7. ハサン、幸せになる
懐かしの故郷
船はその後、あの奇妙な島にも会わず進み、無事仲間の船と合流することができた。その後少し進んで、水の補給と風待ちの為に、とある港町に入ることになった。そしてそこで、いくらかの人員が交代することになった。その交代する者たちの中に、アジーズやターヒルも含まれていた。
「なんだか寂しくなるなあ」
しんみりと、ハサンが言った。それほど長い期間ではなかったが、この二人とはすっかり仲良くなっていた。柄になく、元気のないハサンに、ターヒルが言った。
「おまえは王都のものだろう? 私たちも王都に帰るんだ。そこでまた会おうじゃないか」
この言葉にハサンは喜び、自分の住所を教えることにした。「それにしても、何故、ここで降りてしまうんだい? 航海を続けるわけにはいかないのか?」
ハサンの問いに、アジーズが答えた。
「あまり王都を留守にするわけにはいかなくてね」
何故なのだろうと思ったが、あまりしつこく聞くのもためらわれた。その代わりに、住所を教えたハサンは、さらにとっておきの秘密も教えることにした。
それは、何故自分がこの船に乗ることになったのか、そのいきさつであった。都で恋人に振られたところから話はじめ、一通り話終わると、二人が呆気にとられた表情でこちらを見ていた。ターヒルがその表情のまま、ハサンに尋ねた。
「では一体――一体、おまえは何者なんだ、ハサン」
「いや……おれは、ハサンだよ」
何者なのだ、と聞かれても、そうとしか答えようがないのだった。アジーズは大いに愉快がり、ターヒルは呆れを通り越していっそ感心して、ハサンを見るのであった。
二人と別れた後も、ハサンの航海は続いた。船は東へ東へと進み、様々な文物に人物に生物に出会った。驚きの体験がハサンを待っていたし、時に苦難もあれば、心をとろかすような幸せもあった。そうして行きつくところまで行くと、船はまた故郷へと船首を向け、また月日をかけて、ようやく元の港町へと戻ってきたのだった。
――――
ハサンはそこからさらに王都へと帰っていた。実に久しぶりの王都であった。この間に、ハサンが留守にしていた間に、王様が代わっていたりしたのだった。ハサンはたくさんの話と土産を抱えて、故郷の友人たちに会った。彼らはハサンの話に、大いに感嘆して、耳を傾けた。ハサンは愉快であった。
給金は想像以上にもらっていた。しばらくはこれで暮らせそうであった。しかし、一生とはいかない。また何かで金を稼ぐ必要があるが……はて、どうしよう、とハサンは思った。――船乗りになるのはどうかな、と、この考えが真っ先にハサンの頭に浮かんだ。悪くない。長い航海の間に、ハサンはそれなりに船乗りとしての技術を身につけていた。船乗りとして、やっていけそうな気がした。この体験は、いつしかハサンの自信となっていた。
しかし伝手がない。そこでハサンはとりあえずは、のんべんだらりとまた元のような生活を送っていた。その日も、ハサンは家でごろごろと寝転んでいた。と、そこへ、来客がやってきたのだ。
来客は大男だった。懐かしい――ハサンのよく知っている人物だった。ハサンは、戸口に現れた人物を見て、嬉しくなって声をかけた。「ターヒル!」 ターヒルはにっこりと笑った。
ターヒルは相変わらず大きくて元気そうで、その点は変わりがなかった。しかし彼の身なりがすっかり変わっていた。今の彼は船乗りの恰好をしておらず、何やらそれなりに位がありそうな騎士の着物をまとっていた。ハサンは驚いて、ターヒルをじろじろ見た。
「どうしたんだおまえ……ずいぶん立派になってしまったじゃないか。おれが都を離れていた間、何があったんだ? どうしてそんな急激な出世を遂げたんだ?」
ターヒルはにやにやと笑った。「おれに何があったって? うん――それを説明すると、長い話になるな。まあともかく、おまえに来てほしいところがあるのだよ。おれはおまえを呼びに来たんだ」
「来てほしいところ? どこに連れて行く気だ?」
「アジーズのところさ」
そう言ってターヒルは楽しそうに笑った。目がいたずらっ子のように輝いている。ハサンはとりあえず、ターヒルに従うことにした。
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