無人島

 青い空、青い海。

 晴れやかな太陽の下、波間をゆく一艘のクルーザー。

 操縦席で、私は1人微笑んだ。

「いい天気だ」

 私は今年30歳で、会社経営を生業とする男。仕事はすこぶる順調で、今日は、たまの休みに自分のクルーザーで海に出ている。

 サングラスにアロハシャツ、膝丈ハーフパンツ。

 誰が見ても、ちょっとしたバカンスだと思われるような格好をして。

「お、あれだな」

 視線の果てに、島が見えてきた。

「あそこが、君たちの新しい住処さ」

 私は足元に向かって話しかけた。

 そこには、縛られた男女が寝転がっていた。

 

 私は慎重に、クルーザーを島に寄せていった。

 あたりには、そのスプーン一杯ほどの陸地以外には何もない。見えるのはただ空と海だけ。

「この島はね。岩礁が多くて危険だし、近くに火山島もあるし、定期航路からも外れていて、誰もやって来ないんだ」

 その島で、少しだけ浜のようになっているところに船を泊める。

「いわゆる無人島だよ」

 海岸沿いはそそり立つような岩肌、向こうには生い茂る木々。大きさとしては、大学のキャンパスくらいの島だろうか? 海鳥たちが、群れをつくって羽を休めているのも見える。

 私は、エンジンつきのゴムボートを海に浮かべた。

「さて」

 振り返る。

 そこにいるのは、私の妻だった女と、親友だった男だ。

 口には猿ぐつわ、手はロープでしっかりと縛ってある。飲ませた睡眠薬で、意識はもうろうとしているようだ。

「よいしょ」

 ひとりずつ担ぎ上げて。

 ボートへ降ろして発進。

 そして浜に着くと、私は2人を投げ捨てた。


「お前ら、よくも私を裏切ってくれたな」

 私は、浜に転がる元妻とその間男を見下して言った。

「殺してやりたいところだが、暴力は私の趣味じゃないし、逮捕されるのも馬鹿らしい。そこで、君たちに、新しい住処を提供しよう」

 誰もいない島。

 誰も近寄らない島。

 そこに、携帯電話やどころか1本のナイフすら無しで放置されたら――どうなるかは、想像に難くない。

「ここが2人の新居というわけさ。じゃあ、

 私は2人を置き去りにして、無人島を離れた。


 とつぜん妻が消えたことには、周囲の人間も驚いた。

 が、私の秘書だった間男も一緒に消えたことを知ると、「ああ、駆け落ちか」と納得してしまった。けっきょく、私の出した捜索願は驚くほど簡単に受理され、誰にも怪しまれることはなかった。

 1年がたち、2年がたった。

 私は順調に会社の経営をこなしていた。

 秘訣は、誰も信用しないこと。

 あの2人が教えてくれたことだ。

 少しでも経営が傾いた会社とは付き合うのをやめ、ミスをした取引先には容赦なく賠償金を請求する。使えない社員は即座に解雇する。

 経営は驚くほどうまくいった。

 私の会社は、めざましい成長を遂げた。

 10年がたち、20年がたった。

 私の会社は倒産した。


 きっかけは、些細な不運だった。

 海外から取り寄せた商品が、嵐で船ごと沈んでしまったのだ。

 すると前払いで払った金は持ち逃げされた。商品を渡すはずの取引先からは、賠償金を請求された。経営が傾くと、社員たちは次々に辞めていった。

 誰も私を助けてはくれなかった。

 ついに私は、自分の財産をすべて処分するハメになった。

 20台の高級外車。

 300坪の豪邸。

 4000本のワイン。

 そして、クルーザー。

 唐突に、私は思い立った。

「そうだ。最後に、クルーザーで海をひとまわりしてこよう」


 青い空、青い海。

 太陽は晴れやかに私を迎えてくれた。波が、風が、すべてが愛おしい。

 ふと。

 気がつくと、私はあの島の近くに来ていた。

 吸い寄せられるように舵を向けてしまう。そこには20年前と変わらず佇む、あの無人島があった。

「昔のままだ」

 そそり立つような岩肌の向こうに生い茂る木々、羽を休める海鳥たち。それを私はクルーザーから眺めていた。

 と、そこで。

 海鳥たちが騒ぎ始めた。

 ギャアギャアと鳴きながら、我先に飛び立っていく。その真ん中を突っ切るように走ってきたのは――男の子だ。


 15歳くらいの男の子。

 まるで原始人のように、大きな葉っぱを腰に巻いて服にしている。上半身は裸だ。 そんな男の子が、石を木にくくりつけたハンマーを持ち、走ってきたのだ。

 そして彼は海鳥を、片っ端からハンマーで殴りまくった。

 ばたばたと倒れていく海鳥たち。

「よっしゃあ! 7匹しとめたぞ!」

 男の子は飛び上がって喜んだ。

 それから、生い茂った木々の方へ向かって叫ぶ。

「父さーん! 母さーん!」

 ああ、やめてくれ!

 木の陰から現れたのは、あの2人だった!

 やはり原始人のような葉っぱの服を着て、伸び放題の髪をくくり、すっかり日に焼けた肌で、連れだって現れたのだ!

 しかもそれだけではない。

 2人の後にはぞろぞろと、子供たちがついてきていた。5人、10人、15人? いや、もっとだ17人!

 彼らはわいわいと語り合いながら、木々の向こうへ消えていった。

 その姿は、とても幸せそうだった。

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