彼女と犬と、ときどき僕

 ひどい女だった。

 やっと出て行ってくれて、助かった。

 高飛車で、気まぐれで、ずぼらで、文句は山ほど並べるのに感謝は一度も口にしない。いったいぜんたい、俺は何でこんな女と同棲していたのか。(まあ、美人で巨乳だからなんだけど。)

 

 あのときもそうだった。

 とつぜん「テレビで見て欲しくなっちゃったから」と小さな犬を買ってきて、「サスケ」という名前をつけたあとは、面倒な世話を僕にぜんぶ押しつけた。トイレを洗うのは僕。抜け毛を掃除するのは僕。ドッグフードを買ってくるのも僕。

 自分は可愛がるだけ。

 抱っこして、遊んで、服を着せて散歩に行って。

 そのあとを、僕はスコップと袋を持って歩くんだ。


 他にもだ。

 シャツが色落ちしたと難癖をつけ、料理が塩辛いと小言を言い、インテリアのセンスが悪いとイチャモンをかましてくる。さらには足音がうるさいだの寝坊したのはあなたのせいだと言いがかりの連打連発。毎日毎日、泣きそうだ。

 そんなとき。

 助けになったのはサスケの存在だった。

 抱きしめると顔をなめてくれる。何度それで癒やされたことか!

 

 そしてそれからも続く、不平と不満の雨嵐。

 ついに僕は奮起した。

(もう、こんな生活には耐えられない!)

 決意を持って、彼女に通告する。

「出て行ってくれ!」

「いいよ」


 彼女はサンダル履きで出て行った。

 小さなバッグに、スマホと化粧ポーチだけを入れて。

 僕は、彼女の荷物を、まとめて業者に売り払ってやった。服も、靴も、偽ブランド品のバッグも、ぜんぶ一括で5万円。

 その金で焼き肉を食った。

 うまかった! 

 浴びるほどに酒を飲んだね。


 そして1週間。

 僕は、彼女のスマホを呼び出そうとしている。

 「帰ってきてくれ」と言うためだ。服も、靴も、バッグも本物のブランド品で買い直した。

 でも勘違いしないでくれよ。

 僕は彼女が恋しくなったわけじゃない。あんな女、もうどうだっていい。

 だけど。

 サスケが、いつまでたっても彼女の帰りを待ってるんだ。

 空っぽになって部屋で、うずくまって、もう僕の顔をなめてくれない。

 こんな生活は耐えられない。

 どんな苦しみを受けるよりも、安らぎを失う方が、辛いんだ。そういうもんだろ?

 

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