今泣きたいくらいあの日を思い出しながらキミを見ている

マフユフミ

第1話 半身

私にとってダイが唯一の家族だったように、ダイにとっても私は家族同然であったのだと思う。


それはただの勘。

そうであってほしい、と願うただの願望。

それでもこの勘が、決して間違いではないことも、私は本能のレベルで分かっていた。


あの頃の私たちは、それこそ呆れるほどいつも一緒にいたし、もはや私がダイなのか、ダイが私なのか、二人の間の境界線までゆるゆると溶けてしまっているような、そんな錯覚さえ起こしていたのだ。


だから、突然ダイが家族と共に引っ越してしまったとき、私は分かりやすく途方に暮れた。


学校から帰って宿題も終わり、ごはんまではまだ少し余裕がある、そんな時間。そのぽっかり空いた穴の中、私は一体何をすればいいのか、ダイのいない穴を一体どうふさいだらいいのだろう。


空が濃い群青に覆われて、わずかなオレンジ色さえもその群青に飲み込まれていくような時は、常にダイが傍にいたから。

だから私は、一人で見る夕暮れの景色にいつまでも慣れることができないでいた。

この美しくも儚い景色は、私一人では支えきれない。

もう、何もかも分からなくて、どうすればいいのかすら考えもつかなかった。


ダイ、もう日が暮れちゃうよ。

なんで来ないの?

なんで「キョウちゃん、いないの?」って探しに来てくれないの?


絶対に泣きたくなかったから、私は必死に歯を食いしばる。

病弱だったお母さんのため、転地療養を決めたダイのお父さんを責めることはできないし、ここではずっと入院していたお母さんが遠い地ではのんびりと、ダイと一緒に過ごすことができるのを、ダイ自身とても喜んでいたのを知っている。


だから、泣かない。

寂しくなんかない。


そしてこの時間以上に私が一人を実感したのが、自分の家族と一緒に過ごす時間だった。


昔から、別に暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしたわけではないけれど、家族の中でどうしようもなく私は独りだった。


父も母も、私に興味がなかった。

いろんなことして両親の気を引こうとしたけれど、全ては不発に終わった。

ここに居るのに、私の存在はなかったことにされている。必要最低限の接触すら、無言の義務感が立ち込める。

運動会も卒業式も、誰かが来たことはない。

ごはんは置いてくれていたけれど、共に食べるとしても会話はない。


徐々に一緒に過ごす時間も減り、置いてあったごはんが500円玉に変わり、それすらも置かれなくなったとき、私の家族はダイしかいなくなったのだ。


ダイの家族は、いつでも独りの私を受け入れてくれた。

温かいごはんとお風呂、温かい会話、やさしさ、思いやり。私にとってそういったものは全て、ダイの家族からもらったものだった。

だからこそ、ダイのお父さんは引っ越すときに言っていたのだ。


「キョウちゃんも一緒に来るかい?」

本気だったのかどうだか今となってはもう分からないけれど、その言葉は私をとてつもなく温めてくれた。

「ありがと。でも、私はここにいるね」


本当は一緒に行きたかった。

本来の家族なんか捨ててしまって、ダイの家族になりたかった。

それでもやっぱりそれは、許されないことだと思ったから。

だから笑顔で別れを告げたのだ。

これ以上なく途方に暮れながら。


ダイ達が行ってしまって、家族で過ごす時間がさらに苦痛になった。

もはやないに等しいその時間でも、「家族」という形を取っているからにはそんな時間もやむを得ず発生してしまう。

隣に父と母が存在しているのを見ながら、私はこれまでにないほどの孤独を感じた。

私の存在を認めていない人たちの間に挟まれている私という生き物は、本当にここに居るのだろうか。

ここに居るというのが自分だけの妄想で、本当は私は存在していないのかもしれない。


グルグル回る思考の中で思うのはただ一つ。

ダイ。ダイに会いたい。


「ねえ、キョウちゃん。僕はいつでもキョウちゃんのそばにいるよ」

別れの夜、ダイは笑いながらそう言った。

「どんなに物理的に離れても、心だけは決して離れない。だって、キョウちゃんの半分は僕で、僕の半分はキョウちゃんだから」


ああ、ダイも同じだったんだ。

もう、私たちは、本当の意味で離れることはできない。


きっと魂レベルで繋がってしまったから、距離も事情も何もかもが私たちを分断する理由になんてならないんだ。

そしてそれを、ダイも同じように思っていることが、何よりうれしかった。

「ダイ。私も思ってるよ。どれだけ離れても、ダイのそばには私がいる。それだけは忘れないで」


誰もが寝静まった真夜中のベランダで、私たちはそっとキスをした。

恋愛感情なんて一切なくて、ただただお互いの存在を確かめる、そんな静かなキスだった。


今独り、しんと静まり返った自分の家に居て思う。ああ、ダイはどこにいるんだろう。

私の体の半分を占めるダイの、残りのもう半分。

いつもそばにいる、そう約束したけれど。

見えないと寂しい。

触れないと哀しい。


本当の父と母が話す声を邪魔なBGMのように感じながら、私はダイの欠片を探す。

自分の中にあるダイの思い出を感じるたびに、圧倒的な寂しさと、ほんの少しのあたたかさが私を包む。


ねえ、ダイ。

私は、ここに、いるよ。

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