魔王

 夜の風をきり、馬で駆けていく。

 凍えそうな寒さの中、私は、私の子供を抱き、しっかりと暖めている。

 私は後ろを振り返った。

 魔王が、私の子供を奪おうと、追ってきているからだ。


「パパ……パパ……」

 腕の中で、私の子供が泣きじゃくった。

「怖いよ、パパ……」

 大丈夫だよ。私がここにいるよ。いまに暖かい暖炉の前に連れていってあげよう。君がとっても大好きな、鶏肉のシチューもたっぷり用意しているよ。


 枯れた葉の舞う、森を走っていく。

 曲がりくねる山道を抜け、馬は、浅い小川を渡り、さっそうと駆けていく。

 私は前を見て驚いた。

 魔王が、私の子供を奪おうと、先回りをしていたからだ。


 魔王の咆哮が聞こえた。

 私は急いで逃げ出した。


「パパ……パパ……」

 腕の中で、私の子供が泣きじゃくった。

「怖いよ、パパ……」

 大丈夫だよ。私がここにいるよ。いまに暖かいお家の中に連れて行ってあげよう。君にきっと似合うだろう、かわいい服もたくさん用意しているよ。


「パパ……パパ……」

 迫り来る巨大な闇の中。

「パパ……パパ……」

 私は必死で鞭を振るう。

「パパ……パパ……」

 だが馬は窪みに躓いて。

「怖いよ、パパ……」

 私たちは投げ出されてしまった。


 魔王がやってくる。

 落ちた小枝を踏み折って。

 あらわれたのは、猟銃をかまえた男だった。


「パパ!」

 

「パパ……パパ……」

 男の腕で、私の子供が泣きじゃくった。

「怖かったよ、パパ」

「大丈夫だよ。私がここにいるよ。さあ暖かい私たちの家に連れて帰ってあげよう。

君のおもちゃ、君の服、君のベッドが待っているよ」


「パパ……パパ……」

 私の子供! 私の子供だ!

「パパ……パパ……」

 お腹を痛めて産んだ子供!

「パパ……パパ……」

 領主の跡取りにするため、

「怖かったよ、パパ」

 生まれて間もなく引き離された私の子供!

 

 男は子供を馬に乗せ、猟銃をかまえて私の方にやってきた。


 魔王がやってくる。

 あらがう私を組み伏せて。

 なぶられたのは、破瓜をむかえた日のことだった。


 また奪われるのか!

 

 魔王がやってきた。

 私は腕を懐に忍ばせて。

 取り出したのは、磨き抜かれた拳銃だった。

 

 魔王の咆哮が聞こえた。

 


 そして、しばらく後、子供を抱いた人影が馬に乗ってその場を走り去っていった。

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