下駄箱に入っていた手紙は、ラブレターでなく、脅迫状だった。

青見銀縁

第1話 ラブレターでなく、脅迫状。

 佐々木千恵香は預かった。

 返してほしければ、片瀬みよりと恋人関係になれ。

 なお、警察に連絡した場合は、それが分かった時点で佐々木千恵香の命はないと思え。


 平日の朝に見た便箋の内容は、俺を驚かすのに十分すぎる内容だった。

 下駄箱の上履きに挟んであった封筒。表には俺の名前、「高井直也様」と書かれていた。ただ、宛名と便箋の文字はともにパソコンで打ったものを印刷した感じだ。筆跡で特定されないようにしているのだろう。だとしたら、指紋とかもつけないように扱っているかもしれない。

 俺としては、千恵香のことが出てきていることに、手が震えた。

 なぜなら、彼女は三日前から行方不明になっているからだ。

 中学二年の千恵香は俺と向かい側の家に住んでいる、幼なじみの間柄だ。最近では、行方不明になる当日の朝、一緒に学校へ行っている。帰りは友達と図書室で勉強するとかで、俺は先に帰っていた。その後、千恵香は学校を出て、友達と別れた後、消息を絶ってしまった。

 なので、千恵香のことが頭から離れず、心配になっていた俺にとって、衝撃だった。

「何だよ、この内容は……」

 俺は続けて書かれていた「片瀬みより」が誰だかを頭で巡らしてみた。

「片瀬って、あの片瀬か……」

 俺は思い当たる人物にたどり着くと、首を傾げた。

 同じ高校一年のクラスメイト、片瀬みより。女子でも清楚な雰囲気を持つ子で、男子でも密かに人気がある。だが、俺としては、単にクラスが同じなだけで、それ以上の関係はない。

 なのに、便箋には、「片瀬みよりと恋人関係になれ」と書いてある。千恵香を返す条件としては、意味がわからない。

 俺は頭を掻きつつ、下駄箱の前で場から動けずにいた。

「警察に連絡しようにも、これじゃあ、どうしようもないよな」

「あれー、直也くん。こんな朝っぱらの下駄箱前で何を悩んでるのかな?」

 不意に声をかけられ、俺はとっさに便箋と入っていた封筒を後ろに隠した。下駄箱に背をくっつけ、相手に目を移す。

 クラスメイトで隣の席である小松田は、ニッと笑みを浮かべ、僕の前に現れていた。わざわざかけているメガネを片手でかけ直し、細身の体型で僕の方をじっと見てくる。

「いいだろ、小松田。ちょっと考え事してただけだ」

「いるんだよねー、こういう人。さっきまで明らかに何かの手紙を見ていたのに、いざ声をかけてみたら、それを隠して、『考え事してた』とか、変なウソをつく人」

「下手なウソで悪かったなって、あっ」

「早くもボロが出たね、直也くん」

 小松田は俺の方へ訝しげな視線を送ってくる。

「さあさあ、早く白状しちゃった方が気が楽だと思うよ。まあ、内容によっては、僕は黙っておいてあげるけど」

「黙ってるかどうかは、信用できないけどな」

「ひどいね。僕とは数か月、学業を共にした仲だっていうのに」

「たかが数か月だろ」

「そうだね、たかが数か月。されど、数か月」

 小松田は言うなり、俺が便箋を隠している後ろの方へ顔を覗かせる。

「何にせよ、何か隠してることは確かだよね」

「おい」

「まあ、そこまで必死に隠すことなんだから、だいたいは決まってるよね」

 小松田は口にすると、僕と目を合わせてきた。

「ラブレター?」

「まあ、そんなところだ」

「へえー。いやあ、直也くんも隅に置けないね。僕は羨ましいよー」

「本当か? 単に俺に来たラブレターがどういう内容で、相手が誰なのかに興味があるだけじゃないのか?」

「失礼だなー。僕が単なる他人のゴシップが好きな最低のクズ人間じゃないんだから」

「俺はそこまで言ってないぞ」

「だね。まあ、だけど、興味があるのは確かだよ。直也くんを好きになった子はどういう子なのかなっていう」

「とりあえず、手紙の内容は教えただろ」

「うーん。でも、僕としては何か引っかかるんだよね」

 小松田は顎に手を当てて、考え込むような仕草をする。

「千恵香ちゃんがいないのに、そういう手紙をじっと見る余裕があるのかなって」

 小松田の指摘に、俺はどきりとした。

「ま、まあな。もしかしたら、千恵香に関連する手紙かと思ったからさ。何だ、そういう日常ではなかったような出来事はさ、どうしても、千恵香のことと結びつけたくなるというかさ」

「で、その手紙は千恵香ちゃんと関係なかった?」

 小松田が急に真剣そうな表情を俺の方へ移してくる。

 もちろん、「関係ある」という答えだが、小松田に迷惑はかけられない。警察には言うなとあるが、友人には言うなとは書いてない。とはいえ、犯人は誰かに伝えれば、その相手に危害を加える可能性はある。

大体、犯人は学校の下駄箱に便箋入りの封筒を置いた奴だ。校内にいて、もしかしたら近くで見ているかもしれない。

「関係なかったな」

「ふーん」

 小松田はまだ気になるようだったが、しばらくして、納得がいったのか、うなずいた。

「まあ、ひとまずは直也くんの恋路を見守るよ。アディオース」

 小松田は手を振りつつ、下駄箱から立ち去っていった。

 俺は再びひとりになると、ため息をついた。

「とりあえずは、教室に戻ってから、今後どうするか考えるか」

 俺は便箋と封筒を学校の鞄にしまうと、上履きに履き替え、教室へ向かっていった。

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