第21話
「違う」と叫んだのか、そもそも声になっていたのか。
勢いよく飛び起き、激しい寝汗をかいている自分に気付く。
息も上がっている。
落ち着け。
テーブルの上に置かれたウイスキー瓶が、暗順応した目に入る。
僅かになった残りをグラスに移すことなく、そのまま勢いよくあおって飲む。
改めて、自分は仕事の中でしか生きられないことを思い知る。
別段、ワーカホリックなわけではない。
任務がない時にはいつもこの夢を見る。
逆に、任務の時だけは、見ないで済む。
任務の時だけは、忘れることが出来る。
しかし、任務を終える度、悪夢の出演者はだんだん増えていく。
まだ任務中には出てないが、いつ任務中に現れるとも言い切れない。
だが、もはやこの稼業以外に生きる道はない。
まだ精神安定剤の世話にはなっていないが、時間の問題だろう。
いつになるかは分からないが、きっと早かれ遅かれ、私は「もたない」。
荒い呼吸を整えながら、ふと小村は視界の端に人影を認めた。
反射的にソファの下に仕込んである拳銃に手が伸びかけて、人影の主が西川であることに思い至る。
「小村・・・・・・さん・・・・・・?」
暗闇の中で、僅かな光が像を結び、西川紗紀をぼんやりと形作る。
「随分早いのね。まだ夜中の2時よ」
足を組み、顔の前で手を組んで平静を装う。
寝起きに息が上がって、尚且つ汗だくになっている人間が真っ当な精神状態にあるはずはない。
妙なところを見せただろうか。
他人に、それもこの世界でない人間には弱みを見せる訳にはいかない。
特に、「個人的に興味を持っている」と公言しているような西川紗紀のような人間には。
まだアルコールの影響で半無意識下にあるなら幸いだが。
「小村さん」
はっきりとした、だが、何かしら冷えたものを感じるものが返ってきた。
夕飯前に質問されたときと同じようなトーンの声だった。
どうやら運が悪いことに西川の意識は覚醒してしまっているようだ。
つかつかと近付き、そのまま小村の腕を握る。
意図は読めないが、少なくとも攻撃意思はなさそうだ。
「何かしら」
無言で、ぐっと小村を引き起こす。
その勢いで組んだ手と足が解かれる。
不思議と抵抗しようという気は起きない。
というより、してはならないような気がした。
身長の近い2人同士のこと、自然と目と目が、顔と顔が向かい合う形になる。
夜中の、物音が目立つ時間帯。
狭く取り回しの効きにくい室内。
明らかに不利な状況だが懐近く、完全な肉弾戦の間合いまで接近を許している。
「何をするのかしら」
「いいから」
振り解こうと思えばいつでも出来る。
なのに何故私はそうしないのか。
そのまま寝室に押し込まれ、続いて、強引にベッドに押し込まれそうになる。
「客と同じ布団で寝る趣味はないのだけれど」
やっとここで抵抗する気が起きた。
しかし、その抵抗も無駄だと言わんばかりに西川が続ける。
「ゲストの要望に応えるのも、ホストの役目だと思うけど?」
勝手に入っておいて、いつからゲストとホストの関係になったかは置いておくにしても、ここまで来てその話題を持ち出す気にはなれなかった。
気が付けば、なすがまま。
西川が小村を押し倒し、その上から掛け布団を掛ける。
そして、その横から西川がするりと入り込み、小村の袖を掴む。
「今の私に出来ることはこれだけ。でも、きっとこれがベストだと思う」
きゅっ、と袖を握る手に力がこもる。
完全に抜けきっていない酒臭さが呼気から感じられるものの、言葉自体はきっと本心だろう。
「・・・・・・そう」
長らく忘れていた人の温もり。
最後に感じたのはいつだったか。
「ありがとう」とここで言えない自分に言い知れないもどかしさを覚える。
「ねえ、小村さん・・・・・・」
「・・・・・・何かしら」
すう、と息を吸う音が聞こえた。
「あの、名前で・・・・・・絵里って呼んでいいかしら」
「・・・・・・もう好きにして・・・・・・」
「ふふ、絵里・・・・・・」
自分も紗紀と呼ぶべきだろうか。
ぐるぐると考えている内に、すぐに、今度は幸福な温かみのある眠りに誘われる。
答えは明日出そう。
問題は先送りにすることにした。
不思議と今日は悪夢を見ない気がした。
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