誘う女

 もうそろそろ終電も近い、繁華街のハンバーガー屋。

「じゃ、店長。おつかれさまでーす」

 ユミはバイトを終えて、裏口から店舗を出た。事務所は同じビルの4階だ。上昇するエレベーターの中でキャップを取り、たまらずシャツのボタンを2つ開ける。大胆に開いた胸元からのぞく、若い肌。

「あー、もう。明日大学行くのだりぃわぁ」

 まとめていた髪を下ろしたところで、エレベーターが止まる。外へ出て2つめのドアが、財布やバッグなどを置いている事務所だ。

 この時間はいつも、誰もいない。

 しかしドアを開けると、なぜか明かりがついていた。

「あれ?」

 ロッカーの前に、男が1人。

「誰っスか?」

「ああ、僕は……」

「もしかして、深夜シフトの人?」

 やや若い男。20代後半くらい? 安手の服を雑に着た、よくいるフリーターみたいな感じの男だ。

「そうだよ」

「やっぱり。アタシ昼シフトなんでぇ、深夜の人と会わないんスよね」

「あ、そうなんだ」

「この店のバイトの人、全部で50人くらいいるじゃないっスか。アタシ、入ってまだ1週間なんで、ぜんぜん覚えられなくて」

 エミは自己紹介をした。

 男はタケルと名乗った。

 それから少し会話をした。とはいっても大きな声でしゃべり散らしているのはエミで、男は笑顔をつくって相づちをうつばかり。

 しばらくすると、男は言った。

「じゃあ、これで」

「あれ? もう帰るんスか?」

「うん。今日は忘れ物とりにきただけだから」

「それならカラオケ行きません? アタシ今、シフト終わったとこなんスよ」

「はぁ? 初対面でカラオケ?」

「いいじゃん!」

 男に腕をからめるユミ。

「アタシ、彼氏と別れたばかりなんスよぉ。もう寂しくて寂しくて、誰でもいいから優しくしてーって感じ? 行きましょうよ! もちろん朝まで!」

「朝まで……」

 男はエミの胸元に視線を落とし、ゴクリとつばを飲み込んだ。

「……ま、いいかな」

「やったぁ! じゃあ、予約しとかないと! 休みの前だからめっちゃ混んでるだろうし」

 エミはロッカーから自分のカバンを取り出した。

 そして、入っていたスマホで電話をかける。

「電波悪りぃな……ちょっと待っててー」

 エミは事務所を出た。

 ドアを閉めてから、小声でささやく。

「もしもし店長? 事務所に不審者がいるんです。この店で5年働いてる私が見たこともない人なんですよ? ロッカーの前で何か漁ってたし、ぜったい窃盗犯です。すぐに前の交番から警官連れてきてください」

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