お茶会
「さて、早速調査と行きたいところではあるが最近は結構スケジュールがツメツメだったからね。少しの間は休息と行こうじゃないか」
「はい、さすがに少し疲れました……」
言語剥離症、ペトラ伝承の解明の手がかりになるであろう"音楽"。オーストラリアのアルバニア北部へ向かう前に、私たちは一度帰国し、しばしの休憩を取ることになった。
『佳奈、空いてる日ある?』
『(^_^)/』
『お土産渡したいからさ、今度会わない?』
『(*´ω`*)』
日本に戻った私は、カイロで買ってきたお土産を渡すべく佳奈に連絡を取ってみた。
相変わらず佳奈は文字が打てないようだがこうして顔文字でなんとか会話出来ている。
「うーん、顔文字だけだとイマイチ判別し辛いときがあるなぁ」
とはいえ、顔文字には様々な種類がある。見たことのないような顔文字が送られてくることがあって、その時は顔文字を解読するという微妙に難しい問題が生まれるのだ。
『えーと、いつ会おうか。次の土曜日でいい?』
『(-_-;)』
「あれ、だめか」
この顔文字は都合が悪いってことを示しているのだろう。たぶん。
『じゃあ日曜日にしようか』
『(*´∀`)』
『よし、じゃあその日にしよう。場所は私の家でいい?』
『(^O^)/』
「よし、『了解』ってことで良いんだよね、たぶん」
こんな感じで彼女との連絡のやり取りは顔文字の解読力を鍛えるというニッチな力を鍛えることが出来る。
―――五日後。
小鳥のさえずりが響き渡る、晴れやかな空。カーテンを開けて日光浴をしながら本を読んでいるとチャイムの音が騒ぎ立った。
「はーい」
読みさしのページに栞を挟んでから玄関へと向かう。今日は日曜日。約束していた通りならそろそろ佳奈が来る頃合いだった。
リビングを出る前にインターホンカメラをモニターしている画面をチラッと見る。そこには映っているであろうと予想していた人と、そうでない人の姿があった。
「あれ!?ヴォネガット教授がいる!?」
住所は教えてあるからまぁ来てもおかしくはないとはいえ、まさか今日訪ねてくるとは……
「んー、でもなんか約束してたっけなー……」
色々と過去の会話を掘り起こしつつ玄関のノブに手をかける。爽やかな朝の空気と共に視界に飛び込んできたのは、
「や、おはよう。今日はいい日だねぇ」
「―――!」
いつもどおり、飄々とした態度をしたヴォネガット教授と子犬みたいに碧い目を輝かせている佳奈の姿だった。
「えーっと、おはようございます。佳奈もおはよう。それで、えーっと。何故?」
「いや何故って。日本に帰る前に飛行機で話したじゃないか。『君の家に遊びに言ってもいいかい?』って」
「あれぇ、そんなこと言ってたっけ……」
「言ってたってば!なんだぁ、ひどいなぁ君は。その時に君は『日曜日にならいつでも来ていいですよ』なんて言ってたじゃないか!」
「あー、そういえばそんなことを言ったような気もする……」
なんとなーく機内でうつらうつらしている時にそんなことを話していたような気もするようなしないような……?
「そんな気もしてきたのでとりあえず中へどうぞ、お二方」
「わーい」
そんなこんなで思いがけない(約束はしていた)訪問者を含め、3人でささやかなお茶会を開くことにした。
「佳奈、これ」
「?」
「カイロで買ってきた香水瓶」
「―――!」
「ふふ、可愛いでしょ」
ブンブンと頷く佳奈。彼女はこういったお土産を渡すと昔からとても喜んでくれた。尻尾がついていたらちぎれんばかりに振り回していただろう。
あれ、そういえば――――――
「ヴォネガット教授、佳奈が言語剥離症なのを知ってるんですか?」
「うん?知ってるよ?だって道に迷って聞いたのがこの子だったからね」
「そうだったんですか」
「―――」
コクコクと頷く佳奈。
「君に言語剥離症のことは聞いていたからすぐにわかったけどね。住所を見せたらすぐにここまで連れてきてくれたよ」
「そうなんだ……。ありがとう佳奈」
そういうと佳奈は少し照れくさそうな表情を見せた。
それを見たヴォネガット教授がやぶから棒に
「佳奈ちゃんは同性から見ても可愛いなぁ!」
なんて言い出して。
「ほーらお菓子をあげちゃうぞー」
あっ、今絶対佳奈は『わーい』って言った。目が輝いている。そんな二人のやり取りを見て何故だが少し面白くない自分がいたがそれはきっと気の所為だろう。きっと。
「ん、もしかして嫉妬してるのかい、御陵ちゃんよ」
「し、してません」
「ほぉん、ほほほぉん?」
「なんですか」
「いや、君って結構……。いやなんでもない。人の趣味趣向に首を突っ込んでも何も良いことはないからね」
「なんですか!」
「気にしないでおきたまえよ。ほらこっちはお茶だよー」
完全に餌付けの様相を呈してきたが佳奈本人がほいほいと飛びつくのでどうしようもない。
そんなこんなでお茶会の時間はまったりと進んでいった。途中まではああでもないこうでもないと益体もない話をしていたのだが、佳奈の要望によりこれまでの墓國調査の話をすることになった。
「―――と、まぁこんな感じで"音楽"にヒントがあるんじゃないかって思ってね」
「こうして客観的に聞くとめちゃめちゃ色々なところに行ってるじゃないか私達」
「そうですよ、ヴォネガット教授がすぐにあっち行こうこっち行こうって言うから」
「えぇ、私のせいなのかい?」
そう、彼女と話しているとふいに服の裾をちょいちょいと引っ張られた。
「ん、どうしたの?」
「――――――!」
引っ張ってきた方を見やると佳奈が何やらバックをもぞもぞとしていた。その様子をヴォネガット教授は愛玩動物でも見るような目でほっこりと眺めていた。
しばらくもぞもぞした後に彼女が取り出した本には『言語起源論』と書かれていた。
「どうしたのこの本?」
「―――なるほど、そうか……、そうか……!」
「え?」
「よく見たまえ御陵ちゃんよ!あの本に書いてある文字を!」
「文字?」
言われるがままに表紙をジッと見つてみる。そこにはタイトルの他に『音楽的模倣説』と書かれていた。
「音楽だ!」
「そう、音楽だ!今までは『過程の話』や『結果の話』ばかりしていたからすっかり見落としていたが、言葉にも起源はあった!」
「新しい可能性ですね!」
「正しくそうだとも!新しく、そして最も古き可能性だ!」
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