巣立ち

 3月31日。

 今日、娘が私のもとを巣立っていく。

 めでたく高校を卒業し、この春から通う大学のために、この街から上京していくのだ。

 初めての土地、初めての1人暮らし。

 けれども娘はどこまでも明るく、希望に満ちあふれた眼差しをしていた。

「それじゃあ、お父さん」

「ああ。行ってこい」

 玄関を出て。

 門の前で、娘を見送る。

 20年前に私が買ったこの家で、娘は、私と一緒に人生のすべてを過ごしてきた。色あせて苔が生え古くなった家とは対照的に、娘はたくましく大きくなった。そして本当に……美しくなった。

 親馬鹿と笑うなら笑え。

 私は、娘より美しい存在を他に知らない!

 キャリーバッグを引きずって、遠ざかっていく娘。曲がり角で振り返り、手を振るその姿が涙でにじんだ。

「う……」

 思わず目頭を押さえる。

 鼻を2、3度すすり、空を見上げてから家に戻った。

「行ったの?」

「ああ。見送らなくて良かったのか?」

「大げさなのよ。今生の別れじゃあるまいし」

「でも……ついにアイツが、この家を出て行く時がきたんだぞ?」

 喉を振るわせ、声を絞る。

 そんな私に、妻は言った。

「あなたは、いつ出て行ってくれるの?」

「え」

「離婚してから、もう1年もたつんだけど。この家は、慰謝料がわりに私のものになったってのに、よくしゃあしゃあと住んでいられるわね」

「……もうちょっと待ってくれよ。再就職先が見つからないんだ」

「そんなの自業自得でしょ! 社長の奥さんと不倫してたんだから、クビになって当然よ!」

 おお。

 なんと冷たい女なのだ。

 19年も連れ合った仲なのに、たった1度の不倫で。それと5~6回の浮気で。あと風俗通いとキャバクラ散財とネズミ講をはじめようとしたくらいで。

「とにかく。約束の1年間は明日までよ。明日には、絶対に出て行ってもらいますからね!」

「なあお前」

「何よ」

「エイプリルフールって知ってるか?」

「死ね!」

 むう。やはり駄目か。

 しかし粘ってみせるぞ。この家に残れなければ、明日から無職で宿無しだ。

 頑張れ、私。

 頑張れ、私!

 あと娘よ、お前も頑張れ。

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