召喚獣とセルク 編
38 召喚の儀
この世界に来て2週間。
時間遡行前の1ヵ月を抜けば、ちょうど2週間が過ぎた頃。
魔法学園は誘拐事件の事後処理や、学園の安全性を生徒の親御さんに説明するなど対応に追われていた。そのため教師はほぼ全員がそちらに掛かりきりとなっている。
生徒達は、何日間かは自習となるらしい。
当然、俺達も生徒であるため、例外ではない。
むしろ俺達は思いっきり当事者であるため、あの時地下施設へ侵入した者は代わる代わる事情聴取を受けていた。
もっとも、それは事情聴取というよりも取材に近く、今の所来ているのは新聞記者や新聞記者や新聞記者や……とにかく新聞記者ばかりである。
警察は、来たには来たよ。うん。
ただ、数が少ないというか、既にフィオル辺りを通じて事情は把握しているから、その確認という事だった。一方、新聞記者は何も知らないため、もう根掘り葉掘り聞かれるわけだ。
魔族領のあちこちから来ていて、言語の違いもあるために互いで情報交換は行わない。そのせいで何度も同じ質問をされるわけだ。
正直面倒くさい。
というわけで、交代で答えているわけ。
解答内容はきちんと統一出来るように、念話で確認を取りながらになっている。やー、念話って記憶とかもそのまま相手に渡す事が出来るから、その辺りは便利だ。
魔力を結構使うし、人の記憶ってかなりいい加減な事もあるけども。
さて、自習と言っても自由時間というわけではない。当然、課題が用意されている。実技と筆記とで用意されており、今はほとんどの生徒が筆記に取り組んでいる。
実技は正直、簡単だったからな。
筆記よりも速く済むということで、ものの30分で済ませた者がほとんどなのである。
俺もその口だが、筆記課題も既に終わらせていた。
ちなみに、俺がこなした課題は、一般生徒の3倍である。
何故かというと、話は今朝まで遡る。
「師匠!」
「お、何だ、セルク。もう調子はすっかりいいみたいだな」
「それはもう! ……えっと、その。ちょっとした提案がありまして。お話良いですか?」
誘拐事件に巻き込まれ、嫉妬の欠片に取り付かれ、大量の魔力を放出し続けたせいで、2日ほどは身体の感覚が妙だと言っていたセルク。彼は、ご機嫌な様子で話しかけてきた。
……。
実は、セルクの調子が悪かった原因に、心当たりがある。
誘拐だとか嫉妬の欠片だとかもそうだが、色々と事件が終わった後のこと。俺はヴィッツと話している時に、セルクに特殊な飴を食べさせていた事を話したのだ。
曰く、嫉妬の欠片に冒されてしまった者は、しばらくの間、他の嫉妬以外でも何かしらとり付かれやすくなるとの事。たとえば幽霊とかにでも、それが取り付きやすくなる通路が開いた状態らしい。
セルクが食べた飴玉はそれを一時的に塞ぐ、絆創膏みたいな物だといっていた。
ちなみに、魔力の通路も一時的に阻害してしまうそうで、それがセルクの不調の原因だと睨んでいる。
その阻害に慣れたのか、あるいはその作用が消えたのか。セルクはご機嫌だった。
「実は、一定以上の実力を持つ魔法使いが受けられる、召喚の儀という儀式があるのです。それを受けに、遠出しませんか?」
「遠出? というと、何日か掛かるのか」
「はい。その儀式は5日掛かりますね。移動して受付してから試験に3日かけて、召喚の儀式の後に帰ってくるというものです」
「おぉ、それなりに時間がかかるのか……って事は、課題がその分出るということだな」
今の俺達はこの学園の生徒で、生徒であるという事は勉学が本分だ。その勉学とは別の事を学外でするわけだから、当然、何らかのペナルティーは発生する。
今回で言えば、学外にいる間の課題を別の日にやっておくとか。
「ご安心を! 本来4日分の課題を上乗せするところを、先生方に交渉して、今日も合わせて3日分にしていただきました!」
「え、マジで」
というわけで、本来の半分の量である3日分を終わらせたわけだ。
ちなみに、召喚の儀はそれなりに神聖な儀式だ。魔王であるフィオルや学園長のコネを使っても、受ける事が出来る者は少ない。
賢者の俺、ハルカさん。そして何と、特殊編入を果たしたタツキ。更にルディがメンバーに選ばれた。これにセルクを足した5名が、今回の遠征メンバーである。
移動そのものは転移魔法陣で一瞬だと言うので、セルクは寮に外泊届、俺達は欠席届を提出して、出発する事に。
そして、場所はギルド会館。
あらゆる都市には、このギルド会館が建っている。主要施設に通じる転移魔法陣が置かれているのもこの場所で、転移魔法陣を利用するにはここに来る必要があった。
ギルド会館にいるのはその多くが依頼を受けるために訪れた冒険者だ。冒険者と一括りに呼んでいるが、職業はまちまちだ。
大まかに分けると、剣士、戦士、魔術師、治癒士、支援者となる。
冒険者はいつの時間帯でも賑わう程度に多い。しかし、今日は剣士や戦士などの前衛職が多めだ。
冬が近く、残暑もとっくに終わったというのに、未だ肩から先を露出している逞しい男性ばかりが目立っている。
出来れば魔法職が多いといいな、と考えていたのだが、それは叶わなかったらしい。
「おぉ、こんな風になっているんだね、ギルド会館って」
「ハルカさんはギルドに来るのは初めてか。そういや、前回も城にいる事が多かったからな」
「うん! 何か、ドキドキするよ。ギルドに入会するとか、依頼を出すとかじゃ無いのに、変なの」
そりゃ、いかついおっさん共が睨んでくる中を、緊張せずに通り抜けるなんて無理だろ。
ハルカさんは、なるべく目立たないようにと、藍色のローブを身に纏っている。服は制服のままで、俺も黒いマントを羽織っていた。
黒は貴族の証なのだが、イユは俺に一番似合うのが黒だと言って利かなかった。
ちなみに、この中で最も目立つのは、耳も髪も真っ白なルディである。それらの種族的特徴を隠すために今はカジュアルなパーカーを着ているのだ。
実はカジュアルな格好って、この世界では特殊だったりする。
街にいるのは防具を着込んだ冒険者や、民族調の洋服を着た町人ばかりなのだ。
とはいえフードを被っても怪しくない格好と言うと、俺もパーカーしか思いつかなかった。
ま、ともあれ転移魔法陣を使うために、俺達はギルド会館へやってきた。
ちなみに、ギルド会館はよく冒険者ギルドと呼ばれている。ギルドには商人ギルドや薬師ギルドもあるので、~~ギルドと呼ぶのが一般的だ。
「はい、ハルカ様、スイト様、タツキ様、セルク様、ルディ様でございますね。お話はうかがっておりますので、早速ご案内いたしますね。案内役の彼についていってくださいませ」
冒険者ギルドの受付嬢は若い女性で、にっこりと営業スマイルを浮かべた。
そして、彼女が手を向けた先には、ちょっと暗い雰囲気の青年が。深緑のローブで顔から足先まで隠し、布丈はかかと近くまである。
一応、手首から先は大人の男性だと分かるくらいにゴツイ。
それに、受付嬢も彼と言っていたので、男性なのだろう。
「こちらです」
影のせいで口しかまともに見えない男性は、意外にもはっきりとした口調で案内してくれる。
魔術師でもここまで姿を隠す人はほとんどいないし、何かしら隠す理由があるのかもしれないな。冒険者は相手のプライベートを尊重するという暗黙の了解があるし、俺は何も聞かないが。
いくら怪しくとも、聞きもしないし鑑定もしない。それがマナーなのだから。
さて、転移魔法陣は建物の奥の方に設置されている。魔法陣そのものが大きいのに、転移魔法は空間拡張を使った部屋で使えないという理由から、魔法陣の大きさに合わせた部屋を用意しなければならないのだ。何せ大きいので、そのまま設置すると邪魔になるし、隙を突いて悪用もされてしまう。
というわけで、許可された者だけが使えるよう、厳重な管理をされているそう。
「皆様、召喚の神殿へお向かいになる、という事でよろしいですね」
「はい」
着いたのは照明がほとんど無い、薄暗い広間だった。
この世界の照明には電気もろうそくも使われておらず、魔法陣の彫られた魔法石を使用した明かりが主流となっている。この魔法石の質によって光の色や明るさの度合いが変化し、豆電球程度の明かりを求めるなら、質はそれほど良くない物を選べばよい。
ドーム状の建物になっているようで、天井は丸みを帯びている。その天井の中央にもシャンデリアがあるのだが、その明かりは正に、豆電球程度の明かりであった。
直径が5メートルもある魔法陣は、床に埋め込まれている。魔法陣は、劣化も変形もしない魔法ガラスで作られているため、床に埋め込んで使うのだ。
そして、転移場所を変えるための、中央のエンブレムもまた魔法ガラス製。
案内係の青年は、魔法陣の外に設置された魔法の操作盤に指を滑らせる。動力が魔力であるだけで、雰囲気は台に取り付けられたアイパッドである。
操作をし終えると同時、魔法陣の中央部分に空いた穴の下から、魔法ガラスの円が上がってきた。
そして、完成した魔法陣は輝き始める。
魔族領では常に空気中に魔力が充満しているため、設置型の魔法陣は自然と発光するのだ。
「皆様、陣の中へどうぞ」
俺達は彼の誘導に従い、陣の中へと移動する。
「ご武運を」
陣の外で敬礼する彼の瞳が、ひと際強く光った魔法陣に照らされる。彼の瞳は珍しい黒色で、風が起こった事でフードが外れかけて凛々しい顔立ちをしている事も分かった。
魔力の集束による、魔力風が吹いたのだ。
……あの、顔は。
「ほい、到着! こっちの魔法陣は高いところにあるのかー」
「本当に一瞬なのね。景色は違うけど、移動した実感が沸かないなぁ」
転移に慣れているタツキ。そして転移初体験であるハルカさんの声に、我に返る。
俺が『ある奇妙な件』に気をとられている間に、転移が完了してしまったのだ。まあ、そもそも転移魔法は、発動してしまえば一瞬で終わってしまうのだが。
見れば、壁が支柱以外ガラス張りの空間だった。ガラスの外に見えるのは外の景色で、近くにあるらしい街が見下ろす形で見えた。放課後にやって来たため、太陽が低い位置にある。
大体がクリーム色のレンガ造りである建造物は、やはり魔法陣を中心として作られている。
その円柱状の空間に、真っ赤な扉が映えた。あれが出入口なのだろう。
俺達がその扉を開けようとすると、ギィ、と扉が開く。
一瞬自動ドアみたいなものなのかと感心しかけたが、その向こうに人がいたため、そうではないと理解する。ちょっとガッカリしたのは内緒だ。
現れたのは少女だった。巫女服のような、着物のような、異様に丈の短いワンピースのような、不思議な衣装での登場である。
白から桜色のグラデーションが美しい、振袖のあるミニスカワンピースと言えば想像しやすいだろうか。やけに背の高い真っ赤な草履を履いており、一歩進むごとにカラン、という音が鳴る。
カラン、コロン、カラン。近付いてきた彼女は一礼してきた。
おそらく後ろからは下着が見えてしまいそうなほど丈の短い真っ赤なワンピースの上に、振袖付きの上着を身に着けている。
「ようこそおいでくださいました、賢者ご一行様」
恭しい一礼をした少女は、落ち着いた声音で歓迎の挨拶を述べる。
頭を上げた際に見せる笑顔は、花が咲いたようなかわいらしさがあった。
金色の髪をおさげにして、柔らかく弧を描いた瞳は濃い瑠璃色。服が和装に近いからか、その外人然とした容貌と服とで違和感が残るが、美少女のため、似合う。
「私は皆様への案内と説明を仰せつかりました、この神殿の巫女を勤めます― テテニィ=ペッテクネル ―と申します。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。賢者のハルカです。こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるハルカさん。その流れで、ハルカさんは俺達の事をまとめて紹介してくれた。テテニィさんは1人ずつ名前と顔を確認して、どこからか取り出したメモ帳に何かを書き込んでいく。
ふむ、と、どこか満足そうに頷いたテテニィさんは、ついてきてください。と告げて、俺達に背を向けて歩き出す。俺達も彼女を追って歩き始めた。
「ちっこいなー」
タツキがメチャクチャ小声で呟いた。まあ、たしかに、下手をするとツルよりも小さいからな。9歳とか8歳くらいの身長である。
言いたいのは分かるが、俺はタツキを注意する事にした。
「こら、失礼だぞ。あの人はあれで、大人の身体だ」
「……え?」
テテニィさんの耳は、長耳族と書いてエルフと読む、あの種族よりも長く、尖がっている。
小さな子供の身体に長すぎる耳。これはエルフから派生した、とある種族の特徴なのだ。
エルファリン。人族の子供の容姿で成長が止まる、エルフの親戚みたいな種族。エルフと違うのは、身体は小さいのに意外と体力があり、手先がとても器用な事。
エルフはその多くが見目麗しく育ち、魔法が得意な種族。だが、手先が器用かは人族と同じで親の技量と運次第である。
エルフもそうだが、エルファリンは更に数はとても少ない。
エルフが森1つに1つの集落を持っているとしたら、エルファリンはその5分の1しかいない。
理由は、出生率の低さもさることながら、長い時をその子供の姿でいるためにある趣向を持つ者達に狩られてしまう為であった。
エルフはただでさえ美しく、あるいは凛々しく、あるいはかわいらしい。エルフという種族は超長寿で、最も美しい容姿で成長が止まり、寿命が尽きる1年ほど前にようやく老化が進んでいく。
長寿な者達は、急いで子供を産む必要性を感じない。そのため子供がほとんどいないのだ。そんな貴重な時期のエルフを得る事は難しく、それでいてすぐ美しく育ってしまう。
どこにでも嫌な趣味を持つ者はいるようで、子供好きのエルフ推しな人達がこぞって狙うのは、エルフと同じだけの寿命を持ちながら成長が止まってから死ぬまで子供の姿であるエルファリンなのである。
「だから、あの容姿は既に成長期過ぎって事」
「お、おぅ。じゃあ、俺達より年上って事もありえるのか」
エルフは代表例だが、長寿である長命種は年齢が分かり難い。たしかに、容姿年齢よりは上だという事は分かっても、何歳なのかは分からないな。
とはいえ、女性に年齢を尋ねるのはどこの世界でもマナー違反。聞いてはならない。
「あの、何歳ですか? エルフの方って、年齢が分かりにくくって」
「そうですよね。私は14歳です。皆様よりも年下です。あっ、セルク様は年下ですね」
アッサリと、同性であるハルカさんが聞き出した。
そっかぁ、俺達よりも年下かぁ。
ここにいる大半が男性なのに、恥ずかしげも無く年齢を明かしたテテニィ。やはり彼女の笑顔は花のようにかわいらしかった。
「まず、ようこそ! ここが召喚の儀を執り行う、召喚の神殿です!」
応接室に通された俺達は、ふかふかのソファに腰掛ける。一方、テテニィは落ち着いた様子で紅茶を運んできた。
紅茶に立つ湯気は、甘い香りを含んでいる。
「では、試練についての説明をいたしますね」
俺達全員に紅茶が行き渡ると、テテニィは笑顔で語り始めた。
「皆様がお受けになられる試練は、全部で3つです。試練の内容は各人ごとに違い、チームを組んでの挑戦も可能です」
「試練が各人ごとに違う、というのは?」
「ここにいらっしゃる方々は、資質で厳選されていても実力の程はバラつきがあります。その実力に合わせて迷宮の内容が変化するので、こちらで全ての試練内容を把握する事は不可能なのです。
ただ、神殿の調査と迷宮の傾向として、迷宮内の散策、一定数のモンスター討伐はよくあるようですね。中には変り種の試練もあるようですが……。試練の内容については試練開始直後に開示されますので、達成目標を確認の上、行動してください」
なるほど。迷宮とは生きた迷路とも呼ばれる場所で、その多くが入る度に様相を変える。入る者によって姿を変える事もあるだろう。
それにしても、入る者の実力に合わせて中身が変わるとは。入る度に部屋の配置が違う事はよくあるが、入る者に合わせて難易度を調整する迷宮は珍しい。
人工的に作られた迷宮なのだろうか。
「3つの試練は1日に1つずつ受ける事になり、皆様は1日ごとに神殿の外へ出る事になります。そのため神殿近くの街で宿を取ることをお勧めいたします」
「という事は、受付をする前に宿を取った方が良いのかね」
「あ、いえいえ。受付自体は簡単です。というか、お話が来た時点で完了しています。が、受付時にお渡しするものがありまして」
またもやどこからか、タグの付いたペンダントを5つ、取り出した。
木製の枠の中に、文字の彫られた水晶のような、ガラスのような宝石が埋め込まれているタグだ。小指ほどの大きさで、宝石は虹色の不思議な光沢を放っている。
透明な宝石が透けて、向こう側が見える。
「それは参加者の魔力を吸収して発動する通行証です。夜の時間帯に眠った着用者から僅かに魔力を吸収して発動する、魔道具の一種ですね。これが無いと試練を行う迷宮の入り口を通り抜けられませんので、注意してください」
「じゃ、受付のすぐ後に試練を受けられないのは、この仕組みがあるからなのか!」
「その通りです!」
なるほど、と呟いたタツキに相槌を打つテテニィは、満面の笑みをパァッと輝かせて、その場でぴょんと飛び跳ねる。
目もキラキラと輝かせており、どことなく、感動しているらしい。
何に感動しているのかは知らないが。
「ううう、一発で理解してくれる人がいたよぅ……」
彼女曰く、何で受付したその日に召喚獣が召喚できないのかという説明そっちのけのクレームが多くいのだそう。
今、俺達に説明してくれたように、結構しっかりめに説明しても多いのだそう。
うん、かなりしっかり説明してくれていたし、大丈夫だと思ったけどなぁ。
うーん。いろんな人がいるものだ。
「とりあえず、宿だな。街の方に行けば案内所くらいあるだろうし、早めにとっておこう」
「あ、それでしたら、神殿の出入口に案内所がありますよ。そこまでご案内します!」
先程よりも割増しでキラキラさせた笑顔で、慌しく手を振るテテニィ。このキラキラした状態が素なのかもしれないな。
最初落ち着いていたのは、またクレームを受けるかもしれないと沈んでいたのかもしれない。
多分無知で無学の粗暴な冒険者によって、目に見えないダメージを日々負っていたに違いない。
そこから開放された少女は、軽い足取りで神殿の出入口へと向かって行った。
さて、その神殿の出入口に着いたわけだが。
「あらン。テテニィちゃんが自分で連れてくるなんて、珍しいわねン」
巫女を思わせる服装を、ここまで官能的に着こなす女性がいるとは思わなかった。
真っ白な肌に浮かぶ影。零れんばかりの双丘。細く長い指。
むっちりとした太ももにかかる、艶めかしい真っ赤な髪を弄るお姉さんは、ねっとりとした視線で俺達を舐めるように見回した。
「……ふふ、かわいい子達ねン。お姉さん、張り切っちゃおっかな?」
お姉さんは色気たっぷりにウィンクしてみせる。
「お願いします! ぜひ、素晴らしいお宿をご紹介してあげちゃってください!」
「良いわよン! かわいい子のお願い、お姉さんは聞いてあげちゃう!」
豊満なボディに抱えられるテテニィ。種族的に豊満にはなれないテテニィは、羨望と諦めの混じった不気味な笑い声をあげる。
うへへ、と、柔らかなそこに埋められた彼女から発せられた声は、決してかわいらしいとは言えない。
「安心安全、接待にサービスまで、きっちりしていてほっこり出来るお宿、あるわよン」
「わぁ、楽しみだねー」
「場所は地図のここよン。パンフレットにも書き込んでおくわねン」
「ありがとうございます」
おお、この街は良い温泉が沸いている場所が多いらしい。泉質もかなり違っていて、観光名所だらけらしいな。この神殿自体も、試練を受けない人も入れるから観光名所としてはかなり有名らしい。
ホテルとかにありそうな土産物屋さんとかが目に入る。温泉卵とか、無いかな。
「じゃ、行くか」
「えっ、お土産やさんは?」
「帰りでいいだろ」
「今すっごく見ていたよね?!」
― ? ―
「ところで、どこを勧めたのでしょうか?」
観光気分に浸っている賢者一行を見送った後、テテニィは案内所のお姉さんに尋ねる。
このお姉さんは少し謎な人物だった。人族である事、女性である事、かわいいものや子供が好きという事は知られているが、本名や出自などが全くと言っていいほど謎だった。
お姉さん、としか名乗っていないのだ。
お姉さんは目を伏せて、テテニィの頭を優しく撫でた。
「ふふふ、貴方ならすぐに分かるわよン」
「私なら……? って、まさか!」
「うふン」
「こ、困ります! 『うちの宿』は今、ちょっと大変な事になっていて……」
「あらン。どういう事かしらン?」
「宿は今……」
「テテニィ! お客様が来たから応対してくれる?!」
忙しなく動く他の巫女に邪魔されて、テテニィは連れて行かれた。
巫女の先輩で、力の強い獣人族の女性である。身体も大きく、テテニィはひょいとつままれて、そのまま連れて行かれてしまったのだ。
「あららン」
細い指を、真っ赤な唇に滑らせるお姉さん。彼女の瞳は、台詞途中で連れ去られたテテニィをいつまでも追っていた。
「でもね、お姉さん。あの子達なら何とかしてくれると思ったのよン」
指の先にガラス球を乗せて弄ぶと、ぐっと握りこむ。
「すみません、近くの宿を取りたいのですが」
「分かったわン。何か条件はあるかしらン? なるべく聞いたげるわよン」
手の中のガラス玉は消えていた。
その代わりに握られていたのは、既にインクの付いた羽ペンである。
お姉さんは『宿のリスト』を取り出し、やってきた冒険者らしき者達の要望を聞き終えると、宿に念話を送った。今から客が行く。何名なのか、男女の割合はどうかなどを知らせるのだ。
……スイト達の時は無かったって?
それはですねぇ。
「あ、それ以上は言っちゃ、だ、め、よン♪」
ああ、これは失礼しました。
ともかく、スイト達はちょっと、トラブル体質である。
これが今言える事でしょうか。
お姉さんは『こちら』に向かって、にっこりと笑った。
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