Normal Human in Another World

秋空 脱兎

これってテンプレ異世界転移!?

「あー……やっぱ課外がないっていいわー……」


 自室の畳の床に仰向けに寝転がり、力が抜けきった声で喋る、パジャマ姿のやや端正な顔立ちの少女の名前は、孤門こもん千尋ちひろ。現在、高校二年生。


「こんなハイパー平和な日は、グロくてスプラッタな『魔法少女Customs』をやるに限るよねー……」


 だらけきった声音で言って、仰向けのまま二つ折りの携帯ゲーム機に手を伸ばそうとした、その時だった。


「……んあ、何あれ?」


 千尋の視線の先、部屋の天井に、蒼白い光点が一つ浮かんでいた。


「ホタル……じゃないよね?」


 千尋がそう言った瞬間、部屋が強烈な蒼白い光に包まれた。



「…………?」


 千尋の頬を不思議な位柔らかな風が撫でた。

 不思議に思って目を開けると、


「……え、どこよここ?」


 千尋の目の前に広がっていたのは、広大な草原だった。千尋がいるのは小高い丘の上で、遠くにある壁に囲まれた町らしきものが見下ろす事が出来る。


「…………」


 千尋は不安そうな表情のまま、周囲を見渡した。町らしきものが見える方向以外を見ても、全面的に風に撫でられ、鮮やかな緑が波となっているだけだった。

 ふと自分の服を見ると、


「って、え、あれ!? 何この服!?」


 千尋の服装が、パジャマから、着心地がいいわけではないが丈夫そうな布で縫われた、海のような蒼の服と黒いズボン、茶色い革のブーツに変わっていた。

 腰に重みを感じたので見てみると、腰には太いベルトが締められ、左腰には剣帯があり、茶色い革の鞘に納められた直剣が差し込まれていた。


「これ、剣……?」


 千尋はそう言って、恐る恐る握りに手をかけ、剣を引き抜こうとした、その時だった。


『良かった、ちゃんと転移出来たみたいね』


 千尋の頭の上で、女の子のような声が聞こえた。


「えっ、ちょっ、誰!?」


 千尋の問いに答えたように、蒼白い光が現れた。光は、千尋の掌程の大きさの、蜻蛉のそれに似た翅が背中から生えた、白いワンピースに黒い革靴姿の茶髪の小人に姿を変えた。


「わ、よ、妖、精……?」

『私はチャコ。初めまして、異界の戦士さん』


 千尋が何度も瞬きをしている目の前で、チャコと名乗った小人は、恭しくこうべを垂れた。


「あ、は、はじめまして……ん? イカイ? センシ?」


 千尋も釣られて頭を下げたが、チャコが放った言葉に首を傾げた。


『驚くのも無理はないわよね。……そうね。じゃあ、どうして貴女がここ、ジュランに呼ばれたのかを話そうかし――』

「ま、待って待って。その、『ジュラン』って、ここの事?」


 チャコの言葉を遮り、千尋が質問した。


『そうよ。この世界の事。もっとも、この世界に生きる人間って括りに入る人達は、単に世界って呼んでるだけみたいだけどね』


 チャコは薄い胸を張り、はっきり、自信満々に答えた。


「…………」

『どうしたの?』

「これって、もしかして……」

『何?』

「典型的な……異世界転移!? わ、凄い凄い! 本当に異世界来ちゃったんだ! うわー、わー!」


 千尋は満面の笑みを浮かべ、周囲を何度も見回し始めた。

 その姿を見て、チャコは軽く溜め息をついた。


『……そんなに嬉しいのかしら?』

「あったり前だよ! だって、異世界だよ!? 私が住んでた世界だと、結構色んな人が妄想する位、沢山の人が行きたい場所なんだよ!」


 千尋の快活な答えを聞いて、チャコはポカンと口を開けた。


『まさか、本当に調べた通りだなんて……』

「え? どうかした?」

『い、いや、何でもない』


 そう言って、チャコは咳払いをした。千尋の動きが止まり、チャコを見た。


『興奮してるとこ悪いけど、まだ説明の途中よ?』

「あっ、ごめんなさい……」


 千尋はばつが悪そうに言った。


『……ま、いいわ。じゃあ、改めて、どうしてジュランに呼ばれたか、ね』

「魔王が復活したとか?」

『…………流石にそこまで深刻じゃないわよ』


 チャコは呆れながらも説明を続ける。


『えっとね、ここから見える町から北に歩いて二日位の場所に、誰からも忘れられた大昔の神殿……遺跡があるの』


 千尋は二、三度頷いて答えた。


『そこにね、私でもちょっと手に追えない悪魔が住み着いちゃったの』

「悪魔……」


 千尋はそう言って、思案顔になった。


『そう、悪魔。名前は、ベルゼブア』

「……蠅の王様?」

『それ、貴女の世界の悪魔なんでしょうけど、全然違うわ。人間の悪意、蜥蜴の魔物、鼠の魔物の力を司る悪意よ』

「人の悪意を司るって、相当ヤバイ奴なんじゃあ……?」

『だから、手に追えないって言ってるでしょ! 一々茶々入れるの止めてよね!』


 チャコは顔をホオズキのように赤くして怒鳴った。


「うわっ、ごめんなさい!」

『…………まあいいわ。それで、そのベルゼブアを退治する力を、貴女が持ってるの。大昔、本当に神様の力があった神殿を、悪魔が根城にしてる。それで、貴女にはその悪魔を倒す力があるの。私が言いたい事、わかるでしょ?』


 チャコに睨まれ、千尋は暫く考えて、


「……私に……悪魔退治をしろ、と?」


 恐る恐る答えた。


『そう、正解よ』


 チャコは満足そうに頷いたが、


「む、無理無理無理! だって悪魔なんでしょ!? 私エクソシストでもイタコでも何でもないのよ!?」

『でも、この世界にはあいつとマトモに戦えそうな人間はいなかったし、私が唯一繋げられた異界の人間でも探す限り貴女しかいないのよ!?』

「異世界来れたのは嬉しいけど、流石に他を当たってください!」

『そんな時間ないの!』


 千尋の物言いに、チャコは烈火の如く怒った。

 千尋が思わず固まったのを見て、チャコは捲し立てる。


『いい!? ここはどっちかというと辺境の部類に入るけどねえ、あの遺跡は本当に強いご利益があったの! それをあの悪魔が根城にしちゃったせいで、ご利益が書き換えられて、周囲に悪意を撒き散らしてるの! 具体的には、歩きで二日かかる位離れてる場所でもゴブリンが白昼堂々暴れ回る位よ! 冒険者呼んでも全然来ないの! わかる!? 後回しにされてるのよ、ここ! そんなのあんまりじゃない! いくら何でも、非道ひど過ぎるでしょう!? ねえ、どうなのよ、どうなのよねえ!』


 あまりの剣幕に千尋は言葉を失い、そして、


「わ、わかった、わかったよ、退治すればいいんでしょ?」


 とうとう悪魔退治を了承した。

 途端にチャコの表情が明るくなった。


『そうこなくっちゃ! じゃあ早速だけど、あの町……パラスタンっていうんだけどね、あそこに行きましょう! 大丈夫、歩きでもちょっとしかかからないから!』


 チャコはそう言うと、パラスタンという町に向かって進み出した。


「あ、うん、はい……」


 千尋は生返事をして、チャコの後を追った。

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