83 ぱすてるわーるど
白、白、白。
見渡す限りの白に混じる、限り無く白に近い別の色。
そんな道が延々と続くだけの世界……。
「壁と天井と床の全てが赤い部屋が、処刑場だって事は知っている」
「……何故その話を今するのでしょうか」
「ここまで白ばっかりだと、な。ほら、手術室で患者にかける布みたいのが緑色なのだって、血の色で頭がおかしくならないようにっていう配慮だろ?」
「……そうですか」
心底どうでもよさそうな表情のまま、俺の後ろを付いてくるトワイライト。重そうな鎌はどこかにしまったみたいだ。とても身軽である。
黒い制服の時点で、雰囲気が重いわけだが。
「文句があるなら、直接言ってくださいますか」
「文句じゃない。あと、勝手に人の心を読むな」
「……なら、貴方が心の内を言葉に出すクセを直してください」
俺はまた声に出していたらしい。
少々不機嫌な口調で指摘されて、ちょっと傷付いた。いつもはハルカが明るい調子で言っていてくれていた事って、意外と心にグサッとくる言葉だったのか。
今更ながらに気が付いた。
「それにしても、景色が変わりませんね」
「あー、真っ白な上に、近景遠景構わず変わらないなー」
とはいえ、出発からしばらく歩いて、多少の変化は起きた。
まず、あまりにも変わらない景色に、俺達が飽きたこと。そうでもなければ、トワイライトから話しかけてくるという事はありえなかっただろう。
そして歩き通しで疲れた。お腹空いた。
俺はちょうど2人分のお弁当用サンドイッチを持っているが、トワイライトってお腹減るのかね。
―― ぐぅ~……。
「……」
「……何ですか」
「俺は今、ちょうど2人分のサンドイッチを持っているわけだが」
俺は容量の小さい劣化版異次元ポシェットから、サンドイッチの入ったお弁当箱を2つ取り出す。ホットサンドらしいので、良い香りがふわりと広がった。
ポシェットの中は、非生物であれば時間が止まるのだ。
出来たて熱々が、そのまま入っていたという事だな。
とろけるチーズに、炙ったベーコンに、自家製トマトソースに、秘伝の酵母を使った柔らかパン。それをホットサンドで、しかも出来たてなんて……。
うわ、空腹のせいか、俺まで涎垂れそう。
「食べない?」
「お断りします。食事は必要ないので」
「いや、さっき盛大にお腹を鳴らした奴が何を言う」
「それはきっと、貴方のお腹の音でしょう」
「それが不思議な事に、俺の腹の虫はちょっと前に何回か鳴ってからは静かでさ」
「……っ」
トワイライトは、先程までのポーカーフェイスをやや崩す。目線が俺の持つ弁当箱に釘付けとなり、僅かに揺れると視線も揺れた。
破壊的なまでの香気がトワイライトに届いたらしい。
彼はよろめくと、非常に悔しそうに眉を寄せ、仇を見るように俺を睨みつけて――
「―― 今回だけです」
「ん、よろしい」
陥落した。
うんうん、人間素直が一番良い。それに我慢は良くない! って、トワイライトは人間じゃないか。ってどっちだろう?
死神とは違うから、神様枠じゃないだろうけど。
ただ、サンドイッチを食べる様は、非常に人間味溢れていた。
え、何、このかわいい動物、って感じの食べ方なんですけど?! もっと食べさせてあげたいって思うくらいかわいいんだけど?!
両手で持ってはむはむと食べつつ、食べ進めるにつれて頬が緩み、口元が僅かに弧を描く。
弁当箱の中には、サンドイッチが2つ、道具が無くても食べられる野菜が少々入っていた。その全てを、まるでリスとかウサギとかが食べるみたいに食べ進めていくのだ。
ウサギを連想するほど、だと……!
「……何」
「いや、別に」
とても美味しそうに物を食べる奴だな。とは思う。
あ、まずい。直視できない。サンドイッチの味がわからない。しょっぱいような甘いような、美味しいって事くらいしかわからない。
俺はしばらく、頬が緩むのをこらえるのに集中した。しかししばらく目を逸らしていると、トワイライトの咀嚼音が急になくなる。
どうしたのだろうか?
あの食べ方でもうサンドイッチが無くなるとか、早すぎる。
俺は何かあったのか、と振り向いた。
トワイライトは、無事だ。しかし手の中にあるサンドイッチを見つめながら、手がピタリとやんでしまったようだ。
何が起こったのか。俺が推測を立てようとすると、トワイライトの口が開く。
「……だから嫌だったんだ」
「あ、食べ方がおかしいとかって言われたのか?」
「いや。誰も、何も、言わない」
「? なら何で」
「……ただ、みんながみんな、食べている僕の事を、微笑みながら見てくるんだ……」
あっ。
あー。
あぁー……。
「納得」
「……」
元々塩気の強いサンドイッチだが、トワイライトの方は、ちょっと濃い目になったかもしれない。
確信を得た故に、訪れた沈黙の気まずさが、重くのしかかった。
食事を終えて少し休憩を挟んだ後、俺達はまた歩き始めた。
もう特筆すべきことが無くなるほど、何も無い。むしろ来た道を戻っていると言われても分からないほど景色が変わらないのだ。
というか、何時間歩いているのかも分からない。時間は大丈夫なのか、これ。
「時間の事なら、大丈夫だと思いますよ」
「えっ」
「この空間は、外の世界と時間の流れが極端に違うようです。元の世界では、こちらに入ってから5分ほどが経過しているようですね」
「そう、なのか?」
「空間転移の魔法が使えなくとも、この世界の核に干渉する術は通じるようですので」
「? そっか。いや、それなら、いいや」
よく分からないが、外の時間がわかるっていうならそれでいい。
嘘はつかなそうだし。
……。
意地を張る以外では、嘘を吐きそうに見えないし。
前に会った時もそうだったが、時間を守るタイプの奴だからな。きっと、こんな場所では嘘を吐かない。はず。そうじゃないと困る。
というか、そんな事よりも、だ。
無表情に見えるが、トワイライトはずっと眉間にシワを寄せている。
試しに目線を一度逸らすと、後ろにいるトワイライトが軽く頭を押さえていた。俺にばれないよう、静かに溜め息までしている。
「大丈夫か」
「っ、問題ありません」
俺の問いに、一瞬遅れて答えた。答える元気は残っているらしい。
「問題無いって顔には見えないが?」
「……余計な、お世話です」
怒りで更に眉間へシワを寄せるトワイライトだが、自分では気付いていないようだな。
さっきから、歩く速度が段々下がってきている。ついさっき休憩したばかりだし、疲労が原因とは思えないが、どうしたのだろう。
「ほれ。辛いならおぶってやる。乗れよ」
俺はしゃがんで、背負うポーズをとる。
だがまぁ、やはりというか、トワイライトは俺を見下ろすのみで、乗ろうとはしない。
まだ具合の悪さが許容範囲内だからなのか、あるいはこれも意地なのか。意地だとすれば、先程サンドイッチの件で「今回だけ」と言った事を気にしているのか。
意地っ張り。何て面倒くさい奴だ。
俺は仕方なくポーズを解いて、再びゆっくり歩き出した。
だが、これもまぁやはりというか。
もう小さな子供の方が歩くの速いと思うほど、歩が進まない。
あー、もー。
俺は歩みを止めてトワイライトへ向き直る。
ただでさえ白い顔が青くなり、心なしか目が潤んできているように見えた。
「失礼」
一応断りを入れた後、返事が来る前にとトワイライトをムリヤリ背負う。ほとんど抵抗無く持ち上げられた彼は、何度か目をパチパチと瞬かせた。
「な、にを」
「倒れられたらこっちが困る。だから大人しくしろ。以上」
「む、んぅ」
トワイライトは口ごもるが、反抗はしないようで、俺の背中で暴れる事は無かった。
刹那、逡巡していたトワイライトは、俺の背に体重を預けてくる。
しばらくは意地かプライドか、息を殺していたが、やがてずしり、と彼の体重がモロに感じられるようになった。気を失ったらしい。
「――……っ」
呼吸が荒い。熱は無いようだが、目を伏せ、眉間にシワが寄り、時折うなされている。
本格的に体調を崩したな……。
回復魔法で治るものなら、もう治っているはずだ。回復魔法が得意ではない俺の魔法でも、少しは効き目があるかもしれないと思って試したからな。
ハルカなら、あるいは……。
いや、今いない奴の事は良い。
それより、早くこの場所から出たい。
このパステルな世界に来る前は、本当に体調が良かったみたいだからな。こいつがこうなっているのは、九分九厘この世界のせいだ。
ただ―― 本当にこのまま進んで、辿り着けるのか?
もし、この先出口が出なかったら……!
「……いや。たとえ希望的観測でも、出口があると信じないとな」
トワイライトを背負ったまま、俺は今までよりも大きな一歩を踏み出した。
途端。
「ぅぶっ!」
鈍い音と共に、何かにぶつかった。
「……~~ッ! っん、だ、これぇ……!」
何とかトワイライトを落とさずに済んだが、思い切り頭を打ったために視界が歪む。
涙も合わせてかなり歪む。
ただ、何だ? さっきまでそこには、何も無かったのに。
「―― 出口?」
変化の無かった空間に現れた、異物。
出口かもしれない! 痛みをこらえ、涙を拭い、目の前に現れた物を見る。
そこには、休憩所とは打って変わって、真っ黒な扉があった。
さすがに黒いと彫った文字が読めないと思われたのか、白い彫刻の文字が張り付いていた。
『 この先求刑所 』
「物騒な場所だな、おい」
文字の変換間違いか? と思ったが、相手はコンピュータでも何でも無い。石に彫るのに、変換間違いとかありえない。
「行くしか無い、かぁ」
意を決し、俺はその扉を開いた。
扉の先にあったのは、休憩所。もとい、求刑所だ。
色が、黒い。休憩所が真っ白な空間なら、こちらは真っ黒な空間なのである。
よりトワイライトの頭髪や肌が際立つような場所だ。
とはいえベッドがあるので、そこでトワイライトを寝かせる。
「……もう起きています」
「知っていたけど、寝とけ。回復に努めろ」
「何故さっきから命令口調なんですか。……僕はともかく、貴方は急いでいるのでしょう」
「休憩できる場所があったら休憩するのは普通だろ? それに、目の前で苦しんでいる仲間がいたら、普通は見捨てられない。普通は」
普通は、の部分を強調する。
今は確かに、普通じゃない場面かもしれない。けど、だからと言って「仲間」を見捨てるという選択肢は俺の辞書に書かれていないのだ。
トワイライトはバツが悪そうに、枕を引き寄せる。
観念したようだ。
「……10分、寝ます」
「オッケー。それくらいで起こすのね」
「……すぅ」
わぁお、寝るの早いな!
よほど疲れていたらしい。寝始めからトップスピードで眠る事ができるなんて、スポーツ選手垂涎の才能だな。
俺には関係ないが。
さて、10分だったか。
うーん、俺の体感で10分というと、うん、30分くらいかな。自然と起きるならそれで良いけど、俺が起こすのは30分後だ。
死んだように眠るトワイライトの頭を撫でてやる。
彼はむずがる事も無く、静かに寝息を立てていた。
30分後。
いや、本当に静かだなー、とか思いつつ、彼を観察していたのだが。寝返りもせず、呼吸しているのかも不安になるほど静かで、5回ほど生きているか確認してしまった。
これ、声かけた程度で起きるのか?
「……トワイライト」
「ん、はい」
「わ、ちゃんと起きた!」
「……どういう意味ですか」
1回声を掛けて起きなかったら、あと30分放っておこうとか考えていたのに。
「聞こえています」
「ありゃ」
眉間にシワを寄せながら見下してくるトワイライトに、俺は舌をちろりと見せる。それで怒りはしなかったので、精神力は回復しているのだろう。
症状は頭痛だけだったみたいだし、求刑所に来てからはそれも無くなっていたし。撫でても起きないくらい深く寝ていたなら、そりゃ回復もするわ。むしろ寝ぼけていてもおかしくなかっただろ、これ。
「トワイライトも起きた事だし、次の試練に行きますか! 試練の説明的な物はあるかな~っと」
扉にあった文字を読み上げる。
「これより先、第三の試練にして追憶の間。汝らを傷つけるものも、汝らを貶めるものも、汝らを誑かすものも存在しない。安心して通り抜けよ」
「同じ文言ですね。試練は進んでいるようですが」
第一第二と来て、第三。
第二の時は文字こそ無かったが、ちゃんと進んでいたようで何よりだ。にしてもこれは、次も同じような試練ですよ、って言われているのか?
また歩くのだろうか。
「……スイト」
「ぅお、イキナリ名前呼び?! どういう風の吹き回しだよ……」
「貴方曰く、僕は仲間だそうですから」
まだ何か無いかと扉をなぞる俺に、トワイライトが話しかけてきた。相変わらず無表情……というわけでもなく、その瞳には確かな熱を感じる。
だからこそ、俺はちゃんと聞く事にした。
「……忠告します」
「何を?」
「おそらくこの試練は、精神攻撃系のものです」
「精神、攻撃。だから具合が悪そうになったわけか」
トワイライトは、無言で頷く。
「僕は諸事情により、昔の記憶がありません。ですが先程の空間で……その頃の事を僅かながら、思い出しました。ですが、それは決して『良い』類のものではなく……つまり、この試練では、自身のトラウマとも呼べる記憶が呼び覚まされる可能性があるのです」
「トラウマ?」
「ええ。先程の永遠に続くかのように思える白い空間。あれは僕にとって、トラウマとも呼べる記憶を呼び起こすのに最適でした。おそらく、次は――」
―― 俺の番、か。
俺の場合、雷が落ちている所に出るとか、そういう事か?
昔何かあったのか、雷が落ちると身体から力が抜けるし。それ関係でも全くおかしくない。
トワイライトの言う事が本当なら、この試練、予想以上に性質が悪いぞ。
「戻れないので、逃げろとは言いません。ですが、先程僕を運んでくれた恩くらいは、ここで返します」
「ん? あー、期待しないどく」
「……それで構いません」
トワイライトは目を伏せると、何も無い空間からずるり、と漆黒の大鎌を取り出す。どうやっても片手では持てそうに無いそれは、命を刈り取る形をしていた。
しかし、大鎌の一部にトワイライトが触れ、魔力を流すと、黒い光を放ちながら変形していく。
やがて現れたのは、とても見覚えのある方のような剣だった。
「え、その武器って変形可能なの?」
「スイトの武器も同じでしょう。もっとも、こちらもそちらも同一人物による介入の賜物ですので、仕様が似ているのは当然ですが」
「マジで?!」
いや、それならちょっと納得出来るけどさぁ!
俺の持っている剣と、色だけが違う所とか……。
「さあ、行きますよ」
「お、おぅ」
色々聞きたい事がまた増えたわけだが、答えてくれそうな雰囲気に見えない。
無表情の割に、妙に張り切っているのが雰囲気だけで伝わってくるのだ。
また変な事にならなきゃ良いが。
扉の向こうは、先程と違って建物の中に通じていた。色も普通。懐かしさのあるスライド式の扉が並ぶ、長い廊下である。
というか。
「……泉校?」
見覚えのある景色が、鍵付きの窓の向こう側に広がっている。
これは高等部じゃないな。中等部でもない。位置的に……初等部か。教室を見れば、背丈に合わせた小さな机やイスが、階段状に設置されている。
懐かしい。俺が座っていた席はどこだったかな。
「油断はしないでくさいね」
「あ、おう」
そうだった。これ、一応試練だった。
つい最近、同じような事があったような気がしないでもないが、たしかに油断は禁物だわ。
そんな風に考えながら、俺は1歩、踏み出した。
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