蛇はどこまでも追いかけてくる
カエル
第1話 告白
『お話したいことがあります。放課後、体育館裏まで来てください』
「こ、これって……」
朝、上履き入れを見ると、手紙が入っていた。開けてみて目に入った文面を見て僕は固まる。こ、これは……まさか……!
「よう、アマ。おは……」
後ろから友人の奏人が声を掛けてくるが、僕の耳には全く入らなかった。
固まっている僕を不審に思ったのか、奏人は僕の前に回り込む。そして、僕の手からひょいと手紙を取り上げた。
奏人は「エッ!」と声を上げる。
「おい、アマ!こ、これ……!」
「かっ……勝手に読むなよ!」
奏人から手紙を取り上げると、僕は慌てて鞄の中に手紙を隠した。
「それって、ラブレターだろ!?」
奏人が大声で叫ぶ。
今は、早朝。皆が学校に登校してくる時間だ。当然、周りには登校してきた生徒達が大勢いる。そんな中、『ラブレター』という単語を大声で叫べば、どうなるか?答えは簡単だ。
大注目である。
「何々、どうしたの?」
同じクラスの栗鼠山が声を掛けてくる。好奇心旺盛の塊の彼女がこの手の話題を聞き逃すはずがない。
「ねぇ、アマ。どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
僕は栗鼠山を振り切り、逃げる様にその場を後にした。
「いやぁ、まさかアマがラブレターを貰うなんてな!」
前の席に座っている奏人が、ニヤニヤしながら僕を見る。目潰してやりたい。
「それで?どうするんだ?」
「ど……どうって?」
「行くんだろ?」
「まぁ……ね」
「でもよ。一体誰なんだ?名前書いてなかっただろ?」
「……そうだね」
手紙には差出人の名前が書いてなかった。どうして、書かなかったのだろう?
考えられるのは三つ。
理由その一、恥ずかしかったから。
理由その二、書くのを忘れた。
理由その三、誰かの悪戯だから、あえて書かなかった。
「実は、三の可能性が高いんだよね……」
「……」
奏人の視線が、からかうものから憐れみを込めたものに代わる。
僕の話を聞いて、奏人も悪戯の可能性に気付いたらしい。そして、そっちの可能性の方が高いことにも気付いたようだ。
なにしろ、僕は奏人と違って、もてるタイプではない。身長は平均。勉強も運動も得意とは言い難い。女性との接点など、幼馴染の栗鼠山くらいのものだ。
「だ、大丈夫だって!きっと……」
奏人は僕の肩をバンバン叩く。痛い。
「当たって砕けて来いよ!」
奏人は、満面の笑顔でそう言った。悪い奴ではなからワザとではないのだろうけど……砕けたらだめだろう。。
悶々とした時間を過ごし、あっという間に放課後になる。来て欲しかったような、来て欲しくなかったような……。
『ガンバだぜ!』
奏人は親指を立て、笑顔で僕を送り出した。
きっと、悪戯だ。いや、でも、もしかして、いや、いや、ない、ない。僕に限ってそんな。いや、でもっも。もし……いや、ナイナイ。
ぶつぶつと呟きながら、僕は歩く。はたから見たら、とても気持ち悪いに違いない。でも、幸いなことに誰ともすれ違わなかった。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が飛び出しそうだ。吐き気もする。いや、いや我慢。我慢。
教室から体育館裏まで、歩いて五分ほど。しかし、こんなに長い五分は今まで経験したことがなかった。アインシュタインの相対性理論を思い出す。きちんと理解はしていないけど。
しかし、どんなに長く感じたとしても五分は五分。きっかり五分後。僕は体育館裏に到着した。
そこに、一人の女の子がいた。
僕と目が合うやいなや、その子は小走りでこちらに近寄って来た。そして……。
「好きです。付き合って下さい」
淡々とした声だったが、はっきりと。聞き間違える余地がないほど、はっきりと言った。
あまりに、堂々とした強い告白に僕は面食らった。頭が白くなり、何も考えられなくなる。
「……あっ……えっと……あのお……」
声にならない声が口から洩れる。何とか絞り出すことが出来た言葉は、目の前にいる女の子の名前だった。
「
「はい」
僕が名前を呼ぶと、その女の子は嬉しそうに微笑んだ。
容姿端麗、頭脳明晰、スタイル抜群。ロングヘアの美少女。滅多に表情を変えないクールビューティー。成績は常に上位で、将棋の腕はなんと女流棋士並みらしい。彼女が入部したことで将棋部の部員は一気に三倍になったとのこと。この学校では、ちょっとした有名人だ。
まるで、漫画から飛び出してきたような女の子。この子が手紙の子?嘘だろ?本当に?
僕は思わず周りをキョロキョロと見渡した。絶対にどこからか誰かが見ていて、笑って居るに違いない。そう僕は確信した。だってこの子が僕なんかに告白するはずがない!
しかし、いくら探しても此処には、僕達二人しかいなかった。
「悪戯じゃないですよ」
僕の思考を読んだかのように、波布さんはそう言った。流石、将棋部!では、なくて……。
「ほ、本当に波布さんが、あの手紙の主?」
「はい」
「……名前がなかったのは……」
「……あ、すみません。忘れていました」
まさかの、理由その二だった。
完璧な、クールビューティーかと思っていたけど、案外抜けている所もあるのだろうか?でも、今尋ねなければいけないことは他にある。
「あ、あの……ほ、本当に僕のこと……」
「はい、
波布さんは、さらに一歩近づいて来た。ガラス玉のような綺麗な目が僕を映す。
「私と付き合って下さい」
一気に顔が赤くなったのが自分で分かった。心臓は張り裂けそうな程鼓動し、脳は沸騰しそうだ。波布さんは、黙って僕を見ている。僕の返事を待っているのだろう。
あまり待たせては悪い。僕は意を決して、口を開いた。
「ごめんなさい」
静寂が流れた。数秒、いや、もしかしたらもっと長かったかもしれない。僕の返事を聞いた波布さんは俯いたまま何も言わない。
静寂に耐えきれず僕の方が話し出す。
「他に好きな人がいるんだ」
幼馴染の栗鼠山兎。
僕は昔から彼女が好きだった。小学校の頃からの知り合いで、中学で一度別々になってしまったが、高校で再会した。再開したその晩は嬉しさのあまり自分の部屋の壁を殴って手の骨にヒビを入れてしまい、親にしこたま怒られた。
「だから……ごめんなさい」
僕はもう一度謝る。手紙の主が誰であろうと、もし告白が本物なら、僕は断るつもりでいた。もしかしたら、悪戯だった方が良かったかもしれない。悪戯なら、告白を断らなくてもいいのだから。
だが、真剣に告白してくれた以上、こちらもはっきりと断らなくてはならない。それが気持ちをぶつけてくれた相手に対する誠意だと思うから。
「……」
波布さんは何も言わない。もしかして、泣いているのだろうか?
「波……」
僕が声を掛けると、波布さんは顔を上げた。波布さんは泣いていなかった。その顔は先程のものと全く同じだ。波布さんの口がゆっくりと動く。
「私と付き合って下さい」
波布さんの言葉は表情と同じく、先程と全く同じものだった。
「え……」
「付き合って下さい」
「いや、あの…聞いてた?」
「付き合って下さい」
「だ、駄目だよ!」
「付き合って下さい」
波布さんはドンドン近づいて来る。同じ歩調で僕は後ろに下がる。ドンと背中が壁にぶつかった。これ以上下がれない。
「付き合って下さい」
「だから、駄目だって!」
思わず怒鳴るように叫んだ。
「僕には、好きな人がいる。だから、君とは付き合えない!」
波布さんはキョトンと首を傾げる。
「その子と付き合っているのですか?」
その一言に僕は、うっとなる。
もちろん僕と栗鼠山は付き合っていない。僕の一方的な片思いだ。出会ってから数年、僕は未だに告白出来ないでいる。
「いや……付き合っては……いない……よ」
「そうですか……」
波布さんは何かを考えている。
「その子は、私より綺麗ですか?」
「……え?」
栗鼠山の顔が頭に浮かぶ。少し考えてしまったが、簡単に比べることなんて出来ない。波布さんは綺麗で、栗鼠山は可愛い。どっちが良いと思うかは人それぞれだが、僕にはどちらかが上ということを決めることは出来ない。
「なるほど……容姿に差はない……ということですね」
「まぁ、そう……かな?」
「なるほど、なるほど」
波布さんは何か納得したかのように呟くと、僕の手をガシッと握った。
そして、自分の胸に僕の手を押し付けた。
「!!!!!!!!!!????????」
何が起きたのか咄嗟には分からなかった。けど、柔らかい感触が手から脳に伝わると、次第に状況が理解できた。
波布さんは、なおも僕の手を自分の胸に押し付けている。波布さんの大きな胸が僕の手で潰れる。
「なっ、何して……は、離して!」
僕は慌てて波布さんの手を振りほどく。すると、波布さんは僕に抱き付いてきた。今度は僕の上半身で、彼女の豊かな胸が潰れる。
「ちょっ……ちょ!」
「はぁ、はぁ」
波布さんは、荒い息を吐きながら僕の体を撫で回すと、両手で僕の頭をガッシリと掴んだ。
「……んっ」
そのまま、波布さんの口が僕の口を塞いだ。
「……んっ、んっ!」
「んんんんんっ!?」
引き剥がそうとするが、頭をガッシリと掴まれ、中々引き剥がせない。そうしている内に波布さんの舌が僕の口の中に入ってきた。
「んぐうううう!?」
これは、まずい!僕は渾身の力を込めて波布さんを引き剥がす。
「ぷはっ!」
軽い酸欠になった僕は、はぁ、はぁと呼吸が荒くなる。対する波布さんは涼しい顔をしていた。
「な、何するんだ!?」
顔を真っ赤にしながら波布さんに怒鳴る。が、波布さんの表情は変わらない。
「キスですが?」
「キッ……いや、それは分かってるけど……ど、どうしてこんな」
「好きだからです」
波布さんは、何を当たり前のことを言っているのだろう?という感じで首を傾げている。
「す、好きでもこんなことしたら駄目だ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって……キ、キスって好きな者同士でするもんでしょ?」
「私のことが嫌いですか?」
「えっ?い、いやそう言う訳じゃないけど……」
「そうですか。良かった」
波布さんは両手で僕の頬を挟むと、またキスをしてきた。
「んっ」
「んぐっ!だ、だから、や……やめてってば!」
肩を掴んで強引に引き剥がす。
「気持ち良くないですか?」
「えっ?」
「もし、私と付き合って下さるのなら、毎日今みたいなことをしてあげますよ?」
「ま、毎日!?」
掌と唇に感じた感触を思い出す。どちらも柔らかかった。あの感触を毎日味わえる。僕は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
その時、頭の中に栗鼠山の笑顔が浮かび上がった。
「いやいやいやいいや!だ、駄目!」
僕は寸前の所で正気に戻る。危ない。危ない。
「そんなことをしても、僕は君とは付き合わ……」
ガサッ、ガサッ。
突然、草むらから音がした。まさか、今のを誰かに見られたのか?僕は慌てて、音のした方に目を向ける。
だけど、そこにいたのは人間じゃなかった。そこにいたのは『カナヘビ』だった。
普通なら、安心する所だろう。なんだ、カナヘビか……と。人じゃなくて良かった良かったと。だけど……
「……え?」
だけど、僕は全く安心できなかった。なぜなら、其処にいた『カナヘビ』は……信じられない程大きかったから。
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