おもちかえりエルフ~デジタル忍者 24時~

叶良辰

第1話 24365。体が資本です。

『認証OK。「HATTORI KOTARO」作業を開始してください』


 午前0時ちょうど。登録を済ませ、名前を呼ばれた俺は、サーバーやルーターなどの機材を積んだ台車とともにエレベーターに乗ると、6階のボタンを押す。今日の仕事は既存システムへのサーバーの追加設置だ。


 2……3……4……


 頭上のランプが表示する通過階を見ながら、俺は息を殺す。


 ―― チーン ♪


 エレベーターのドアが開くと同時に俺の目に入ってきたのは、全長3m近い巨大カマキリだった。くみし易いモンスターでラッキーだと思いつつも、まずは相手の間合いに入らないよう、注意しながら台車をエレベーターの外に押し出す。


 ただ、なにか様子が変だ。いつもならすぐに俺を見つけ、即座に襲い掛かってくるはずのカマキリが俺に背を向けたままなのだ。


(ほかに誰かいるのか?)


 そう思いながら台車を停めた俺は、モンスターの向こう側から何者かがおびえる気配を感じた。カマキリはそっちに向かってカマを振り上げていたのだ。


(ちっ! 間に合うか?)


 俺は小さなモーションで飛びあがると、カマキリの背後から手刀一閃、やつの首を跳ね飛ばす。そして着地後に反転し、神経反射で動くカマを避けつつ蹴り倒した。


 そして怯えの気配に目を向けると、そこにはなぜか小さな女の子がいた。

 震えながら俺の方を見ている。


 俺は用心しながら彼女を観察した。これまでの経験上、この階に友好的なモンスターはいないはず。同業者ネットワーク管理者でなければを除き、基本的に敵だ。油断するわけにはいかない。


 だが彼女も俺の方をじっと見つめたまま、動こうとしない。ここでは魔法も炎を吐くことも禁止されており、特殊攻撃や不意打ち以外は怖くはないのだが、正直このシチュエーションはこまる。俺には仕事があり、先を急がねばならないのだ。


「俺の言葉はわかるか?」


 こちらからの問いかけに彼女は小さくうなずいた。よかった。話が通じるようだ。煌びやかな衣装に耳が尖っているところを見ると、エルヴンメイジ(見習い)が迷い込んでしまったのだろう。


「あいつのそばにいろ。ここはきみの来るようなところじゃない」


 俺が指さしたカマキリは壁際でまだ動いていたが、動きが止まれば強制的に元の世界に戻されるはずだ。その力を利用して転移すればいい。


 台車に手をかけ、俺が彼女の横を素通りしていこうとしたとき


「ま……まって!」


 彼女の声に引き留められた。


「あ……ありがとう……」


 恥ずかしそうに言う彼女。俺は微笑んで手をあげ、先を急いだ。



 ☆☆☆



 ここ、都内某所にあるSUMIKAWAデータセンターにおいて、作業可能なエンジニアは限られている。異世界とつながっているためだ。モンスターの徘徊するファンタジー世界の塔やダンジョンをイメージしてもらえればいいだろう。サーバーラックが立ち並ぶDCデータセンターにモンスターが頻出する理由は後述するが、俺、服部小太郎はここでネットワークのサポート業務を請け負う技術者だ。


 DCという仕事場はセキュリティ管理が厳しく、外部に情報を漏らすことは許されない。プロとしての基本。もちろんネットワークの知識やサーバー構築のスキルも必要だが、ここではそれだけではやっていけない。突発的に遭遇するモンスターに殺されないよう、自分の身は自分で守る必要があるからだ。


 おまけにこの地上6階の建物は、異世界の影響を強く受けていて、2・3・4・5階は性格アライメントによっては進入を拒否される。どういうことかというと、俺たち現世界側からは、2階と4階には悪人は入れず、3階と5階には善人は入れない、という不思議な結界が張られているのだ。


 善人でも悪人でもない、根っからの中立主義な俺ならば全ての階の業務を対応する事ができるものの、当然のことながらそんな人間は少ない。そのため俺はここでの仕事の依頼が途切れないのだ。昔は「中立の忍者など使い道がない」と揶揄やゆされる時代もあったらしいが、上述の理由で使い勝手のよい俺は引っ張りだこなのである。


 休み? ないな。もちろん欲しいが、このサポート業界、ろくに休めない。文字通り24365(24時間365日対応)なのだ。それにうちは先祖代々、忍者の家系なのだが、SUMIKAWAグループには南総里見八犬伝の時代からお世話になっているそうで、理由なく仕事を断ることは許されない。


 というわけで今日も定時(この業務はサービスに支障を与えないように深夜業務が多い)にここに入ったのだが、まさかこんなことになろうとは……

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