49 女王様救出?

「ストップ、そこまでだ」


 再びかけられた制止の声に、俺はせっかく込めた魔力を霧散させた。ついでに、表情からして不満が読み取れるようにしておいた。

 だが、そんな不満はどこ吹く風。フレディは完全にスルーしてみせる。

 廊下を通らず、観客席から直接飛び降りてきたフレディは、疲れた顔で目を細めた。


「やりすぎだよ、アンタ達。周りを見な」


 俺と同様に、渋々といった様子で武器を宝玉に戻すナフィカ。そんな俺達が周囲を見渡すと、どういうわけか闘技場のあちこちがでこぼこになっていた。

 今の状況を簡潔に表すなら、月のクレーターみたい、だ。

 このくぼみは自然に出来た物じゃないな。大きな亀裂まで入っているし。

 って、あ。


「アタシは戦えたぁ言ったが、闘技場を壊せたぁ言っていないよ」

「「あー……」」


 俺とナフィカの声が重なる。ついでに、視線をフレディさんから逸らすタイミングが同じだった。逸らした方向にナフィカがいたので気付く。

 そういや、逃げに徹していたが、ナフィカがご丁寧にくぼみを修復している様子なんて無かったな。というか、そもそも魔法を使えるのかどうかが分からないのだが。


 彼女の魔力は、特殊なのだ。

 今のこの世界の状況を考えれば、魔法を使えない事もありえる。


 彼女に直そうとする様子がないなら、地面は俺が直しておきますか。土魔法で地面を盛り上げるだけだから、簡単だ。……よし、これで元通りだな!


「それで、俺達は認められたのか? 途中で止められたから分からないんだが」

「……正直、舐めていた。貴方なら、多分大丈夫」

「じゃ、俺達は自由にやらせてもらうぞ。こっちにも事情ってモノがあるからな」

「ああ。アンタ達は自由に動いてもらって構わないよ」


 フレディさんはにぃ、と笑って許可する。が、その隣で未だに拗ねた表情のナフィカが「ただし」と付け加えた。


「私達、今から、女王救出に向かう。お願い、手伝って」


 あ、違う。これ拗ねた顔じゃない。


 めちゃくちゃ切羽詰った顔だ。


 基本が無表情だから分かりづらいけど、これ、物凄く焦っているときの顔だ。冷や汗だらだらだし、むしろ無表情がベースなせいか逆に分かりやすいかも!


「……女王の救出、ね。あー、作戦は」

「あ? んなモン、パーッと行って、ダーッと帰ってくりゃいいだけさね」

「オーケー、手伝おう。お前等だけだと妙な事態になりそうだ」


 ナフィカが焦っていた理由が分かった。作戦も無しに敵陣へ突っ込めば、いくら個人が強かったとしても不利にしかならないだろうが!

 いくら敵が国民の反感を買っていても。いくら多勢に無勢だとしても。


 考え無しに突っ込めば、余程運が良くない限り状況は悪化する。普段着のまま手ぶらで登山に向かおうとする奴はいるか? いいや、いない。そういう事である。


「女王のいる場所は?」

「あ? 城のどこかだろうさ」

「……分かった。ツテに聞いてみよう」


 俺は念話でハルカさんに呼びかけてみる。直接セルクに聞いても良いとは思うが、セルクは約4年ぶりに来たわけで、知っている可能性は極めて低いからだ。


 だが、通じないな。相手に念話が届いている感じはするから、無視しているのか昼寝でもしているのか。昼寝の可能性が高いな。ギルドから出発してかなり時間が経っているから、宿屋も見つかっている頃合だろうし。一休みして昼寝でもしていそうだ。

 違っていたら、へこむ。割とガチで。


 仕方無い。セルクに聞いてみるか。


(―― セルク)

『あ、はい。どうかしましたか、師匠?』


 セルクは答えてくれた。良かった。


(ハルカさんの様子、分かるか?)

『ハルカさん……あ、はい。えっと、寝ていますね』


 やっぱりか。

 ほっ。


(次の質問だ。セルク、女王の居場所は分かるか? 知らないなら良いが)

『女王、って。え? あ、っと。あー……人伝の情報ですけど、良いですか?』

(知っているのか!)

『え? はい、一応は。その、近々こっそり会いに行こうと考えていましたし』


 言い辛そうにしながら、セルクはおずおずと言葉を紡ぐ。話していいのかどうか逡巡しているのだろう。いかにも機密情報だし、仕方が無い。


 そこから先も何か語りかけて止まっていたが、しばらくすると語り始めた。


『……えっと。人伝の情報ですけど、良いですか?』

(知っているのか!)

『え? はい。一応は。近々こっそり会いに行こうと考えていましたし』


 こっそり、だと?


『王族専用の隠し通路がありまして、一度だけ僕も使った事があります。出来るだけ早めに、こっそり入る手引きをしてもらう約束を、その』

「……!」


 約束という事は、召喚の儀の時に会った、あの銀髪の兄妹と交わしたという事か。


 魔王城でもそうだったが、やはり城には脱出経路が用意されているらしい。悲しいかな、身分の高い者は狙われる事も多いだろうから、隠し部屋や隠し通路はよく作るのだろうな。

 今回の使用用途を考えると、脱出用の隠し通路の意味が皆無になるのだが。身内に反逆者を作った王様が全面的に悪いので、その辺は一切気にしない事にしよう。


(セルク、その隠し通路の出入口、分かるか?)

『……もしかして今から行きたい、とかでしょうか?』

(そのまさかだが?)

『ええっ?! で、でも……うーん。なら、せめて僕達が合流してからにしてください。女王陛下、えと、お母様とすれ違いになりたくありませんし』


 僕達、ね。

 その「達」は俺の仲間を指すのか、セルクの兄妹を指すのか。あるいはどちらともかもしれないが、隠れて潜入しようとしているわけだし、同じ王族の兄妹という方が可能性は高い。


『師匠は今、どこにいますか?』

(闘技場だ。ざっと見た限り街には1つしかなかったし、すぐ分かると思う)

『……さっきの轟音は師匠達でしたか……』


 どうやら俺とナフィカの攻防戦は、かなり遠くまで音が届いていたようだ。いや、闘技場はお椀型の構造だし、周囲なら多少は喧騒が届くかもしれないが。

 という事は、闘技場近くの宿屋を借りたのか!


 俺が悶々と考えている間に、セルク達がやってこられる程度には近場だったらしい。

 セルクはこの街ではかなり目立つ。急いでいたので髪を染める事などもせずに来てしまったため、彼は、少なくともこの街にいる間はフードを被って過ごしている。


 ルディはベストにパーカーを縫い付けたような服。フィオルはポンチョのような服。そしてセルクはロングコートのような服で髪色を隠している。いずれもイユ謹製で、それぞれの要望も取り入れた、3人ともによく似合ったデザインとなっていた。

 きっと、セルクのコートが俺の戦闘服に酷似しているのは、見間違いではない。


 色は藍色なので、一応考慮はされているようだ。黒に近い色というだけなら、結構どこにでもある色だからな。時々暴走する点を除き、イユの裁縫技術は世界遺産級だと思う。


「何が起こるか不安でしたが、まさか早々に城へ潜入する、なんて……」

「という事は、女王様は城の中か」

「ええ、そうです。シャルル、合っているよね?」

「はい、お兄様!」


 灰色のローブを纏った女の子が、セルクの後ろで元気よく返事した。

 おいおい、シャルルって、第3王女のシャルロットか?!


 灰色って、確か最も身分の低い者である事を示す色だったよな? せめて原色……貴族色にした方がいいぞ。元が王女様だから、貧民の孤児と同じような扱いになるのはいけないだろう。

 髪色や顔立ちが綺麗なので、明らかに平民ではない王族に連なる者だと、あえて叫んでいるような危うさのある格好だ。


 後で、イユに作ってもらおう。


「それで、師匠。本当に今から行くのですよね?」

「ああ。何か問題はあるのか?」

「いえ。……あぁ、来ましたね」


 セルクは、闘技場の出入口へと目線を送る。つられて俺も目を向けるが、俺は一瞬頭痛を覚えた。

 セルクはシャルルと一緒にここまで来た。だが考えてみれば、まだ8歳の小さいシャルルから彼等が目を離すなど考えられない。


 第一王子のローグアーツ様と、第二王女のシェルリディエ様が、貴族然とした足取りでこちらへ近付いてきたのだ。それも、シャルルと同じような灰色のローブを着込んだ状態で、である。


 ちなみに、その後ろには目をこするハルカさんとか、それを引っ張るマキナとか、ゆったりと話しているルディとフィオルとかが付いてきている。

 全員で来たらしい。


 ハルカさんは叩き起こされたのだろうか。だとしたら、ごめん。


「らぃじょぉぶだょ……がんふぁるぅ……」


 かなり寝ぼけているが、大丈夫か、ハルカさん?!

 あとタツキ! 頼むから「かわいいなぁ」って呟くのはやめてくれ!


「えっと、色々不安要素がありますけど、少数で向かいます?」


 むしろ少数で向かいますよね? と、無言で言われたような気がするのは、気のせいではないだろうな。そりゃ、ぞろぞろ向かっても隠密のおの字もないから、大勢で行くつもりは無い。


「とりあえず、タツキは来てくれ」

「おう!」

「眠いだろうが、ハルカさんは同行してくれ。あとマキアも」

「ふぁぃ……!」

「わ、分かったよ」


 寝ぼけながらもピシッと挙手するハルカさんは、マキナに支えられている。一方マキアは、えっと、あ。マキナの隣にいたのか。

 本当、マキナの存在感は強すぎて、まるでマキアの存在感を奪っているのではないかと疑いたくなるな。ありえないけど。


「フレディさんとナフィカも行くから、これが限界だろうな」

「むしろ多いような気が、しないでもないですがね」

「母上は来客を大層喜ぶだろう。今回は非公式になってしまうが、尚更喜んでくださるに違いない。サプライズと子供を愛する母上なら」

「そうです。セルクとそのご友人なのですもの。全員いらっしゃらぬ事で残念に思う事はあっても、失礼だと思う事はありえません!」


 笑顔で頷くログさんに、やや興奮気味なシェディが続く。この2人の兄妹愛は、どうやら女王である母親の影響が濃いらしい。


 この2人というか、この国の貴族は、貴族らしくない素直な者が多かった。

 俺達が参加した王族主催のパーティに来ていたのは、魔族だけではない。この国の貴族だって招かれていたのだ。


 その時抱いた感想は、彼等は厳しい貴族社会で生きていけるか不安だ、である。


 よく知らないが、貴族って駆け引きとか重要そうじゃないか。

 素直とか単純とか、駆け引きから最も遠い奴じゃないか。


 王族がこんな感じでふわっとした性格なら、その下についている貴族もふわっとするのかね?

 まあ、魔族領って比較的平和だからな。土地はまだまだ余っているし、気候も高低差によるもの以外なら全体的に似通った世界なのだ。凶作が続けば王族の方から援助金が届くし、むしろ哀れまれて勝手に周囲から食料が恵まれる事も少なくないのだとか。


 要するに、モンスターくらいしか脅威が無い。

 魔物認定されているモンスターの種類や数は高が知れている。モンスターはどこにでも湧いてしまうし、いつ強いモンスターが生まれてもおかしくないのはどこも同じ。


 人間同士で争っている余裕があるのは、魔力濃度の低い人族領くらいである。あちらはモンスターの発生率が低いから、人族が増えて領地を増やそうと戦争になるのだし。

 戦争が少なければ、ああいう素直な貴族が生まれやすいのかな。


 ……多分違う。貴族は何も、戦争などの争いだけを行う生き物じゃないし。商売などにも手を出しているはずだし、きっとクロヴェイツくらいだろう。

 きっと。多分。おそらくは。


「師匠、師匠ってば」

「んあ、何だ?」

「何って。着きましたよ、隠し通路の入口」


 知らない内に話が進んでいたようで、俺達は城へ通じる隠し通路の入口まで来たらしい。

 って、あれ?


「なあ、闘技場の壁にしか見えないんだが」


 闘技場の、選手控え室。入口からほど近い、第2控え室の壁を指差すセルク。何の変哲も内容に見えるのは魔法のせいだとして、どうやって開けるのやら。

 しばらく使われていないので、第2控え室は埃まみれになっている。机もイスも無い、殺風景な立方体の部屋なのだ。スイッチがあるとしても、見分けられ無さそうなのだが?


「どういう原理かまでは知りませんが、王族の血を受け継ぐ者なら分かるのです。ここに、隠し通路を開くスイッチがあります」


 壁の一部にセルクの指が触れると、音を立てて壁が動き始める。切れ目も何も無かった壁は、下に向かって流れたのだ。まるで砂時計のように、溶けるでもなく下へと落ちていった。

 そこには、暗い通路が続いている。


 俺でもあそこに触れば扉が開くのか? だとしたら、盗賊なんかに侵入されそうで怖い。闘技場は防音が施されているわけでもないので、誰かに聞かれていないかと思わず気配を探ってしまった。

 すると、横にいたログさんが俺に耳打ちしてくる。


「言っておきますが、王族だからといって、同じ位置にスイッチが見えるわけではありません。私はこちらにスイッチが見えますし、シャルルやシェディも別の場所です」


 へえ、脅されて仕方なく、などという理由でなければ、王族以外が隠し通路を使う事は無いわけだ。

 王族に許された者のみが通れる、ね。魔王城でも使いたい技術だが、調べるには時間が足りなそうなので断念しよう。あそこは俺達も使うし、王族だけが使えるのは、ちょっと困るし。


「私もお役に立つのです! めーよばんかいなのです! 付いて来て下さいな」


 シャルルは小さい胸をドンと叩いて、誇らしげに先導をきった。第一印象は何か洗脳っぽい事をされていたようだし、名誉も何も無いのだが、かわいらしいので任せてやろう。

 それに、本当に道案内をしているのはシェディなので、安心である。シャルルが迷いそうになると誰にも気付かれないように優しく肩を叩いてやる。良いお姉さんだなぁ。


 さて、ほっこりしたのも束の間。

 女王様がいるという、女王の私室に繋がる扉まで来た。


「開けますよ。せぇ、のっ」


 外から内に入るには王族が必須だが、出るのは誰でも良いらしい。スイッチに触れる事もなく、力任せに扉を開けた。

 金属製なのか、ギギ、と重い音が通路に響く。


 扉の先には、桃色のチェストが置かれていた。通路の真下である。俺達は土や砂で汚れた靴で踏むわけにはいかないので、まず水魔法で洗浄してから飛び降りた。


 道は常に平坦だったが、やはりそこは魔法世界。

 貴族仕様な5階に、城から離れた闘技場、賭博場や森なんかの離れた場所へも通じているようだ。


 魔法による不思議な隠し通路の構造は、王城の基本らしい。

 俺や俺以外のメンバーも、十人十色の反応を示す。驚いていたり、感心していたりと、様々にだ。


 だがいつまでも感心しているわけにも行くまい。俺達は早速、ここにいるという女王様を連れ出さなければならないのだ。

 だが……ログさんいわく、昨日まではいたという女王様は、すっかり姿を消していた。


 ここにいる誰よりも幼いシャルルが、片っ端から扉を開ける度に顔を青ざめさせていく。


「そ、そんな。何で……お母様、お母様ぁ!」


 シャルルが泣き叫び、大きな音を立てて扉を勢い良く開け放っていく。その度に大きな音が響き、その度に更にシャルルの声が大きくなっていった。

 これは、まずい。


「おか……お母様、お母様が……!」

「シャルル! 落ち着きなさい!」


 さすがに音が大きすぎた。ログさんの声掛けも空しく、部屋の出入口が力強く叩かれる。敵の誰かに気付かれたらしい。敵は少ないだけで、いないわけではないのだ。反女王派の騎士や兵士がいたらしい。


 俺は時間を稼ぐために、扉に向かって施錠魔法を放つ。鍵を閉めるのではなく、ただ単に扉の開閉部分を魔力で押さえるだけの、実にシンプルな魔法だ。

 ありったけの魔力を込めてやったので、しばらくは保つだろう。加えて、複数人が同じような魔法を重ねてかけてくれたのだ。これなら4、5時間は魔法が消えない、なんて事もありえる。その間に逃げるのは、実に簡単だろう。


 何はともあれ、女王様を探すのが先だ。余裕を持って1時間は女王様の私室を調べるが、それ以上は時間の無駄だ。

 ふぅ、とかいてもいない汗を拭って、一息ついた瞬間だった。


 俺の足元に、俺1人をすっぽり覆う大きさの魔法陣が現れたのだ。

 驚く間も惜しむほどに眩しい光が俺を襲う。


 突然の事態にたくさんの声が掛けられる。逃げろ、とか、待って、とか。聞き取れたのはタツキとハルカさんの声だった。聞き慣れた声って耳に残りやすいよな。


 魔力可視化のある俺の瞳は、魔力光には敏感だ。反射的に目を瞑ると、瞼越しの光が白く映った。


 光はしばらく輝き続け、しかしやがて、消えていく。

 ……瞼の裏から、白みが消えて少し。俺はゆっくりと目を開くと、目の前にあったはずの出口が消えていた。その代わりとでも言うように、幅の狭い廊下が続いている。


 隠し通路とは壁の材質が違っていた。

 温度も、ニオイも、全てが一瞬前と切り替わっていたのだ。



「はー、びっくりした。イキナリ飛ばされるからさー」


 俺の隣には、さほど驚いていない様子のテレク。


「むぅ」


 ハムスターのように頬を膨らませる、ナフィカ。


「え、えっ、え? えっと、えぇっとぉ?」


 混乱しすぎてその場でくるくる回る、セルクがいた。

 俺を助けに入ったのか、ただ単に面白い事が起きそうだと思ったのか。テレクだけは後者である気がするのだが、詮索はよしておこう。

 聞いてもろくな答えが返って来そうに無い。


「……見る限りは、地下だな」


 じめじめした、かろうじて消えかけている光石があるだけの牢屋。窓の無い湿った岩で壁が組まれ、錆びすぎた鉄格子があるだけの、脱出が簡単そうな牢屋である。


 カビと埃のニオイが充満している。

 ただ、それらに混じって、若干花の香りがするのは何故だ?


 見渡せば、その理由が分かった。


「まあ、まあまあまあ! 人がいるわ! 良かった、わたくし1人ではなかったのね!」


 同じ部屋にいた女性が、ゆっくり歩きながら近付いてきたのだ。


 牢屋は意外と広い。複数人が共同で入れられる場所だったようだ。寝るスペースは朽ちて無くなっているし、その分余計に閑散として広く感じるのだろう。

 そんな埃まみれの空間に、1人、どう見ても場違いとしか思えない人物がいたのだ。


 白をベースに黄色の布を所々で使った、実に動きやすそうな服を着た女性。艶のある銀色の髪、薄い赤色の瞳はセルクを髣髴とさせる。ただ、髪にはクセが無く、シェディのようにストレートだ。

 髪をハーフアップで纏めているため、豪奢なリボンが頭の後ろで揺れる。


 どういうわけか牢屋にいた女王様は、セルクを捉えた途端に目の色を変えた。


「きゃあ! セルク? セルクよね?! わたくしよ、お母様よ! よかった、また会えたわ!」

「ひゃあぁあ?!」


 ハートマークを撒き散らして、女王様がセルクを強く抱きしめて頬をすり寄せる。見た感じでは化粧はしていなさそうだが、肌は真っ白で、見るからに柔らかそうだ。

 いくらすりすりされても、困りそうに見えない。


「ごめんなさいね、セルク! わたくしが不甲斐無いばっかりに!」

「お、お母様が謝る事ではございませんっ。お兄様から聞きました。お母様は、3年ほど前に病気で臥せってしまわれたのだと。ですから、お母様が気に病む事はございません」

「……! やだ、セルクったら。ねえ貴方達、セルクがかわいいわ! そう思いませんこと?!」


 セルクが女王様を抱きしめ返すと、女王様も負けじと強く抱きしめ返す。


 後からセルクに聞いた情報なのだが、女王様はこの2、3年をベッドで過ごしていたらしい。軽い運動が出来る程度には動けたものの、部屋の外に出られない程度には衰弱してしまったのだそう。

 しかし最近は調子が良くなったため、その記念としてログさんがセルクの近況報告をしたらしい。


 そこで、セルクの現状を初めて知ったわけだ。


 なるほど、親バカの女王様が、どうしてセルクをあの状態で放っておいたのか分かったわ。そりゃ寝込んでいる母親に、追放された息子の話なんて、毒にしかならんわな。

 興奮のし過ぎで身体に悪い。


「思わぬところで再会できたのはいいけどさー。スイトさぁん、ちょぉおっと困った事に気付いちった」

「何だ、テレク」

「驚かないでね?


 ―― ここ、魔法使えない」


 テレクの一言で、その場にいる全員が凍りついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る