第3話

ごとごと揺れる、狭く、やや寒い薄暗い空間で西川はぼんやりと意識が戻るのを認識した。手足の自由は奪われてないようだが、押し込まれている場所が相当狭いのか、起き上がることは元より、あまり身動きが取れそうもない。


「目が覚めた?」頭上、といっても前方からだが、声を掛けられた。

西川が視線を声のした方に移すと、清掃業者の作業服に身を包んだ小村が顔をこちらに向けているのが目に入った。

どうやらここはワゴン車のバックスペースで、小村はその助手席にいるようだ。

「それほど強く殴ったつもりはなかったけど、思ったより長く眠ってたね」

無表情だが、少しだけばつが悪そうに小村が言った。


そうか、あのとき殴られたのかと西川が悟った瞬間、全てを思い出した。

「心配しなくてもいい」

恐怖しかけた西川の気持ちを汲んでか、小村が言う。

「私は貴女の常識と良心に賭けることにした」

「私の常識と良心・・・・・・?」

今一つ要領を得ない西川に小村は更に付け加える。

「私は貴女を殺しもしないし拘束もしない」

一見危険な賭けに小村が打って出たようにも見えるが実際のところは、教室内にあった「痕跡」の類はこのワゴン車のバックスペース内、西川の上の空間に置いてある「清掃用品」で全て処理した後での安全性を確保した上の発言である。

ここで西川は初めて気が付いたが、自分が寝かされているスペースの横には、自分よりふた回りくらい大きい細長いクーラーボックスのようなものが置かれており、自分とその箱は棚のようなものの下にいる。そしてその棚の上からはがたがたと音がするので掃除用品の類が置かれているらしい。


「だけど少し寄り道に付き合ってもらう」

西川は腕時計を見ようとして、腕が満足に動かせるだけのスペースがなかったので諦めた。

「あれだけ道草食っといて今更時間を気にする必要も無いでしょう」

日頃あまり笑うことのない小村だが、舌が乗ってきたのか、そんな顔もできたのねと西川が指摘するまでは少し皮肉っぽく笑っていた。


それから間も無くして、西川を車載したワゴン車は目的地に到着した。運転していた掃除屋が運転席から出ると、座席を前にスライドさせてスペースを作った。

「出られる?」と掃除屋が尋ね、手を差し伸べる。

ずりずりと身体を徐々に前進させながら西川は、はいと答える。

リアハッチから彼女を引っ張らなかったのは、掃除屋と小村なりの良心である。

半身ほど這い出たところで掃除屋に手を引いてもらう。バックスペースから這い出た西川は、そこが車庫のようなところであることを知る。

リアハッチを開けた小村はそのまま西川の隣にあった細長いクーラーボックスを引きずり出す。

まるで霊柩車と棺みたいだと西川が思ったところで、箱の中身がなんであるか思い至り深く考えるのを止めた。

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