炎上師
液晶をすべらせる指が、快調に走る。
“wwwお前の顔、マジで不細工www”
とあるアイドルがSNS上にあげた画像に、リプライ。すぐさま、多数の批判が寄せられる。
“またコイツかよ”
“いい加減にして下さい。ユリカちゃんが迷惑しているのがわからないんですか?”
“市ねよカ ス。鏡見たことあんのか”
悪意はネットの海で拡散し、新たな悪意を呼び起こす。
「よしよし」
それを見て、淳也は、ほくそ笑んだ。
彼は1週間前からずぅっと、このアイドルがSNSを更新するたびに口汚い言葉を投げかけている。
いわゆる『荒らし』だ。
それだけでなくブログにも、声優として出演しているアニメの公式ホームページにも、ファンの集う掲示板にも。侮辱、悪口、罵詈雑言。書き散らして垂れ流す。それに反応して寄せられる暴言、反論、リアクション。ときには便乗して荒らしに加わる者もいて、やがて『炎上』となる。
「いい感じだな」
もう淳也は何も書き込んでいない。
だが、炎上は続いている。
この1週間で、12のアカウントを凍結されてしまった。しかし何の問題もない、どうせ捨てアカだ。
「くはは」
画面の中で燃え広がる悪意に、淳也の満足感が高鳴った。
「もっとやれ、もっとやれ」
2日後、アイドルはSNSをやめてしまった。
炎上師。
それが彼の仕事である。
依頼を受け、特定のSNS、ウェブサイト、動画投稿者のコンテンツなどを『荒らし』て報酬を受け取る。
あるときは某県の市長を。
あるときは地元の弁当屋を。
子育てママを、障害者を、イベント運営を、コンビニを、ソシャゲを、お笑い芸人を。声優のAV出演疑惑をでっち上げたこともあった。
週刊誌やネットニュースで話題になった事件もたくさんある。
そのたびに、淳也は誇らしい気持ちになったものだ。
「ふはっ。やっぱ、俺の影響力ってスゲーな!」
けれども、そんな彼も、最初から炎上師だったわけではない。
はじめは、ただのニートだった。
大学は留年したのち中退。
就職した会社は初日でバックレ。
仕方なくバイトしていた個人経営のラーメン屋も、クビになった。
(あの店長め)
苦い経験を思い出し、淳也は唇を噛みしめた。
(たった20分遅刻しただけで、あんなに怒りやがって)
まあ、それまでも毎日1時間は遅刻していたし、前日にレジの金を3万パクっていたのだが。
(けど、あんなさえない中年オヤジが、俺をクビにするなんて許せん!)
腹いせに、SNSをつかって悪評を垂れ流してやった。さらには情報サイトに低評価をつけまくり、食中毒になったとウソを流した。
結果、ラーメン屋は閉店した。
それが、彼の初成果だった。
しばらくして、謎の人物がSNSで接触してきた。
「君の優秀なスキルを借りたい」。“マスター”と名乗った人物は、そう伝えてきた。「某サッカー選手の人気を落としたいんだ」。
前金で2万が振り込まれた。
淳也は、そのサッカー選手の過去のSNSを調べ上げ、酒を飲んだあとに自転車をに乗っていた事を見つけ、それを拡散した。また、同じチームの選手が脱税していた事件に関与していたと、ファンブログに書き込んだ。さらには家庭内暴力の常習犯であるとでっちあげた。
選手は釈明のために会見を開くことになった。
そのあと、報酬の5万が振り込まれた。
炎上師になって、もう1年。
報酬は100万を超えていた。
しかし、それよりも、自分がきっかけで大勢の人が騒ぎ出すのが快感だった。
「次の依頼はまだかなぁ」
パソコンのディスプレイだけが光る部屋で、椅子に背中を預け、淳也は言った。彼は待ち望んでいた。
次の事件を。
次の炎上を。
そして、それは、やってきた。
コン、コン。
「はい?」
「警察です。ご同行願えますか?」
※ ※
『“炎上師”逮捕 1年間で20件』
SNSやウェブサイトなどに不快な言葉を書き込む、いわゆる荒らし行為を行っていた○○県の××市の男性(22)が逮捕された。某イベントへの爆破予告、アイドルへの名誉毀損、店舗への営業妨害など、容疑は多岐にわたる。ネットの事件に詳しい弁護士は「賠償金の総額は、少なく見積もっても1000万円は超えるだろう」と語っている。
※ ※
「わあ、逮捕されたんですねぇ」
「そうさ。これで君も、またSNSがはじめられるぞ」
「はぁーい。ユリカ、がんばりますぅ」
「うん。じゃあ、行っておいで。ステージの時間だ」
「わかりました、プロデューサーさん!」
元気に走り出していくアイドル。
楽屋に残されたのは、どこかさえない風貌の、中年男性だ。
「アイツも役に立ってくれたな。ユリカにちょっかいを出してきたサッカー選手はつぶせたし、役を奪われてファンが騒いでいた声優も消せた」
あふれ出るような独り言。
「まあ、こんなていどで、私が趣味でやっていたラーメン屋を潰した恨みは晴らせていない。せめて実刑判決を受けてもらわないと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます