14話 君の名前は?

 男が消えたからと言って、まだ何か起こるかもしれない。

 友は周囲の警戒を続けていると、


――ぴしり。


 音が響いた。

 友は空に視線を向ける。


 白黒の空に、ヒビが入っていた。

 徐々に広がり、空だけでなく空間全てにヒビが広がる。

 視界内の全ての景色がヒビで覆われ、友は息を漏らす。


「やっと、終わりか……」


 呟くと同時に、世界は割れた。

 ガラスを砕いたように、透明な破片が空から降り注ぐ。


 そして、世界に色が戻る。

 虫や鳥の鳴き声が聞こえた。

 遠くでは車の走る音も聞こえる。

 ようやく『精霊の結界』が解かれた。


「なんだったの、かしらね」


 友にルフィーが近付いてきた。

 手には、小さな球を持っている。


「それは? パチンコ玉みたいだな」


「あいつが撃った弾、だと思うけど」


 先ほど、『風王の剣』を砕いた。

 ただの物質で、精霊力の塊の刃を砕くことはできない。


「精霊由来の何かだとは思うけど……、何が何やら、ね」


 ルフィーが嘆息する。

 嘆く気持ちが友にはよくわかった。


 今まで行なってきた暴走精霊の退治とは、何もかも違った。

 得体の知れない男が現れ、意味深な言葉を残して帰っていく。


 そして、もう一つ。


(本当に、わかんねえや)


 友は、少女に視線を向ける。

 『精霊の結界』に現れた少女だ。


 初めから居たのか、ならばどこに居たのか。

 少なくとも友たちの近くには居なかった。


 途中から入ってきたのことも考えたが、それこそ有り得ない。

 『精霊の結界』に侵入することなど出来ないはずだった。


 しかし、黒ずくめの男も結界に入ってきた。

 有り得ないと思った常識を根底から覆されたような気分に、友は呻く。


(ヤツが原因なのか。なんの為に? それとも何も関係がないのか?

 ルフィーが言ってた、最近精霊が荒ぶる、というのも関係があるのか?)


 友は頭を振る。

 これまで体験したことのないことだらけだった。


 理解が追いつかない。

 頭を整理したいと思っていた。

 深く溜息を吐く友に、桜が寄ってきた。


「おにいちゃん……」


 心配そうな顔をしていた。

 友は桜の頭に手を伸ばす。

 髪の毛をやや強めに撫でる。


「わ、やっ、乱れる!?」


 慌てて髪の毛を整え始める桜を見て、友は笑う。


「うー。なにさー」


「なんでもない。ありがと、桜」


 多少憂さ晴らしにも近い感覚だったが、桜のリアクションに心が軽くなる。


 桜との会話は、愉快だ。

 答えの出ない思考の底にいても、すぐに日常に戻ることができる。


(それに、このまま考えても、おそらく良いアイディアは浮かばない)


 軽くなった気分のままに、友は伸びをする。

 気が抜けたのだろうか、腹が鳴った。

 友は腹を擦りながらルフィーを見る。


「とりあえず、撤収だな」


「そうね、良い時間だし」


 ルフィーが空を見上げた。

 空は赤くなっている。


「んじゃ、予定通り晩飯の材料買って帰るか。豆乳だっけ?」


「そうだよ! 鶏肉と豆乳! あとキャベツ!」


 桜が手を握り、宣言する。

 そしていつの間にか拾っていた友と桜の鞄を振り、猛然と歩き始めた。


 ルフィーも桜の様子に微笑みながら、後に続く。

 二人の後ろを眺めた友は、残された少女に視線を向けた。


 少女は友の目を見た後、俯いた。

 服の裾を掴み、悩んでいる様子が窺えた。


(……放っておけない、か)


 少女の存在は謎に満ちている。


 何故、裸足でここにいるのか。

 パジャマのまま、ここにいるのか。

 そして服がボロボロなのも、何故か。

 そもそも、日本人ではない様子だ。


(聞くこともいっぱいありそうだけど。とりあえず……)


 友は少女に近付く。

 接近に気付いた少女は顔を上げた。

 安心させる為、友は少女に笑いかける。


「やあ。君は、どこからきたの?」


 少女は、目を左下に動かし、首を振る。

 言いたくないのか、理解していないのか、そのどちらかだろうと友は考える。


 どちらにしても、その回答であれば戻る場所もないのではないか。

 友は、推測すると、少女の頭を撫でる。

 少女は一度肩を震わせる。そして少し怯えたような顔を友に向けた。


「とりあえず、うちにいらっしゃいな?」


 友は肩を竦めながら、少女の反応を見る。

 少女は検討するように俯く。

 暫く沈黙した後、少女はこくりと頷いた。


「おーけー。じゃ、行こっか」


 友は笑うと、少女に向けて背中を向けてしゃがむ。


「靴もないんじゃ、歩くのしんどいでしょ?」


 肩越しに見る少女は、やはり躊躇った後、友の背中に乗った。

 後ろ手で少女の身体を支えながら、友は歩き始めた。


「そういえば……」


 ふと友は思い出す。

 そして尤もな質問を口にする。


「君の名前は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る