北嶋勇の心霊事件簿14~最初の罪~

しをおう

漆黒の飛竜

『それ』は徐々に『落ちて』くる。

 最初は月に点を穿つ程度の大きさだったが、遂にはその姿を認識できるまでに裏山に接近して来た。

――敵意は無いようだが…!!

 龍の海神が『それ』に向かって牙を剥く。

 確かに敵意は無い。

 だが、『それ』は怒り、憤り、そして悔しがっていた。

――どれ、私が偵察して来ようか

 死と再生の神が『それ』目掛けて飛んだ。

 瞬く間に『それ』に接近し、更には追い越す死と再生の神。

――むっ!!

 死と再生の神の視覚が、妾達にも伝達される。

『それ』は蝙蝠の羽根を持ち、トカゲのような身体と鱗を持ち、長い尻尾の先に鋭利な棘が生えている龍のような魔獣…

――ワイバーンか!!

 更に伝達されてくる視覚。

 鋼鉄のような身体に無数の傷。

 かなり血が流れていただろうが、今は乾いて凝固しているようだ。

 怒りの眼で死と再生の神と目を合わせるワイバーン。ギラリとその牙を見せた。

――なかなか好戦的だな

 死と再生の神も交戦する構え。

「やめろジャバウォック!!君を此処に連れて来たのは、戦わせる為では無いよ!!」

 ワイバーンの背から女の声が聞こえ、ワイバーンを制した。

 当然背に視線を向ける死と再生の神。

――リリスか!!

 背に乗っていた女はリリス。

 一週間前まで家に居た、勇と尚美の新しい『友人』だ。

――何故リリスがワイバーンに乗って帰って来た!?

 リリスは確か勇の代わりにヴァチカンの依頼を請け、イギリスへ飛んだ筈。

――貴様!一体どういう事だ!!

 叫ぶ妾に応えるリリス。

「すまないが良人と神崎を呼んでくれ。それと、裏山に着陸許可を貰いたい!!」

 傷付き、ボロボロのワイバーンを未だに飛ばせ続けていたのは許可を得て無いから、と言う事か?

――どうする?裏山は北嶋の聖域。いくら奴の友人になったとは言え、ワイバーンには怒りがある…

 敵意は無いとは言え、怒りに任せて暴れる可能性を考えている地の王。

――まぁいいだろうよ。ふざけた真似しやがったら、野郎の号令を待たねぇで、ぶち殺せばいいだけだろ

 憤怒と破壊の魔王の提案に合意する妾。

――良かろう。降りて来るが良い。妾が勇と尚美を呼んで来よう

「助かる!頼むよ!」

 ワイバーンに何やら指示をするリリス。

 ワイバーンはフラフラになりながらも、海神の社に着陸する。

 着地したと同時に、それを取り囲む最硬とナーガ。

――姉様。ここは自分達が見張っておきますので、勇さんと尚美さんに…

――うむ、頼んだぞ弟よ

 家に駆け出そうとした妾だが、その前に尚美が息を切らせながら駆け付けて来た。

「いきなり魔力が現れたと思ったら…リリス?そしてワイバーン?」

 はぁはぁと息を整えずにリリスに駆け寄る尚美。

――奥方様!お下がり下さい!この飛竜は怒りと憤りがあります故!!

 最硬が制するも、尚美は構わずリリスの手を取った。

「大丈夫ですよ。リリスが連れて来たワイバーンなのでしょう?」

 そう言ってワイバーンの身体を視る。

「沢山の弾痕に…剣で斬られた傷…痛かったでしょうね…」

 慈しむように身体を撫でる尚美に、ワイバーンが口を開いた。

――お前…俺が恐ろしく無いのか?

 言って直ぐに口を閉ざした。

 そりゃそうだろう。此処には神も魔王も妖も居るのだ。今更飛竜を怖がるとは思えないのだろう。

――尚美、勇は?

 駆け付けて来たのは尚美のみ。勇の姿が見えぬ。

 リリスも辺りを見回し、勇の姿を探している様子。

「勿論、寝ているわよ。起きる訳ないじゃない」

 当然のように答える。

――まぁ、そうであろうな。いきなり魔力が現れたくらいで、起きる程繊細な男ではあるまい

 この場にいた全員が一斉に頷く。

 それに万界の鏡も外しているだろう。

 尤も、掛けながら寝たとしても起きる筈は無いが。

――仕方無い。やはり妾が起こしに行って来るか

 駆け出す妾。家に向かって全力で走った。

 玄関の扉は開けられた儘。不用心だな、と思いながらも、この家に押し入る泥棒など居らぬか。

 勇の部屋は二階。駆け上がり、部屋にそのまま飛び込んだ。

――勇ぅ!!

 妾は正に飛んでいる状態の儘、勇に突撃する。

 その時、妾の顔面きヒュッと裏拳が飛んで来た。

――クワーッ!!!

 モロに顔面にヒットして、妾は反対方向に飛ぶ事になった。

 寝返りパンチ。

 寝相の悪い勇の睡眠時のパンチだ。

 覚醒している時には手加減して放つ拳だが、睡眠時の勇は、悪気も無ければ加減もせぬ。

 妾の軽い身体など、簡単に壁まで吹っ飛ばされる事は至極当然と言えよう。

 つまりビターン!!と壁に激突する事になったのだ。

 そして、そのまま壁に貼り付いた状態となった。

――か、かはっ!!

 身体中から暴れるような痛みを感じ、悶絶する。

 ボタッと床に落ちる妾だが、痛みが全てを支配している身体だ。勿論受け身など

取れる筈は無い。

 暫くはプルプルと震えるしか出来ぬ。

 だが、今は一刻を争う状況かもしれぬ。

 痛む身体を引き摺ってプラプラと立ち上がる。

――お、おのれ………!!

 カーッと牙を剥き、爆睡中の勇に向かって行く妾。

 再び勇の裏拳が飛んで来る。

――二度も同じ技が妾に通じるか愚か者!!

 飛んで来た裏拳に前脚をかけて、それを躱す。

 何度か裏拳を放ってくる勇だが、その全てを躱す!!

 そして遂に、勇の胸の上に立つ事に成功した!!

――ふははははははは!!立った!!立ったぞ!!妾は難攻不落の山の頂上に立つ事に成功したのだ!!

 久し振りに気分が宜しい妾は、勇の胸の上で高らかと笑った。

――クワックワックワッ!!どうだ勇!!所詮貴様は妾の下に居るべき者!!それを妾は証明した!!クワーックワックワッへぶしっ!?

 突如妾の視界が寝間着一色となる。と、同時に、凄まじい圧迫感が妾を襲った。

――こ、これは!!かはっ!!

 内臓が口から飛び出すような感覚が妾を襲う。

 これは寝返りパンチに次ぐ勇の技…

 抱き枕圧殺法だ!!

 人間は寂しい夜に、抱き枕と言う人形を使い、それを抱き締める事によって安心感を得ると言う。

 勇はそれを妾で行っているのだ。

 寒い日などに、妾を抱き枕として暖を取る事があるが、その全ての時、妾に走馬灯が駆け抜けるのだ。

――は、離せ愚か者~…ぐぶぶぶぶぶぶぶ!!

 泡を吹きそうになりながらも、懸命に微かに動く前脚で勇の胸を掘る。

 その時!事もあろうに、寝返りを打ち、妾を下敷きにしたではないか!!

――こおぉおお~!!は、離せぇ!し、死ぬ!死んでしまう!カハァッ!!

 いよいよ以て、意識が遠退いてくる妾……

 その時!!

「ぐはああああああああああ!!?」

 絶叫しながら、勇が飛び起き、妾の身体が自由になった。

「ぐうぅぅぅ~っっっ…な、何をしやがる神崎ぃいい~…」

 後頭部をさすりながら起き上がり抗議する勇。その隙を付き、妾を抱きかかえて救出する尚美。

「踵落としでなきゃ、タマを潰してしまうじゃない」

――な、尚美…妾は…妾は山の頂きに………

 プルプル震えながら経緯を説明しようとする。

「なんだタマ。イタズラしに入ってきたのか?お前がつまらん事をしたおかげで、 こんな真夜中に踵を落とされる羽目になったのか俺は」

 尚美に抱きかかえられている妾をグイングインと揺さぶり、ダメージを与えようとする勇。

――ち、違う!!今裏山に飛竜とリリスがあああ!!

 訴えるも、万界の鏡を掛けていない状態の勇には通じる筈も無い。

「話を聞きなさいっ!!」

 尚美が身体を捻り、勇からの虐待から妾を守るように遠ざけた。

――あ、有り難い…後は任せたぞ尚美………


 ガクッ


 安心した妾は、心置きなく気絶する事にした………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「何なんだよ?イタズラしに来て勝手に気絶しやがって…」

 ブチブチ文句を言い、煙草に火を点ける。吐き出した煙が輪っかを作っている。

「今裏山にリリスが来ているのよ。かなり傷付いた飛竜と一緒に」

 気絶したタマを俺のベッドの中央にわざわざ寝かせる神崎。

 俺の寝るスペースを独占させた訳だ。

 つまり、これから裏山に来いと、これは確定なので、拒否は不可能だと暗に言っているのだ。

 頭をボリボリ掻きながら首を捻る。

「言っておくが、俺はバカチンの依頼は却下したんだからな」

 裏山の整備で多忙だった俺は、バカチンの依頼を普通に断っていた。

 銀髪自ら名乗り出て請けた依頼になった筈。

「お友達が困っているのよ?」

「どっちの友人だよ?無表情か銀髪か?」

「多分どっちもね」

 まだ長い煙草を灰皿で揉み消して、深い溜め息を付く。

「珍しく素直じゃない?」

 逆に驚く神崎。

 何だ、知らないで呼びに来たのか。

 まぁ、あの段階では俺くらいしか知らない事だろうしな。

 俺は思いっ切り伸びをしながら立ち上がった。

 どうせこうなる事は解ってはいたし。まだハゲとの戦いは終わっていないんだしなぁ。とか思いながら。

 裏山にテクテクと歩いて来た。 

 神崎が小走りで前になりながら俺を急かす。

「ん~?海神の社に集まってんのか?」

 海神の社には銀髪が屈みながらベシャンと倒れているトカゲに何やら行っていた。

 俺は万界の鏡を装着!!

 脳に投影された映像は、案の定、俺ん家の柱が、羽根が生えたトカゲみたいな黒い生き物を取り囲んでいる。

 屈んでいた銀髪は、羽根が生えたトカゲの傷口の血を、ハンカチで拭き取っている最中だった。

「連れて来たよ!」

 みんなが俺を一斉に見る。

「良人、申し訳有りませんが、早速ジャバウォックの傷を治して貰えませんか?」

 懇願の表情の銀髪。

「………いい…」

「はあ?」

 ヤバい!つい言葉に出てしまった!

 咄嗟に言い訳をする。

「だ、だから『いいよ』と言ったんだよ」

 逃げるように羽根の生えたトカゲの側に駆け寄った。

 トカゲが、めっさ俺を睨み付けている。

「…なんだその反抗的な目は?」

――目つきが悪いのは生まれつきだ

 ムカッとして、つい拳を振り上げそうになった。

「ジャバウォック!!」

――…解った解った!お前の言う通りにするよ!

 ジャバウォックと呼ばれた羽根の生えたトカゲは、銀髪にたしなめられて、諦めたように項垂れ、身体を脱力させて伏せた。

「ほら、北嶋さん、早く」

 神崎に急かされる俺は、渋々ながらも賢者の石をトカゲに翳した。

「終わったぞ」

 無愛想に言い放つ。

「え?もう?」

 慌てながら傷口チェックする銀髪。

 トカゲと銀髪が同時に口を開いた。「信じられない…」と。

 まぁ、信じようと信じまいと自由だが。それは兎も角。

「礼くらい言えトカゲ」

 せめてちゃんと礼を言うのは筋だろう。

 さっきからムカついているから、言葉の語尾が強めになったが。

――す、すまない。助かった

 ちゃんと礼を言ったトカゲだが、相変わらず目つきがめっさ悪い。これは生まれつきだと言うのは本当だったようだ。

「キリスト教徒にやられた傷か?」

 話題を力付くで変える俺。

――それ以外に誰がやると言うんだ

 またまたムカッとする俺だが、慌てて銀髪が横から口を挟んだ。

「ジャバウォックは人間を殺していません。勿論、プロテスタントの教徒もです。ただ守っていただけです」

 いや、別にやられたらやり返しても構わないんだが。

 そう思ったが、ひとまず頷いて話を続ける事にした。

「無表情は?」

「無事です。私達を逃がしてくれました。今は恐らく、ジャバウォックが仕えていた少女を匿っている筈…」

 トカゲにツイッと目を向ける。

「お前の名前はジャバウォックっつーのか」

――そうだ

「ジャバウォックって、不思議の国のアリスの?」

 神崎の追っての質問だった。

―――その物語から取った名だそうだ

 ふーん、と俺。

 だが長い名前は面倒臭いから、トカゲにしておこう。

「イギリスで何があったの?教えてくれる?」

 神崎が話を切り出すと、頷く銀髪。

 そして真剣な目つきになり、語り始めた。

「良人の代わりにアーサー・クランクから依頼を請けた私は、直ぐ様イギリスへ飛んだんだ…」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 イギリスの地に着いた私は、アーサー・クランクが待つ田舎町に急いだ。

 聞けば、そこにアダムとの戦いが終わった直後あたりから、結構な数の悪魔が現れ、人間を襲っているらしい。

 アーサー・クランク他プロテスタントの牧師は、それを退け、まだ潜伏している悪魔を探していたが、悪魔の気配よりも気になった事があった。

 アダムの気配。

 のどかな風景の田舎町に、その気配は確かにあった、と。

 私が到着した時にも、その気配ははっきり感じ取れた。

 だが、アダムよりは遥かに弱々しい。

 それでも気になる事は気になる。

 それは兎も角、今は潜伏中の悪魔を捜さねばならない。

 アーサー・クランクと合流後、私達は町中を捜した。

 そして町一番の大きい教会に案内され、その一室で一息つく。

「悪魔憑きの人間もいるようだよ」

「それも理解している。悪いが名前を紙に書いてくれ。プロテスタントの牧師達に追って貰って祓う事にする」

 アーサー・クランクの申し出に快く応じ、『視』て名前を紙に書く。それを牧師達に渡して何か指示を出していたアーサー・クランク。

「それより、悪魔が化けていた人間だが…」

「死んでいたのを発見した」

 やはり、と肩を落とす。

 殺して成り代わっていたのは容易に想像できたからだ。

 落胆しながらも霊視を続けている最中、一人の牧師が私達の居る部屋へ入って来た。

 部屋の温度が下がった気がした。

 その男は、私達と同じくらいの年齢。

 短く刈り込んだ茶色の短髪。

 身体付きはヴァチカンの聖騎士に勝るとも劣らない。

 私達を交互に見た男は、スッと笑みを零して頭を下げて名乗った。

 マーリン・スチュワード。

 それが彼の名。

 プロテスタントの牧師であり、魔導師マーリンと呼ばれている事は、後から知った。

 そのマーリンと名乗った男は、笑みを崩さずに私達に話し掛けた。

「…ヴァチカン最強の騎士殿に、こんな片田舎に来て戴けるとは…有り難い事です」

 アーサー・クランクがやや緊張しながら右手を差し出した。

「アーサー・クランクだ。此方は俺が頼んで来て貰った霊能者。悪魔に精通しているんでな。俺達が見落とした物が視えるかもしれない」

 一応和解した形にはなったとは言え、私は銀髪銀眼の魔女。

 余計な波風を立てぬよう、私の素性は明かしていない。

 しかし、その男は、アーサー・クランクの右手を無視して私を見た。

「…ふっ。いいのですよ聖騎士殿。私は気にしていません。尤も、他の聖職者が恐れおののくかも知れませんので、その判断は賢明かと思います」

 今度は背筋が寒くなった。

 この男…私を知っているのか…

 アーサー・クランクが私を庇うように、私の前に立った。

「…そんなに警戒なさらずとも、私は何も言いません。ただ…」

 私を見ている、その男の瞳が怪しく光った。

「…私の邪魔をするのであれば、その命、頂戴するだけです。勿論その時は聖騎士殿、あなたも同罪となりますので、お気を付けて」

 再び笑みを浮かべて会釈し、部屋を出る男。

 私達は、その男の冷たさに当てられたように、ただ、去って行く後ろ姿を眺めていた。

「プロテスタントにあれ程の霊力を持った牧師がいるとはな…」

 霊力?いや、魔力だ。

 アーサー・クランクも言葉を選んだ発言なのだろう。

 素直に『魔力』とは口に出せなかったのだ。

 暫く私達が呆けていると、この教会の牧師であろう人物が紅茶を持って現れた。

 テーブルにお茶とお菓子を置き、信じられないと言った感じで口を開く。

「今のお方はマーリン・スチュワード様ですね。まさかこんな田舎町に魔導師マーリンがおいでになるとは…」

「魔導師?」

 アーサー・クランクの問いに、目を輝かせて得意気に語る牧師。

「噂では、悪魔と人間の間にできた子だとか。英国国教会の総本山的な役割を持つカンタベリー大聖堂で洗礼を受けてから、その力を神の為に使う牧師となったそうです。その力と言ったら、見るだけで悪魔を退けたり、聖霊を駆使して数々の術を繰り出したりと…」

 興奮して口が回るも、アーサー・クランクは神妙な面持ちとなっていた。

「悪魔と人間の子…」

 言われれば、成程、頷ける魔力。

 一連の悪魔騒動と関連はあるのだろうか?

 アダムの力は感じられなかったが、何か関係があるのだろうか? 

 疑惑は兎も角、魔導師マーリンの出現により、やはりこの地には何かがある、と確信するに値した。

 英国国教会は厳密に言えばプロテスタントでは無い。

 カトリックとプロテスタントの中間に位置すると言った所か。

 だからと言う訳じゃないが、ヴァチカンの聖騎士が悪魔騒動に駆り出される事は珍しい事では無い。

 だが、あれ程の力を持っている牧師が居るにも関わらず、ヴァチカンから聖騎士が派遣されたのか?

 思い切って聞いてみた所「マーリンは別件に駆り出されていた」ようだ。

「その別件とは?」

 牧師は突然周りをキョロキョロし、口元に手を添えて小声で話した。

「何でも…人類の祖、アダムの一部を探していたとか…」

「アダムの一部だと!?」

 思わず叫んだアーサー・クランクに、牧師は慌てて人差し指で唇を押さえ、静かにとジェスチャーを繰り出す。

「アダムは良人が…」

 私も蒼白になった。

「だからお嬢さん、静かに!!」

 君の声の方が大きいよと言いたい所だが、構わずに話を進めて貰う。

「一週間前くらいになるのかな?アダムが誰かに倒された、らしい。その直後、イギリスに現れたんだよ」

「誰がだ?」

 牧師はニヤリと不敵に笑って続ける。

「アダムの肋骨…イヴですよ」


 最初の妻、リリスが離れた時に神が言った。

 一人は辛いのか?

 対してアダムは懇願した。

 妻を返して貰えませんか?と。

 暫しの沈黙後、アダムは己の一部が損失した感覚に陥った。

 それと同時に、彼の傍らに一人の女が眠った状態で現れた。

 神は言った。

 下である事を拒絶しながらも、一人が辛いと言うのなら、お前の一部からつがいになる者を創る。と。

 神はアダムの肋骨から番を創ったのだ。

 その名はイヴ。

 人類の祖、アダムの二番目の妻にしてアダム自身。

 そして『最初の罪』を犯した女………


「そのイヴが…このイギリスに…」

 そして恐らく、この地に居る。

 最初に感じたアダムの気配。そして、イヴ捜索の任務を得ていた魔導師が、この地に現れたのも納得できる。

「どうしましたお嬢さん?ちょっと信じられない話でしたか?」

 我に返る。

「信じられなくは無いよ。現にアダムは居たんだしね」

 それに君の目の前に居るのはリリスだよ。と心の中で返した。

「そうですか?まぁ、あなた達は悪魔騒動で来られたのですから、あまり関係の無い話でしょうけど」

 牧師は最後に一礼し、この場を立ち去った。

 暫し静寂に包まれる部屋。

 沈黙に耐え切れなくなったのか、アーサー・クランクが徐に口を開いた。

「悪魔出現は…『肋骨』に関係があると思うか?」

「………素直にイヴだと認めなよ聖騎士。同じ肉体だとは言え、アダムとイヴは別人だよ」

 アダムの脅威をその身で感じたアーサー・クランクは、イヴと言うよりも『アダムの一部』との認識の方が強いのだろう。

 だが、同じ気配とは言え、感じた力はアダムのそれよりも遥か下だ。

 一息付く為、冷めた紅茶に口を付ける。

「確かに…だが…」

 アーサー・クランクの続く言葉を制するように、私の方が多少大きい声を出す。

「仮に『あの』アダムと同等の力があったとしようか。君の力はアダムに劣ると言うのか?君はアダムに敗れると思っているのかい?」

 押し黙るアーサー・クランク。

「特に恐れる事は無い。『私達』は強い。イヴが現れようとも、アダムと同等だろうとも、此方に喧嘩を売って来たら返り討ちにすればいいだけさ」

「…その通りだ、な」

 何か吹っ切れた感があるアーサー・クランク。

 だが、実は私の方が、凄まじい不安を感じていた…

 次の日に、私とアーサー・クランクは、強い魔力を感じた場所へと向かった。

 そこは街外れにポツンと一件だけ建っていた家。

 かなり大きな家だったが、周りには林しか無く、交通の便も悪いと言う事で、長い間買い手が付かなかったそうだ。

「長い間とは、今は誰か住んでいる訳か」

 アーサー・クランクの言葉に、頷いて肯定する。

「誰か住んでいるかは知らないが、二年程前に中央の牧師が買い取ったらしい。何 でも、娘が喘息持ちだから空気の良い所を探していた、とか」

 これは私達が拠点として借りている、教会の牧師からの情報だ。

 彼は少しおだてると、調子良くペラペラと喋ってくれるから重宝する事になるだろう。

「兎に角、強い魔力をこの家から感じるからな」

 借りて来た鍵で扉を開けるアーサー・クランク。

「…住んでいる、と言う訳では無さそうだが」

「ああ。誰かが毎日掃除に来ている形跡はある」

 家の中はカーテン等で光が差し込まず、薄暗いが、掃除はきちんと行き届いている。埃の一つも飛んでいないのがその証だ。

「魔力は下からだな」

「地下室があるみたいだ。どこかに入り口がある筈」

 きっと良人ならば「面倒臭ぇー!」とか言って草薙で床を斬るだろう、と思い、笑ってしまった。

「何を笑っている?あったぞ。こっちだ」

「ああ、すまないな。今行くよ」

 特に隠してもいなかった地下室への入り口は簡単に見つかり、私達は階段を降りて行く。

「…居るな」

「ああ、居るね」

 降りて行く最中、徐々に大きくなっていく魔力。

 そして…

 アダムの気配…

 この地下室には、少なくとも二人居る。

 いや、二人では無いか。

「この獣臭…魔獣か」

 魔力を纏っている方は獣臭をも発している。それもかなりの力の持ち主だ。

「七王が全滅したのは痛かったかもしれないな…」

「戦うつもりか?魔力とは言え、敵意は無いぞ?」

「万が一だよ。さて、この扉の向こうだね」

 足を止める私達。

 眼前には、木製の扉があった。

 特に頑丈そうでも無い扉。魔獣を捕らえている訳では無いようだ。

 アーサー・クランクが扉に手を掛ける。

「結界が敷かれている訳でも無い。本当にただの扉だ」

 アーサー・クランクが私に目で合図をする。それに頷く私。

 その一瞬後、アーサー・クランクは思い切り扉を開けた。

 一気に部屋に入った私達。

 アーサー・クランクは剣に手をかけ、私はいつでも発動できる呪を口ずさみながら。

 だが、私達の動きはピタリと止まった。

「こ、これは…」

 アーサー・クランクの驚きは理解する。私もそうだったのだから。

「ワイバーン?いや、それよりも………!!」

 広い地下の空間。コンクリートで出来ている、ただの物置。

 そこに居た魔力の源、それが漆黒に輝いている身体を持った、飛竜。

 器用に翼を折り畳み、首を曲げながら横になっている………だが!!

「その少女が…イヴ?」

 漸く言葉を絞り出したようなアーサー・クランク。

 その飛竜に背中を預けてお尻を床に付け、眠っている少女に指を向けながら。

 茶色のボブに赤い大きめなリボン、それにあどけない寝顔から察するに、16歳前後、と言った所か?

 スヤスヤと寝息を立てている、この少女から確かに感じる…

 アダムの気配を!

 しかし、邪気は全く感じない…

 呆けるように少女を眺めている私達に、視線だけ向ける飛竜。

――騒がしくするなよ人間。今はモードが寝ている最中だからな

 モード………

 アダムの気配と飛竜を仕えている少女…

 邪気の欠片さえ見せずに、ただ寝入っている少女の名が、それだった………

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