泡沫の記憶
朝霧
夢の始まり
その山賊の頭領が不死身の怪物を殺した伝説の鎌を所持していると言う噂を聞いた私は、さっそくその山賊のアジトに侵入したのだった。
ただの噂だ、偽りである可能性の方が高い。
それでも本当にあるとすればめっけもんだ。
だからこうして忍び込んで、今は宝物庫の天井裏に潜んでいる。
侵入は容易だった、ここの山賊達は余程の間抜けらしい。
こんな未熟者の侵入を許した上にまだ気づいていないなんて。
山"賊"であるのだから、盗賊はたくさんいるだろうに。
おししょーが知ったら額に手を当てて首を横に振りそうだ。
だけど、私にとっては好都合。
さーってと、さっさと探して盗んで帰りますかっと。
感知スキルで気配を探ると周囲には誰もいない。
どうも宴会でさらってきたらしい女の子達を使って遊んでるらしいからだろう。
あんまりにもザルすぎる、これでいいんだろうか。
なんか調子が良すぎるような気もする、こういう出来すぎた時は慎重に行動しろっておししょーに言われてるけど……
ま、いっか。
おししょーからもらった大ぶりのナイフで天井を切って四角い穴を開ける。
天井の壁は薄かったから簡単にできた。
その穴からヒョイっと飛び降りる。
飛び降りる前にもちろん、邪魔になるものがないか確認した。
と言うか、感知で宝物庫内に生物の気配がなかったのだから、そこに誰かがいるわけがない。
それなのに、私が飛び降りた直後、私の着地地点に人影が現れた。
本当に唐突にふっと湧いて出てきた。
「へ?」
中空で声を上げる、その声に気づいた着地地点に現れた誰か、真っ黒な髪の青年が上を見上げて。
「……!!?」
驚いたような顔で仰け反って、足を縺れさせて後ろにすっ転ぶ。
その転んだ青年の胸に私は着地した。
なにごと?
山賊達に奪われた宝と娘達を取り戻して欲しい。
村人達の頼みに自分の主人である姫君と勇者、そして他の仲間達は首を縦に振った。
自分はあまり乗り気ではなかった。
確かに人助けは大切なことだが、全てを救っている暇はないのだから。
こうしているうちにも魔族の連中によって扉が……
考え込んでいたら勇者から声をかけられた。
「はい」
「全員の準備ができた。頼む」
「わかりました」
山賊達から宝と娘達を取り戻す作戦は至極単純。
私の転送魔術で山賊のアジト内に全員で潜入、内部から山賊達を一網打尽に無力化する、ただそれだけ。
ただそれだけとは言うものの、これは高度な転送魔術を使用できる自分がいなければ成り立たない作戦でもあった。
準備を済ませた仲間達を見回す。
「では、行きます」
アジトに侵入するために転送魔術を発動させる。
そのアジトは一昔前にどこかの金持ちが作った洋館だった廃墟を利用しているらしく、それほどお粗末な感じではない。
転送先は山賊どものアジトの宝物庫だ。
おそらく見張りはいるだろうが、内部には誰もいないだろう。
そんなところから攻められるとは思ってもいないだろう、だからかなり楽な仕事。
――であるはずだった。
転送した直後、自分の真上から間の抜けた声が聞こえてきた。
見上げると、若い女がいた。
鮮やかな真紅の髪の女だ。
ふわりと広がっているその美しい髪に目を取られれていたのはほんの一瞬。
女の顔が驚愕から引きつった笑みに変わった時、避けなければと足を引いた。
が、咄嗟のことだったからだろう、足が縺れて後ろに身体が倒れる。
倒れかけていた自分の胸に凄まじい衝撃が走ったと同時に、背中と後ろ頭をしたたか床にぶつける。
混乱と激痛によって自分の口から情けない叫び声が上がった。
「えーっと……君……って言うか君達か……どっから湧いてきたの……? っかしいなあ……確かに誰もいなかったのに……」
地面よりも柔らかい青年に着地した後、着地した青年の上で私はぼやいた。
誰も何も言わなかった。
青年は痛みで呻いているだけだし、他の数人は引きつった顔で私を見て硬直していた。
「……弱ったなあ……待ち伏せされてるとは思わなかった」
こんだけの人数の人間を感知できなかたったなんておししょーに知られたらどやされるどころの話じゃない。
しかも全員結構強そうだ、踏み潰している青年もだけど、他に連中もかなりやばい。
袋叩きにされたら確実に30回くらいは死傷を負わされるだろう。
人前で死傷を負ったら破門されてしまう。
もうおししょー死んじゃったけど、元々人前で死傷を負わないという約束をした上で色々教えてもらったからできるだけそれは避けたい。
人前で死傷を負ってしまった場合、目撃者を殺せば一応ノーカン扱いになるけど……これだけ多いと流石に大半の奴らに逃げられてしまうだろう。
「てゆーか、待ち伏せしてたにしても何で君らこのタイミングで隠密を解いたんだ? それで、何で君は私の事を避けずに無様に踏み潰されてるんだ?」
青年の胸に乗っかったまましゃがみこんで、おーいだいじょーぶかーと青年の頬をペチペチ叩いてみた。
この青年から退いて一目散に逃げるよりも、1人くらいは確実に仕留められそうなこの立ち位置を保っておいたほうがいい。
少し重いだろうけど我慢してくれ、なあに、私じゃないなら多分痛みも苦しみも一瞬だ。
さてと、今回のが当たりだとして、私が取るべき行動は……っと。
……強いのはこの場にいる奴らだけだから、なら。
「……それにしても、見張りにこれだけ強いのがいるならあの話の信憑性も出てきたね……あはっ……ようやく私にも運が回ってきたかな……まあ、最悪目撃者は皆殺し、って事で……女の子を攫って酷い事をしてる奴らの仲間だもん、汚物は消毒って事でみーんな殺しちゃっても問題ないよね」
と、ゆーわけで。
「まずは1人目、ね」
見世物小屋時代に培ったにっこりプリティフェイスを顔面に貼り付けて、自分が踏み潰している青年の喉笛目掛けてナイフを振り下ろした。
自分の上で訳のわからない事をぼやいていた女が身を乗り出して、こちらの顔を見下ろした。
女の炎のような髪がさらりと自分の頰に降ってくる。
艶のある髪だった、見たことのないほど美しい色。
「まずは1人目、ね」
手に取ってみたい、とそんな馬鹿なことを一瞬考えた直後に、女の右手に大振りのナイフが握られていることに気づく。
女は笑っていた。
美しい笑みだった。
妖艶さと幼いあどけなさが混じり合った、無邪気で無垢なくせに背筋がぞっとするほど艶のある笑み。
それに思わず目を奪われて、何もできずに自分の喉笛目掛けて振り下ろされたナイフの切っ先をただ受け入れるしかなかった。
自分の血液が吹き出して、彼女の白い顔と赤い髪を濡らす。
そんな幻覚が一瞬見えた。
殺された、そう思った。
しかし、痛みがない。
ナイフの切っ先は髪一筋の隙間を残して停止していた。
それを認識したと同時に、自分の真横から何かが破裂するような音が聞こえてきた。
思わず横に顔を向ける、その直後に仲間達の混乱と驚愕の叫び声が聞こえてきた
その時、一瞬だけ自分の身体に強い重みがかかったが、その後自分の胸から一切の重みが消えた。
「……な」
起き上がった自分が目にしたのは、先ほどの破裂音と自分が刺されたと思い込んでパニックに陥っている仲間達だけで、真紅の髪の女の姿はまるで幻であったかのように消えていた。
勇者と姫君が自分の名を叫びながら同時に自分に駆け寄ってくる。
「大丈夫です。刺されてません」
聖女が半泣きで大規模な治癒魔法を発動させようとしていたのを片手で制した。
「刺されてないっ、て……嘘でしょ!?」
「本当です」
喉元を見せてようやく信じてくれた。
「それじゃあ、あの人はなんであんな事を……」
仲間達の証言をまとめると、あの女は私を刺す直前に左手で何かを床に向かって投げつけたらしい。
その投げつけた何かが盛大な音を立てながら破裂し、全員でパニックになっている間にあの女はいつの間にかいなくなっていたらしい。
あの女が落ちてきた方を見ると、天井に切り取られたような四角い穴が開いていた。
おそらくそこから飛び降りた直後にタイミングよく……いや、タイピング悪く自分達が転移してきたのだろう。
そしてたった今、おそらくあの女は自分の上で跳躍し、その穴からこの場を脱出したのだろう。
「……してやられましたね」
奴が何者であれ、逃げられたことはあまりよろしくない。
先程の口振りから察するに、ここの山賊ではなくここに盗みに入った
奴を探すか放置するか、考え込んでいた時に宝物庫の外側からドタバタと喧しい足音が聞こえてきた。
「……殺しは最終手段、恨まれるからやめておけ、って言われてたからね」
天井裏で下に聞こえないように小さく呟いた。
とりあえず一旦退避、体制を立て直してもう一回チャレンジしよう。
今ここで無理に盗み出すよりもそっちの方がいいだろう。
下ではその場にいた全員がパニックになっていた。
ただ、自分が着地したあの青年は思いの外冷静さを保っている。
もう少し混乱してて欲しかったんだけど、案外肝が座っていたらしい。
「……してやられましたね」
青年がこちら側を見上げて眉間にしわを寄せているのが見える。
隠密使ってるからこっちの姿には気付いてないみたいだけど……どこに逃げ込んだかは気付いているようだ。
思いっきり跳ねたからね……流石にばれたか。
さてと……とりあえず隠密使ったまま屋根裏を移動して脱出……一旦姿を眩ませたから、あとはよほど派手な動きでもしない限り見つかることはないだろう。
「というわけで、おさらばさらば」
と移動しようよしたところで、部屋の外からドタバタと喧しい音が聞こえてくる。
あっちゃー……増援きたー。
ま、平気だけど。
少しだけ様子を見ておくか。
ひょっとしたら誰かが不死殺しの鎌を装備してるかもしれないし。
バッターン、と大きな音を立ててドアが開く。
透視で確認した限り、髭面のむさ苦しいおじさまが8人。
鎌を装備している人はいない、残念。
髭面さん達は宝物庫の中と、宝物庫の中にいた彼らの顔を見て叫んだ。
「侵入者だ!!」
先頭にいた髭面さんが曲刀を腰から抜いて宝物庫の中にいた彼らにその刃を向け、宝物庫の中の彼等も髭面さん達にそれぞれ武器や拳を向ける。
……ありり?
「なぁんだ、ご同業か」
不死殺しの鎌か、それとも別の何かを狙っているのか。
うん。
「……作戦変更」
逃げるのはやめだ、彼等が状況を引っ掻き回している間に鎌を探して奪おう。
彼等の目的が鎌だとするなら、それを先に取られるのは非常にまずい。
というわけで、お仕事続行。
宝物庫内で戦闘を開始した彼等がを見下ろして、私は感知スキルを発動させた。
……えっと、ここがこうなってて、あそこがああなってて……ほほう……うんうん。
だからあれがああなってて……ここがこうだから……うん。
なぁんだ。
「頭使わなくても、らくしょーじゃん」
先程の騒動のせいで自分達の存在が完全に山賊達にばれた。
宝物庫に様子を見に来た8人の山賊達を倒した頃には、アジト内はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
しかし、自分以外の仲間達がやってきた山賊達をものの十数秒で蹴散らした。
倒している最中に増援を呼ばれ、そのあとはやってきた増援どもと乱闘しながら先に進む。
山賊共をはそれほど強くなかった。
それらを淡々と倒して、山賊達がやってきた方向に向かうと大きめの部屋にたどり着いた。
そのドアを騎士が開く。
中には山賊達が幾人かいた。
頭領らしき老人と、いかつい悪人面の男が数人。
そして悪人面のうちの1人に捕らえられている少女が1人。
「……っ!! その子を離せ!!」
勇者が叫ぶが山賊達はただ卑下た笑みを浮かべるだけ。
妙な動きをしたら少女を殺すという老人の言葉に全員動けないでいた。
その時、真紅の塊が老人の頭上に降ってきた。
その真紅の塊、先程の女は老人を蹴飛ばして床に着地。
一瞬だけ部屋の中を睥睨し、不敵な笑みを浮かべたと思った直後、赤色の影が舞った。
何が起こったのかよくわからなかった。
ただ、鮮やかな真紅の軌跡をみているだけしか自分にはできなかった。
姿が捉えにくい理由は単純に速いからでもあるだろうが、それだけではない。
おそらく盗賊の多くが習得しているという"隠密"という偽術を使っているんだろう。
そうでなければ説明ができない。
あれだけ目を惹く容姿をしているのだ、そしてこちらはかなり意識してあの女の姿と動きを捉えようとしている。
それなのにいつの間にかあの女の姿と動きが意識の範囲外に追いやられる。
おそらく相当の手練れだろう。
「……すごい」
姫様が小さく声を上げる、少しだけ視線をそちらにやると、姫様は目を星のように輝かせながら必死に赤い影の姿を捉えようとキョロキョロと顔を動かしていた。
赤色は部屋中、山賊達の間を縫うように駆け抜け、赤い軌跡が通った後には倒れ伏した山賊達が残る。
最後に少女を人質にとっていた山賊の首にナイフの柄を叩き込んだ赤い女がにこりと笑った。
花がほころぶような笑みだった。
そして鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な表情で部屋の中をぐるりと見渡す。
「……これでも私はかの大泥棒、神腕のアビルダの弟子だ、あまり甘く見てくれるなよ」
しかし、数秒ほど何かを考えるような表情をして少しだけ不機嫌そうな声音で倒れ伏した山賊達に向かってナイフを突きつけてそう言った。
そんな余裕もない状態で全員仕留めたのだから甘く見るも何もないのではないか?
そんな当然な意見よりも先に警戒と怒りの感情が優った。
「貴様…!!」
「やあ、ご同業」
自分の方に体を向けてそうヘラリと笑った真紅の女は懐から取り出した何かをこちらに向かってぶちまけてきた。
「それあげる、じゃあね」
投げつけられたキラキラと光る何かに気をとられているうちに真紅の女の姿を再び見失った。
ぶちまけられた何かがバラバラと音を立て床に散らばる。
色取り取りに輝くそれらはどうやら宝石であるらしい。
奴が降ってきた方を見ると先程同様に四角く穴が開けられている。
「逃すか!!」
2度も同じ手が通じると思うな。
重力魔法を展開し、天井に開いた穴に杖を向けた。
穴を中心に天井がバキバキと音を立てて崩れていく。
天井ごと引き摺り落としてやる。
「やめて!! それ以上は危ないわ!!」
穴の大きさがふた周りほど大きくなった頃、姫様の悲鳴にも似た叫び声に我に帰った。
……確かに今の状況では危険だ。
「……姫様、今すぐ娘達を救出して脱出を。私はあの女を仕留めます」
「落ち着いて、あの子多分敵じゃないわ」
「敵じゃない? ええ、そうかもしれませんね、ですが……」
確かに冷静に考えれば"敵"ではないのだろう。
あれだけ容赦無く山賊共を倒したのだ、少なくとも山賊の味方ではない。
だけど、さすがに堪忍袋の尾が切れた。
ここまでコケにされて許せるほど私は冷静ではない。
「……少々痛い目にあっていただきましょう」
ぶっ殺す、という言葉をちょうどいい言葉に置き換えて告げると、姫様達は何故か顔を青ざめさせた。
誰もいなくなったもぬけの殻の宝物庫の中を物色して、もう一度屋根裏に戻った。
残念ながら鎌はなかった。
うーん……別の場所にしまってあるか、頭領が装備しているのか。
とりあえず、一番行動可能な人の多い部屋まで行ってみよう。
ここの山賊さん達、結構いるんだけどそのほとんどをご同業達が倒しちゃったみたいなんだよね。
気配的にさっきのご同業達と山賊さんが何人かいるみたいだし。
屋根裏を静かに走ってその部屋の真上に到着した。
透視で下を見ると、さっきのご同業達と髭面のおじ様とお爺様がいた。
お爺様がどうもここの山賊の頭領であるらしい。
えーっと……うーん、わかんない。
人の気配は結構正確に掴めるんだけど、武器の方まではさすがに掴めないか。
不死殺しの鎌と言われるほどの武器であるのなら、ある程度強力な魔力を持ってそうだけど……うん、わかんない。
なんかさっき踏み潰した青年含めたご同業の気配が強すぎてわからない。
下の様子を見ると硬直状態だった。
山賊さんのうちの1人が女の子を抱えてその喉にナイフの刃を当てている。
どうやらその女の子はご同業達への人質であるようだ。
うーん、どうしようか……
先に別の部屋を探すか……それともこっちを先に調べるか……
……うん。
こっちからにしよう。
てなわけで。
すーっと息を吸って、吐いて。
斬撃を使って先ほどと同様に天井に穴を開ける。
そして開けた穴から飛び降りた。
今度は明白な意志を持って、生意気に踏ん反り返ってる
蹴り飛ばされる形になった
「お、御頭――――!!?」
髭面さん達が自分達のボスを倒されて絶叫してる隙に隠密を強化。
隙だらけの髭面さん達の間を縫って駆け抜ける。
駆け抜けてる間に首とか喉とかをナイフの峰とか柄でぶん殴ることも忘れない。
時間にして10秒強、といったところか。
最後に人質にとっていた女の子を放って逃亡を企てた髭面さんの首にナイフの柄を思い切り叩き込む。
それで髭面さん達を全員地面に転がすことに成功した。
若干時間はかかったけど、私にしては上出来だ。
……というかこの髭面さん達、隙ありすぎ。
峰打ちじゃなかったら全員さくっと殺せてたもん、油断しすぎでしょ。
いくらこんな小娘相手でもさあ……もうちょっと警戒心を持ってよね。
「これでも私はかの大泥棒、神腕のアビルダの弟子だ、あまり甘く見てくれるなよ」
地面に転がっている髭面さん達にナイフを突きつけつつ文句を垂れてみたけど、多分聞こえちゃいないねこれは。
……1人くらい残しとけばよかったな。
見た感じ、鎌を持ってる人もいない。
……となると、武器庫でもあって、そこにしまってあるとかかな。
うーんミスったなあ……頭領が持ってると思って先にこっちを狙ったけど、見当外れたか。
「貴様……!!」
とりあえずまともに相手にしたら面倒だろうと狙わなかったご同業の1人、さっき私が踏み潰した青年がすごい剣幕で私を睨んでいた。
「やあ、ご同業」
さっき宝物庫から取って懐に突っ込んでおいた宝石をできるだけ掴んで辺り一面にぶちまけた。
「……なっ!?」
「それあげる。じゃあね」
地面を蹴って跳躍、さっき同様開けた穴から逃亡。
「逃すか!!」
青年の叫び声と共に、妙な気配を感知。
急いで穴から離れたら、穴を中心とした天井裏がべきべきと音を立てて落ちてくいく。
「げっ」
あいつ魔術師か……面倒な。
とりあえず走って穴から離れる。
少しして女の子の叫び声が聞こえて来て崩壊が収まった。
さーって、鎌はどこにあるかなあ。
小さく鼻歌を歌いながら透視で下の様子を見つつ天井裏の中を進んでいく。
妙なものと気配を見つけて足を止める。
「ああ、あれ……さらわれてきた女の子達か」
その部屋の床の上には女の子達が打ち捨てられた様な感じで床に転がっていた。
全部で15人、うち10人は手足を縄で縛られていて、残りの5人は血と白濁にまみれたボロ雑巾状態でぐったりしている。
一瞬、あの頃のことを思い出して目眩と吐き気がしたけどすぐに収めた。
大丈夫、大丈夫。私はここにいる、下のあの子達は私じゃない。
助ける義理はない、その必要もない、けど。
放置するのはなんだか気に食わなかった。
人助けなんて私らしくないにもほどがあるけど。
だけど……ひょっとしたら誰かが鎌のことを知ってるかもしれないし。
というわけで天井裏に再び四角く穴を開けて、そこから誰も踏まないように飛び降りる。
「こんにちはー」
なんと声をかければいいかわからなかったのでとりあえずそう挨拶しておいた。
誰も返してくれなかった、悲しみ。
「ねえねえ君達ー。ここの山賊の頭領が持ってるって噂の不死殺しの鎌のこと何か知らない?」
縛られてる女の子達の縄をナイフで切りつつ聞いてみた。
「……あなた、は」
その時縄を切っていた女の子がぐったりとした様子で口を開く。
「私? とある稀代の大泥棒の弟子のコソ泥だよ。ねえねえ、鎌のこと何か知らない? 知ってるなら手がかりを、知らないなら知らないという情報だけでいい。逃げられる状態にはしてあげるからそれだけ教えてよ」
3人目の縄を切り終わって4人目へ。
全員の縄を切り終わっや時には『噂は聞いた事はあるけど見たこともないし誰が持っているのかもどこにあるのか知らない』という答えを得た。
「そっか、なら自分で探すしかないね。それじゃあ、私が助けられるのはここまで。山賊さん達は私のご同業っぽい人達が全員やっつけたみたいだから、多分普通に出られるよ。んじゃ、バイバーイ」
「待ってください!」
片手を振って部屋の外に出ようとしたら呼び止められたので振り返る。
何故か名前だけでも教えてくれと言われたので普通に名乗ってその場を立ち去った。
「……無い、ないないないない……ちっくしょ……ガセか……」
どこを探しても不死殺しの鎌どころか普通の鎌すら見当たらない。
今回はあれだけ強いご同業も狙っていると言うこともあってかなり期待してたんだけど……
元々信憑性薄かったもんなー……あのご同業達も私と同じように噂話に騙されたのかなー……
ああ、もう……今日こそ死ねると思ってたのに。
また情報集めからやり直しか……
それとも不死殺しの武器を探すよりも先に火山口にでも身投げしようか?
……でもなー……火山口に身投げして死ねなかったら永遠に身体焼かれ続けるだけなんだよなー……
本当、この身体嫌い。
今まで多分通算一万回くらいは死んでるけど、なんでまだ死ねないんだろ、私。
早く死にたいなー……
「ねえ」
「……っ!!?」
唐突に、肩に何かを乗せられたような感覚が。
バッと振り返りつつ飛び退りナイフの刃をそれに向けた。
「あ……その……驚かせてごめんなさい」
私が立っていたところのちょうど背後にご同業のうちの1人、私と同じか少し年下くらいの女の子が立っていた。
手をちょうど私の肩くらいの高さまで上げた状態で固まっているから、おそらくさっき私の肩に乗った何かはその子の手であったらしい。
ぬかった……考え込んでいたとはいえ、だいぶ落ち込んでいたとはいえ、ここまで接近されて気付かないなんて……
おししょーに知られたら何を言われるかわからない……
「……私に何か用?」
ナイフの切っ先を向けてそう言った。
相手は1人、逃げようと思えば逃げることは可能……
ただし今回は上には逃げられない。
「あなたのこと、あの子達から聞いたわ……あの子達を助けてくれてありがとう」
「……ん?」
……ああ、ひょっとしてあの女の子達の事?
助けたっていうか話聞く交換条件で逃げられるようにしただけなんだけど。
「あなたは強いわ。それにいい人ね」
「……へ?」
強い? いい人? そんなことはじめて言われたなあ……
この子人を見る目が多分ないな、私は弱いしいい人なんかじゃないのに。
「……それで、ものは相談なんだけど」
「なあに?」
敵意はないようなのでとりあえず話だけは聞いておこうかとナイフを下ろした。
「どこに行ったあの女……!」
アジト中を探し回っても見つからない。
娘達を探すという仲間達と別れて1人であの赤い女を探しているのだが、一向に見つからない。
もうここから逃げ出したのかと唇を噛んでいたその時、声が聞こえてきた。
「……と言うわけで、私達は扉を塞ぐための旅をしているの」
「ふーん、そりゃ大変だねえ……げっ」
その部屋から聞こえてきた声は二種類、1つは姫様の物、もう1つは……
ドアを開ける。
中にいたのは姫様とあの赤い女だけ。
「姫様! 何故1人でその女と……!!」
「女の子達が見つかったからそっちについてもらってるの」
何をやってるんだあの馬鹿共は、姫様を1人にするなんて。
姫様と向き合っていた赤い女に杖を向ける。
「姫様、お逃げください」
ナイフをこちらに向けた赤い女を睨みながら姫様に言う。
氷檻の術式を組み立てながら、いつ赤い女が動いても見失わない様に注意する。
赤い女はこちらの隙を伺っているのか、ナイフをこちらに向けながら身動き1つ取らない。
「待って、ストップストップ!!」
「っ!! 姫様、何を……」
突然姫様が私と赤い女の間に割って入ってきた。
「この子、仲間にする」
割って入ってきた姫様の言葉に私と赤い女はほとんど同時に声をあげていた。
「突然何て素っ頓狂なことを言いだすのです姫様!! 何故そんな女を……!!」
「だってこの子強いじゃない! それにいい子だし可愛いわ!」
「ダメです! ホイホイ誰かを仲間に入れようとしないでください姫様!」
あのカマ野郎を同行させたことだってまだ納得していないのだ、それなのにあのカマ野郎よりももっと怪しげな奴を同行させようなんて。
「連れてくの! 人手は多い方がいいでしょう! それに今うちのパーティーにいる女子って私と聖女ちゃんだけじゃない!! 女の子がもう1人か2人くらい増えてもいいでしょう!!」
「そんな理由ならなおさらダメです!」
なんてくだらない理由なんだ。
確かに男所帯でむさっ苦しいのはわかる、それでもだからと言ってなんでこんなのを。
「逃げるなコソ泥!!」
「っ!?」
そろり、と逃げようとしていた赤い女に怒鳴る。
思わず逃亡を阻止したが今回に限ってはそのまま逃がしたほうがよかったかもしれないと後悔した。
……結局、姫様を説得できずにその女を旅の同行者として加えることになってしまった。
……あの女、変なことをしようとしたら殺してやる。
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