12/ 虚ろなる騎士 1
夜の下、金属が擦れ合い、火花が散った。
黄炎の燐光に混じって火花が激しく瞬き、消える。
首なし騎士の鉤爪剣が
――ギャルルルルル!! 燃料が燃え、
だがそれを許すジャックではない。首なし騎士の狙う鉤爪部分ではなく、剣の根元と
流石は怪物と言ったところか。手法を変え繰り出されるジャックの攻撃にも、首のない男は難なく剣を合わせる。
ジャックの口元が――笑みの形に歪んだ。
「こんな所に何の用だ? この下には呑気な金持ち連中しか居やしないぜ。金品目当てには最高の餌場だろうが――」
「金に興味あるって面じゃあねえよなァ!」
一際大きく
「貰ったァア!」
濁った夜雲の下――鉤爪剣が宙を舞った。
黄色い炎の燐光が舞う。逆さまに。
襲い来る回転刃が届く寸前、首なし騎士は空中へと回避していた。回転刃の側面に乗せた片腕を軸に、ぐるりと逆立ちした首なし騎士は、
弾き飛ばされた鉤爪剣が落下し、再び首なし騎士の手に収まった。
「ヘッ、奇っ怪な動きをするじゃねえか……!」
首なし騎士の黄炎が静かに揺らめいた。五体満足のまま、その怪物は鉤爪剣を構える。並の相手ならば致命傷のはずであった。だが首なし騎士は未だ無傷。
霧けぶる夜の都市で、不気味に首から炎を噴き上げる騎士の姿。黄に輝く炎はちらちらと死の色を振りまく。非現実的で、幻想的な光景だった。まるで、こちらが物語の中へと迷い込んでしまったかのような。
火の粉を撒く炎から、地獄の唸りのような声がした。
『――汝は――何者だ』
揺れる炎が、人の言葉を発した。瞳も喉もありはしないのに、その怪物はじっと赤毛の襲撃者の姿を見ている。
「ほお、マジで言葉を喋るのか。怪物ってのは器用なモンだな。ま、俺は手前の同類ってトコだ。だが今は――手前を殺しに来た、怪物殺しだな」
ジャックは
「人間じゃねえなら問答無用で斬っても良いが、一応聞いといてやるか。手前、狙いは何だ。金持ちを殺し回ってるのは手前か?」
『何故――我が身に、問う』
業火から噴き出る声はこの世のものではない歪さを感じさせる。熱き硫黄とも、冷え切った氷とも思える不可思議な声。それはこの都市ではないどこか、ねじ狂い、歪んだ暗き闇の中からこの世に現れたかのような。
「面倒だけどな、こっちにも建前とか付き合いとかあんだよ」
『我が身へと、問うことに意味はない。我が身は、その答えを持ちえない。ただ――我が内に響くのだ。汝ら人の声が』
死を。死を。死を! 死を告げよと、無数の声が望む。
怪物の内へと語りかけ続ける。故に、騎士はそれを為す。それこそが、この騎士がここに在る意味なのだから。
『故に――人に、死を』
黄炎の騎士は首を刈り取る形に曲がった剣を構えた。
「じゃ、俺は手前を殺して良いってわけだ」
『であれば、我が身は汝を殺そう』
ジャックもまた、自らの得物を振るいかざした。
「良いね、楽しませろよ、首なし騎士。……っと、名前は首なし騎士で良いのか?」
『我が身に名はなく。しかして汝らが望むのであれば、我が身は首なし騎士であろう』
ジャックが踏み込もうと脚に力を込めた時、首なし騎士は言葉を続けた。
『――汝の名は』
どこか礼儀に欠けるとでも言わんばかりに首なし騎士は問いかけた。気勢を削がれたことにやや眉を寄せたが、ジャックは答えた。
「俺か? そうだな、今は『切り裂きジャック』だ」
『では死を与えよう。切り裂きジャック』
「そのまま手前に突っ返してやるよ、首なし騎士!」
血を浴びそこねた
夜の光を反射する得物が二つ、打ち合い、激しい金属音を立てる! 二つの武器は何度も打ち合い、その度にリバーサイドホテルの屋根に剣戟が響く。
「おらよッ!!」
――ギャルルルルル!!
一瞬で、赤毛の男の姿は黄炎の騎士のすぐ眼の前にあった。凶悪な小さな刃の群れの立てる唸りが、炎を震わせんと襲い来る。だが、首なし騎士の鉤爪剣は
削られ、砕かれた屋根瓦の破片が飛ぶ。散り散りに、ジャックの方へ向かって。ジャックは舌打ちした。その頬にも細かな欠片が当たる。だが彼は動きを止めなかった。大きく踏み込み、振り上げた時――
鈍く苦しい音を立て、
「チッ、ィ――!」
ギ、ギ、ギギ――。
――一閃。歪んだ刃の描く線が、鈍く光る。それはまっすぐに、ジャックの首筋へと、届いた。
「ッ――――!!!」
ひやりと冷たい感覚がジャックの首筋に走った。ジャックはその感覚に反射的に身を捻った。耳元を命を狩る音が通り過ぎた。
『――狩りそこねた、か』
「っ、はあ、……っ、クソ……!」
屋根を転がり、距離を取る。ジャックが思わず首元を抑えると、薄く赤い血液が手のひらについた。遅れて、傷口から小さな痛みが走った。しかし不思議なことに、傷口には痛みによる熱ではなく、
それが恐怖だと理解するのに、暫くの時間がかかった。
――恐怖! そんなものを感じたのは一体いつぶりか!
首筋に伝わった冷たさは、もはや高揚へと変わっていた。ジャックは――赤毛の殺人鬼は、笑い声を上げた。歪み、狂った声を。
「ハハハハハ!! 面白ェじゃねえか。ビビったのは久々だ。本当に久し振りだな、こういうのはさァ。――良いねェ、怪物の悲鳴ってのも、聞きたくなってきた、ぜ!!」
――ギャルルルルル!! 呼応するように、使い慣れた
「今まで殺した怪物どもは、鸚鵡みたいに同じ言葉を繰り返すだけでさァ、手前なら人並みに良い声を出せるだろうよ!」
ジャックは強烈な一撃を振り下ろした。鉤爪剣はそれを防ぐ。だが弾かれた
『ッ、ヌゥ――』
先程よりも重く疾い猛攻に、それまで静かだった首なし騎士が唸った。赤毛の男の回転する刃は死を振り解いてゆく。首なし騎士は襤褸布を巻いた剣の柄を強く握った。
否。否、否! 逃れることなどは出来ない。首なし騎士の刃は死へと届く。
――何故ならば、彼は、彼こそが、死であるのだから!
ジャックの
『我が身は、死を告げるもの――闇を往き、死を、畏れを、齎すもの――死こそ終わりであると、汝ら人がそれを求むる――それこそが、我が身であれば――』
黄炎が強く燃え上がる。向き合う者の生を焼き尽くすように。
『汝に、死を告げん!』
首なし騎士の真っ直ぐな剣閃が走った。
首を刈り取る、告死の一撃。
死の剣が、肉を切り裂いた。赤い血が噴き出した……
剣は死までは届かず。ジャックは自らの武器を握ったまま、首なし騎士へと踏み込んだ。
「死の騎士――残念だが、俺を殺せはしなかったな!!」
殺人鬼の刃は死の騎士へと届いた。回転する刃が怪物の体を袈裟懸けに切り裂いた。
首なし騎士は鉤爪剣を取り落とし、膝をつく。傷口からは血液ではなく、燃え上がる炎が溢れ出していた。炎がぼとぼとと、屋根瓦に落ち、消える。だが、倒れない。首なし騎士は死の炎を零しながらなお、立ちはだかるモノとして立っていた。
「一撃とはいかなかったか。チッ、斬られたのも久々だな。だが良い、これで終わりだ!」
痛みというものをいつぶりかに感じながら、ジャックは首なし騎士へと最後の刃を向けた。首なし騎士も屋根を蹴った。激しい音を立て、鉤爪剣が
「何ッ? 手前――」
首なし騎士から溢れる炎が掴まれたジャックの腕へと燃え移った。死の黄炎が煌々と燃え上がる。
『我が身は死。終わりを告げよう、切り裂きジャック』
「この、往生際の悪い――ッ」
ジャックが驚いた僅かな隙に、首なし騎士は燃え上がる鉤爪剣を振るった。
鮮やかな一閃が屋根の上に舞った。
赤い影が、ぐらりと――屋根の端から落下した。
◆ ◆ ◆
――夜が来る。夜が来る。
霧の闇に紛れ、それは訪れる。川から漂う湿り気に包まれたそこに、それは現れる。
その暗がりに這い寄るものを、止める者は居ない。
それに名はなく。人の姿ではなく。命の姿ではなく。在るのはただ、忘れ去られた遺物たち。
それは踏み荒らすものとして存在する。それは進み行くものとして存在する。
そして――それは顕現する。
◆ ◆ ◆
会場では、四人目の登壇者がスピーチを続けていた。四人目ともなれば参加者たちには退屈の色が見え始めていたが、それでも彼らはマナーよく、辛抱強くステージの方に顔を向けていた。
外へと飛び出したジャックはまだ戻らない。ジャックのことだ、案じる必要はないだろうが、そちらの状況も気になっていた。長々とした話に、シャノも少しぼんやりとし始めていた頃だった。眺めていた会場の様子に――ふと違和感を感じた。暗い会場内が少し、霧がかって見えたのだ。眉をひそめ、シャノは周囲を見渡す。
「……シャノン、これは……」
「もや、みたいな……? ううん、目が疲れてるだけか……?」
薄もやのようにも、霧のようにも見えるものが、僅かに会場を満たし始めていた。人が密集している空間で、空気がただ少しもやがかって見えるだけのようにも思えた――。
……だがそこに、現れるモノがある。
――人々の居る会場に、闇が落ちた。
白い照明の明かりがふつりと途絶えた。
本当に、突然のことだった。突如暗がりに放り込まれた人々がざわめく。「停電か?」「誰か、発電機を――」口々に言う彼らはだが、それが自然の理ではないと理解していない。
暗闇に包まれた室内。見上げた先に――それは、現れた。
「馬鹿な――」
グリフィンは驚愕に呻いた。
会場内の空間が不可思議に揺らめいた。何もない空間から闇が収束するように形を為す。
不自然に立ち込める濃霧の中から――巨いなる姿が顔を出した。
蹄のついた四本の脚が、大理石の床に地響きを立てた。馬のような体躯の上には二本の腕を持つ体。だがその上に頭部はなく、空っぽの空間だけがある。人馬を思わせるその姿は鈍色の鎧に包まれている。不吉な姿だった。鎧人馬の周囲に浮き上がる、黄炎を噴き上げる六つの骸骨が――呆然と見上げる人々を、見た。
「――こんな場所に、
骸骨を爛々と輝かせ、その
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