76 神様のお力


 ― ハルカ ―



 ウサギ。


 うん、かわいい事は認める。

 元いた世界。アスター曰く『リヒライズ』と呼ばれる世界では、人馴れし難いけど、慣れればとてもかわいらしいペットとして人気だった動物だ。


 こちらでは、知能の高い魔物として生み出したらしい。


 たった今。

 それも、大量に。


 ―― 一瞬で。


「……規格外だわぁ」

「はは、言うと思った。まぁ、アスターさんは【グレイミー】で言うところの【埒外】に相当するし、これが普通だよ」

「……【埒外】って何? 聞いた事無いけど」


 疲れたように笑うナユタ君に、私は尋ねた。

 【グレイミー】に含まれる全21の眷属に、そんなのあったかな? という、純粋な疑問である。


 ただ、尋ねると同時に、いかにも「しまった」みたいな顔をして、ナユタ君は目を背けてしまった。


「んー……まぁ、普通は知らない方が良い事だからなー……」

『簡単に言えば、そうだねぇ。……【グレイミー】に当てはまらないってヤツ? というかそれ以外に説明が思いつかないや~』

「ふぅん」


 言ってはならない、という事ではなく。単に説明が難しいだけのようだ。

 人の心を構成する【グレイミー】と、それから外れた【埒外】かぁ。


 何か意味があるようで、無いような。


「って、まさかとは思うけど、その【埒外】も暴走する危険性が」

「『あるわけない』」


 即答された。


「いや、だって【埒外】なんて、アスターさんくらいしかいないって。アスターさん自身が【埒外】そのものなんだから。そうでなくともアスターさんの分身だった、っていうオチくらいだな」

『かわいくて素直で引っ込み思案の女の子が、実はアスターの分身体だったとか、あったね~!』


 呆れたように、2人は早口で言い切った。


 かわいくて、素直で、引っ込み思案?

 かわいい、は置いといて。素直……も置いといて。


 引っ込み思案は、アスターと対極にある言葉ではなかろうか?!


 あらびっくり。


「そこだけは、スイトさんとアスターさんの繋がりが切れたのが惜しいかな」

「惜しいって?」


 引っ込み思案のスイト君は、最早スイト君じゃないと思うけど。

 私の問いに、ナユタ君は本の短い間考えて、頷く。


「えっとさ。……【埒外】って、要するに【グレイミー】の影響を全く受けない存在で、加えて【グレイミー】に対して誰よりも有効な手を打つ事が出来る。ここまではOK?」


 私が頷くと、彼の腰に提げられたイニアちゃんが、楽しそうにカチャカチャと震えた。


『そうそう! アスターの分身体は、そこにいるだけで暴走した【グレイミー】の沈静作用があるのよね。特に、アスターが気に入った世界には、何人も分身体を送り込む事だってあるよ!』

「……へぇ!」


 なるほど、あの頭がどうにかなりそうな空間にいても、絶対狂わないのが【埒外】だね! 繋がりが切れてもある程度耐性が残っていたから、スイト君は軽度の発狂で済んだ、と。ふむふむ。


 【グレイミー】は、知れば知るほど奥が深い。

 あまり人が知ってはならない、禁断の果実に手を出すようで、ドキドキするけど。


 この世界の危機というものを脱するためには、必要そうな知識だ。きちんと記憶に刻まなければ。って、別に誰かから禁じられたわけじゃないけどね。

 それにしても、暴走する【グレイミー】の沈静化かぁ。どんな風にするのかな。処刑人みたいなやり方なら見たくない。魂を奪った後の人の身体は、放っておいたら餓死してしまうらしいから。


 って、あれ?


「じゃあ、処刑人って何でいるの?」

「暴走はしなくても、大罪や狂典に魂が染まる者は少なくない。魂が穢れるとそれが他の人にも感染して、大量の魂が再利用不可能になる。つまり、生まれ変わる事ができなくなる」

『そうなると、せっかく世界を作っても生物が生み出せなくなって困るのよ! 別に気に入った世界じゃなければ、穢れた魂の発生率はぐんと高くなるし!』

「穢れた魂が一定数以上溢れないよう、収監、処刑、浄化、再構成の仕事を担うのが処刑人ってわけだな。魂の浄化、というより、魂を作るための材料として再利用するわけだ」


 ああ、そっか。アスターはこれでも創造主だからね。覚えきれないほどたくさんの世界を生み出しているけど、その全てを平等に見守る事は出来ないわけだ。

 全ての世界に思い入れはあっても、多くの世界が宝箱からはみ出てしまう。


 それは確かに、自分とは別に世界を管理したり、魂をどうにかする存在を作ったりするわけだ。全部自分でやるなんて、聞いただけで1人じゃ出来なそうだし。


「それにしても、よく処刑人なんて知っていたな。アスターさんの関係者でも、ごく僅かな人しか知らないはずなのに」


 ナユタ君が感心したように頷く。あぁ、そっか。トワイライトの一件は見ていないのか。

 ナユタ君は興味深そうに、好奇心を溜め込んだ視線を私に向けた。


 じぃ、と、まっすぐ目と目を合わせられて、何だか恥ずかしい。

 二者面談で先生と顔を合わせた時以来の気恥ずかしさである。


 アキ先生って、特に生徒の目を見て話すから。2人しかいない状態だと、どうやっても視線から逃げられなくて、いっそ目を合わせていた方が楽だったな。

 私は極力目を逸らしつつ、事の顛末を話した。


「ああ、なるほど。……トワイライトが担当だったのか」

「え、知り合い?」

「面識は無い。ただ、彼の上司に当たる人から、教えてもらった事がある。あいつの存在はかなり特殊みたいだが、仕事は出来るし気配り上手。ただし普段から誤解を招きやすい態度が目立つ、って」


 言われて、ああ、たしかに。と納得する。

 思い出すと、彼は時間が許す限りあの場に留まって、何だかんだと質問に答えてくれたのだ。


 気配りは出来るが態度が悪い。ね。

 覚えておこう。何だか、とっても大切な情報のような気がするから。


 常に視界の端に出してあるカウンターが、1つ、数を減らしていたのだから。




 しばらく野を駆け回るウサギを見たり、餌をあげたりしていた時。

 ナユタ君がとても居心地悪そうに「話は変わりますけど」と前置きをして、アスターに質問をし始めた。最初はアスターへの個人的な質問かと思って、頭を下げたり後ろを向いたり耳を塞いだりした。


 の、だけれど。


「ハルカ、君にも関係あるから。聞いて」

「えっ。そうなの?」


 パッと顔を上げて、振り向く。

 すると、アスターの横にいたナユタ君もコクコクと頷いた。


 私が彼らに近付くと、会話は再会される。


「私に関係あるっていうと、あの結界かな」

『ビンゴ! さすが、勘が良い!』

「俺が来る時、あの結界、通れませんでした。おかげで直線行動できなくて、最短ルートで来られなくて。外にも内にも通れない結界ですよね」

「ナユタが通れないなんて、相当硬いよねー」

「……俺ってそんな弱いかな」


 あははー、と能天気に笑うアスター。いや、そんな笑われても。死活問題だよ!

 というか、その横にいるナユタ君が悲しそうになっているね。


 落ち込んでしまったナユタ君の肩に、人型になったイニアちゃんが手を置いた。あれ? 今の発言って、どちらかと言うと褒め言葉のような気がするけど?

 と思ってアスターを見ると、彼は手を上げて首を横に振った。


 ああ……なるほど。


 褒めているけど、説明しても理解されなかったらしい。

 ナユタ君って、アスターに関する事は盲目的らしいからね。


 思い込んでしまったまま、認識が変えられなくなってしまったらしい。


「というか、本当、どうしよう。明日見に行くとか、言ったよね、アスター」

「うん。言ったね」


 ニコニコと、とても楽しそうな笑みを浮かべるアスター。


 ……彼自身は、困っているようには見えない。全く見えない。

 恐ろしい事に、ナユタ君が壊せないという結界をどうにかする方法を、知っているようだ。

 そうじゃないと、こんな落ち着いていられないよね? ね?


 念話は使っていないけど、要するにそんな事を考えながらアスターを睨みつける。それを見て失笑した彼を、私は怒る権利があると思う。


 閑話休題。


 ……。


「ごめんなさい」

「むぅ」


 豪華な3段アイスクリームのようなこぶを頭に作ったアスターが、私の前に正座で座っていた。

 神様らしさも威厳も、完璧なまでにゼロである。


 ナユタ君はと言えば、朽ちかけた看板の木の裏へ隠れていた。

 やだなぁ、そんなガタガタ震える事無いのにー。


「それで、どうするつもりなの?」

「や、要するにさ。どうすれば、風船を割らずに穴を開ける事が出来るのか、って事で」

「……風船」

「そう、風船。この先はー、ふふ、まあ、明日を楽しみにしていてよ」


 詠唱も名称も出さず、アスターのたんこぶが綺麗に治る。魔法を使う時に見る光が出ているから、魔法ではあるのだろう。


 無詠唱の発動で、それも魔法が発動している証である光が、最小限に抑えられている。

 魔法を使う時に出る光は、言ってしまえば無駄になったエネルギーだ。魔力を有効活用する上で、魔法に使う魔力の削減は魔法使いにとって死活問題である。


 魔力を多く込めれば、魔法の威力は上がる。けど、実のところ魔力を多く込めたからといって、見た目に変化はほとんど無い。

 もちろん、発動した魔法の大きさとかは変わるけど、余剰分の魔力の量は、普通ならわからない。

 スイト君みたいな、特殊な目でもあれば、わかるかもしれないけど。


 この魔力というエネルギーは、常に人の中にある。けど、一時的に空になる事はあるわけで。

 魔力を込めすぎれば、すぐ持っている魔力がすっからかんになってしまう。でも威力は上げたい。


 ならばどうするか?

 魔力の効率を良くすればいい。


 熱エネルギーの変換でもそう。どうやっても余剰分が出てしまうけれど、余剰分をどうにか出来ないかと試行錯誤の末、最初よりずっと多くのエネルギーが取り出せている。


 魔力も同じで、余剰分の魔力を減らす事ができれば、その分別の魔法へ使う事が出来るのだ。


 ちなみに、通常時、魔法に使う魔力が10だとする。そしてその中で魔法という現象に変換されるのは、実に3程度。およそ7割が無駄に消費されているのである。

 これを抑える事が出来れば、より効率的に、よりスピーディーに、魔法が使えるだろうね。


 アスターの場合は、長すぎる生の中で、自然と余剰魔力を抑える事を覚えたのかもしれない。


 はぁ。さっきまで神様らしさゼロだったのに。

 こんな所で神様っぽさを出されても、ねぇ?


「何か失礼な事を考えちゃぁいませんかねぇ? ハルカさんやぃ」

「別に考えていないけど、口調が変だよ、アスター?」


 わざとだと分かっていながら、私は頬を膨らませる。

 その顔は存外面白かったらしく、アスターは小さく噴出した。


 ……私も、つられて笑い出してしまう。


「あっはっは! もー、ハルカって本当、面白いよね!」

「そうかな? アスター以外からは言われた事無いや」

「嘘だー! ふふっ、あははは!」


 再び笑い出してしまうアスター。

 しばらく笑いが止まらなくて、しばらくしたら、いつの間にかナユタ君が戻ってきていた。懐から何やら水筒のような物を取り出して、アスターに手渡す。


 暗くてよく見えなかったけど……中身は何だろう。

 光の加減で、薄く発光した青色の液体に見えた。


 まるで、スラ……。…………。………………。


「ね、ねぇ、アスター。ちょっと聞きたい事が」

「うん? いいよ、何でも聞いて! 答えられる事なら答えるよ」


 胸を張るアスター。うわ、姿はスイト君に似ているから、物凄く似合わない。

 心の世界で会った時みたいな、小さい子供の姿だったら様になったのに。


 言わないけど。


「さっきの、魔力光を抑えていたあれだけど」

「あー、あれかぁ。ハルカは人より魔力量が多いけど、無駄な魔力を抑えたい、っていう気持ちは分かる。けど、俺は感覚的に覚えたから、教えられないね。……あぁ、ナユタ。ナユタはこれ、出来る?」

「これって……ああ、光を出さずに魔法を使うヤツですか。出来ませんって、そんな、バゼロさんみたいな超絶技巧」


 人に丸投げした! って、答えられない質問だったのかな。あ、でも、感覚派の人は言葉にしにくい事なのか。むしろ、魔法って感覚でやる人の方が多いだろうし。

 とは言っても、ナユタ君も出来ないみたいだけどね……って、ん? なにやら新しい名前が聞こえたような気が。


 『バゼロ』って神様の名前かな? 聞いた覚え無いけど。

 バゼロ、バゼロ……うーん? 思い出せない。バジリスク、は、違うだろうし。むしろモンスターっぽい名前だし。


「あー、言っておくが、神様の名前じゃない。れっきとした、人間だ。……多分」

「多分?」

「あれは人間業じゃないからねぇ」


 あぁ、何だ。ナユタ君の同類か。

 イニアちゃんの発言で、大いに納得できた。


「あっちは本当に人間だから凄いよ。あ、ハルカはいずれ会えるかもね」

「……えっ。まさか、私達の世界にいる、とか?! 向こうって魔法無いけど?!」

「うん、だから、この世界にいるよ。何にせよ、旅の途中で会えると思う。その時に、魔力効率の何たるかを教えてもらえばいいよ。俺達だと雑だから。やり方も、教え方も」


 ふと、哀愁を漂わせるアスター。って、ナユタ君も同じように黄昏ちゃったし!

 使用魔力の効率化って、元々難しい技術だけど、神様でも出来ない人は出来ないんだね。

 やる方も、教える方も。


 ひとつ納得したところで、私はふと、心の中にざわつくものがあるのを感じた。


 元々持っていた疑問の幾つかが解けたからかな? ある程度頭の中が整理されて、ちょっぴり目を逸らし続けていた不安が、顔を覗かせる。


「ねぇ、アスター」

「何? そのいかにも不安って顔は。心配しなくても、明日はちゃんとやるよー?」

「……そうではなくて」

「……まぁ、分かっているけどね」


 アスターは今しがた治した、たんこぶのあった部分を撫でる。


 聞いていない事が、まだあった。

 アスターは、今ここでスイト君がいなくなると、大変な事になると言った。けど、肝心のスイト君がいつ帰ってくるのか……それを、まだ聞いていない。


 アスターは眉間にシワを寄せて、こめかみを押さえ、目を閉じた。

 しばらくの沈黙の後、小さく、口が開かれる。


「明後日だ」


 呟くように放たれたその言葉に、私は目を瞬かせる。


「最低でも、それだけかかる。きちんと治すなら、もっと時間が欲しいところだけど」

「そ、それは」

「分かっているって言っただろ? 最大限は、落ち着いた時にでもやればいい。突貫工事にはしないから、まぁ、3、4回はムチャをしても大丈夫、ってくらいには回復できるさ」

「……3回」


 あと1回でも衝撃があれば死ぬ! ……と言われていた時より、遥かにマシな数字にホッとした。


 けど、何だろうね。

 この、そう。この、モヤモヤした不安感。


 3、4回。うーん、3回か、4回、ねぇ。そうだなぁ、これは。


「ハルカが言う前に言わせて。少ないって言わないで」

「あ、あー……。うん」


 1ヶ月。前回も含めると2ヶ月の間に、スイト君はどれだけムチャしただろう。


 大きくない所で、そして誰も見ていない所で、平然と無理無茶をするから困るのだ。

 常に誰かをつけるとか、対策を怠らなければ、いける、や。いけな……いや、いける。


「……うん、それだけムチャするスイト君が悪いし。極力。そう、極力、ムチャはしないよう見張るよ……」


 疲れた声音で、そう返すのが精一杯だった。

 スイト君を信用していないわけじゃないけど、どう見てもトラブルを引き寄せる体質のスイト君は、絶対に無茶を重ねるのだろう。


 ああぁあぁ……! 信用したいのに出来ないぃいー!


「わー、心の中では悶絶しているのに、表面に出ないねぇ。すっごいわぁ」

「ある意味職人芸だよな」

「ナユタもイニアも、そう言わないであげて。でも、たしかにそう何度も使える手じゃないからね、こんな修復方法。本体も暇じゃないから。うん、切実にお願いします。あ、ナユタもね!」

「はい。元からそのつもりです。スイトさんからは魅力を感じますし。護衛、引き受けますよ」

「「……魅力?」」


 私とアスターの声が重なった。


 や、たしかに、人を惹き付ける何かがあるけど。

 そう、まるで、弱った小鳥のような、思わず守りたくなる感じの。


 って、それはもしや、親心のようなものなのでは?


「え、っと。とにかく任せた。それと、色々やっている内に深夜になっちゃったね。そろそろお開きにしない? あ、ナユタの分のベッドが無いけど」

「あ、俺は明日にでも合流します。一応、睡眠をとる必要は無いので」

「そうなの?!」

「ああ」


 ナユタ君はからからと笑って、饒舌に語りだす。

 でもね、その。アスターが後ろで、妙に暗いオーラを発し始めているのは、何でだろう?


「神様の身体って便利だよ。眠くならないし。あ、肩がこる事はあるけど、すぐ治るし」

「そだね。そこは良かったよね。ナユタ、他の神様から書類整理とか雑用とか、よく押し付けられるから」

「まぁ、疲れるのもすぐ治るし、押し付けられるくらいならいいけどな。ただ疑問なのが、他の神様がいつだったか気持ち良さそうに寝ていた事があって。どうやったのかな」

「久々に夢とか見たいよねー」

「……へぇ。ナユタ、イニア。その話、もぉちょぉおっとだけ、詳しく」

「「……はい?」」


 2人揃って、こてん、と首を傾げつつも、ナユタ君とイニアちゃんは肯定する。


 あの暗いオーラは何なのだろうか。

 私に背を向けたせいで、表情が全く見えないけど、ナユタ君達が怖がるような表情ではないらしい。


 あのオーラが見えていないのだろうか?

 それとも、表情がオーラを上回る輝きを放っているのだろうか?


 気になる。けど、怖くて足が動かない。


「……ハルカ」

「あ、えっと。何?」


 私に背を向けたまま、やけに明るい声で、声を掛けられる。

 ゾクリ、と。背筋に冷たいものが走った。


「ナユタの状態異常耐性を、一時的に無力化しておく。眠らせておいて」

「えっ? 何で――」

「ちょっと待ってくださいよ! アスターさん、俺の事、殺す気ですか?!」

「そうだよー! アスターならナユタのアレの事も知っているはずでしょー?!」


 声を荒げる2人を無視して、アスターは手元で指を動かしていく。ステータスを見ている時に似ているけど、あれって話の流れからして、ナユタ君の体制系スキルレベルを下げているよね。絶対。


「でも、それってだぃ」

「いいから」

「え、でも、その」

「大丈夫だから」

「……は、はい」


 こえが、とても、やさしい。

 それだけなのに、こわい。


 ……えっとぉ。


「何か、ごめんね?」

「うぅ、あの状態になったら、誰も止められないから。あ、良かった、呪い耐性とかは消えていないみたいで。って、睡眠耐性がマイナスに?!」

「……何か、ごめんね?」


 私は、にっこり笑って、睡眠魔法を発動させる。


「―― 【アストラルメリィ】」


 私が手をかざし、魔力を手の平に集中させると、魔法が発動する。

 【アストラルメリィ】―― 極々狭い空間を指定し、その中にいる者を永い眠りに付かせる魔法だ。睡眠時間を指定する事で、効果が安定している魔法である。


 耐性が消えているなら、耐性によって睡眠時間が変化しない、この魔法が最適のはず。


 と、思って魔法を発動させたのだけれど。

 本来なら、徐々に眠気を誘って眠らせるはずなのだけれど。


 電源の切れたロボットのように、受身も取らずに後ろに倒れてしまった。


 って。


「えええ、大丈夫?!」


 別にケガをしているわけではないようだけど、物凄い音がしたよ?!

 しかも、頭から落ちたのに、何で起きないの?! 魔法で眠らせたとはいえ、ちょっとした衝撃で起きるような、弱い魔法だよ、これ!


 私は、アスターを睨みつけた。


「下げた耐性、睡眠耐性だけだから。無効の所をマイナス10くらいにしただけだから」

「いやいやいや、それで何で大丈夫って」

「え? 打撃属性の耐性は下げていないけど?」


 そういう問題じゃないよね?!


「さて、簡易のベッドでも作って、寝かせてあげますか。えっと、この辺りの天候を、少なくとも一晩中、晴れにして、っと。で、近くの草なんかでベッドを作って……よし、できたー」


 ええ……。


「年頃の女の子に、夜更かしは大敵だよ。宿に戻ろう」

「……ええぇ……」


 息をするように、さらっと、するりと、とんだメチャクチャをしてから、アスターは鼻歌混じりに町へと戻っていく。


 ……今起こった事を、詳細に話すと。


 看板のあった場所にログハウスのような小屋が建てられ、その中に木と草を使ったベッドが作られ、眠ってしまったナユタ君とイニアちゃんが寝かせられた。


 ……である。


 しかも、この地域の天気を操作したらしい。


 小屋にはウサギが通れるほどの小さい扉が付けられ、中は暖炉とかが無いのに暖かい。


 そして、小屋は謎の2階建て。


 ねぇ、2階建てにする意味って、ある?

 無いよね? ねー?


 お願い、スイト君。早く戻ってきて。この人、というか、この神様、怖い。

 スイト君以上に、何をするか分からない。


 今更ながらに、とんでもないお方と知り合ってしまった事を理解させられた私は、一晩中何と無く、眠れなかったのだった。


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