36 拝啓現在様、未来より


 液体になっている魔力を、上空へ散らす。


 それが、俺の考えた解決法だった。


 魔力が増えるよりも早く、遥か上空へ吹き飛ばしてしまおうという作戦。要するに魔力の濃度を下げてしまえばいいのだから、作業そのものは単純で良い。


 魔力は質量体だ。だからこそ、液体と化している魔力は、魔法で作り出した風であれば動かせる。微量の魔力は残ってしまうだろうが、元が少なければそれだけ空気に溶けるのも早い。


 膨大な魔力を放出しているセルク自身も、どうにかしなければならない。たとえば、魔力を抑えるなどの措置が必要だ。肝心の抑える方法は決めていないが、このままだととんでもない被害が出てしまう事は確定事項なのだ。

 とりあえず、高濃度の魔力をどうにかしなければならない。それは明確である。


「じゃあ、俺が風魔法とかを駆使して、上方から徐々に魔力を散らしていく」

「だったら俺はスイトを持つ係な。まだフラフラじゃん」

「この面子だと、補助役はいるかー? 魔力回復薬とか、疲労回復薬ならあるぞー」

「素直に行きたいと言ってくれ、マキナ」


 いかにもワクワクしているマキナに、俺は溜め息をついた。

 マキナの横でマキアも呆れの混じった笑みを浮かべている。一応保護者みたいなものなんだし、止めてくれ、マキア。


 ともあれ、行くのは俺、タツキ、マキナの3人だな。これ以降は募集締め切りだ。

 高濃度魔力ドームに向かうのは、出来るだけ少人数。それも異世界からの来訪者に限る。俺達はどうやらこの世界の魔族よりも、高濃度の魔力に対する耐性が高いらしいからな。


 それじゃあ早速、高濃度魔力ドームまで行くか。


「浮遊魔法で行くか」

「タツキ、頼む!」

「出陣だぞー」


 何の気なしにタツキの手を握るマキナ。……後ろから若干、痛い視線が刺さるな。標的が俺じゃないのが救いか。

 タツキはタツキで視線を感じていないようだ。


「浮遊魔法は、魔力ドームの上で切る。減速しながら地下入り口まで辿り着いたら、そのまま中へ」

「魔力の放出は、転送魔法を応用した方がいいぞー? 押し出すにも量が多いし場所が場所だからなー」

「分かってる。イメージするのが結構難しいけど、そこは何とかしよう」

「エフがやるぅー!」

「ああ、エフはポートゲートが使えるからな。たすか……って、エフ?!」


 力の強いナツヤの制止を振りほどいて、エフが俺に抱き付いてきた。

 ナツヤというと、ぜぇぜぇ息を切らして倒れている。アキヤに介抱されているようなので、まぁ心配要らないだろう。


 そのアキヤが、ナツヤが単に疲れているだけだと判断して、こちらに寄ってきた。


「あの、エフちゃんの能力は聞きました。危険な事は承知していますが、手伝わせてください。こう見えても僕、結界師ですし、守る事に関しては、他人より優れているので」

「……エフ」

「だいじょうぶ! エフ、つよいもん!」


 エフは細腕を曲げて、力こぶを誇示するようなポーズをとった。全くこぶは出来ていないのだが、先程から魔力可視化を使っている俺には、見える。


 エフの中で、とんでもない量の魔力が練られている。

 いつでも、どんな魔法でも使えるという事だろう。


「じゃあ、ゲートの一方を俺の近くに常時展開とか、出来るか?」

「うん!」


 元気良く頷いたエフの表情は、輝くような笑顔。自信に溢れているからこそ、そしてそれが無謀ではないからこそ、頼りがいがあるのだろうな。

 出来るなら頼りたくないが、出来るのなら、頼み……。


「……うぅん」

「エフ、かってにやっちゃうからね!」

「それはやめろ。……アキヤ! 危険だと判断したら、すぐにハルカさんの元へ逃げろ。いいな」

「が、がんばります!」


 ぐっと拳を握ったアキヤにエフを託す。魔法はちゃんと教えてきたし、ツル、ナツヤ、アキヤの3人が、城と学園両方で隠れて練習している事を知っている。

 魔法も、能力も、使いこなせるようにと。自主的な訓練を行っていたのだ。


 ナツヤの世話役となったルーヴェウスを巻き込んで。


 年少組には将来有望な才能持ちが多くて頼りがいがあるなぁ。


 それでも、年下のこいつらを危ない目には遭わせたくないのだが……。

 既にやる気になったエフを、止められる気がしなかった。




 常に俺に寄り添って付いてくるポートゲートに、そこら中に溢れている液状魔力を放り込んでいく。一度どこに繋がっているのかを確認したが、とりあえず、小さく城が見えたのでかなり上空ではあるらしいな。ちなみに、エフの姿は無かった。

 出入口の一方を俺に、もう一方を上空に設置して、エフ自身は別の地点に置く事になった。


 だがエフは高濃度の魔力の中でも大丈夫なので、こっそり付いて来ているかも、と思ったのは秘密だ。


 徐々に魔力濃度が下がっていく中、俺達は下へ下へと進んでいく。掃除機のように魔力を吸い取りながら進んでいるので、セルクを発見してもしなくても地下9階まで下りるつもりだ。


 魔力が濃すぎるせいで空間が歪んでいるが、そのおかしな空間を形成している魔力を集束しつつポートゲートに放り込めば、俺の管理下から外れた魔力から順に空気中へ拡散する。魔王城上空が数日の間とんでもない魔力濃度になるだろうが、まぁ、フロートタイムも無い事だし、大丈夫だろう。

 そして。


「無事か、セルク!」


 魔力の光量が少なくなってきた地下7階は、とても薄暗くなっていた。そろそろ明かりが必要だと考えていると、下に何者かの気配を感じた。

 それを辿れば、8階の階段傍に2つの人影が。


 その一方が、セルクだった。

 どういうわけか、セルクからは既に魔力の放出が抑えられ、その傍には別の、背の高い人影が見える。


 俺は、その人物を『見た』時、思わず混乱した。


「―― で、だ」

「はい」


 そうして、地下9階最奥にあるだだっ広い食堂で、俺はその人物を睨み付けた。


 セルクはタツキとマキナに任せて、俺はその人物と2人きりで対峙する。


 暗くなった視界の中、未だ残る魔力の残滓が蛍のように浮かび、ふわふわと俺達の周りで舞い踊る。不規則な揺らめきの中央で、俺はヴィッツと名乗った青年を見上げた。


 背が高く、髪や瞳の色も金色。だがしかし、可視化スキルを発動している俺には分かる。


「単刀直入に問う。……何故お前が『セルク』と同じ魔力を持っている?」

「……」


 魔力は、あらゆる生命体が持つエネルギー。


 魔力には人によって個性がある。属性然り、性質然り。

 誰もが全属性の魔力を少なからず持っているが、どの属性が突出して多いのか。それは単一なのか、複数なのか。それ以外の属性はどのようなパワーバランスを保っているのか。


 魔力可視化だけならともかく、精霊可視化を保つ俺の目は、属性と性質の両方を捉える。それらの複雑な色合いの違いで、個人を見分ける事が出来るのだ。属性だけでも千差万別だというのに、そこに魔力の性質まで混ざってしまえば、全員がそれぞれ、個性のある魔力を持っている事が分かる。


 血が繋がっていようと、たとえ一卵性双生児だろうと、魔力は違う。見た目がよく似たナツヤとアキヤだって違うのだから、血統では決まらないのだ。


 属性は太陽、月が突出して高く、それ以外にも別の属性が色々と混ざっている黄金色。

 性質は星。


 ヴィッツと名乗った彼とセルクの魔力は、全く同一のものである。


「スイトさん。僕を『鑑定』してくれますか?」

「鑑定? 何で」

「何ででも」


 ヴィッツは静かに笑みを浮かべると、そのまま仁王立ちになる。

 戦闘ではないが、俺はずっと警戒していた。なのに、隙だらけのその姿に肩の力が抜けてしまった。睨んでいるのがバカらしく思えてくるのだ。

 はぁ。まあ、緊張感はそのままに、鑑定をしておくか。



【 セルク=アヴェンツ 】


  未来から来た時の魔導師。

  HP:―― MP:――

  情報制限により情報を開示できません。

  バッドステータス : 嫉妬の汚染中和済 自由の恩恵中和済 永遠の受難中和済



「……ッ?!」


 これまで、情報の読み取りができないといった文章が見られる事は多々あった。しかし、情報制限がかかっていた事は無い。


 ただ、それでも、彼の名前はセルク=アヴェンツだと書いてある。

 未来から来た、とも書いてあるが、これは、どういう事だ?


 俺は、息を呑む。


「僕の名はセルク=アヴェンツ。現時点の貴方であれば、この言葉の意味が分かるでしょう。僕はいわゆる『最悪の未来』から来た、使者です」

「……な?!」

「驚くのも無理はありません。未来の話を聞いたのはついさっきのはずですし、その世界から来たと言われても、信じられないのは当然。そもそもの話、この時空線は既に『最悪の未来』の道筋から外れていますからね。その分余計に『最悪の未来』から来たなんて、ね」


 ヴィッツは肩をすくめる。


「僕は未来から一旦、ここよりも遥か昔の時代へ跳んで、そこから、この時代へ戻ってきました。平行世界の分岐が起こるよりも前に飛んで、別の平行世界へ移動したのです。

 そうする事で、僕のいた『最悪の未来』を回避できる時間軸への移動を図りました。擬似的に、スイトさんの能力を発動させたのです」

「俺の能力を知っているのか?!」

「他の誰でもなく、貴方から聞いたことです。もっとも、僕のいた未来でも、現在でもない、全く別の平行世界に生きる貴方が、話してくれた事ですが」


 平行世界。いわゆる『最悪』に相当するルートから外れた世界へ行くために、わざわざ過去へ跳ぶ。そうする事で、様々な未来へのルートを選び、この時代までやってきた、と。


 たしかに、俺のアビリティとほぼ同じような事をしているな。

 もっとも、俺の場合は記憶以外のほぼ全ステータスまで当時のものになってしまう。加えて俺がこの世界に来た瞬間までしか遡れない。


 平行世界は「もしも」の世界。トーナメント表を上下反対にしたような図でイメージすると理解しやすいかもしれない。行動の選択一つ一つが分岐点となり、細かく枝分かれしていく様子。たとえば、セルクにとり付いた嫉妬の欠片を消すか消さないか。


 もしくは、セルクを殺すか、殺さないか。


 今目の前にいるヴィッツ。何と無くではあるが、セルクの未来の姿であるという彼は……。


「僕が今、ここにこうして生きている時点で、最悪の未来に達する条件の一つが『セルクを殺す』ではない事は分かりますよね」

「あ、ああ」

「ご想像の通り、僕は『あの時』に殺されませんでした。そのせいで、この世界は心の三要素に支配されてしまうのです……」

「……心の、三要素?」

「あ、あー」


 ヴィッツはぼそりと「そこからかぁ」と呟いた。多分聞こえていないと思っているのだろうか。その台詞を何か取り出す仕草に紛れさせている。

 すまん。聞こえたわ。


「大罪の嫉妬は分かりますよね」

「七大罪の嫉妬、な。分かる」

「それと同じで、この世界には『七大罪』の他に『七狂典』と『七奇跡』が存在するのです」


 大罪は、強欲、傲慢、色情、嫉妬、怠惰、憤怒、暴食。

 狂典は、永遠、終始、信仰、探求、忠実、忘却、無力。

 奇跡は、希望、幸運、全智、自由、純粋、調和、夢想。


 大罪は知っているが、他の2つは知らない。人が死ぬ要因となる根源的な欲求の事、だったか。


「嫉妬もそうですが、今挙げた全てが、人の心を狂わせる要素なのです。嫉妬は大罪の眷属で、人の執着心を煽る性質がありますね」


 執着か。たしかに、嫉妬にとり付かれていたセルクは俺に執着していたな。あの時点で最も執着していた俺への執着心が、とり付いた嫉妬によって過剰なまでに増幅されていたらしい。


 欠片だけであんなヤンデレ気味だったのだ。あれが本体にとり付かれていたとしたら、今頃どうなっていた事か。

 ……あ。


「生かされてしまった僕は、欠片を通じて嫉妬本体にとり付かれました。それによって、世界各地で眠っていたはずの他の眷族にまで影響を及ぼしてしまったのです」


 結果、世界は混乱に陥った。

 一部の感情のみを増幅された彼等は、発狂した。それも、全世界にいる人間ほぼ全てが、無差別かつ同時に、何の前触れも無く。


 感情の赴くままに行動するために、国全体が味方を傷付け合った土地もあったようだ。


 大罪、狂典、奇跡の三要素は、互いが反発して力を中和させるらしい。運良くそれらに精神を汚染されなかった土地もあったとの事。

 だが、世界中に発狂した者が溢れれば、途端にマトモな人類の生存権は縮小する。


「皆さんには耐性があったようなので、少しの間は平気だったようです」

「少しの間……という事は」

「……はい。少しの間、です。徐々に皆さんも狂い始めて、安全な土地へ逃げ込んだ時には、味方が随分と減っていたらしいです」


 らしい、というのは、その辺りの情報が人伝に聞いた事だからだろう。

 彼には、嫉妬にとり付かれていた時の記憶が無い。


 そういう事だ。


「ある日、僕が目を覚ますと……タツキさんが、目の前で倒れていました」

「タツキが?!」

「はい。半身が真っ黒に染まっていて、目が片方だけ赤かったです」


 それって『前回』の最後になった、あの聖剣に操られている時の姿じゃないだろうか。


「僕が嫉妬にとり付かれてから、実に10年もの時が経っていました。タツキさんもそれなりにたくましくなられていたようですが、どうやら、僕を助ける方法を見つけたらしくて」

「セルクが正気に戻って、タツキが倒れていた、という事か?」

「そうです。タツキさんはその姿を使いこなすのに、かなりの寿命を使ってしまっていたようで。それで、僕との戦いの最中、ギリギリで勝ちはしたものの、力尽きたようでした」


 そりゃ、ちょっと力を使うだけで全身の骨が一瞬折れるからな。いくら再生力が高くとも、寿命が減っていないと言われても説得力が無い。


 だが、その力は『前回』になった時点で、既に無いはず。


 何で10年後のタツキは、その力を使っていたのだろうか。


「タツキさんもまた、三要素の1つである奇跡:自由の保持者でした。それを僕に宿らせる事で嫉妬の支配から僕の意識を救い出したわけです」


 そう告げて、ヴィッツはぶかぶかのローブから両腕を差し出してきた。

 痩せた腕は、相変わらず白かった。


 ……その手首には、見覚えのある禍々しい漆黒と、忌々しい純白の、金属製の装飾品が飾られている。


 漆黒の方は、この会話の状況からして『嫉妬』なのだろう。さっきは首元にあった奴だ。もう1つは純白で、左右反対のデザインをした装飾品となっていた。

 どうやって外すのか分からない。むしろ外さない事を前提に置いたようなデザインで、切れ目も留め具も存在しない。


「この2つが揃っている限り、僕は意識を保ったままでいられます。その気になれば、それぞれの力をこの装具から引き出す事も出来ますよ」

「……この感じだと、もう1つ、あるな」


 笑顔で大丈夫である事を教えてくれたヴィッツだが、俺の発言にピシリ、と笑みを引き攣らせた。


「さっきの鑑定結果に、もう1つ、妙なものがあった。たしか、永遠がどうとか」

「う、見られていたのなら仕方無い。ええ、狂典の眷属である永遠は、ここにあります」


 と、右足をローブの下から出した。

 右の足首には、灰色の金属性装具がはめられている。これもまた取れないのが前提のようなデザインで、かろうじて、靴を履くのにかさばらないようだ。


 ちなみに、これらの装具は見た目に反して柔らかく、いくら動いても痛くはならないとの事。


「永遠のせいで、僕から寿命が消えました」

「え」


 実に悔しそうに歯を食いしばるヴィッツだが、俺からすると対して上手くもない演技であった。


 だが演技しているという事は、この先に何かしら続く言葉とかがあるのだろう。

 だから、この台詞は心の中だけで叫んでおこう。


 三要素の反発作用どこ行った!


 ……普通に、永遠から力を引き出しているだけかな。うん。


「僕はこの永遠の寿命を使って、夢を叶えたいのです」

「夢?」

「僕のいた『最悪の未来』に至らず、むしろ全ての引き金を回避した『最良の未来』があるはず……。それをこの目で見る事です!」


 金色の瞳をこれでもかと輝かせるヴィッツは、明後日の方向へガッツポーズを向ける。


 あまりにも熱のこもった台詞。そして演技の混じったオーバーな動き。

 セルク本人だという事を、この上なく理解した。セルクも大人しめな子だが、いざという時にこんな感じになっていた、ような。


 髪も瞳も金色になってしまっているが、セルクがそのまま大人になったのがヴィッツである事は信じておこう。本当、ただ単に大きくなっただけのセルクなのだ。


「さて、ここまで言っておいてあれですが、僕はその、最良の未来に対する支援はほとんど出来ないといって良いでしょう」

「ああ、時間遡行にありがちな、過去への干渉がかなりのペナルティーを負うやつか」

「話が早くて助かります。正確には、歴史の大きな分岐点では、力が発揮できない、でしょうか。僕自身が歴史を大きく変える行動を制限されてしまうので。出来る事と言えば、あらゆる未来を見てきた知識を使ったアドバイスくらいです」


 聞くだけではそれでも凄い事だと思うのだが、ヴィッツは困ったような笑みを浮かべて、恥ずかしそうに頭を掻いた。


 たしかに、力があるのにいざという時は口でしか手伝えないのだ。口先でしか物が言えないなどという、自分にも他人にも嫌味な奴に見られてしまうかもしれないな。


 それでも、未来の事を教えてくれるのはありがたい。

 もっとも、あくまで展開が好転する程度のアドバイスでしかないらしい。大きく歴史を変えてしまう発言もまた、制限されているそうだ。


 厳密には、話そうとしても、相手にその言葉が通じないといった状況になってしまうらしい。ヴィッツは言っているつもりでも、相手には音が届いていないとか。そういう感じとの事。


「夢を叶える為に、しばらくこの時間軸に留まります。聞きたい事があれば……これに」


 粗方話し終えたヴィッツは、ローブの下から何か、見覚えのある、ちょっとだけ傷の付いた板を取り出した。長方形の黒い画面、藍色の光沢があるボディ。

 それは、非常に見覚えのある機械だった。


「……スマホ? それも、俺の?」

「はい。ある時点の貴方からもらいました。特殊な物質らしく、たとえ別の世界でも通じるらしいですよ。改造したらしくて、僕でも扱えるようになっています」


 ああ、俺達異世界組しか使えなかったからな。ヴィッツでも使えるように改造したのか。


 どうやったのかが気になるが、聞けば使えるのはヴィッツだけになっているのだとか。誰彼構わず使えるようになっているわけじゃなくて良かった。

 俺達しか使えないからこそ、価値があるのだ。


 スマホはこの世界の科学技術を凌駕する、異世界の科学の中でも最新技術を詰め込んだ代物。いずれ時が来れば似たようなものは生み出されるだろうし、俺達から出すわけには行かないのだ。

 俺がホッとしていると、ヴィッツはやはり、少し微笑んでいた。


「ともかく、僕が見てきたどの時間軸においても、この騒動はもう終わりですね」

「本当か!」

「ええ。ふふ、スイトさんはトラブル体質ですが、とりあえず、この騒動はここで終わりです。しばらく、吸血鬼騒動が起こるまでは、平穏が続きますよ」

「……やっぱり、騒動になるのか」

「ふふふ。そりゃあ、スイトさんですから」


 やけに楽しそうに笑うヴィッツ。その笑顔は、目を瞑っているからなのか、ますますセルクに似ている。セルクの兄といわれたら信じてしまいそうだ。

 というか、まあ、本人だけど。


「そろそろ戻りましょうか。セルク君も心配するでしょうし」

「そうだな。というか、呼び方はヴィッツでいいのか?」

「ええ。ヴィッツが愛称というのは本当の事ですし。気に入っていますから」

「分かったよ。ああ、今夜か明日には、多分、フィオルがパーティを開くと思う。参加しとけ」

「えっと、強制ですか。強制ですね。その言い方は」

「おう」


 セルクも会いたがっているだろうし、出なかったら多分、今話している俺が問い詰められる。

 問い詰められる様子を想像するだけで、背筋がぞわぞわするのは何故だ?!


「良いですけど、着る物は持って……ああ、作られちゃいますね。勝手に」

「イユが、ありあわせの布でな」


 諦め気味の表情で、ヴィッツがやはり、また笑う。


 楽しそうで、嬉しそうだ。


 そんなヴィッツと笑い合いながら、俺達は地上へとゆっくり戻っていく。

 ゆっくりと、しかし話を弾ませているせいか足取りは軽く。


 ……。

 …………。

 ………………。


 俺の気が抜けて倒れたのは、学園に戻らず地上で待っていたタツキと、合流したその瞬間だった。


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