5話 異変の始まり
「おのれ……おのれぇ……」
桜の目に、殺意じみた凶悪な色が混じり始める。
胸に対する熱過ぎる想いに、桜の将来を不安に感じる。
「ま、待ちなさい、そこの十三歳」
狼狽するルフィーは片手を前に出して、桜の殺意の衝動に歯止めを掛ける。
「なに? 魔乳が貧相な小娘に何を言うつもり?」
「や、魔乳って」
「そんなの魔だよ! 魔!」
「落ち着きなさい。すっとしなさい」
「す?」
「そんなことをほざいているけど、あんたのカップ数は?」
「……Cだけど」
友は指折り数える。片手で足りる。レベル3だった。
「なんなの? 圧倒的な数値差を思い出させて、まだ自慢するの?」
「そうじゃなくて。二次性徴終わってないのに、あんたCなのよ? わかってる?」
「……なにを?」
「ユウ、サクラに説明してあげなさい。クラスの中でどんな感じか、外見でわかるでしょ?」
急に視線を向けられ友は動揺するが、ルフィーの言葉に従い考える。
(外見……、外見ねぇ)
桜を見る。
可愛い。
贔屓目抜きにそう思う。
肌も綺麗で、大きな瞳。
さらさらの腰まで届く長い茶色の髪。
長い髪を持つが故に、髪に付いた匂いが、ふとした動作で友の鼻に届く。
洗髪剤だけでない、コロンでもない。
良い匂いだった。
よくもまあ、ここまで可愛く育ったものだと友は満足げに頷く。
そしてルフィーに頭を殴られる。
「そうじゃないから。見るところは別よ」
頭を擦りながら、友は改めて桜を眺める。
背は小さめだ。ルフィーほどではないが脚も長い。
何より細い。
腕も脚も腰も、桜は華奢だ。
それなのに、現状でレベル3の高みに居る。
「……学年でも、平均より上、かな。ウエストの比率で考えるとトップに座しているかも」
桜の目が丸くなる。
なまじ魔の領域に達しているルフィーが身近にいた。
頻繁に大きい物を見ている所為で、感覚が麻痺していたようだ。
己が如何に優れた体型であるか、気付かせることに成功する。
桜は驚愕しつつ、しかし不満そうに自らの胸を摩っている。
どうやら、納得はしたものの、現状に満足してはいないようだ。
「……いや、なんでそんなに胸の大きさに熱いんだろ。おにいちゃんは将来が心配だ」
「そりゃあ、ユウ。男でわかるように教えてやりましょうか」
「聞きましょう」
「実に、そこの大きさ」
ルフィーが指差すのは、友の下腹部。
「小さいとしたならば、如何とす?」
「……………………なるほ、ど。然り」
男の沽券に関わる問題だった。
小さかろうが、使う機会が無ければ何の問題ともならないはず。
しかし、小さいとなるとそれだけで己の心の臓腑を抉る。
「……わかりやすい例え。ありがとう」
「どういたしまして」
「しかし。大きすぎても問題となるのでは」
「然り。その通りよ。適切なサイズ、ついでに相性が重要ね」
ルフィーと友は視線を合わせて、時を同じくして頷いた。
そして、顔をぐるりと動かして桜を見る。
「桜、いいか。思い出せ、お前はまだ十三歳だ。まだ成長の余地がある。余地しかない」
「そうよ、サクラ。まだ増えるのがわかっているのに、そんなに悲観することはないわ」
桜は自分の胸を手で押えて、唇を尖らせた。
「……ルフィーみたくなれるかな……」
「ならないでくれ。バランス良くが絶対に良い」
「……小さいままでも、おにいちゃんは大丈夫?」
「すでに小さくない。自信を持つんだ」
桜の肩に手を当て、友は力強く励ます。
少しだけ俯いた桜だったが、すぐに顔を上げる。
その瞳に、殺意も、そして迷いもなかった。
「わかった。でも頑張る」
「なにをだ」
「とりあえず、晩ご飯は変更で」
「……献立の開示を求める」
「鶏肉のせいろ蒸し。キャベツを切って、敷いた上に鶏肉を置いて蒸す」
胸の大きくなると噂される食材をフルに使った献立だった。
しかもヘルシー。
抜け目がない。
「あ、豆乳。家になかったから買って帰んなきゃ」
食の段階から真剣に取り組むらしい。
何にせよ、桜の暴走は止まったようだ。
安堵する友は、ルフィーを見る。
ルフィーも同じく胸を撫で下ろしていた。
(ああ、平和で何よりだ)
急に生じた心の疲れを、自分自身で労うように深く息を吐く。
そして、ふと思う。
(あれ、なんか忘れてる……?)
そもそも、何故ルフィーがこの場に居たのか。
考えながらルフィーへと友は目を向けた。
桜の頬を掴み、疲れた笑みをルフィーは浮かべている。
(えっと、確か。『精霊』関係のトラブルじゃなかったか?)
ルフィーたちの後ろには大きな水たまりが広がっていた。
眺めながら、友は思考を深くする。
先ほど、ルフィーが語っていた。
あまり聞いていなかったが、内容は知っている。
(ルフィーが、普段していること……)
付近を見回り、事前に異常を防ぐこと。
普段から、ルフィーはそうしていたはずだ。
(だから、ここにも……)
そこで気付く。
ルフィーの後ろに広がる水たまりの上に、
光の玉が浮いていた。
「あ」
友が呟く。
やってしまった、一文字でそれが伝わる音。
同時に悪寒を感じる。
ルフィーも振り向いて、声を漏らす。
「わ」
それと同時に、
――キンッ。
硬質な音が響いた。
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