夢をみる
ふっわふわのシュークリーム、チョコレートのクッキー。
口いっぱいに頬ばって、まるでハムスターだ。
ぽろぽろと欠片が落ちた床にはふかふかの絨毯が敷いてあって、そこにはたくさんのおもちゃが転がっていた。
車、飛行機、ロボット、怪獣。
ブウブウ、ビューン、ウィーンガッシャン、ガオーガオー。
バスタオルをマントにして、ソファをトランポリンにして、ボクはチャンバラ戦隊ブシレンジャー。
気づけば夜は、もう9時だ。
「さあ、そろそろ寝るぞ」
私は子供を抱え上げ、ベッドまで運んだ。
「えー、やだよ。もっと遊びたい」
「早く寝ないと、悪魔が来るぞ」
「あくま?」
「ああ。子供の夢を食べるのが大好きな悪魔でね。夜更かししている悪い子をさらっていっちゃうんだ。もうママに会えないぞ」
「ええっ!」
子供は目をまん丸にして、泣きそうな顔になった。
しまった、ちょっと怖がらせすぎたか。
「ははは、ごめん、ごめん。ウソだよ。そんなことないさ」
「……ねえ、ママはいつ帰ってくるの?」
「しばらくはムリだよ。お母さんは、ケガをして入院してるって言ったろう。明日、お見舞いに連れて行ってあげるから」
「昨日もそう言ったよ」
「そうだっけ。ごめん、忘れてた。明日は必ず行こう。さ、ジュースでも飲んで」
「ママは、寝る前にジュースを飲んじゃいけませんって言ってた……」
「大丈夫さ、ちょっとくらい」
私はオレンジジュースをカップに注ぎ、曲がるストローを差してやった。
子供は美味しそうにごくごくと、ジュースを飲んだ。
「ほら、もう一杯」
ごくごくごく。
それからベッドに連れて行き、添い寝をしながら子守歌を。さらに頭を撫でてやると、小さな人間はスヤスヤと寝息をたてはじめた。
「さて」
私は立ち上がった。
※ ※
夢、とは。
睡眠中にあたかも現実のように感じられるイメージや幻想のこと。
どんな夢を見るかは、その人の記憶や感情に左右されるという。例えば、印象的な物や出来事。生理現象。
そして、不安や期待。
※ ※
きがつくと、ボクは、ふかふかの雲のうえにいた。
そこにかっこいい飛行機がビューンととんできて、なかからチョコレートクッキーがおりてきた。
「こんにちは、ブシレンジャーさん。あなたのママが、わるい「あくま」につかまっています。たすけにいきましょう」
「よし、いくぞ」
ボクはクッキーにのって空をとんだ。
ロボットと怪獣がおそってきたけど、ビームでやっつけた。
あくまのお城についた。
ろうやにはいったママがいた。
「うはは。オレは、あくま。ママをかえしてほしければ、オレに勝ってみろ」
「くらえ、シュークリーム!」
「うわぁ、なぜオレの弱点を!」
勝った。あとはママをたすけるだけだ。
でも。
そこでオシッコにいきたくなった。そこにトイレがあったから、はいった。ボクはひとりでオシッコできるんだ。
トイレのなかには、ベッドがあった。
ボクはベッドにもぐった。
そしたら、ふとんがガシ-ンってなって、ボクはうごけなくなった。
「うわーん!」
ろうやにはいったママが、とおくへ、はなれていく。
「ママ! ママ!」
ボクは泣いた。
ママ、どこにいくの? パパみたいに、死んじゃって会えなくなるの?
※ ※
「素晴らしい」
悪魔は、舌の上でゆっくりと『夢』を転がしてからゴクンと飲み込み、喉ごしまでしっかりと堪能した。
「この豊かな味わい。すっきりとした口当たりと濃厚な甘み、はじけるような刺激ある旨み。そして、わずかに残る後味のほろ苦さ……極上だ。褒めてつかわすぞ」
「ありがとうございます」
私は、うやうやしく頭を下げた。
私は悪魔のしもべ。
主人の食事である『夢』をつくるのが仕事の料理人である。今宵もまた、子供をさらって夢を見させた。
苦しい夢は苦い味。
辛い夢なら辛い味。
初恋の夢で甘酸っぱく、恥ずかしい夢で
「おい、料理人」
「はい」
「明日はもっと、辛いものが食べたいな」
にやけた顔で、悪魔がそう言った。
私は、ベッドの中で眠る子供が「ママ……」とつぶやくのを聞き、自信を持ってうなずいた。
「わかりました。極上の一皿をご用意します」
私は夢の料理人。
今日も明日も、夢を
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