閑話03 招かれざる来訪者

『ラジオ体操第一~!』


 スマホで動画サイトにあった体操の動画が流れる。この時間は部屋の前を誰も通らないが、万が一誰かに聞かれないよう遮音結界は張っておいた。しかも、内から外への音は遮断されるが、外から内への音は遮断されないように工夫してある。

 これなら、たとえ激しく動いても階下に足音が響く事はない。その上誰かが来て扉をノックしても気付く事が出来る優れものだ。


 普通なら廊下に漏れていてもおかしくない大音量でラジオ体操を聞いても、何の不便も無いわけだ。俺としては、音量小さめで片耳だけイヤホンを付けて、動きだけは大げさなくらいの体操をするが。


 え? じゃあ何でわざわざ大音量にしているのかって?

 ラジオ体操をしているのが、俺じゃないからだな。



 ― タツキ ―



 勇者。それが俺に与えられた役割。

 世界を救うために、悪の大魔王を倒す事。それが使命である。

 ただ、何人も来た家庭教師的な人達のその言い分は、ずいぶんと中身の無い虚実であった。


「はい、質問。何で魔王を倒すのですか?」

「人類の敵だからでございます、勇者様」


 たっぷりと蓄えられたお腹のおじさん。本人曰くベテランの執事らしい。太っていて動きも鈍いから執事長にはなれないらしいが、執事暦は長く、淹れてくれる紅茶は絶品である。


「人類の敵と言える根拠は何なのですか?」

「大昔から我等人族と争っているからでございます。また、度々モンスターを氾濫させ、我々を脅かすからでございます、勇者様」

「冒険者達が日々倒しているモンスターが、魔族の差し金ということでしょうか」

「その通りです。魔族はモンスターがただ、我々人族の姿を模倣しただけの存在でございますからな」


 得意げに語るこのおじさんは、悪気があって言っているわけじゃない。本当にそう思っているからこそ、当然のようにそう答えるのだ。

 真実が別にあるとも知らずに。


 魔族とモンスターは、その根本からして別の存在だ。魔族もれっきとした人間であり、彼等もまたモンスターを害悪と認識する同胞である。

 モンスターは、魔族でも御する事が出来ないのだ。


 そもそも、魔族とは『高すぎる魔力濃度に適応した一族』の略称なのだから。


 人族、特にその中心部では、魔族の全てはモンスターと同意であるという間違った認識が常識と化している。魔族もまた人間の原種である事は知られていないようだ。

 物心着いた時からそれが真実だと聞かされてきた者達だからこそ、思考を改めるのは難しいだろうな。


 魔族も良い奴ばかりなのだと、どうすれば知ってもらえるだろう。


 それが『前回』から引き続き、俺の悩みであった。

 そもそも、俺がこの世界に来る直前までやっていた試作ゲーム。あれとシチュエーションが似すぎているし、すぐ魔族が敵ではない可能性に思い至った。


 試作ゲームは、ストーリーは出来ているのに、ゲームの内容が全然出来ていなかった。だからこそ、出来ているストーリーを流し見ていたが……。

 それでも、最初のキャラクターの台詞くらいは覚えていた。


 俺達を歓迎してくれた王様の台詞が、ゲームの台詞と一言一句違わないのだから驚きだ。


 加えて、魔王。俺が聖剣に操られていた時、俺にかけた台詞がゲームと同じだった。王様はまだ忘れかけていた方だが、魔王の台詞はきっちり残っていた。ここに来る直前に見ていたからな。

 ここがあの試作ゲームと同じ世界なのかはさておき、あのスイトやアキツグ先生が一緒にいるわけだから良い奴なのは明らか。


 魔族の頂点が良い奴なのだから、その他にも良い奴がたくさんいるはず。

 それこそ、人族と同じで良い奴も悪い奴もごった煮になっているはずなのだ。


 魔族も人間である。前回でも俺は魔族の事を悪い奴等だとは思えなかったし、あの聖剣が無ければそれとなく魔王との平和条約的なものを結ぼうと考えていたほどだ。それも、この世界に来て一週間も経っていなかった頃の事である。

 そういうわけで、教師の面々に授業をしてもらっている俺は、心の内では色々と否定してばかりの日常を送っていた。


 たとえば魔法の出し方。別に詠唱なんて必要無かったのだ。

 たとえば魔族の在り方。彼等は良い奴も悪い奴もいるけど、その割合はきっと、人族とそう変わらないと思うのだ。


 だから魔王ちゃんを助けたいと思えたし。

 もっとも、あれは俺が魔王ちゃんを傷付けてしまったから、というのもあるけど……。


「あレ? またお散歩かナ」

「ああ、うん」


 勇者一行として俺と同じ場所に召喚された、外国人留学生の― シャンテ=ミロワール ―は、ほんのちょっとだけ片言の日本語で会話してくれる。

 城の中庭にある、屋根のあるベンチに腰掛けていた。和風ではなく、おしゃれなガラスの屋根に深緑色のベンチだ。魔法ガラス製の屋根は、たとえ隕石が落ちてきても耐えられるというから驚きである。


「今度は何日間いないのかナ?」

「別にそう、何日も留守にはしねぇって」

「そう言って一週間も行方不明になったのはどこの誰かナ~」

「うっ」


 シャンテは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 きれいな金髪は腰まで伸び、大きな緑色の瞳が俺を映す。転校当初は髪がやけに短かったのだが、こちらに来てから整える以外で髪を切っていないらしい。今の所不便は無いと言っているが、多分嘘だろう。どれだけシャンプーとコンディショナーを使っているのやら。


 ちなみに、彼女の髪はこちらに来てからもツヤツヤのサラサラなキラキラである。

 俺達は全員制服姿で、揃いのマントを身に着けているが、俺だけが色違い。他の連中が青色に対し、俺は勇者である事から赤色のマントを与えられた。


 デザイン自体は全部同じ。色だけが違う。


 留め金に、俺達が召喚された『アヴァロネス大帝国』の紋章を模した物が使われている。赤いマントには金。青いマントには銀勢の留め金だ。これは色味の関係でそうしたのだろうな。

 疎外感がある。


「で。何日くらイ?」

「……色々と試すだけだし、3日以内には戻る」

「オッケー。5日くらいだネ」

「何でそうなる?!」


 アハハ、と明るく笑う彼女は、途轍もない速さで長い廊下を去っていった。

 それはもう、目にも留まらぬ速さだ。どうやら自身の移動速度を上げる類の魔法を使用したらしい。無詠唱だと憶測でしか物が言えなくて面倒だが、発動する側は便利なので、文句は言えないぜ。


 敵に今から使う魔法を教える事が無い。詠唱を使う相手よりも速く魔法が発動できる。これは凄まじいアドバンテージだ。俺達が自分勝手に魔法の試行錯誤をした際、偶然出来た技法だな。

 仮にイメージ法とでも呼んでおくか。


 これに真っ先に気付いたのが、何を隠そうシャンテだった。シャンテはまるで、最初から魔法を知っていたかの如く魔法を使ってみせた。それも、いきなり、無詠唱で。

 詠唱も聞き慣れない言語を使っていて、本人も驚いたような顔をしていたな。


 というか、スキル:言語理解があっても聞き取れない謎の言語を扱う彼女は一体……。

 英語とか、フランス語とかじゃない。


 何か言語っぽかったが、言ってしまえば秘密の合言葉的なものなのかも。自分にか分からない言葉を作るって、子供の頃にやった事があるし。

 言語理解も万能ではないのだし、そういった謎言語もまた存在するようだ。


 まあそれはともかく。

 ともかくである。


 俺達がこの世界に来て、約一週間……。

 約、一週間である。

 もっと言えば、俺達は精神的には1ヶ月と一週間強を、この異世界で過ごしてきた。


 その間。



 俺は。



 ―― 俺は、スイトとほとんど会えていない!!!



 かなり深刻な問題だ。俺自身、あいつが隣に1日以上いないと、それはもう気分が落ち込む。スマホにあったスイトと撮った写真や動画なんかを見てその場しのぎは出来ていたが、もう限界だ!

 何故なら、こちらにスイトがいると知ってしまったのだから!


 そりゃ、こっちに来たばかりの頃は、スイトがこの世界に来ていないと思っていましたとも。魔王を倒してね、くらいしか言われていなかったし、俺達勇者一行以外にも召喚されている人がいるだなんて、思いもしない事だった。


 ところが。


 俺が色々とやらかしたあの日、召喚騒ぎが起こってちょうど一ヶ月が経った頃。

 俺は聖剣と対峙した。


 見るからに負のオーラを纏っていたから、触るつもりなんて毛頭無かった。けどな、聖剣を紹介してくれた人が、血走った目で俺に抜いてみせてくれと懇願してきた。

 何かと思えば、どうやら聖剣の保有国に無断で俺を案内したらしい。


 まあ、その辺りの事情は推測だ。俺を案内してくれた人が、邪悪な聖剣保有国であるスペイディア王国の人間ではなかった事。また観光そっちのけで聖剣の下へ赴いた事からの推測である。


 憶測も多分に含まれた、所詮推測だ。

 ただ、何か怪しかったし、あの案内役の貴族、調べさせるか。


 ともかくも、俺は聖剣に触れ、その瞬間から意識を乗っ取られた。

 そして……『みんな』に、手を掛けた。


 絶叫が耳にこびりついている。

 肉や骨を断つ感覚が手に残っている。

 視界を埋め尽くす紅が、まぶたの裏に染み付いている。


 シャンテ達は、無事だった。その代わり、聖剣のオーラが彼女達にも纏わり付き、彼女達までもが聖剣に操られてしまった。

 言ってしまえば、聖剣のせいだ。俺自身に非は無いという見方も出来る。俺だって被害者なのだと、やらかした事を棚に上げるのだって許されるかもしれない。


 ……けど、俺の記憶が、感覚がそれを許さない。


 だが何よりも悔やまれるのは、その聖剣から、世界はもちろん、親友を守れなかった事。


 人の良さそうな魔王は。

 そしてスイトは、俺のせいで……。


 俺は、謝りたい。会って、謝って、もう一度ちゃんと話し合って。

 笑いあいたい。

 少しでも、早く。


 というわけで、絶賛転送魔法発動中。全く作動しないけど。


「何でだぁ~!」


 転送魔法は、大きく分けると2種類ある。1つは魔法陣設置型。もう1つは詠唱による瞬間転移。


 設置型は、魔法陣が原型を保つ限りは半永久的に使える。魔法陣を作り、そこに魔力を流すだけで済むからだ。魔法ガラスは温度変化による変形は起こらないし、経年劣化も今の所見られないそうなので、設置型の方が広く知られている。使う魔力は多いけどな。

 詠唱の方は、更に魔力がいる上にイメージ力も必要となってくる。詠唱は無詠唱魔法の使い手である俺達にとって面倒くさいの一言に尽きた。しかし、転送魔法は仕組みが複雑すぎて、無詠唱が出来なかった。


 非常に残念である。


 まぁ、無詠唱でも出来ますとも。おそろしくイメージが細かくて、それ相応の魔力を持っていれば。無詠唱は別に使用魔力が多くなるとかいった弊害が無いし。


 ただな、多分スイトくらいしか「簡単だ」とか言わなさそうだ。前回の最終局面で会ったあいつは、所持している魔力量が常軌を逸していた。そして、俺はあいつの凄まじイメージ力を知っている。様々な役柄をこなす上では必要だというだけで、あれほどのイメージ力は身につかない筈だ。


 その気になれば、インターネット上のあらゆるデータをハッキングするとか。時計の分解、組み立てなんかも出来てしまうかもしれない。

 あいつの怖いところは、たとえよく知らない相手の事でも、瞬時に真似できてしまうところだ。元の世界にいた学園長、教頭、教師勢の真似は、本人しか知りえない情報まで織り交ぜていたが故にリアルだった。それが他生徒に好評だったな。


 一度、メイクで顔まで俺に似せてもらった時、俺がもう1人いるみたいな感じだった。

 普通、2人で鏡の動きをすれば、練習無しならどちらかの動きを真似する関係で、どちらかの自分の動きにズレが生じるものだ。


 ところがどうだ。あいつは俺の動きに何のタイムラグも無しに真似してきた。


 更に、鏡を叩く動作。

 その場で一回転。


 自然と出てきたあくびや俺だけが知っていた面白い変顔まで。

 あいつは平然と真似してきた。


 って、あぁもう。

 スイトの事を考えていたら、ますます会いたくなっちゃったじゃないか。

 会って謝りたいのはスイトだけじゃない。俺の仲間にはもう謝って、一応許してもらったけど……。


 ただ、転移が発動しない。

 何故だぁあ!

 俺は頭を抱えてうなだれた。


「転移先はどこですか?」


 と、後ろから声がかかる。幼い子供の声だ。変声期前だと、男女の区別が付かないな。スイトじゃあるまいし、俺は男女を聞き分けられないぜ。

 とはいえ、ここ最近ずっと聞いている声だし、こいつが男の子だって事は分かるがな。


 名前は― エルシアス=K=アヴァロネス ―。この国の第四皇子だ。皇位継承権も4位と、高位である。この世界では珍しい漆黒の髪を持つ少年である。

 4位と聞くとちょっと低いと思うだろう。だが、皇位継承権第4位というのは、実際のところ第2位くらいなのだ。


 1位の第一皇子は放浪癖があり、遊び癖は無いが人付き合いに難がある。

 2位の第二皇子はまともなので、実質1位。

 3位の第三皇子は遊び好きのバカ。継承権の高さは血統の良さでしかない。


 というわけで、4位のエルシアスは、実質皇位継承権第2位なのだ。

 ちなみに、第二、第四皇子共に、他の兄弟が請け負うべき仕事を肩代わりしているため、非常に苦労人である。子供のくせに肩の痛みが激しいらしく、それこそが最近の悩みらしい。


 口調も大人っぽく、遊びたい盛りの時期が過ぎてしまったと言わんばかりの冷静さを持つ。

 かわいげが無いとは言わないぞ。

 所々は歳相応の反応を見せるからな。うん。


「えっとぉ、城だな」


 嘘は吐かない。吐いてもバレるからだ。

 今嘘を吐く理由も無いし。


「城ですか。人のいない場所ではないですよね」

「むしろ絶賛稼働中だぞ」


 魔王の城だからな。

 アヴァロネスの城とは、位置的に正反対の場所だ。人族領の中心地がここなら、魔王城は魔族領の中心地にそびえ立っている。ここよりも大きいかもしれない。

 まぁ、俺が壊してしまったので、本当はもっと大きかったかもしれないが。下手すると、本当の大きさの半分程度しか無かった可能性もある。


「でしたら、城の外を目的地に指定してみてはいかがでしょうか」

「え、何で?」

「稼動している城なら、魔法:空間拡張をたくさん使っていて、異様に空間が歪んでいるはず。歪んだ空間に目的地を指定しても、弾かれてしまうのです。これは転移魔法による奇襲を妨げてくれますが、逆に中からも瞬時に脱出できなくなる方法ですね。

 掻い摘んで言えば、絶賛稼働中のお城に転移魔法で向かうなんて、100%無理です」

「お、おう」


 空間拡張の魔法は、狭い部屋を広く使うために作られた魔法らしい。空間を引き伸ばす魔法だそうで、家の見た目を変えずに、中の広さだけを自由自在に変化させる。

 隣同士の部屋が、普通なら重なってしまうような形になる事もある。


 その関係上、空間が歪んでしまうのだ。


 一般家庭ならともかく、城、屋敷などの大きな家屋になると、一つ一つの部屋が全て空間拡張されているため、その歪み具合が半端無い。

 空間移動はもちろん、空間系の魔法が使えない。使えたとして、制御が上手く行かないのだ。


「じゃあ、城の外側なら問題無さそうだな」

「はい。それも、なるべくそのお城から離れた位置の方が良いです。たとえば、そうですね。お城の……。そう、魔王城のはるか上空とか」

「あ、分かった?」

「賢者様の事でしょう。勇者様は、ずいぶんと恋しそうになさっておられましたから」


 エルシアスは大人っぽい笑みを浮かべると、俺の隣に座った。12歳の彼にはまだこのベンチが大きいらしく、足がぷらぷらと揺れる。


 彼の着ている服は、大きいコートタイプの正装。どうやら貴族の謁見に参加したらしい。実質皇位継承権2位の彼は、第2位の皇子と共に現王である父親と共に仕事の手伝いをする事も多いのだ。

 根っからの真面目が功を奏したらしい。


 同年代の子供といえば、まだまだ遊びたい盛りだと思うのだが、そういった感情は持ち合わせていないようだ。あるのは、いずれ皇帝となるであろう兄のサポート。

 自身が皇帝になりたいとは、微塵も考えていない。


「色々と凄いな、お前」

「勇者様の方が、才能の大きさも期待の重圧も上だと思いますが? それよりも、賢者様に会いたいって、寝言にもなってしまっているじゃないですか」

「え、寝言?」

「はい。夜警の兵士がぐち……コホコホ。報告されました。勇者様が恨めしい声で呟くので、大多数が恨み言だと勘違いしているようです。安心して行って来てください」


 それ、明らかに安心して行けない理由だけど?!


 まぁもっとも。俺が復活すれば、みんなの苦労とかがなくなるだろうし、個人的にも早く行った方が良いとは思う。

 俺はそれまで指定していた城内ではなく、場外、それも魔王城の上空を指定し、転移魔法を発動させる。光が俺を包み込み、景色がふっ、と別のものに切り替わった。

 途端にバランスを失う身体。


 魔王城の屋根まで100メートルといったところか。そんな上空に、地面があるわけない。

 だからこそ、結界を応用して、足場を作る。


 手間取ったせいで、魔王城のテラス付近に降り立つ事となってしまった。お、このテラス、鍵が開いているみたいだな。無用心である。


 あ、でも。


 この世界って、浮遊魔法が無かった気がする。大多数の人間が持つ魔力の量では、浮遊魔法に使う魔力量の維持が難しいのだとか。

 こうやって、結界を足場にして徐々に上っていく。なんて技術は思いついていないらしかった。


 魔導エレベーターがあるのに、何で思いつかないのだろうか。

 あ、そもそも、結界の上に乗るという方法が思いついていないのかも。


 と、1人で納得している内に、魔王城内へ侵入成功、っと。


 って、不法侵入を普通にやらかしたけど、大丈夫か、俺。

 うーん。一応、光魔法:認識阻害をかけておくか。空間魔法じゃなければ普通に発動するだろうし、勇者がいると混乱するだろうし。うん。かけとこ。


 これで、偶然でも良いから知り合いに会えたらなぁ。


「普通に正面からお越しくださっても、お通ししましたよ?」

「いや、魔王様に会わせて、なんて、子供の戯言的な感じで跳ねられるだろ。スイト達が偶然にもその場面に鉢合わせたなら分かけどな」

「そもそも魔王城は、玄関ホールと書庫の一部を常時一般開放しています。それに、勇者様は賢者様と同一の制服もお召しですから、まず私の元へと報告が来ますね」


 ……。


「こちらの精鋭も愚者ではありません。勇者様に攻撃意思があれば、たとえそうでなくとも、まず私に連絡が来るのです。このように」


 …………。


「驚きました。まさか魔王城の上空に転移するなんて、普通なら考えつきません。アムラが……こちらにいる優秀な兵士の、警戒態勢における軍事行動の訓練にはなりましたので、後ほど、ゆっっくりとお礼を述べさせていただきますのでそのおつもりで」


 ………………。


「というわけで、まずはご挨拶からにいたしましょう。私は魔王、フィレウォッカ=P=ディゼイエシア。どうぞ、気軽にフィオルとでも呼んでくださいませ」


 見方によっては金色にも見える真っ白な髪と、赤い布地がちらちらと見える漆黒のドレス。

 少女は丁寧に、それはもう丁寧にお辞儀をした。ドレスのすそを軽くつまんで持ち上げ、相手が不快にならない程度かつ上品に頭を下げる。

 そして短すぎず、長すぎない時間でお辞儀を終えると、俺に対してにっこりと微笑んだ。


 魔王フィオル。

 前回において、聖剣に操られた俺が傷つけたうちの、1人。


「あー……っとぉ」


 フィオルの姿を見て、途端に頭が冷える。

 これまでスイトに会いたいのと、彼女に謝りたいのとでここを目指していた。


 とはいえ、実際に彼女に会うと、その。俺がいかに、翠兎しか見ていなかったのかを思い知らされるね。何の言葉も浮かんでこない。

 ああいや、気まずすぎて言葉が出てこないだけなのだろうか。


 うーん、分からないな。


「ところで」

「あ、はい」


 つい、敬語になる。

 相手は魔王陛下なわけだし、別に敬語で構わないというか、むしろそうした方が良いだろうけども。


「偶然かは判断いたしかねるのですが、スイト様の部屋に入ったのは故意でしょうか?」

「スイトの……?」


 見回してみる。壁、天井、床、調度品に至るまで、全て青で統一された部屋だ。

 これ、試作ゲームにあった『青の部屋』に通ずるものを感じるぜ。

 言われてみれば、淡い香水に隠れてスイト特有の花っぽい香りが混じっているような気も……。


「え、ここってスイトの使っている部屋なの?!」

「偶然でしたか。ともかく、スイト様なら現在王立の学園に行っております。勇者様が入るには相応の手続きが必要で、今から急いでも明日までかかります」


 ニコニコと、優しい笑みを浮かべるフィオルは、静かに、そして優しく、俺の腕を掴んだ。


「……今すぐ向かうのではなく、ゆっくり。私とお話しながらスイト様を待ちませんか?」


 笑顔は、かわいらしい。特に殺気も無いし、嫌な雰囲気もしていない。

 ただ、悲しいかな。俺の脳内アラートはこう言った。


 「今すぐ逃げろ」ってさ。



 ― スイト ―



 昨夜、帰ったら妙にフィオルが楽しそうにしていた。

 その隣には、放心状態になったタツキが。


 何があった?!


「勇者様がいらっしゃったので、接待を。おかしいですね。スイト様が帰ってくるまで、ゆっくりお茶菓子を食べながら会話をしていただけなのですが……」


 そう述べるフィオル達は、美しい庭園に作られた小さいテラスでお茶会を開いていた。留守番のマロンさんは給仕として。アムラさんは警護としてこの場にいたらしい。

 タツキは既にフィオルがお話していないにも関わらず、定期的にクッキーに手を伸ばし、空になった紅茶を煽っている。


 おいおい。


「何があった?!」

「ですから、お話していただけなのです!」


 慌てるフィオルからは、それが嘘であるかどうかを訊ねる必要は無かった。


 嘘は吐いていない。

 吐いていない、が。


 彼女が昼前から深夜に至るまで、たっぷりとお茶菓子と世間話を堪能した話が出てきた。


 ああ。うん。


 俺はフィオルの頭を優しく撫でてやって、放心状態になっているタツキに手をかける。そのまま持ち上げて、その場を後にした。


「え、え? あの、スイト様?」

「タツキがこうなった理由は、マロンさんにでも聞いてな」

「えっ? えぇ~?」


 こうして俺は、タツキを俺の寝泊りする部屋へと連れ帰った。

 ベッドは広すぎるし、別に異性と寝るわけじゃないから躊躇いは無い。

 ついでに、部屋にあった寝巻きを適当に着せて、と。



 よし、寝よう。



 これが、翌朝に至るまでの工程であった。


 ああ、ちなみに。ラジオ体操はタツキの日課である。


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