはない。

適当なところで残った脳と脊髄を切り離し、ケースに入れる。衝撃で崩れてしまっているが、途中で弾が止まったお陰か頭蓋骨の内側に沿って弾が暴れた形跡はない。


22口径などの低威力の拳銃弾では時折、接射であっても頭に入射した後、反対側の頭蓋骨を貫通出来ずに反射し、そのまま頭蓋骨の内側に沿って弾が走り回ることがある。そうなると、弾を撃ち込まれた人間は脳が完全に破壊されてしまう。逆に、頭を撃ち抜かれても脳を完全損傷しなかったために生還できた事例も世の中にはある。尤も、今の掃除屋にしてみれば脳の状態は商品になるかならないかというところにしか興味はないが。

「完全体じゃないし、弾が途中で止まってるからB品ってやつかな。なんだか密猟肉みたいだね・・・・・・さて次はモモ肉、と」

すっとノコギリを手に取り、股関節にごりごりと刃を入れる。独立させた両下肢部を裏返すと、更に膝関節の裏から刃を入れ、膝から下を切り分けて腿を独立させる。

得物をノコギリからメスに変える。あいにく肉切り包丁は用意していない。

切り分けながら、今度から肉屋も開いてみようかと考える。顧客が1人しか出来ない可能性に辿り着いたが、しかしそれでも新たな収入源となり得る可能性とを天秤にかけ、肉切り包丁の導入を割と本気で検討してみる。


「これ、グラムあたりいくらかな」

雑だが、何とか切り分けた5kg程度の「モモ肉」を前に不謹慎な感想を抱く。

時計を見ると作業開始から50分経っている。かなりの早業だったが、あまり時間がない。急ぎで支度を整える。

クーラーボックスに文字通り抜け殻のようになった男の死体を押し込み、そのまま和泉クリーニングの社用車に搭載する。そして「商品」を積み込み、まずは呉の遣いの元へ行くことにした。

時折こうして、掃除屋は社用車を私的使用している。しかし、ほんの少しメーターが動いたところで誰も気に留めない上、昼間の仕事の時に燃料給油をしておけば、なおのこと疑う者はいない。更に言えば、掃除屋自身は、和泉クリーニングには副業は伏せているが、裏業務で死体処理をする関係上、掃除屋の機材に疑いを持つ者はいない。まさに至れり尽くせりである。


呉の遣いはいつもの場所にいた。

遣いの乗る、黒塗りの高級車の近くに駐車し、クーラーボックスを渡す。中身の確認として開封した瞬間、切り分けられた「モモ肉」や、その他の「ホルモン類」を見て顔をしかめたのが、サングラス越しに分かった。呉と違って、この遣いは真っ当な人間らしい。無言だが極力クーラーボックスの中身を直視しないようにしている。

呉の遣いは、現金を渡すと車に乗り込み、どこかへと走り去っていく。塗色と相まって、車はすぐに夜の闇に溶け込んでしまった。


掃除屋も車に乗り込み、金額を確認する。中身の束をざっと数えて、満足のいく額であることを認めた。呉には金額の指定をした記憶が過去にあまりないが、不思議なことに呉の遣いから渡される金額は毎回こちらが想定していた額とほぼ同額か、あるいはそれより少し多いくらいだ。

だが、深くは考えないようにして、そのまま第1の顧客の元へ向かう。今度の目的地は大学病院だ。

大学病院の駐車場の、玄関寄りの位置に駐車する。5分ほどすると、こつこつと誰かが窓を叩いた。見ると、白衣の男が立っている。

「今日が当直医で良かったよ」

「後ろの銀色のやつ。クーリングオフは3日までね」

「助かるよ」

黄色いクーラーボックスと無料駐車券を渡すと、当直医は銀のクーラーボックスを車から降ろして病院に引き返す。黄色いクーラーボックスは前回の取引で使ったもので、中身は今回の取引代が詰まっている。

割とここの病院は上客だ。闇臓器が売れるということは、何かしら訳ありの手術でも控えているのだろうが、顧客の事情には踏み込まないことにしている。自分が商品になるのだけは御免だ。


次の目的地は24時間営業のショッピングセンターの立体駐車場だ。24時間営業である関係上、厳しすぎず、かといって緩すぎもしない状態で監視の目がある。そのため、薬の売人などが居着きにくいといったメリットがある。しかし、短時間の駐車で尚且つ清掃業者の車となるとその目をくぐり抜けやすい。

駐車中の別の清掃業者のワゴン車を見つけて、横付けする。当然、本物の清掃業者ではない。2軒目に連絡した顧客の取引用のダミーカンパニーで、実際のところは書類すら存在していない。

「モノは?」

「後ろの黄色のケース」

「よし」

殆ど会話らしい会話をせず、臓器の入った黄色いケースと現金入りの青色のケースを引き換えると、またよろしく、と言い残してそのまま顧客はワゴン車を発進させて姿を消した。


掃除屋はそのまま車に鍵をかけると、ショッピングセンターに入る。無料駐車券を貰うためには買い物をしなければならない。実際、駐車料はせいぜい数百円程度なのだが、駐車料に持っていかれるくらいならプラスアルファで買い物もしてやろうというのが掃除屋の持論だ。

運良く残っていた朝食代わりの半額弁当と、ビールの六缶パックを持ってレジに並ぶ。夜だからか、レジは1箇所しか空いていない。

気だるそうな雰囲気の店員に支払いを済ませ、車に戻ると掃除屋は、別に用意しておいた保冷剤入りのクーラーボックスにビール缶を入れ、再び車に乗り込む。


販売業務を全て終えたところで、まだ最後の事後処理が残っている。ショッピングセンターを出て、最後の目的地の斎場に社用車を転がす。

到着すると、非常口の緑色の灯火だけがいやに光る、暗い斎場の中で男が手を挙げた。

「いい加減夜中にこっそり稼働させるの厳しいんだぜ。最近は友引とか関係なしに告別式だの葬式だのぶっ込む人が増えてんだから」

先ほどの電話の相手だ。この男の正体は馴染みの斎場の人間で、表向きの仕事でも役所立会いの身元不明遺体の火葬などで面識がある。言わば、比較的太陽の当たる側にいる筈の人間だがその昔掃除屋に恩を作った時期があったのが運の尽き。今やこうして大金と引き換えに掃除屋の副業の片棒を担がされている。

「まあまあ、君と私の仲じゃないか」

「あと何回くらい俺は縁切り寺に通えばいいんだ?」

葬儀屋の恨み言を無視して、よいしょと準備の済んだ火葬台の上に掃除屋は男の死体を乗せる。

「あ、忘れてた」

2本の脚とわずかに「モモ肉」が残った大腿骨をどかっと載せる。葬儀屋が顔をしかめるが、掃除屋は意に介さず台を押し込み戸を閉める。


小1時間ほどして火葬が終わったことを示すランプが点灯する。すかさず葬儀屋が、がらりと台を引き出した。男の身体は綺麗に骨だけになっていた。2人が無言で骨を砕き骨粉を壺に収める。骨粉の最後の処理は葬儀屋任せだが、上手くやる要領は掴んでいるらしく今日もこうして掃除屋の副業は順調に進んでいる。


「今回もありがとう」

作業を終えたところで、げっそりとやつれ切った顔を浮かべる葬儀屋に掃除屋は報酬を手渡す。軽く、葬儀屋の給料数ヶ月分はある。

「・・・・・・少なくとも、まともな死に方は出来ないだろうな俺ら・・・・・・」

「そう?私は意地でも畳の上で死ぬつもりだけど」

はあ、と何度目になるか分からない盛大な溜息を吐いて、葬儀屋は睨んだ。

「・・・・・・よく言うぜ」


掃除屋の副業は高収入だが、既に引き返せない領域に片足を踏み入れている。掃除屋自身は両足を踏み入れる前に退却できる位置取りをなんとかかんとか決め込んでいるつもりであるが、いつか破綻する可能性は当然認識している。

「んー、でも疲れたなあ、帰ってビールでも飲んで寝よっと」

ただ、「その時」が来るまでは精々贅沢をして生きてやろう、と考えながら。

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