ダンジョン1クレ1000円

碌星らせん

第1話

「おっちゃん新作入ったー?」

 チリンチリンと音をたて、ドアが開く。店に入ってきたのは、高校生くらいの学生服の少年だ。

「おう、らっしゃい。嫌味かコノヤロウ」

 カウンターに座るタバコを咥えた竜人が、口から煙を吐く。

「おっちゃんいい加減禁煙した方がいいよ?最近分煙とか煩いし。そもそも、ビジュアル的に怖いし。お客さん減るよ?」

「うるせぇほっとけ」

 学生服の後ろから、ぴょこりと顔を出した制服姿の少女がまくしたてる。髪の隙間から見え隠れする耳は長く、尖っている。

「佳代、ちょっと言い過ぎだ」

「ジュンちゃんごめんなさーい。あとカンちゃんは遅れてくるって。美人の会長さんの用事で」

「じゃあ、先に準備してろ。料金は前払いな」

 その時、チリンチリンチリンと再び音をたてて、勢いよくドアが開く。入ってきたのは、比較的粗っぽそうな同じ年頃の少年。

「すまんすまん、遅れた」

「おう、カンジ。会長さまの頼みごとは終わったのか?」

「ばっちりだ」

 カンジと呼ばれた少年は、親指を立てる。

「じゃあ、揃ったとこでスタートだな」

 3人は財布や小物入れの中からめいめいカードを取り出す。

「おっちゃん、3人ぶん、三千円ね。システム古いし千円2クレにしてくれればいいのに」

 佳代が代表して三人分のお金をまとめて差しだし、竜人はごつごつした手でそれを受け取る。

「ダンジョンセンターは回転率が悪いんだよ。千円二クレにするくらいなら模様替えしてオーク丼屋でもやるってんだ!」

「これから、って時に盛り下がる話しないでくれよ」

「すまんすまん、じゃあ、えー、『この度はアステリオス社ダンジョンビルダーシステムVXをご利用頂きありがとうございます……本製品は最新の魔導技術の粋を集め、現実と位相の異なる圧縮亜空間にダンジョンを構築し現実と寸分違わぬ体験を提供します。そこではめくるめく冒険の世界が、貴方達を待っています』」

「マニュアル丸読みかよ……」

「文句は言うまい」

「早く早くー!」

 過去には、浪漫があった。ドラゴン、迷宮、それに挑む冒険者達。しかし今やそれらは歴史の彼方へと過ぎ去り。剣と魔法の時代はとうの昔に終わりを告げた。

 そして、現代。神も魔王も地上より去り、多種族がゆるやかに融和する平和な時代。人々は、娯楽を欲していた。小説や戯曲を例にとるまでもなく、過去の浪漫は人々を憧れされるに十分なものである。

 そんな時代に魔導技術をリードするアステリオス社が開発した、位相差空間構築システム。空間の安定性から建築物としては難があったそれは、過去の浪漫を娯楽として甦らせた。

 そう……『迷宮ダンジョンビルダー』である。

 位相の異なる亜空間によって、狭い敷地にも……無制限とは行かないものの広大な迷宮を構築可能なこのシステムは瞬く間に大流行。各地にダンジョンセンターが乱立。一時期の過熱ブームが過ぎ去った今でも尚、根強い人気を誇っている。

 近くのダンジョンセンターで1クレジット1000円払えば、十歳以上なら誰でもダンジョンに潜れる(※装備レンタル、各種消耗品は別売り)。

 これは、そういう世界のお話なのだ。


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「この鎧、ちょっとキツくなってきたか……?」

 ジュンは、鎧に頭を突っ込んでいた。

「成長期だからな。しかたないだろ」

 カンジが神官プリーストのローブを纏いながら言葉を返す。しかし、短いローブからは脛がはみ出てしまっている。

「そっちも、ローブの丈、足りなくなってきてるぞ」

「うーん……ジャージ下に着てくか」

「いいよなプリーストは。服に頓着しなくていいし」

「回復アイテムはこっち持ちだぞ。それに、杖は金かけてる」

 店の奥の男子更衣室。二人は自前のロッカーを開け、装備を身に付けているところだ。遊戯とは言えダンジョンに潜るには、当然、それ相応の装備が必要になる。それを揃えるには、お金がかかる。

「この店、ドロップ渋いからなぁ……」

「システムが古いからな。気ままに遊べるから、そのぶんと引き換えだ」

「今回ダメだったら、攻略練り直さないと」

 だが、金がないのも学生だ。プロテクター程度(いちおう、法律で決まっている)とはいえ、装備を揃えるにはお金がかかる。必然、他人のお古やダンジョン内でドロップした装備が中心になる。それに加えて、プレイ料金もかかる。

 だからこそ、彼らは装備やアイテムよりも頭を使った攻略スタイルに走るのだ。

「やっぱりファイター、シーフ、プリーストの3人でボス倒すのはちょっと厳しくないか……?」

「でも最後、このバージョンの10階層のボスは攻略法があまり出回ってないんだろ?なら、偵察に行く価値は……」

『ちょっと、着替えまだー?』

 壁の隣、つまり女子更衣室の方から佳代の声が響く。

「もうちょっとで終わるから待ってろ!!」

 カンジが叫び返す。

『男二人で何してるのー?何かあやしいことしてるのー?きゃーっ!?』

「佳代、少しうるさいぞ」

『ジュンちゃんごめんなさーい』

「……あいつ、お前の言うことは聞くのな」

「まったく、シーフは装備が軽いからって……」

「……まぁいいんだけどよ」

「ん?お前、もしかして……」

「アーマーの準備よし!!武器の手入れよし!!油売ってないで行くぞ、ジュン!!」

「あぁ、うん……」

 更衣室の前には、既に装備を整えた佳代が待ち構えていた。薄い布服にマントの軽装。マントの隙間からは、体のラインが浮き出る。

「……このためにダンジョン潜ってるってかんじするよな」

「ジュンお前、時々最低だよな」

「?」

「おうガキども、準備できたか」

「おっちゃん、点検よろしく」

「んー、まぁ問題無さそうだな。ポーション、スクロールの補充要るか?」

「いい。買うと高いし」

 断るカンジ。

「だよなぁ……いっそ回復アイテムのドロップ率絞ったろか」

 竜人の店主は、溜め息代わりに口から紫煙をはく。

「おっちゃん、ポーションの期限切れてない?大丈夫?保健所とかうるさいよ?」

「切れてねぇよ!?お前らうちの店なんだと思ってんだ?」

「おっちゃんは今キレてるけどな」

「上手いこと言ってる場合じゃないだろ……」

「はぁ……まぁ、気ぃつけてな。その装備ならボス前はなんとかなるだろうが……今回のボスは、ちょっとやそっとじゃあ倒れんぞ」

「おっちゃんネタバレ禁止ー!」

「すまんすまん。じゃ、ガイドの中に集まれ」

 ダンジョンセンターの中央にある、腰の高さほどのクリスタルの柱。それこそが、亜空間構築システムの中枢。ダンジョンへの、入り口だ。

「じゃあ、楽しんでこいよ」

 そう言って、竜人の店主はコンソールを操作する。

「おう」

 クリスタル柱の下に、3人を包みこむように魔方陣が展開する。

 カンジ達が魔方陣の輝きに瞬きすると、そこは……苔むした迷宮の中だった。

「制限時間は一時間。その間に、門番のゴーレムを倒して、ボスに挑む。いいな?」

 ジュンと佳代が頷く。ジュンの手には、マッピング用のフロア地図。

「それじゃあ……行くぞ!!」

 三人は駆け出す。迷宮の主に挑むために。



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登場人物名にミスがあったので修正。どっから出てきた、タケル。

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