6話 まずは逃げる

 友は目を丸くした後、周囲を見渡す。


「……おおう」


 世界が変わっていた。

 見ている構造物はそのままに。

 だが、鮮やかだった色が消えていた。


 木々の葉も。

 雑草に茂る道も。

 空の色も。

 何もかもが、白と黒の二色に変わった。


 違うのは、友と桜、そしてルフィーの三人だけが変わらぬ色のままである。

 そして、浮かぶ光球も変わらない色。

 青白く光る球が、そこにあった。

 一部を除いたモノクロームの世界の中で、友は顔を覆う。


「『結界』だー……」


「あちゃー……」


 友の言葉に併せるように、ルフィーも呻いていた。

 周囲を見渡しても、動く者も物もない。


「他の生物がいないってことは……」


「見事に、『精霊の結界バウンダリ』内、だな」


「ええ、閉じ込められたみたいね……」


 誰かの仕業のように呟くルフィーの視線を追い、友も見る。


 光の球。

 淡く光っていたが、次第に明滅を始める。


 明滅と同時に、膨らみ、縮むを繰り返す。

 まるで鼓動する心臓のような動きに、友は視線をルフィーに向けた。


「どうしよう」


 光球の明滅と鼓動は早くなりつつある。

 動きに合わせるように大きな水たまりが揺れ始めた。

 揺れる水面は次第に渦を巻いていく。


「やー……、手遅れ?」


 既に手の打ちようがないようだ。

 まるで光球に吸い上げられるように、水は渦の中心から昇っていく。


 元は大きいとは言え水たまりだ。

 あっという間に吸い尽くされる。

 干涸らびた地面が見えた。

 水を取り込んだ光球は徐々に大きく膨らんでいく。


「ねえ、ユウ?」


「ああ、まずは……そうだな」


 手足のように四肢が伸び、そして頭部と思わしき突起が形成された。

 水が人の形に作られていく様を横目で見た後、友は桜に向けて歩き始める。

 持っていた鞄を放り投げ、友は桜を見る。

 桜は口を開き、些か間抜けな表情で光球を見ていた。


「え、おにいちゃん……?」


 接近に驚く桜に構わず、友は桜を横抱きに抱える。


「わ、わ!? お、おにいちゃん!?」

 桜が驚き鞄を落とすが、友も驚いていた。

 軽い。そして細い。更に言うと柔らかい。やっぱり良い匂いだ。


 同じ人類とは思えなかったが、そのような感想は後回しと、友は視線を光球だった物に向けた。

 できあがった人の形は、とても醜悪と言えるものだった。


 老人とも女とも男とも見える。

 ボロボロのワンピースのような布きれに身を包んでいた。


 青白い顔、濁った緑色の髪は長く乱れ、ぎらつく緑色の瞳を向けている。

 友は水から生まれた化物を見て、唇を舐めた。

 緊張で乾いているかと思いきや、意外と湿っている。


(OK。余裕だ)


「んじゃ、ルフィー?」


「そうね、三十六計――」


 友は踵を返し、大きく口を開きルフィーの言葉に続く。


「逃げるに如かず!」


 そして、全速力で駆け始めた。

 ルフィーも空を飛びながら友を追う。


「え、え、ええっ!?」


 友の腕の中で桜が慌てた声を発する。

 そして友の肩越しに後方を確認した。


「うわあ!? 追っかけてきてるよ!?」


「だろうね」


「すごいよ! ホラー映画みたい! 手と足で走ってる!」


「どんなだ」


「井戸の中から出てきそう! でも速い!」


 見たいような、見たくないような、そんな光景らしい。

 桜は友に視線を戻し、友の服を掴んだ。

 その顔には不安、そして怯えが浮かんでいる。


「だいじょうぶだから」


 友は桜を安心させるように微笑むと、走る速度を上げる。


「で、でも。私を抱えたままじゃ……!!」


 具現化した精霊の速度は恐ろしく速い。

 今にも追いつかれそうな勢いに、桜はただ怯えていた。


(無理もない、けど)


 軽いとは言え、人を一人抱えて走る速度には限界がある。

 いずれ追いつかれる。

 それは遠くない未来に。

 桜は、そう考えた。

 だからこその怯えなのだろう。


(舐めんな)


 しかし、友の速度は緩まない。

 三十キロ半ばの重りを持っても尚、むしろ友の速度は増す。

 短距離走の選手より速く。

 百歩の距離を十数えるよりも短い時間で走り抜けた。


「どう?」


 友は息も切らさないまま、桜に笑いかける。

 桜はぽかんと口を開いたまま、後方を見る。


「ひ、引き離してる! すごい!?」


 しかし、桜の顔に浮かんでいるのは疑問だった。


「お、おにいちゃん、そんな力持ちだっけ……?」


「……すごい、今更な質問だね」


「そ、そうだっけ?」


「まあ、うん。だいたいあいつの所為だけどさ」


 空を飛び追従するルフィーに、友は視線を向ける。

 ルフィーは心外だと言わんばかりに目を丸くする。


「ちょっと、ユウ。なんか失礼な発言だけど」


「まあまあ。そんなことより、アレの対処だ。どうしよう?」


「そうね……、まあ。うん、ね?」


「なあ?」


 友とルフィーは目を合わせて苦笑した。


「倒すのはなぁ」


「そうよね、簡単なんだけど……」


「ええ!? 簡単なの!?」


 気負いなく言われた二人の言葉に、桜が目を剥く。


「な、なんで逃げてるの?」


「……あれ? サクラ、あんた説明って聞いてないの?」


「聞いたことないよ?」


 桜の返答にルフィーは目を丸くする。

 そして友に瞳で問いかけた。

 友は苦笑しつつ、首を横に振った。


「むー……、しょうがないっか。じゃあ教えてあげよう」


 ルフィーが事情を説明してくれるらしい。

 友は桜を抱えて走りながら、耳を傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る