45 召喚しよっ


 妖精の唄宿、料金改定しました。


 宿の扉に、そういった旨の紙が貼り出されたのは、俺達が召喚の儀を執り行うその日であった。


 これまで身内のみで構成されていたスタッフ。そこに、新たな従業員が入ったのだ。彼等にはある程度の賃金を出さなければならない。それを賄うには、今の料金では安すぎたのだ。

 それでも安すぎるほどの料金設定になっている。しかし新スタッフが、元からいたエルファリンにとても好意的な事から、賃金自体も安く済むとの事。


 これからも、最安値で安全な宿をPRできそうであった。


「さあ、宿の事はこれで良いね!」

「お客さん、こんなに値段が高くても、来てくれるでしょうか……」

「むしろ、この観光都市で最も安い宿だから、たくさん来ると思うぞ」


 要らぬ心配をするトフェサだが、これまでやってきた客が、元の値段に加えて高いチップを置いていっていたのだ。これでは高い宿と同じような料金になってしまう。俺は、それを普通に戻しただけである。


 色んな騒ぎの中心となった宿なので、新しい従業員がいないと回らない。そして、その回る従業員の賃金分はこれで賄えるはずだ。


 後顧の憂いが1つ、消えた瞬間であった。


 もっとも、既に宿泊している俺達に関しては、料金が全く変わっていないわけだが。

 金には全く困っていないが、厚意は受け取っておこう!


「で、いよいよ召喚の儀なわけだけど」


 時は朝8時。場所は召喚の神殿、最奥にある召喚の間。

 テテニィに案内されて来た部屋は、青がかった暗い石壁のドームになっている。入り口正面からすぐ階段があり、中央の円状の祭壇へと上れるようになっていた。


 祭壇部分には大きな魔法陣があり、それが召喚魔法の術式なのだと理解する。円状の祭壇に埋め込まれるように設置された魔法ガラスは、たしかに転移魔法陣とは綴られた文字などが違ったから。

 明かりは壁に取り付けられたかごの中から発せられている。淡い水色の光が、荒削りの水晶のような鉱石から発せられているのだ。


 正直、明るいとは言えない。

 むしろ、薄暗い。


 その分、テテニィが魔法陣に流し込んだ魔力水の輝きが映える。


「はい、準備完了です! では、順番に召喚陣の方へどうぞ!」


 今日も今日とて張り切っているテテニィ。今日も満面の笑みである。


 いよいよ召喚出来るという事で、俺達には妙な緊張感が走っていた。わくわくしていたり、ドキドキしていたり、まあ、嫌な意味での緊張は誰も抱いていないが。


 さて、トップバッターは誰にしようか?

 召喚の儀そのものは簡単だ。ただ、資格を手に入れた者が、召喚陣の中央に立つだけ。

 3日間の試練を終えた者、かつ『力』を持つ者という、曖昧な選定方法で、どうやって資格があるという判断をするのか?


 何とこの召喚、召喚を行っても、召喚獣が現れない事すらあるのだという。

 それが俺ではない事を願っておこう。


「誰も行かないので、僕が行きましょうか?」


 緊張の面持ちで動かない俺達の中で、唯一マトモに動いていたルディが挙手した。

 彼も内心ドッキドキだろうが、うん、ありがたい。


 ひとまず、どんな感じなのか見てみたい。


「では、どうぞ~」


 召喚陣の外で、空になった水差しを抱えるテテニィが告げる。

 魔力水は1人1つのようで、まだ中身の入った水差しは4つあった。水差しはテテニィが抱えられるギリギリの大きさで、見るからに重そう。


 手伝おうとすると、一瞬目を輝かせて、悔しそうに首を横に振っていた。多分、重いのだろう。成長が既に止まっているので、苦労しそうである。


「ルディ、行きます!」


 何か脳裏によぎる物のある台詞を残して、ルディは魔法陣の中央に一歩踏み出した。

 すると、魔法陣に流し込まれた魔力水が、よりいっそう強く発光する。しかし発光したのはたったの一瞬で、やがて光は完全に消え去った。


 ……その代わり。


「ふぇっ」


 小さく奇声を発するルディの目の前に、白い光を纏った『卵』が浮かんでいた。薄暗い部屋には眩しい、キラキラした粒子を振りまく卵が。


 俺達が卵の事をとやかく言う前に、それは音を立てて亀裂が入る。

 ピシリ、パキッ、と。大きな亀裂は、卵全体に広がっていく。


 瞬く間に全体へ亀裂が入り終わると、卵はほんの少しだけ強く発光して――



「じゃーん!」



 ―― 卵の中から、二足歩行のねずみが現れた。



 俺達のほとんどはびっくりして、しばらく呆然と、そのねずみを見つめている事しか出来なかった。そのねずみは、明らかに『召喚獣』とは呼べない容姿をしていたから。


 ねずみ。正確には、3頭身で執事服を身に着けた、ねずみの耳と尻尾を持つ男の子。

 俺達がよく知るねずみと同じ大きさの、小さい男の子だったのである。


 ねずみの亜人でも、俺達とそう変わらない身長だ。そのねずみの亜人をそっくりそのまま小さくして、デフォルメ化したような、そんな感じである。

 彼はふわふわ浮いたままでキョロキョロと見回し、目の前のルディに気が付くと、灰色の瞳を輝かせる。その顔には満面の笑みが浮かべられていた。


「わぁ、わぁあ。貴方が僕のご主人様? 僕に名前を付けて!」


 ふわふわした真っ黒な髪から、大きな丸っこい耳が出ている男の子。人語を話す声も高くて、男か女かが一瞬分からなかった。


 これで女の子だったら、後でこっそり謝ろう……心の中で。


「え、えっと」


 ルディは狼狽し、テテニィへと説明を求める。


 問は2つ。


 1つ、名前を決めろとはどういう事か。

 2つ、召喚獣は人型が主流なのか。


 そんなところだろう。


「とりあえず、その子に名前を与えてください! お話はその後で!」

「え、ええ?! う、じゃあ……【 ピット 】で」

「ピットですね? わーい、お名前いただきましたぁ♪」


 浮いていた召喚獣、ピットは、ぴょんとルディの肩へ飛び移る。それから、ルディにすりすりと頬ずりしていた。


 ……あっ。

 かわいいかも。


「わぁあ、触らせてー」

「次俺な!」

「私も触りたいですぅー!」


 今回俺の美的センスは、ハルカさん達と似通っていたらしい。ハルカさん達3人は、祭壇から下りてきたピット、もといピットを肩に乗せたルディに詰め寄っていた。

 ピットはハルカさん達の声に一瞬ビクついてしまう。だが、その表情は一瞬も不安を浮かべる事無く笑顔へと変わった。

 それから、順番にハルカさん達の差し出した手に飛び移っていく。


 相当身軽なようだ。重力を感じさせない跳躍力でもって、ハルカさん達の元へと辿り着いていた。

 そして、声を発していない俺の方にもぴょんと乗ってくる。俺の頭の上で、機嫌良く鼻歌をつづるピットは、しばらくそこに居座るつもりらしい。

 他の奴よりも長く、俺のところにいるのだ。


 それはいい。頭の上で何かが蠢く感覚は妙としか言えないが、ひとまずそれはどうでもいい。俺が我慢すればいいだけだから。


 ただ。


 ただ!


 無表情のルディから、ただならぬ殺気を感じる……っ!

 俺は逃げるように、テテニィへと向き直った。


「テテニィ、説明」


 多少上ずりながらも発した言葉に、テテニィはハッとなる。それまでピットに伸ばしかけていた腕を引っ込めて、小さく咳払い。


「召喚獣は、要するに召喚の儀で呼び出した、人間とは異なる契約型生物の事です。彼等の姿や能力は多種多様で、正に十人十色! まだ謎は多いですが、召喚した者の深層心理が反映されているという説が有力なのですね。ちなみに人型は珍しいです、ハイ」


 小さな胸を張って、誇らしげに言い切るテテニィ。いつもより早口な点から、なるべく速く説明を終わらせたいようだ。

 俺はちゃんと触っていないけど、テテニィはピットが相当気に入ったらしい。

 俺の上のピットが、若干おかしな動きをしている……。


 表情には出していなかったが、嫌だったのか?


「人型も珍しいですが、人語を理解するなんて賢いじゃないですか。召喚獣の全てが賢いわけではありませんし、賢いとしても動物や魔物のような低レベルの知能で言えば、という事なのです」

「じゃあ、ピットは珍しいって事ですね」

「珍しすぎます! 人型でも、きちんと言葉を発する子は珍しい!」


 テテニィは興奮しっぱなしで、視線が常にピットに注がれている。見るからに人懐っこいピットが、僅かに後ずさっていた。

 ピットと触れ合った1分程度の間に、何があったんだ……?!


「さて、次は誰が行こうか」

「あ、じゃあじゃあ、私! 行く!」


 こちらも興奮気味に腕まくりをするハルカさん。

 おーい、今服の袖をまくる必要は無いぞー。


 とにもかくにも、次はハルカさんだな。テテニィが魔力水を用意するよりも前から、祭壇にやる気満々で乗ったのだから。

 これで次は俺、とかタツキ、とかだったら、怒りの鉄槌を脳天にくらう事になっちまう。


「よぉーし。かわいいの来いっ!」


 カッ! と一瞬輝く魔法陣、光が収まった後に現れる煌く卵。


 ここまではルディと同じ。

 同じように亀裂の入った卵は、やはりよりいっそう強く輝いて割れる。


 そして、卵のあった場所にいたのは、かわいらしい子ダヌキだった。

 真っ白で、ふわふわ。ゆっくりと開いた、大きな瞳は綺麗なパステルオレンジ。丸っこい耳にふかふかの尻尾。上から下まで、毛並みが真っ白な子供のタヌキである。


「きゅいっ」


 かわいらしい声をあげて、タヌキはハルカさんの胸に飛び込んだ。


「ふぁ、ふぁあ。もふもふ、もふもふだよっ、タツキ君!」

「も、もふもふだとぉ……っ!」


 小さい身体はふわふわの毛で覆われている子ダヌキ。要望どおりのかわいい小動物に、ハルカさんもテテニィも夢中である。


 それはもう、きゃあきゃあと騒がし……はしゃいでいる。


「次は俺! 強そうなのが良い!」

「タツキ、要望どおりに来るわけじゃないからな?」

「けどさ、俺ってば勇者だぜ、勇者? 強いのが来たら何か、良いじゃん!」


 勇者か。

 勇者にふさわしい召喚生物って何だろう。狼、ライオン、ワシとかもかっこうよさげかも。


 あと、あとはー……うーん。

 ま、見れば分かるか。


「来た来た来たぁ!」


 俺がタツキの召喚獣を予想している間に、召喚はクライマックスを迎えている。大きく開かれた目を煌かせて、タツキが現れた卵へと手を伸ばしていた。

 パキッ、バァン!


「クァウ~」


 一瞬の閃光に目が眩む。途端、静かな部屋にぱたぱたと羽音が響いた。

 翼のある召喚獣という事か。

 何度か瞬きし、無理やり部屋の暗さに目を慣れさせる。


 まだぼやけている視界に映ったのは……ドラゴンだった。


「おぉおおぉ! ドラゴン! 勇者っぽい!」

「フォルムは子供だけどね。かわいいな~」


 真っ白な鱗に覆われた、2,5頭身の身体。


 漆黒の爪が大きな手足に生え、頭には光沢のある白金の小さな角が2つある。

 縦に細長い虹彩のある瞳は、丸くて大きく、黄金色だ。

 嘴も真っ白で、トカゲみたいに横に幅があり、見えた牙は尖っている。


 尻尾もトカゲのような形だ。しかしその先端には硬い棘のような、もしくは魚の尾ひれを硬質化したようなものが付いている。


 ハルカさんが言ったように、身体の大きさは人の赤ん坊くらいしかない。

 だが、その姿はどこからどう見てもドラゴンだった。


 ドラゴンは甘えるような声でタツキに擦り寄る。鱗は硬そうだが、タツキの様子を見る限り、大して硬くないのかも。

 爪は危なそうだが。


「で、お2人さん。そいつらの名前は?」

「あ、そうだったね。えっと、うん、女の子だよね。ドルチェってどうかな! お菓子って意味で、かわいいでしょ♪」

「んん、そうだな。こいつも女の子みたいだ。だったらかわいい方が良いか。んー。お菓子……あっ、ラムとかは? ラムレーズンのアイス、好きだし」


 2人揃って食べ物の名前を付けたな。それも、お菓子に関するやつ。

 やっぱりこの2人、根本から気が合うのかも。


 何でまだ付き合っていないのか。


 あー、うん、どちらも言い出す勇気が無いからだな。

 男女の友達に納まらない距離感である事に、早く気付いてほしいものだ。


 まあ、かわいい名前である事は認めようじゃないか。2匹も気に入ったようで、タヌキのドルチェもドラゴンのラムも、それぞれの主人の頭に飛び乗った。

 動物の表情は分かり難いと言うが、この世界のモンスターや魔物、召喚獣は別らしい。


 2匹とも、かわいらしい笑顔を浮かべている。


「で、残るは俺とセルクなわけだが」

「師匠がお先にどうぞっ。師匠と弟子が何かやる時は、目上の方を尊重しなければっ」


 そう俺に告げたセルクは、落ち着かない様子でいた。


 身体を左右に揺らしたり、指を忙しなく動かしたり、視線が俺ではなく祭壇に固定されていたりと。早く召喚したくてうずうずしているのが丸分かりだぞ、セルク……。

 うずうずそわそわしているセルクは、見ていて何とも微笑ましい。とはいえいつまでもその状態でいるわけにはいかないため、俺は早々に祭壇へと向かう。


 俺が階段に足をかけた辺りで、既にテテニィが魔力水を準備し終わっていた。

 タツキがハルカさんの名付け前に祭壇へ上ってしまったからな。タツキの召喚が終わったら、すぐに次の準備をしておいたようだ。


 テテニィ本人は、既にタツキ達が召喚した子達に夢中になっている。


「まあ、やりますか」


 俺は複雑な魔法陣の上に立ち、その中央へと踏み入った。

 と同時に、魔法陣が強く輝きだす。

 そして他3人と同様に卵が現れ、亀裂が入った。


 卵全体に亀裂が行き渡って―― 割れる。


「くぅん」


 卵が割れると同時に手で目を覆い、強い光をシャットアウトしておく。さすがに4回目で、卵が割れるタイミングまで同じである事は把握していたからな。

 目を覆うと同時に聞こえてきたのは、犬のような感じの声。


 完全に光が収まった事を確認して、目を覆っていた腕を外す。


「くぅ、くぅん!」


 真っ白な柔らかい毛。

 ピンと立った耳。

 空色の綺麗な丸い瞳。


 元の世界で言うところの、きつね、のような生物が、俺の目の前に浮かんでいた。

 じっと俺を見つめていたきつねは、次の瞬間、俺の肩に飛び乗ってきた。


「くぅ」


 驚くほど軽いそのきつねは、甘えるような声で俺に語りかける。

 内容は予想できた。名前を付けろ、だ。


 とはいえどうしよう。俺もあの2人と同じくお菓子から名付けるか?


 と、逡巡していると、俺の目の前に勝手にステータスが表示される。名前の部分が『名無し』になっている事から、このきつねのステータスなのだろう。

 あ、こいつ男の子なの? じゃあ、お菓子から名付けちゃかわいそうかな。


 男性でもかわいい名前を付ける親はたくさんいるけど。俺は、男女どちらでも通用しそうな名前にしておきたいのだ。


「よし、ノエルにしよう。かわいくもかっこよくもある、俺に縁のある名前だ」

「ああ、スイトってクリスマス生まれだもんな」

「え、そうなの! お祝いしなきゃだねー。よし、ケーキ作ろう! ケーキ!」


 ハルカさんが手を叩いて喜んでいるが、そのケーキを作るのは俺なんだろうな……。ハルカさんは異様に俺の料理を褒めるし。


 ……そういや、ブッシュ・ド・ノエルっていう名前のケーキがあったな。

 いや、この場合、お菓子から名付けたわけじゃないし。良いか、うん。


「で、最後はセルクだな」

「はい! がんばります!」


 ぶっちゃけ魔法陣の真ん中まで歩いていくだけなので、がんばる必要性は何一つ無い。

 だが、強気の姿勢は褒められる事だ。


 俺はノエルを抱えつつ、セルクに手を振ってやる。そうすれば、セルクは満面の笑みを浮かべて1歩踏み出した。


 そして、次の瞬間、やはり同じように魔法陣が輝いて、卵が――


 卵、が……。


「……えっ」


 魔法陣の光が収まった時。セルクは、いや、その場にいた全員の表情が驚愕に染まる。

 何故かって?



 ―― 現れた卵が、3つだったからだ。



「あっ、えっ?」


 それら全てが一気に割れ、中から3匹の生命体が生まれる。


「みゃぅっ」


 卵から出てきた、炎色の毛並みを持つ猫。見るからに活発そうな見た目の猫は、他の2匹よりも前にセルクの頭へと飛び乗った。見る角度によって色の変わる瞳や毛並みは美しく、額には真っ赤な宝石が輝いている。セルクの頭の上を陣取った猫は、満足そうに丸まった。


「ピ~ィ」


 後に続くのは、丸いフォルムとつぶらな瞳が特徴的な空色のイルカ。まるで水中を泳ぐように宙を舞い、泳ぐ軌跡を光に変えている。身長は猫と同じくらいで、俺達の知るイルカよりもずっと小さいな。

 イルカは何度もセルクの周りをくるくる回っているが、頭の上を狙っているわけではないらしい。くるくる回るだけで、満足そうに笑っている。マイペースだ。

 さて、最後だが。


「……っ」


 テテニィ曰く珍しいという、人型だ。


 ただ他の召喚獣とかなり違い、人見知りらしい。

 残像が残るほどの速さでもって、召喚も終わって祭壇から最も遠くにいた俺の後ろに隠れていた。


 えっとぉ。


 何で、俺?


「あ、ぅ。ご、ごめ、な、さ……」


 徐々に萎んでいく声。段々と縮こまる身体。

 どこからどう見ても、怯えていた。


 髪は銀色で瞳は黒。兎の耳のようなリボンは黄色で、黄色をベースにした民族衣装のような服を身に纏う美形の子供だ。


 ピット同様デフォルメされた三頭身の、手の平サイズである。

 ふわふわのボブヘアが震え、大きな瞳は今にも涙が零れそう。


 うっわ、緊張MAX状態じゃん。


「えー、セルク、とりあえずこいつらの名前決めろ。何とかしてみるから」

「ぇあっ、はい」


 素っ頓狂な声を出しはしたが、セルクはすぐに考える素振りを見せる。

 テテニィには悪いが、諸々の問題はもうちょっと後に回す。この子がどうやってもセルク達の方に行きそうにないので、まずはそちらを何とかせねば。


 とはいえ、特に何か策があるわけもなく。


 うーん。


「なあ、フードで顔を隠せば何とか行けそうか?」


 小声で尋ねると、その子はこくこくと頷いてくれたので、そっち方面で何か考えようか。

 俺はルディに目配せして、ジェスチャーで欲しい物を伝えていく。あ、念話でも良かったけど、まあいいや。ちゃんと、布とはさみと針と丈夫な糸が手に入ったので。


 これは応急処置だし、後でイユに作ってもらおう。イユなら遠目で見ても体型を把握できるし。

 ……よし、出来合いだが、簡単なつくりのフード、出来上がり!


「サイズはどうだ?」

「……っ!」


 空色の布で作った、小人サイズのローブ。布が切れ端だったので、ポンチョみたくなっているけど、それは良い。要は顔が隠れればいいのだ。


「後でちゃんとしたのを作ってもらうから、今はそれで勘弁な」

「こ、これで、だ、大丈夫、です。ありがと、です」


 2、3回お辞儀を繰り返して、ようやくその子はセルクの方へと向かっていく。それは良かったが、何でこんなに人見知りなのかね?

 セルクって、初めて会う強面の人にも物怖じしない性格なんだけどなー。


「決めました! 猫がリオーネ、イルカがピュルス、この子がノノンですっ」

「みゃん!」

「ピュ~イ」

「あ、は、はいっ」


 召喚主であるセルクからも1歩離れているノノン。顔を隠しているからこその距離感だな。まあ人見知りは、要は慣れだ。これから慣れていけば良い。


 それにしても、人型の召喚獣が俺達5人に対し、2体も来るなんて。

 テテニィ曰く、本当にめったに無い事だ。数百年単位に1体来るだけでも高確率と言われるほどらしく、1日に、それも同じパーティ内に2体もとなると、とんでもない奇跡とのこと。


 ルディとセルク、この2人は稀有な召喚獣を手に入れてしまったのだ。

 どちらともこの世界の出身で、ここ最近の注目株である。これでまた、有名になっちゃうかもな!


「それにしても、かわいいなぁ。男の子も女の子も来るなんて、本当についているよね!」


 ハルカさんは緩みきった顔を隠さず、ピットをつつきながら呟く。タツキも同じようなだらしない顔のまま隣でうんうんと頷いた。


 ん? ちょっと待てよ?


 ……『女の子』も?


「えっと、あの」

「ん、なぁに、セルク君?」


 俺と同じ事に思い至ったらしい。セルクは躊躇いつつ、苦笑を浮かべてハルカさんへと向き直る。

 ハルカさんが満面の笑みを浮かべているので、とても言い難い。だが、今言っておかなければならない事を彼は理解していた。


 だから短く深呼吸し、一気に告げる。



「ノノンの性別は、男です」



「「「……」」」


 はっきりと、それでいて大きな声で告げられたのは、衝撃の事実。


「それな」


 ただ、俺は何事も無かったように応答して見せた。

 ああいや、見抜いていたからな? ノノンが『男』だったって!


 容姿では非常に分かりづらい。民族衣装のキルト(によく似た服)って一見するとスカートにしか見えないし。デフォルメだと顔の輪郭で見分けつかないし。


 けど、何と無く分かる。

 感覚の話なので、何と無く、としか言えないが、分かるのだ。


「……え、えええぇぇええぇえぇぇえっ?! 男の子?! この子が?!」

「「ひゃっ、ご、ごめんなさい~!」」


 怯えたセルクとノノンの声が重なる。おお、タイミングはバッチリだな!


「マジか?! マジでか! うおぉ、見抜けなかったぁあ!」

「僕もです! うぅ、性別も見抜けないなんて……!」


 いやいや、悔しがっているところ悪いが、絶対的な直感を持つハルカさんでも見抜けなかったような事だからな?


 床に手を付いて悔しがるタツキとルディ。タツキはともかく、ルディが見抜けなかったのはたしかに驚いた。けど、それだけだ。

 ちなみに、ハルカさんは驚愕のあまり叫んでからは茫然自失となっているようだ。

 ルディは俺達よりも年下で、人生経験で言えば俺達より数段劣る。それで性別不明の容姿を見分けられるなんて化け物だって。


 特にルディは、演技を極める過程でそういう目を養った俺とは違う。美味しい紅茶の淹れ方。誰が見ても綺麗に見える所作。簡単なお菓子作りのノウハウなんかを学んでいるだけで、そういった特殊な観察眼を手に入れられると、困る。

 俺達の立場がなくなるのだ。


 そんな才能があれば、セルクとは別の方面において、天才と言えるだろう。


 異世界から来ただけでチート能力を手に入れた俺達が、元からいた者の能力で霞むとか。

 笑えない冗談である。


 そこら辺は俺達もレベルアップして帳尻を合わせないとな。試練内で幾らかモンスターが出てくるかもと期待していたが、それは無くなってしまったし。


 あ、そうだ。セルクの故郷から常闇の結界まで、出来る限りモンスターを倒していこう、そうしよう!

 相手はあの、馬鹿力で有名な吸血族なのだ。いくらレベルがあっても足りないだろうから。



 ……とにもかくにも。


 これで、召喚の儀はある意味無事に終了した。

 土産をたっぷり買って、色々な情報を入手してと、帰るまでの時間は有意義に使わせてもらったよ。


 ただ、その間の事は省かせてもらう。たとえば、買った土産物の種類が複数人で被っていたとか。フィリップから正式にコックにならないかと打診されたとか。

 そこは比較的、どうでもいいだろうから。


 それより、俺達はこれから先の事を考えなければ。

 ここまでの旅路に『前回』と違う点が多すぎるのは、致し方ない。


 大切なものを、守りたいと願ってしまった。だから、守り抜かなければならないのだ。

 ……たとえ。



 ―― たとえそのせいで、仲間の誰かが消えてしまうとしても。


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